last update:20210204
■論文
◆伊藤順一郎・松本俊彦,2018,「伊藤順一郎先生に聞く リカバリーをめぐって――これから精神科医療と地域精神保健福祉はどうあるべきか(特集 リカバリーを考える ――危機を乗り越え、自己実現する当事者をどう支援するか)」『精神保健研究』64: 5-14.
p. 5
精神科医療やメンタルヘルス支援の主人公は誰なのか、やはりそれは当事者であって援助者ではない。目的は何なのかといえば、当事者のリカバリーであって、決して病気の症状が改善することではない。このリカバリーという言葉を旗印として、ACT(Assertive Community Treatment; 包括的地域生活支援プログラム)や就労支援、当事者活動支援をしてこられた伊藤順一郎先生をフィーチャーしてみたい
p. 8
ACT のチームは単体では存在していなくて、アメリカの州立やNGO が運営する精神保健センター、カナダならばマウントサイナイ病院などの医療機関の1 チームとしてあるわけです。そういう所を見て回り、必ずピアのスタッフがいたり、家族の方がスタッフとしていたりということを目の当たりにしました。こういう人たちが働いているのか、こういう人たちとコメディカルスタッフが中心になって働いているということが分かりました。精神科医は全体のシステムの設計や、マネジメント役割をしていたようです。ナースがある程度、薬物療法もコントロールするような環境で、サイコセラピストもいるし、多職種チームが構成され、医師の指示などなくても主体的に支援を行っていました。
p. 8
ACT と同時に欧米の就労支援(個別援助付き雇用)の現場も見て回りました。そのときに、就労支援、仕事に就くということが、逆に症状を安定させるということを、目の当たりにしました社会的な活動にコミットしたり、仲間とつながったり、それから自分自身の自尊心が保たれるようになってくることは、実は症状の安定にもつながってきます。今までの医療を中心とした治論とは全く違った形で人が回復していく、それがリアルな世界として存在していることを知って、衝撃を受けました。〔中略〕医療の助けを借りながら、患者さんが、自分たちの力で自分たちの生活を取り戻すこと、そのためのコミュニティを作る、それを支えるサポートグループを作るなど、そういうことが人としての彼らの人生をよりよきものにします。
pp. 8-9
研究に着手したのが2002 年ですから、もう病名が統合失調症に変わっていました。「入院医療中心から地域生活中心のへ」という「精神保健医療福祉の改革ビジョン」が示されたのは2004 年です(p.8)。包括的な支援、つまり、福祉と医療にまたがった支援をするので、それは日本の制度の中では財源も違うし難しいのではないか、そもそも地域の中を駆けずり回るような医者をこれから育てるなどということは難しいのではないか、医療経済的に成立するのかといった批判がありました。〔中略〕2010 年くらいまでは、国府台病院の先生方と一緒に活動し、ACT の研究をしていました。ちょうど国府台病院の精神科病棟がダウンサイジングの時期で、長期入院の人を外に出さなければいけないというときと重なったこともあり、うまい具合に協働できたところがあります(p.9)。
p. 9
あちこちの講演で「こういうチームを立ち上げる」と宣伝し、全国のいろいろな場所で求人案内を出しました。チームのスタッフの給料は研究費基準の少ない額でした。地域で働く経験のあったソーシャルワーカーがいました。それから職業カウンセラーがいました。病院から外に出たいと思っていたOT や看護師もいました。心理の人もいました。それから面白いのは、今、熊本に戻っていますが、医者でありながらソーシャルワーカーとして働いてみたいという人もいました。薬を捨てたかかわりをしたいというわけです。総勢10 人のスタッフでした。みな、出身母体はてんでんばらばらで、国府台病院にいた看護師以外には、同じ所にいた人は1 人もいません。主には病院の精神医療の在り方に疑問を感じているという人が集まってくれました。
p. 10
まだまだです。やはり日本は民間の精神病院を中心とした医療なので、経済的に成り立ちにくいものに対しては触らない、入院ということを回避するような考え方の取り組みには二の足を踏むということが多いです。〔中略}僕たちがメンバーであるACT 全国ネットワークの中では、今、30 チームくらいが動いていますが、それ以外にも、さまざまなチームもあるので、日本で行われている精神科アウトリーチチームの実際は玉石混交です。〔中略〕残念なのは、ACT やコミュニティー・ベース・メンタルヘルスは、どこの国でも国主導、行政主導で動いているのに、日本ではそうなっていないということです。海外では、病床削減をして人員配置を地域の方に移し、その地域で働く医療スタッフのための受け皿としてのメンタルヘルスセンターをつくったり、アウトリーチチームの基地をつくったりしている。この辺りのドライブをかけるのは国の仕事ではないかと思うのですが、一向に動きませんでした。
pp. 10-11
バーモント州とメイン州の30 年間の長期予後の比較研究は、非常に重要なことを明らかにしています。その二つの州の1960 年代から30年間の予後調査ではバーモント州の患者の方が、より生産的で、症状が少なく、地域社会により適応し、社会機能もよかったということが分かったのです。では、バーモント州では何に力を入れたのか。第一に、継続的で包括的なケアをチームで展開し、職業リハビリテーションと医療を統合し、地域社会のなかで働く機会を拡大しました(p.10)。第二に、レスパイトケアやショートステイ、ケア付きの住居など、多様な住居プログラムを整備し、地域で暮らすことを第一としました。そして、第三に、スタッフと患者さんとの関係のなかで患者の自助努力を促進することが努められたのです。そのような環境下バーモント州では、縦断的に追っても、メイン州の患者さんに比べて入院生活時間が少なく、常勤雇用を含む仕事を維持している人が多く、福祉的社会資源を使わないですんでいる人の割合が多かったということがわかったのでした(p.11)。
p. 8
リカバリーは客観的な評価による、患者さんが改善したなどということではありません。もともと公民権運動から出ている言葉です。患者さんが主体的に自分の人生を取り戻していくプロセスのことを指します。それをふつうの言葉で言えば、自分で自分のことは決めるようになることであり、自分の責任を自分で負うようにすること、自分の人生を価値あるように思えるためのアクティビティを持つことなどです。そういう方向で生きようと、仲間や支援者と共に試行錯誤をしている中で、結婚もできたし、就労もするようになったなど、そういう話が生まれてくるわけです。
p. 11
医療者がリカバリーしやすい環境を作っているかどうかを議論すべきなのです。そうした環境を作れていないのに、「うちではなかなかリカバリーを語れる人がいません」などと言ったら、それは責任転嫁というものです。くどいようですが、リカバリーはもともと当事者の言葉です。当事者が自分の価値について語る言葉です。ですから、それを外部観察的にこの人はリカバリーの途中にあるとか、リカバリーに達成したなどということは非常に変なのです。そのことには自覚的でありたいと思います。
p. 13
【地域精神保健福祉機構「COMHBO(コンボ)」】全国精神障害者家族会連合会(全家連)がつぶれてしまったときに、そこに集っていた人たちのうち、家族は “みんなねっと”をつくっていったのですが、研究をしていた人や、全家連の運営や出版をしていた人たちが、リカバリーをキーコンセプトにして、メンタルヘルスの領域でNPO 活動したいということで話があって、コンボの立ち上げの活動が始まりました。僕もACT やIPS など、当事者の生活に有効であるというエビデンスのある実践を日本の中でもっと普及したいということがあって、そういう思いで彼らと結びついて、コンボが出来上がったのです。雑誌・書籍の発行はコンボの中心ですが、それだけではなくて、カジュアルな普及啓発的なイベントはどうかという話があって、「こんぼ亭」というものもはじまりました。こんぼ亭で大切にしていることは、専門家だけではなく、当事者の方、経験者の方やその家族にも登壇してもらい、ユーザーサイドからも同じテーマについて経験を話してもらう、ということがあります。専門家に対するユーザーサイドの声を拾い、対話できる場にしたい、双方向性の場にしたい、というのが、そこにある思いなのです。
p. 14
数年前ですが、トリエステから精神科医を呼んだときに、日本の精神科医とのあいだで、「『本当にもう自殺したい』『死にたい』という人が来て、診察室で「この後、死ぬつもりです」と言っている場合、あなたは何をするのか」というテーマで議論をしたことがありました。日本の、それこそ本当に優秀な精神科医のグループでしたが、彼らの多くが、「これは入院をさせる」「危ないものを彼から離すようなことに最善を尽くす」「まず抗うつ剤をきちんと投与する」などといったことを一生懸命言っていました。ところが、そのトエステの精神科医は、「もう本当にやめてもらえませんか」という感じでそうした話を遮り、こういったのです。「そういうことをする前に、まだすることがあるでしょう。まず、『よくここに来てくれましたね』と対話を始めるのではないでか。『死にたい気持ちがあるあなたが、よくぞここまで来てくれた。ここまで来てくれたあなたに何かの役に立ちたいので、あなたがどうしてそのような持ちになったのか教えてください』。そういうことから始めて、『こういう話をしていると少し楽か』などといったことを聞きつつ、『今日、死にたい気持ちがどうしても収まらないのならば、一晩一緒にいていろいろ話をしようか』など、そういうところから関わりは始まるのではないでしょうか」と。トリエステの精神科医が言わんとしたことは、人が自殺したい、死にたいというときに、その人は多く孤立しているのだということでした。孤立が、そして絶望が自分を傷つけるという誘惑を呼ぶ。その孤立している状況に何か手を差し伸べられるのは、そのときにかかわった医療者のあなたなのだと。あなたが鍵になって、他の人との関係を修復する可能性がはじまるのかもしれないのだ。もしかしたらその人との関係性の中で処方の提供もあるかもしれないが、いきなり薬ではない。もちろん、いきなり入院でもない。それらはむしろ孤立を深めてしまうのだといわれました。「それらを最初にすることは今、私たちがトリエステでしていることと真逆だ」と言われました。
*作成:伊東香純