「疑いもなく、ジョン・ロールズ教授が最近一冊の重要な書物にあてた問題である、政治制度の熟慮の上の設計と関連した正義の純粋問題も存在する。私が惜しみもしまた混乱とみなす事実は、この関連で彼が「社会的正義」という用語を採用していることであるにすぎない。しかし、その問題に進む以前に、細目まで定められた体系とか望ましい事物の分配を正義に適うとして選び出すという仕事は、「原理的に間違いであるから放棄しなければならないし、いずれにせよ、それは明確な答を出すことができない」ことを認める著者となら、私は何の基本的な論争点をもたない。「むしろ、正義の諸原理は、そこに携わる人々が制度や結合活動に対して何の不平ももつべきでないというのであれば、そうした制度や結合活動が満たされなければならない決定的な制約を定める。もしこれらの制約が満たされていれば、結果はしての分配は、それが何であれ、正義に適うものとして(少なくとも正義にもとらないとして)受け入れられることになるであろう(44)。」私が本章で議論しようとしてきたことは、大なり小なり、このことなのである。」([II141]、第9章「社会的」あるいは分配の正義、末尾)
「(44) John Rawls, "Constitutional Liberty and the Concept of Justice", Nomos IV, Justice (New York, 1963)p.102.……私は、ロールズ教授の最近の著作A Theory of Justiceが主要な論点についての比較的明快な言明を含むことに気付かなかった。その論点が、なぜこの著作が社会主義的要求に支持を与えるものと解釈されるのか──私には誤りに思えるが──を説明するのかもしれない。」([II248])
「事実、絶対的貧困が、なお、深刻な問題となっている多くの国々では、「社会的正義」に対する関心が、貧困を排除するための最大の障害の一つになっている。……市場の諸帰結を「社会的正義」の方向に「矯正」しようとする試みは、おそらく、新しい特権とか移動への障害とか努力の挫折(p.192)といった形態で、それらが多くの貧困の緩和に貢献してきた以上の不正義を、生み出してきたことであろう。
こうなってしまったのは、そもそもは最も不運な人々のためになされた「社会的正義」に対する訴えが、自分たちは受けるに値すると思うだけのものを得ていないと感じる構成員からなる別の集団、特に、自分たちの現在の地位が脅かされていると感じている人々の集団によって、取り上げられたという事情の結果である。」([II192-193]、第11章「抽象的ルールの規律と部族社会の構造」の「最も不運な人への配慮から既得権益の保護へ」)
◇Rawls, John
◆Kresge, Stephen ; Wenar, Leif eds. 1994 Hayek on Hayek, University of Chicago Press=20000130 嶋津 格訳,『ハイエク、ハイエクを語る』,名古屋大学出版会,270+19p. ISBN:4-8158-0374-9 3200 ※ *