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私の勤め先の大学院で博士号をとったりした人たちが出した本におまけのようなものを幾つか書いてきた。
→◆立岩が関係した博士論文:http://www.arsvi.com/ts/dt.htm(現在整理中)
それを紹介していきます。これまで5冊を途中まで。6冊めがつい最近出版された
天畠大輔『しゃべれない生き方とは何か』,生活書院
天畠:http://www.arsvi.com/w/td01.htm
そこに書かせてもらったのが
◆「誰の?はどんな時に要り用なのか(不要なのか)」
それを分載していく。その第13回。
「ただ、労働・製作となるとまた違ったことを考えねばならない。その一部を引用した文章に記したが、それは一部だ。論文を書くこと一つをとっても、複数の契機があると思う。なぜそこに筆者の名が書かれるとよいことがあるのか。研究者としての力量を評価する/される必要がある場合には、誰がどれだけ寄与したかを示す必要のある場合があるだろう。また筆者の名前から複数の文章・思考のつながりを知ることができるといった効用もあるだろう。また書き手にとっては、自分が書いたのだと示したい、それを糧にして仕事をしていくということもあるだろう。私は、自分の生産物を自分だけが取得できる、のではないとずっと言い続けてきたのだけれども、「これは自分の仕事だ」、と思うことまでを否定したわけではない。ただ他方、同時に、誰が書いてもかまわず、よいものでありさえすればよいのだということもある。」
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◆立岩 真也 2022/**/** 『人命の特別を言わず*言う』,筑摩書房
◆立岩 真也 2021/03/10 『介助の仕事――街で暮らす/を支える』,ちくま新書,筑摩書房,238p.
◆立岩 真也 2020/11/11 「私たちはそういうことにあまり慣れてないのだが」,DPI日本会議,ご寄付、ご支援について
生存学研究センターのフェイスブックにあるこの文章と同じものは
http://www.arsvi.com/ts/20222824.htm
にもある。