私の勤め先の大学院で博士号をとったりした人たちが出した本におまけのようなものを幾つか書いてきた。
→◆立岩が関係した博士論文:http://www.arsvi.com/ts/dt.htm(現在整理中)
それを紹介していきます。
■新山 智基 2011/12/01 『世界を動かしたアフリカのHIV陽性者運動――生存の視座から』,生活書院
http://www.arsvi.com/b2010/1111nt.htm
に入っている
■立岩真也 2011/12/01 「補足――もっとできたらよいなと思いつつこちらでしてきたこと」
を再掲していきます。新山さんの本買ってください。
■1 まず確認
数でものごとの重大さが決まるというものでもないだろう。しかし、それも一つ、大きなことではある。震災で何万人の人が亡くなったとか、ビルが崩壊して何千人の人が亡くなったとか。その数からいえば、大きくは貧困によってということになるだろうが、その貧困・経済・社会と関係して、エイズで、毎日[「毎日」に傍点]、あの建物の倒壊の日に亡くなったその何千といった数の人たちが――亡くならなくてよいのに――亡くなっている。
それが日本では予防の対象になり、検査の対象になっていて、それでも少しずつ増えているといったことは時々報道されて、知っている。それから薬害エイズのことも記憶にある人がいくらかはいるだろう。けれどもこのこと、アフリカのことは知らない。前進はあったが、解決は――できるのに――されていない。それはまずいだろう。というごく単純な理由で、私たちは、いくらかそのことに関わってきた。というのは正確ではなく、そのことに関わる(日本の)人たちにすこし関わってきた。そしてそれを受けて、この本を新山さんが書いてくれた。
それにしても、なぜアフリカなのか。と、問わないこともあってよいと思う。今度の震災の時、その被害を受けた人たちを緊急に支援するべきことをもちろん認めながら、そしてそう余裕のあるはずのない外国の人たちからの援助に感謝しながら、「国内」が大変だから、海外支援の方をいくらか減らしてもってきて、といった話になると、それは違うだろうと思う。後で紹介するアフリカ日本協議会(AJF)の代表の林達雄さんは今度の地震が起こった5日後の3月16日、「こんな時こそ「国際連帯」の灯を消すな 」という文書をAJFのサイトに載せている。
たしかにヨーロッパは距離的にもより近い。かつての植民地であったりもする。言語もその言語が「公用語」として使われていたりする。移民や留学生も多い。様々な思惑もあろう。比べれば、たしかに日本は遠い。いや、じつはこれこれの理由で――例えば天然資源のこととか――アフリカとこちらは近いのだと言ってもよいが、私は、わざわざそんなことを言う必要もないだろうと思う。自分(たち)にとって面倒なことが起こった時、起こっている時に、「近い」(から助ける)とか「遠い」(ので遠慮しとく)とか、もっともらしいものを持ってくるのだとも思う。なぜそう思うかについては幾度か書いているから略すが、小さい範囲については「義務」があるが、より広い範囲については「善意」で足りる、そのまともな理由など、探してもない。
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◆立岩 真也 2020/11/11 「私たちはそういうことにあまり慣れてないのだが」,DPI日本会議,ご寄付、ご支援について
◆立岩 真也 2021/03/10 『介助の仕事――街で暮らす/を支える』,ちくま新書,筑摩書房,238p.
◆立岩 真也 2022/**/** 『人命の特別を言わず*言う』,筑摩書房
生存学研究センターのフェイスブックにあるこの文章と同じものは
http://www.arsvi.com/ts/20222786.htm
にもある。