HOME > Tateiwa >

「この本はまず実用的な本で、そして正統な社会科学の本だ」2

「身体の現代」計画補足・538

立岩 真也 2018/11/
https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/2188961521370823


537 < / > 539

Tweet


カバー写真
[表紙写真クリックで紹介頁へ]

仲尾 謙二 20180930 『自動車 カーシェアリングと自動運転という未来――脱自動車保有・脱運転免許のシステムへ』,生活書院,300p. ISBN-10: 4865000860 ISBN-13: 978-4865000863 3000+ [amazon][kinokuniya]
 本センター客員研究員の仲尾謙二さんの本『自動車 カーシェアリングと自動運転という未来――脱自動車保有・脱運転免許のシステムへ』が刊行された。この本のもとになった博士論文の主査(大学院における主担当)を務めた私は、この本に「この本はまず実用的な本で、そして正統な社会科学の本だ」という短文を書かせてもらっている。この本がたくさん売れてほしいので、それを何回かに分けてここで掲載していく。



 地元の話の続き。京都市の市街地は十分にこじんまりとしているし、おおむね平らなので、私は自動車を使わない。というより純粋なペーパードライバーなので使えない。自転車に乗っている。だが、ホームセンターで苗を買ったり肥料を買ったりするときには、その荷をどうしようということはある。このごろは重いものかさばるものはネット通販をよく使うが、車が運転できるなら、カーシェアリングを使うかもしれないとか思う。他方私にとってレジャーとは酒を飲む(飲みに行く)ことだ。私的な空間にいてしかも好きなように移動して、移ろっていく外界の光景を楽しむというのはわからないではないが、飲めない外出は無意味なので、カーシェアリングであれなんであれ自分が運転してというのはないな、と思う。
 そんなことを思いながら読んでいき、私のまわりのことを思ってみると、このごろ景気がある部分の人々についてよいということなのか、ベンツやらポルシェやらをずいぶん近所でみかける。金が余っているなら使えばよろしいとは思う。顕示的消費というものはこの世から消えてなくなりはしないのだろう。ただ自動車について言えば、大きな波は引いたのだろうか。
 かつて、自動車で走るような道もそんなにない、そして買ったらとても高い買い物になるのに、とにかく車を持つのだという、その願いをかなえようという、そういう時期があった。そういう時代が形成されてしばらく続いたこと、その後のことも本書で辿られる。そして「おわりに」で著者は、自身の親が松田キャロルを買ったときのことを書いている(二六七頁)。そういえばそんな話も著者が論文を書く過程でしたことがあった。私の父親の場合は日産のサニーだった。父親は歩いて五分という職場に務めていたから通勤にはいらなかったが、買った。ただその後、母親の転勤はあったから、母親も車をもつようになり、二台とか三台とかが車庫にある典型的な田舎の車の持ち方になっていった。その父親はやがて、とても長い時間が経ってからだが、認知症になって、運転の方はまったく身についてしまっていて、できるし、したいのだが、どこにいるか行くかわからなくなるので、困った。後述もするように私の出身地は佐渡島で、自動車を運転する限りは島のなかにはいるはずではあるが、それでも困った。ごくまれに帰省した時のことだったが、私も鍵を隠してみたり、車を押しとどめてみたり、なんやかやあった。
 そんな時間のあいだに、社会全体としては、自動車を所有する利益は減っていったのかもしれない。消費・所有には、もっていない人がいるから、もとうとする面がある。みながもつようになると、一部の人たちのように立派なものをもって差異化しようというのでもなければ、さほどの魅力はなくなるということはある。欲望が飽和する。歴史がいったんひとまとまりし、車はそんなに強い欲望の対象ではなくなったのかもしれない。さらに、経済的な困難といったものもあるかもしれないし、他にいろいろと楽しいことが出てきたということもあるかもしれない。
 ただ、終わったことは終わったこととして、それを描いておくということはある。第2部「自家用車というしくみの発生」はそんな部分になる。ここは、博士論文を単行本にするにあたって、カーシェアリングの部分だけにして、コンパクトな本にという狙いでということか、外すことも考えたようだが、私はここは読みたかった。博士論文の時も、もっと濃く書いてもらった方がもっと楽しいといったことを言った記憶がある。筆者は、わりと自動車がすきな人で、けっこう書ける人だが、個々のできごとを書き連ねていくというより、ここは大きなデータから移ろいを調べていく。マニアな人が一つひとつにこだわって書く本もそれはそれであってよいだろうけれど、統計からでもこのぐらいのことが言えるという書き方で、辿っていく。こういう押さえ方の本があってよいし、この部分があってよかった。そのひとかたまりの歴史の後、ではこれからという話にもなっていく。


 生存学研究センターのフェイスブックにあるこの文章と同じものは
http://www.arsvi.com/ts/20182538.htm
にもある。


UP:2018 REV:
仲尾 謙二  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇病者障害者運動史研究 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)