『現代思想』2017年5月号の特集は「障害者――思想と実践」。目次、そして一部の執筆者についての頁へのリンクは
http://www.arsvi.com/m/gs2017.htm#05
にあり。そこからすぐに注文もできる。
私が書いているのは特集とは別の連載第133回「高野岳志/以前――生の現代のために・21 連載・」。
http://www.arsvi.com/ts/20170133.htm
には文献表があり、そこから文献の全体などへのリンクがある。
以下はその冒頭。今回はいつもより長い。通して読むとけっこうおもしろいのではないかと思う。買ってください。そして私は高野岳志(1957〜1984)の他、山田富也(1952〜2010)、渡辺正直(1954〜2012)、石川正一(1955〜1978)、福嶋あき江(1958〜1989)といった人たちについて書こうとしている。ただ手許にある情報はわずかだ。なにかお持ちの方、ください。知っている方、知らせてください。
フェイスブックに載せているこの文章は
http://www.arsvi.com/ts/20172354.htm
にもある。
「■八〇年代を先にすること
書きかけの何回か分を飛ばして、一九八〇年代の初め、国立療養所から出た筋ジストロフィー者について記す。その一つのわかりやすい理由は、昨年頃から、金沢市にある旧国立療養所医王病院に長く暮らしてきた古込和宏の退院のための種々に少しだけ関わっていることにある。古込(ふるごみ)は一九七二年四月二六日生だから、この号が出るときには四五歳。五歳頃に筋ジストロフィーの診断を受け、八歳の時に国立療養所、今は国立病院機構医王病院に入院。県立医王養護学校(当時)に転校し高等部卒。入院生活は現在まで三七年ほど。当方のサイトに掲載させてもらっている文章として古込[2016][2017]他。相模原での事件の後、幾度か述べることになったが、皆が本当に施設・病院を出られるのかといった逡巡にさほどの意味はない。残りたい人は残ってよいだろう。だが出たくて出られる人は出たらよい。そしてそれはとても多くの場合に可能だ。
この連載のここしばらく、二〇回ほどのなかで、結核療養者の収容施設としてあった国立療養所が筋ジストロフィー児や重症心身障害児を収容するようになった経緯について記してきた。(旧)国立療養所から出たいという人がいたからこの連載の一部分が始められたのではないが、結果として、関係はある。その場所は、ここもう五〇年余り、大きくは変わらなかった。かつては筋ジストロフィーの人たちの多くは二〇歳前後でその施設の中で亡くなっていったが、その後寿命は伸びた。すると、例えば古込のように四〇代で、四〇年程を病室で過ごす人が出てくる。その変化と、変化にもかかわらず変わらないその事情に、これまで書いてきたこと、あと数回書くつもりであったことは関わっている。」