一つ見つけてくること
「身体の現代」計画補足・292
立岩 真也 2017/01/05
☆
291 < / >
293
[表紙写真クリックで紹介頁へ]
再開した、『生存学の企て』(生活書院、2016)
http://www.arsvi.com/b2010/1603rcav.htm
「補章」の再掲第3回(通算第30回)。
吉田幸恵については(データが古いが)
http://www.arsvi.com/w/ys13.htm
寺本晃久・岡部耕典・末永弘・岩橋誠治『ズレてる支援!――知的障害/自閉の人たちの自立生活と重度訪問介護の対象拡大』については
http://www.arsvi.com/b2010/1510ta.htm
フェイスブックに載せているこの文章は
http://www.arsvi.com/ts/20172292.htm
にもある。
「■4 言葉にしていくこと
■日常を言葉にする&言葉でない世界を言葉にするのは難しい、が
[…]
■一つ見つけてくること
そんなわけでなかなか苦労することもある。ただ、そんなところを通りこして、なにか一つ見つけること、見つけられることがある。それはときに、集まってしまったことの、偶然と言うしかない部分を含む効果でもある。
吉田幸恵がまず論文に書いたのは精神障害のある人のホームヘルパーについてのことだった(吉田[2010a])。それはそれで意味のあるもの、あるものになったかもしれないものだったと思う。どこにそのおもしろさ(難しさ)があるのかについては『ズレてる支援!――知的障害/自閉の人たちの自立生活と重度訪問介護の対象拡大』(寺本他[2015])という本が参考になるかもしれない。つまり、身体障害の人の介助というと何をするかわりあいはっきりしているのだが、知的障害・発達障害・精神障害となるとどうか。そのように問いを立てると、これはかなりおもしろい。これまで幾度も言及してきた、自ら状態・必要を示す、示さざるをえないとされるという事態をどう考えるかということにも関わる。ただすくなくともその時、吉田自身には、その続きを続ける見通しは立たなかった。
それからしばらくの時間が経つことになるが、吉田はかなり異なる主題にとりくむことになった。というか、さきの論文と同時期、「黒川温泉宿泊拒否事件」についての論文(吉田[2010b])は書いていて、既にハンセン病に関心はあった。ただハンセン病療所やそこでの人々の生活については比較的・例外的に研究がある部分で、手を出しにくい。吉田が書く場所を見つけたその時は、偶然のようにやってきた。と今なら舞台裏を言ってよいと思う。センターが韓国の人たちと研究交流を続けきたことは紹介したが、そのなかで、吉田は、韓国からの留学生で研究科の院生の李旭(イ・ウク)の案内で、日本の占領時代にできたソロク島のハンセン病施設を訪れたのだが、その近くに建っている児童施設はじつはイの祖父が設立したもので、そこではハンセン病の病院、そこから出て暮らす場所として与えられた「定着村」というところに暮らす親の子を預かっている施設だった。そこで、イの家族からその施設のこと、そして定着村のことなとを聞くことができた。そこで得られた情報は大きな意味をもった。分量的には博士論文の大きな部分は文献研究によって得られたものだったが、例えば日本占領下での政策や施設の状況については既に書かれたものがないではなかった。韓国に行ってイの家族に教えてもらったところ、調べるきっかけを与えられたところに「はつもの」の部分があった。それで博士論文が書けた(吉田[2015])。」