盛会でした。「法的能力(障害者権利条約第一二条)と成年後見制度」というテーマ。の、9月22〜23日、立命館大学いばらきキャンパスで障害学国際セミナー2016。
http://www.arsvi.com/a/20160922.htm
私の23日の報告は「成年後見制度に代わるもの」。前々回からそのためのメモから紹介。
http://www.arsvi.com/ts/20160923.htm
以下に記している部分については実際の報告ではごく短くしかふれなかった。また今回のセミナー全体でもこういう論点に関わる発言はなかったように思う。だからこそ考えてほしいということもある。
フェイスブックに載せるのと同じこの文章は
http://www.arsvi.com/ts/20162213.htm
にもある。
「◆とくに「強制」が関わる場合をどう考えるか。
これは条文としては14条に関わるのだろうが、どんな場合に本人の意思・希望に反する行い、また本人から(その時点においては※)表明されていない行いが正当化されるか、またされないかということであり、深く関連する。
自傷と他害を分ける。以下について立岩[2016]でより詳しく議論している。
◆他害について。それは基本的に医療の対象でないとする&障害によるというだけでなく確率・予想による対応は極小化すべきであると主張する さらに刑事司法においても現行犯への対応とする〜この場合には「障害ゆえに」という契機はなくなる。(CRPD第14条は「いかなる場合においても自由の剥奪が障害の存在により正当化されない」としている。)
◆自傷(ここでは広い意味に解する)について。
・1)障害者差別がなくなればあとは(おおむね)「自己決定」に委ねればよいということにはなるだろう(→障害を苦にして死のうとすることはなくなるだろう)が 差別がなくなることは(すぐには)ない とすると→死の決定を許容する法を是認しない正当な理由があると考える※★05。
※これは本人決定を強く肯定する側からは支持されない可能性がある。
2)直接的に社会的要因がかかわっているわけでない鬱による自殺念慮といったものがあり、それを認める動きがベルギー、オランダなどにある。
→これについての精神障害者団体の動きはどうか研究の必要がある。
★05 安楽死・尊厳死について立岩[2008][2009]、立岩・有馬[2012]。立岩[2008]にはコリア語訳がある。」
◇立岩真也 2008 『良い死』,筑摩書房
◇―――― 2009 『唯の生』,筑摩書房
◇―――― 2016/09/01 「七・二六殺傷事件後に」,『現代思想』44-(2016-09):
◇立岩 真也・有馬斉 2012 『生死の語り行い・1――尊厳死法案・抵抗・生命倫理学』,生活書院