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ほんとうはなにも足りないものはないということ
立岩 真也
2016/01/01 『同朋』68-1(777 2016-1):17※
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last update:2015
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※「どうぼう」 編集:東本願寺出版(真宗大谷派宗務所出版部)/発行:真宗大谷派宗務所
なにか「哲学的」なことを書くとよいかなと思ったのだが、私はそんなことが得意ではないので、別のことを書くことにした。「お金のこと」だ。どんな立場の人たちもこのことを心配していて、「いのちが大切」なことはよくよくわかっている人たちも、お金がかかる足りないと言われると、心細くなったたり、自分のことが申し訳けないように思ったりしてしまう。
しかしそのように思うのは間違っている。私はこのことをずっと言っている。話をしに呼んでもらえる時にはその話ばかりしている。いちばんわかりやすくて大切なことだと思うからだ。ここでも短く――その分わかりにくくなってしまうが――繰り返す。
小学生前の子でも少子高齢化という言葉を知っている。子どもの数はかつてのように多くはならないだろうが、特別に間違った政策をとらなければ、人口はこれからそう増えもしないがそう減りもしない安定した社会になる。有限な資源を分けあって生きている人たちにとってはこのぐらいがちょうどよい。
平均年齢は延びている。そしてたしかにたくさんの人たちが認知症と呼ばれる状態になる。私の両親もそうで、田舎から離れてしまった私はさぼってしまっているが、田舎にいる弟夫婦は苦労している。ただ、一つ、平均すれば、寿命全体の中の長く元気に働ける期間の割合はは長くなっている。だから実際には働ける人の割合は増えている。ものを作れる技術は十分に進んでいて、そういう部分にもう人はたくさんいらなくなっいる。そして人が暮らせるだけのものは十分に生産されている。そしてかえって働きたくて働けない人は余ってしまっている。若い人も中年の人も年とった人も余っている。人の世話の仕事はたしかにたいへんな仕事だが、それをその十分いる数の人たちが手分けていけばよい。
簡単に言うとそれだけのことだ。にもかかわらず、たいへんそうに見えているのはなぜか。政治家はなぜたいへんだいへんだと言うのか。この説明はもうすこし面倒になるのでここでは略します。理屈がきらいでないい人は、
『良い死』
(筑摩書房)、
『税を直す』
(青土社)といった本を読んでいただければと思います。それから
「立岩真也」
で検索するとこんなことを書いている文章が幾つも出てくるので、ごらんいただければと思います。
UP: 20161227 REV:
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立岩 真也
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Shin'ya Tateiwa
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