第一に、デモクラシー自体が一つの目的であり、それに関わる諸権利自体が望ましいものだということです。デモクラシーが実現していることと、等しく言論の自由が認められるなどいくつかの権利が付与されていることとはそもそも別のことではありません。このことはまったく明らかです。ただ、このようなつながりだけがあるのではないこともまた事実です。経済的・社会的権利(economic and social rights)は政治的な権利と密接に連関しながらもそれに還元されない部分があるからです。このことは講演の中でもおっしゃられました。
第二に、何にせよ人々から支持されないものは、実現可能性とそして継続可能性において難しさがあることも言えるでしょう。仮にある制度が押しつけられ諸権利が認められたとしても、その内容に人々が納得でぎないならそれを支持する力は弱くなるでしょう。
さて、以上を確認した上でも、経済的・社会的権利の承認とデモクラシーの存在が同じになることはないのですし、二つが完全に連続的につながることもありません。
とすると、このこととデモクラシーとの関係はどうなるのでしょう。
一つに、先生は、賛成を得られ、制度化されていない権利があると主張されるのですが、しかしそれは、デモクラシーのもとで、公共的な討議(public discussions)にかけられることによって、承認され、そして制度化されるべきであり、そしてまたそうなるだろうと語られました。例えば、「自由に機能するデモクラシーのもとでの開かれた公共的な討議において、社会的・経済的権利は広範な支持を得られやすい」("economic and social rights", which also tend to receive widespread support in open public discussions in feely functioning democracy)と述べられました。(p.4)
ただその次には、飢饉による餓死といった目立った災厄については解消されやすいだろうけれども、しかし、それ以上の権利を認めるところまでにはなかなか行かないのだということをおっしゃいました。
例えば、米国やインドでそうした諸権利が認められないという「失敗についての公共的な議論はすべて、ほとんどつねに、それらの権利の重要性を認めることに結びつくのではあるが、それぞれの国で制度的に十分に満たされることがないままされてしまう。」(And yet every public discussion on these failures leads, almost invariably, to the importance of those rights, which remain systematically underfulfilled in the respective countries.)(p.5)
また先生は、この困難について、次のように述べられました。
「飢饉は政治化しやいけれども、より極端なものでない剥奪にたいして適切な政治的関心を喚起するには、コミュニケーションの技術をもっと充実させること、政治的な組織化を進めていくことが必要なのだ」(while famines are easy to politicize ・・・・ , much greater communicative skill and political organization are needed to bring adequate political attention on less "exterme" deprivations・・・・ )(p.5)
とすると、このこととデモクラシーとの関係はどうなるのでしょう。
一つに、あなたは、賛成を得られ、制度化されていない権利があると主張されるのですが、しかしそれは、デモクラシーのもとで、公共的な討議にかけられることによって、承認され、そして制度化されるべきであり、そしてまたそうなるだろうと語られています。例えば、「自由に機能するデモクラシーのもとでの開かれた公共的な討議において、社会的な経済的な権利は広範な支持を得られやすい」("economic and social rights", which also tend to receive widespread support in open public discussions in feely functioning democracy)と述べられました。(p.4)
ただその次には、飢饉による餓死といった目立った災厄については解消されるだろうけれども、しかし、それ以上の権利を認めるところまでにはなかなか行かないのだということをおっしゃいました。
(米国やインドでそうした諸権利が認められないという)「失敗についての公共的な議論はすべて、ほとんどつねに、それらの権利の重要性を認めることに結びつくのではあるが、それぞれの国で制度的に十分に満たされることがないままされてしまう。」(And yet every public discussion on these failures leads, almost invariably, to the importance of those rights, whihc remain systematically underfulfilled in the respective countries.)(p.5)
またあなたは、この困難について、次のように述べられました。
「飢饉は政治化しやいけれども、より極端なものでない剥奪にたいして適切な政治的関心を喚起するには、コミュニケーションの技術をもっと充実させること、政治的な組織化を進めていくことが必要なのだ」(while famines are easy to politicize ・・・・ , much greater communicative skill and political organization are needed to bring adequate political attention on less "exterme" deprivations・・・・ )(p.5)