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出生前診断のことを考える

−いのちと自己決定をめぐって−

19991218 立岩 真也 優生思想を問うネットワーク99年度連続講座第7回


■資料01 立岩「議論は始まってさえいないのかもしれない――出生前診断について」
 『ばんぶう』1998-10

■資料02 『私的所有論』第9章「正しい優生学とつきあう」目次

 第1節 出生前診断
  □11出生前診断
  □12障害者の社会運動の批判
  □13女性の運動の批判・応答
  □14残されている問題

 第2節 女性の「自己決定」という設定の錯誤
  □21決定の対象は「自己」ではない
  □22負担者であるがゆえの権利という論理

 第3節 「当事者」の不在
  □31「本人の不幸」という主張は成り立ちえない
  □32抹殺とする批判を採らない
  □33範疇に対する差別?

   *□33はすこしあやしいところがあるかもしれない。しかしあとは間違っては
    いないだろうと思っている。

 第4節 なぜ私達は行うのか
  □41不快/不都合
  □42死/苦痛
  □43いずれも勝手な行いであることの中の差異
  □44「正しい」優生学としての出生前診断・選択的中絶

  *今でもよくわからないのは□42の部分。
   どういう人が生まれるのか,私たち(の都合)で決めてはならない
   と言うことはできるように思う。(私たちはそうしたいのだが,しかし,
   そうしてしまったら,他者がいることは終わってしまう
    〜この章,そしてこの本の第4章)
   しかし,……
   それでもどうしたものだか述べてみたのが□51。pp.415-416

 第5節 何がなされうるのだろうか
  □51知らされてよいのか
  □52積極的な権利としての選ばない権利

 第6節 積極的優生について
  □61積極的優生
  □62積極的優生は不愉快だから禁止される
 第7節 引き受けないこと
  □71否定するのでなく、場から降りること
  □72小さな場に現われる
  □73私から遠ざけること


 〇ホームページの紹介(略)

 〇本の紹介(略)



優生思想を問うネットワーク  ◇立岩 真也
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