『全障連』bR
『全障連』bR(19770807)
◇『全障連』(全国機関誌)目次
『全障連』bR(19770807)
全障連第二回東京大会へ結集を
踏み固めた大地に障害者の自立と解放の根をしっかりと!!
昨年、一年間の間に、障害者をとりまく情況は日増しに厳しさを加えており、政府―文部省は二年後に迫った養護学校義務化をなにがなんでも行い、障害者の隔離と教育全体の能力主義攻撃を貫こうとしています。また今年三月21日静岡地裁が赤堀さんの再審請求を棄却決定したことにもみられるように、権力による障害者抹殺の方向も強められてきているのです。(p1)
こうした中関東・関西・東北はもとより、東海・北陸・四国などこれまで比較的運動の弱かった地域においても、自立した障害者の運動が芽ばえそして私達全障連に合流する人々が増えているのです(p1)。
このような中で、運動の高まりを背景に私達は今年の八月第二回大会を開催しようとしています。一五〇〇名もの結果を見ながら交流の域を出なかった昨年の結成大会から、今年はさらに質的飛躍をかちとるべく討論と準備が進められています(p1)。
全国統一闘争の報告
赤堀差別裁判糾弾闘争
6・25〜26全国総決起集会の報告
25日の集会→700名
26日の集会→500名
この闘いは、三月十一日再審棄却決定が静岡地裁によってだされ、緊迫した情勢下での闘いでした。今回の三名の不当逮捕にみられるように、権力は、なにがなんでも再審棄却を行ない、赤堀さんへの死刑執行をなさんとしています。また、この攻撃が等しく、刑法改「正」・保安処分新設や優生保護法改悪の、隔離・収容・「障害者」抹殺攻撃と同じ内容をもっているということが確認できると思います(p4)。
立ち遅れた点→弁護士との関係、裁判所の包囲
今後の課題
(1)三者の共同闘争とし「障害者」解放闘争として更に、発展させる。
(2)闘いを広く人に訴える
(3)三者による「法定対策委員会」を中心とした法廷闘争の推進
(4)三名の逮捕者を早期奪還する
4・16東京討論集会(関東ブロック主催)の報告
午前→東京高裁への要請行動
午後→約60名での討論集会
・昭和29年当時、証拠は足跡と目撃証言のみで、赤堀さんを犯人と特定できるものではなかった
・にもかかわらず、自白書がつくられた
・裁判長は「赤堀さんは知能が低く言うことがあてにならない」とし。判決をくだした。
要請文(全障連→法務大臣 福田一)(p6)※一部抜粋
つきましては、貴職、法務大臣、福田一殿に対して、今回の棄却決定においても、科学的根拠に基づく理由のないところからして、また、現在東京高裁に即時抗告中であることにかんがみ、真実を放棄した安易な刑の執行を万が一にも決定されぬよう強く要請いたします。
一九七七年四月十六日
法務省 法務大臣 福田一殿
全国障害者解放運動連絡会議
要請文(全障連→東京高裁裁判長)(p7)※一部抜粋
再審開始の要件を厳格かつ形式的に解釈し、「法的安定性」あるいは「裁判の権威」を振りかざして、確定判決を堅持しようとする姿勢、また、無実の者を急ぎ処刑せんとする放蕩局の態度は、断じて許されはしない。
我々は、第四次再審査請求理由に基づく、すみやかな再審の開始、無罪決定に強く貴職に要請する。
一九七七年四月一六日
全国障害者解放運動連絡会議
東京高等裁判所第三刑事部
小松正高裁判長殿
54年度 養護学校義務化阻止
第一回全国総決起集会の報告と総括
四月二四、二五日
二四日→午後二時からオリンピック記念センター講堂に約八〇〇名
基調報告
戦後の教育の流れの中での障害者差別と養護学校義務化の経緯
義務化の本質として
(1)差別選別の教育体制の確立
(2)障害者を差別を選別するための行政機構再編
(3)地域治安管理体制の強化
が提起された。
また、すでに、健康診断、教育相談、在学時調査、就学猶予や免除、訪問教育制度が強化されていることが明らかにされた。
ブロックごとの報告
全関西義務化阻止共闘会議
仙台の義務化を阻止し解放教育を克ち取る会
富山の養護学校を考える会などから報告
二五日→日比谷小公園に三〇〇名が集結、五〇名の交渉団を選ぶ
10時過ぎから交渉 文部省から特殊教育課長ら4人が出席
文部省の対応 「(これまでの教育施策は―記録者)大筋において正しかった、今後とも障害児の発達を保障するために養護学校政策を推し進める」
時間切れを理由に逃走を図ろうとする
きわめて不本意ではあったが、我々は最初の交渉であることも考慮して、とりあえず全国各地からの九五五〇名の義務化阻止にむけた怒りの署名を文部省につきつけ、今後の交渉の継続と障害者の声を原点として教育を進めることを確約させて三時間近い交渉を終えた(p9)。
資料/文部省への交渉申入書(一部抜粋)(p10-11)
その中の二、三の事柄についてのべれば、今まで普通に通学していた障害児が無理矢理、養護学校に入れられたり、義務化という名が付いているにもかかわらず、就学猶予や免除の条項が残されていたり、なによりも、人間にとってもっとも多感な時期、成長期を非常にかぎられた障害者集団の中で過ごした後、何の保障もない、差別だらけの「健全者社会に」ほうり出されるような制度がはたしてどのような意味を持ちうるのか。などの事柄に深い疑念を持たざるを得ません(p11)。
文部省交渉の内容の報告(一部抜粋)p11-14
(健全者に近づけようとしているという質問に対して―記録者)
文部省:本人が持っている能性をできるだけ引き出していく、それは必ずしも、健全児に近づけるということではないのです(p12)。
(隔離だという指摘に対して)
文部省:隔離じゃなくて特設な教育の場を用意しなければその発達の保障が充分でない方にはそういう風にしますということです(p12)。
障害者の意見を聞くという確約書を書かせるという意見があったが実現しなかった。
義務化阻止をめぐる最近の情況 全国事務局
義務化阻止教頭会議が仙台の「54年度養護学校義務化を阻止し解放教育をかちとる会」始め、神奈川、京都、大阪、兵庫、奈良「尚司君の富中入学を実現し障害児教育を考える会」、あるいは東京、和歌山、岡山で受運日会が作られている。更に義務化阻止に向けた集会が仙台、福島、秋田、山形、新潟、富山、神奈川、名古屋、大阪、兵庫、京都、奈良、岡山、福島などでおこなわれていることは養護学校義務化をめぐる差別を許さない運動が急速に大きくなっていることを示す。(p15)(重複しているが原文のまま―記録者)
※これに対して、教育委員会は交渉に応じなかったり、追究を逃れようとしている。
※この闘いは1979年で終わるわけではない。
義務化阻止神奈川県強調会議結成さる! 神奈川県共闘会議事務局
1977・6・5 結成 於 横浜市勤労会館
代表に青い芝の会神奈川県連合会の矢田龍司
※参加者(参加団体)
・青い芝の会神奈川県連合会
・社会党代議士→養護学校に反対して国会で闘っていくという宣言
・養護学校に反対する親の会が共闘会議へ合流
運動方針(p16)(記録者による要約)
・これ以上、神奈川県に養護学校をつくらせない
・差別を許さない教師を作り出す
・県下の他団体と広いつながりをもつ
・神奈川県教育委員会に質問状を出し、交渉をする
・活動の中で、障害者と健全者がふれあう機会をつくりだす
公開質問状 兵庫県共闘会議→兵庫県教育委員会(1977年6月)
※以下、内容の要約
1、2月21日に神戸で、CP児を養護学校の幼稚部に背負って通園させていた股関節脱臼の母親が心中する事件が起きた。このことは、障害児が地域社会から排除された結果である。この責任と再発防止のために必要な対応についてどの様に考えているか。
2、1の件で、抗議書を3月31日にもっていた際に暴行を受けた。これについて謝罪せよ。またこのようなことが二度と起きないために、交渉について日時以外の条件をつけず、誠意をもって対応して欲しい。
3、姫路市3人の障害児の親が健全児との教育を強く求めているにもかかわらず、姫路市教育委員会は、強く拒み続けている。親の要求すら拒否して、何が何でも養護学校に入れる理由と権限はどこにあるのか?
4、県教委の「心身障害児の就学指導の手引き」を出して以降、上記のような事件が起きている。
このことは、普通学級で障害児が学べるようにと要求する運動の広がりと逆行するがどう考えているのか?
5、これまで障害者は教育の場から排除され養護学校に入れられることによって自立することを奪われ、生みだされた差別によって地域社会から全く切り離されている。そのことに対する責任をどう考えているのか?
6、以上のような諸問題は「54年度養護学校義務化」の方針によるものである。そのことをどう考えているのか?
以上の諸点について、7月初旬の交渉を要望。
都市交通をめぐる最近の情況と報告 全国事務局
全障連はこの半年、各地の闘いに積極的に共闘を呼びかけると共に各ブロックでの陸運局交渉を方向づけてきた。そして七月六日には全障連主催の全国交流集会と運輸省への抗議を行い、今後運輸省に対する強力な闘いを作り出すことを決定している(p19)。
バス乗車拒否は、仙台、福島、金沢、東京、神奈川、兵庫、広島、長崎などで起きておりまた都市交通、国鉄に関することでは、北海道から九州までそれこそ津々浦々にまで及んでいる。(p19)
抗議ならびに要望の書 全国障害者解放運動連絡会議会長 横塚晃一→運輸省運輸大臣殿
※以下、抗議、要求部分を抜粋
@これまで、車イスの障害者が乗車拒否されたことは、明らかに不当な差別であり、貴職における障害者に対する差別と偏見に基づいた交通行政と指命の結果であると考えます。
A二度と交通機関による差別が行われないように、貴職において障害者の実態を知り、行政としての姿勢を求められると共に、車イスの乗車を当然のことと認められるよう各陸運局、あるいはバス会社当局に指命されること。
Bまた、駅・ホーム・バス停などの安全設備を早急に改善されると共に、こうした設備や、バスの構造改善などに際しては、必ず私たち障害者自身の声を聞き、それに基づいて実施されること。
6・11全交運との話合いの経過 関東ブロック事務局
19770611 全交運と全障連の第1回話し合い 於 東京會舘
全障連の見解(p21)
@設備の不備などを理由に障害者の乗車を拒否することは差別であり、障害者を分断するものである
A労働者にも差別意識があり、今後は、「弱者救済」といったものではなく新の共闘を作るべく話し合いたい
全交運の見解(p21)
@これまで運輸省に対し、安全テストを行い改善することを、その年次計画を出すことを要求し認めさせてきた。
A障害者のバスに乗る権利を認め、乗せるように前向きに検討する
B今後全交運が窓口になって話し合いをもつと共に、行政や障害者団体などと共に合同会議を準備したい
話し合いの結論(p21)
@今後共に運輸省に対する闘いを作る
A全交運を窓口として関係者の共同会議をもつ
資料 全交運・中央バス共闘会議の車イスでのバス乗車についての見解(四月末)(p21)
1特例として乗降口から車イスのままでの乗降を認める
2車イスの乗降に必要な介助者を必ずつけるものとし、乗車に際しては安全ベルトを装着したうえで介護人は乗車後すみやかに所定の位置に車イスを安全バンドで固定(2ヶ所)するとともに、料金の支払いと合わせて乗車完了を乗務員に知らせること。
3車イス乗車は原則として1両につき1脚とし、ラッシュ時等の混雑車両は避けること。
全国各地の様々な闘いと提起
富山「養護学校義務化を考える会」からの報告(p22)
これまで2、3回の学習会
障害者側から
「たとえ養護学校でも行けるだけしあわせじゃないか」
「家の近くに学校があるのになぜわざわざ遠い所にある養護学校に行かなければならないのか」
「障害者にとって機能訓練はなぜ必要なのか、発達保障は少しでも健全者においつくためにあるのではないか。」などという意見が出た。
札幌駅における障害者差別を許さず、再度交渉の場を要請する支持・ご協力のお願い 野田君と共に闘う会(p21-22)
1976年暮れ 札幌駅職員によって脳性マヒ者の野田裕が「気持ち悪い」と差別発言を受ける
「野田さんと共に闘う会」結成
発言した本人→「酔っぱらいと間違えただけ」→国鉄当局と国労に任せる
国鉄当局→「サービスの不手際」を謝罪する形式的な謝罪文
再度話し合いにつくことを要請
岩楯さんの地域の小学校就学闘争の支援要請 岩楯恵美子学校へ入る会(p23-24)
1973年12月7日 岩楯さん(府中療育センター在所)が府中市教委に対し「地域の小学校に入って勉強したい」と要望
→年齢超過を理由に拒否。「年齢オーバーですので・・・。」を繰り返し交渉も打ち切り。
武蔵台小学校に入学式いらい登校、学校当局、教師に話し合いを求める。
→ガードマンを雇い、校庭に一歩も入れないようにしてきた。
即時入学を要求
特集 座談会/養護学校、盲、ろう学校の差別を問う(p25-29)
★体験の中から
S君 障害者とは関わっても健全者との関わりは絶対必要なんだけれどそれがなかなかできなくてね。
Y君
(盲学校の寮に関して―記録者)外出も五時半まででその後の外出はよっぽどでないと認めないというありさまだった
★能力主義
M君
ずうーと能力別教育ですよ。幼稚部から、小、中、高そして専攻科に行くと、職業別、学科別になるのです。(中略)障害者同志の中で差別があるのよね。
★差別と闘わない教育
★無意味な訓練
S君
先生は軽いヤツなんかには、「これができればあんたも普通の企業に入れる。」、重度の障害者には「これをしていれば、生きがいができます。」という。いくら職業訓練しても雇ってくれるところなんてないわけよ。でもね、障害者の方でも努力するの。
★能力主義に貫かれた障害児教育
M君
同和教育を含めた差別の問題を全然やっていないのは大きな問題だと思います。
S君
障害者の中でもお互いに分裂して、バカにしていく。遊びも一緒にしないような差別をつくっているのだ。
★五四年度阻止に向けて
*作成:廣野俊輔