「詐病」
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■本頁の目次
■当事者の語り■「詐病」にまつわる言説の日本における変遷
■翻訳書における「詐病」
更新履歴
◆26/03/24 丸山 郁雄 1938/04 「受刑者ノ詐病ニ就テ」, 『行刑衛生会雑誌』 13-4. DOI:10.11501/147225◆26/03/22 牧山 駒之助 1892/01 『検証必携法医廼栞』,成蹊堂. DOI:10.11501/837371
◆26/02/26 福井 昌雄 1938 『信仰で病気を治せるか』, 育生社. DOI:10.11501/1071824
◆26/02/16 鈴木 梅四郎 1930 「健康保險の被保險者診療に關する質問主意書」, 第58回帝国議会 衆議院 本会議 第13号 昭和5年5月13日.
◆26/02/09 式場 隆三郎 1938 『銃後の保健と職業病』, ダイヤモンド社. DOI:10.11501/1071807
◆26/01/31 式場 隆三郎 1943 『戦争と脳』, 牧書房. DOI:10.11501/1070597
◆26/01/25 小口 忠太 1929 「職業と視力」, 『産業衛生協議会報:第13──職業と眼』, 産業衛生協議会. DOI:10.11501/1071620
◆26/01/15-01/20 ベッケル著 木谷 祐寛訳 1917 『詐病及鑑定法』,南江堂書店. DOI:10.11501/933985 ※原著詳細不明
◆26/01/13 井上 勝五郎 編 1887/09 『秋田奇聞姐妃於百』下, 井上勝五郎. DOI:10.11501/881529 ◆26/01/10 望月 誠 1878/09 『女房の心得』, 思誠堂. DOI:10.11501/848439
◆26/01/09 飾磨県下小学教員伝習所 1874/10 『飾磨県下小学教員伝習所規則』. DOI:10.11501/812789
◆25/12/31 松山 思水 1920 『アンポンタン──喜劇と喜歌劇』, 実業之日本社. DOI:10.11501/962999
◆25/12/30 長谷部 湘雨 1913 『バッドボーイ』:85-99, 東亜堂. DOI:10.11501/908568
◆25/12/26-27 田中 宣之 1890/01 「詐病」, 『賛育医談』(11),賛育学社. DOI:10.11501/1506516
◆25/12/22 久保 猪之吉 1932 「學界治療界大觀──耳科領域の詐病」, 『医事衛生』, 2-47:1239 日本医事衛生通信社. DOI:10.11501/1532720
◆25/12/19 1873/5 『人民必携』6篇附録巻之3,博聞社. DOI:10.11501/787592
◆25/12/18 海瀬 敏行 1876/7 『原病学摘要』, 山形県病院. DOI:10.11501/833591
◆25/12/15-16 森荘 三郎 1921 『労働保険研究』, 有斐閣服部. DOI:10.11501/968522
◆25/12/12 服部 北溟 著 1920 『子供の四十八癖』,博文館. DOI:10.11501/980114
■当事者の語り
◆PNESと診断された自分へ/埼玉県/男性/30代/本人 20200917 「「本物と偽物?」PNESと診断された自分へ(「てんかん」あなたの体験談 ―#隣のアライさん(2020年9月放送))」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/30/?page=8この特設サイト投稿で色々な立場の方の声を目にして、自分と同じ悩み葛藤があるんだなと、少しホッとした自分がいる。 てんかんとの付き合いは約15年。タイプは「真性てんかん(強直間代)と心因性非てんかん(PNES)の混合です。」真性では何度も救急搬送され挿管、脳波異常も認められる。一方、PNESはメンタル(ストレスなど)が誘発するそうで、バイタルや脳波に特段異常なく「偽発作」と診断され搬送先の医師から、「メンタルの方だから精神科で診てもらって」と相手にされない時もありました。神経内科や精神科を歩き回り、今のかかりつけ医に出会うまで約8年ついやした。 色々なタイプの発作がありますが、PNESも知って欲しい。 […] ★◆ダイちゃん/男性/40代/患者本人 20200915 「発作が起きなくなった場合に被る不利益(「てんかん」あなたの体験談 ―#隣のアライさん(2020年9月放送))」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/30/?page=8
全て私が経験したことです。 ・発作が起きないと障害基礎年金支給を停止される 手術から半年しか経ってないのに、「もう発作が起きないと思われるので支給停止します」と年金事務所から言われました(それから7年余り発作はありません)。支給停止を機に就労活動し、障害者枠で雇用されました。 ・詐病を疑われる 発作が丸一年以上無いと、「本当にてんかんなのか」と疑われることがあります。手術が成功したり、発作が起きる要因(寝不足、昼夜逆転など)を避けた生活をしていれば、何年も起きない人がざらにいます。 ・障害者手帳の更新も一苦労 発作がずっと起きていない=服薬が不要=障害者に相当しないと判断され、障害者手帳を失う可能性がつきまとっています。障害者枠で就労していることを考慮してもらい、最低限の薬を処方してもらっています。◆みぃ/神奈川県/女性/50代/看護師 妻 20190114 「線維筋痛症 慢性疼痛 腎不全(“見た目にわかりづらい” 難病 仕事・恋愛・結婚についてのお悩み・体験談-チエノバ(2019年2月7日放送))」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/16/?page=18
医療現場で看護師として働いて32年、以前なら人の夜勤の代わりに出たりするのも平気だったのが、今は欠勤太郎と名前がつくくらい。腎不全が持病にあったので、だるさや疲れ、発熱などは腎不全からだとおもっていました。年々体が言うこと聞かなくなり、 欠勤、ズル休み、役に立たないとか言われ、更年期でみんなたどるから甘えてるとか医療現場の方から冷たい目で見られてしまいます。 休んでいづらくなって退職、転職の繰り返し、自分を責めました。 2年前から普段の生活すら、身体をおこすことができなくなり寝返りのたびに激痛が。痛みのクリニックで脳脊髄液減少もやっているから線維筋痛症だと思う、そういわれて色々と診察しましたが、線維筋痛症はみれない。これはちがう。精神的だと言われ、やっと痛みにたいして治療と診断から障害2級です。それでも詐病扱いされます。◆ハートフルたろうさん/東京都/30代/障害の当事者 20171002 「対話をする場(若者のこころの病について語り合いましょう 番組ディレクター)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/55/5.html
現在、統合失調症と診断されて10年ほど経ちました。 […] 病気について知りたいと思ってインターネットを見ると書き込まれている内容は様々で、医師や製薬会社が病気を潜在化させているというものや本人の怠けだというもの、障害の当事者同士でなのか不明でしたが相手を詐病でないかなどと言っているものもありました。 […] 精神医療に科学的な完璧さはないでしょうが、治療していこうという方向で進めることが正しい道だと思っています。 […] 今の精神医療は、医師の診断の責任も患者の申告の責任も問われないので、様々な立場で私欲の利用ができてしまう状態だと思います。(経済的苦境を他の福祉制度でフォローできない問題もあるかと思いますが) 番組で医師同士で討論したり、病気の経緯と今の診断を投稿してもらって他の医師からみてどう思うかなど、対立する意見が冷静に話される場所があればと思います。 多数決で正しさを決めたり誰が悪いかを決めたいわけではなく、医師も患者も誠実な人が尊重されてほしいです。◆宮原拓海さん/東京都/20代/子ども 20170601 「みんなの為にも死にたい(発達障害プロジェクト カキコミ板に寄せられた声)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/46/38.html
適応障害と身体表現性障害(今で言う変換性/転換性障害?)、ADDの診断を受けている自閉ボーダー当事者です。 四肢の脱力の発作が頻発するのですが、発作さえ起きなければ健常者とほぼ変わらない仕事ができる状態なせいで、家族からは怠け者の穀潰しと言われ着替えと入浴の制限を受けています。発達は治らないから通院も金の無駄だということで、半年前から病院に通うことすら許されていません。 […] 母とは顔を合わせる度に喧嘩をしてしまい、母の言い分に反論するとお前の記憶は全て自分の都合のいい捏造だと怒られ、早く家を出て行けと言われます。働いて家を出るために病院に行きたいと言うと、お前が手帳の申請をしなかったのが悪いと言われるのですが、今の状態は病院で書類を書いてもらった当時とは大きく異なるのでよくないと言うと、障害者様気取りだと罵られます。 主症状である身体表現性障害の克服法をネットで調べても、同じ症状に悩まされている方の体験談は見つからず、年金目的の診断書だとか、ドクターショッピングだとか、詐病だとか言われている記事ばかりが目につき、周りのためにも一刻も早く死にたいという気持ちばかりが強くなっています。 人間として生きることを認められるためにも、治療を受けるためにも、働ける脳がほしいです。それを取り戻せないのなら社会の為にも死ぬことを許してほしいです。 死なない限り周りに迷惑をかけ続け、生きていても何も利益を生み出せない役立たずのゴミなので、今はただ、運良く障害の影響で心肺機能が止まってくれるか、その他の要因で突然死できることを祈るだけの毎日です。◆まことさん/埼玉県/30代/妻 20170525 「リアリティのある「支援」を(発達障害プロジェクト カキコミ板に寄せられた声)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/46/42.html
ADHD・自閉スペクトラム障害と診断され、現在ストラテラ等の投薬治療を行っています。 生活において、やはり何よりも必要だと感じるのは、周囲の理解でも認知でもなく「お金」です。 発達障害の公的支援(障害年金)がある事を今年に入ってから知り、申請をしました。日本は資本主義です、誰が何と言おうが、綺麗事を並べようが、資本が無ければ実質何もできません。 もちろん、詐病や重病を装う事はあってはならないし、それは犯罪です。しかし、現在の社会システムに適応できない私のような人間へのセーフティネットがある、という部分をもっとメディアで広げてもいいのではないでしょうか。あまりにも情報が少なすぎます。 綺麗事と理解で生きてはいけません。どうか、検討していただけないでしょうか。◆ごまふさん/30代/ 20160604 「諦めなければいけない(「障害のある女性」あなたの悩み・必要と思う支援(2016年7月特集))」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/25/6.html
わたしは、解離性障害を患っています。 10代の頃から発症し、沢山の病名を渡り歩いてこの病気に辿り着きました。 今わたしは既婚ですが、 子供を産む事は諦めています。 […] ハンデを乗り越えて、 出産、育児をされている方も多いのは知っていますが… 実母も出産どころか、 「妊娠したらおろしなさい。面倒は絶対に見ない」 と結婚前から言われ続け、 もし産んでもサポートをしてくれる人が居ないのは怖くて仕方ないです。 仕事面でも、 […] わたしの記憶が保てない症状に責任が取れないと言われて解雇された事があります。 個人では必死でメモをしたり対策をしても、一度のミスが決定打になる仕事でしたので、仕方ありませんでした。 でも、今でも諦められずに居ます。 生きにくい。 こんなにも生きにくいのに、 詐病だとか、甘えと言われてしまう事が多い障害です。 利得なんて、この病気にないですよ。 普通の人生、やりたかった事、 挫折を繰り返すだけの病気です。 完治は無いらしいですが、 寛解を目指して生きています。◆なごみさん/静岡県/40代/母親 20150806 「中途障害、弱視です(視覚障害「これだけは知って欲しい」街中に潜むキケン)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/13/1.html
手帳の等級は1種1級。 よく言われるのが、見えてるくせに(白杖を使って障害者アピールするな) ネットができるなんて詐病じゃないか 弱視なので全く見えないわけではありません(右0左0.03) 色にハッキリした違いがあれば足元見えますし 大きい文字も、見えます。 ゆっくり歩けば柱や人にぶつからないように歩けます。 ネットは老眼鏡の中にカード型の虫眼鏡のようなのを挟んで 5センチ先くらいまでの大きめの文字なら見えます。 視覚障害者はこうあるべきと決めつけられるのは悲しいです。 去年の今頃はしっかりと見えていたので、服もオシャレしてました。 突然見えなくなっても、新しく服を買い換えたりしません。 市役所に行くと、目が悪い人はそんな恰好はしない、目が悪いように見えないと散々いわれます。 そのくせ(生活保護相談で車の所有を認めてもらおうとしたら)全盲の人でも電車やバスを使って、どこにでも行けると。 でもとても怖いんです。 エスカレーターなど介助されても乗れません。 障害者枠で仕事を探しましたが「精神、肢体、聴覚ならあるんだけどね。目は厳しいよ」と、8ヶ月経った未だに一件も紹介してもらえません。 […]◆おやすみまんさん/埼玉県/40代/父親 20141210 「医療と福祉の拡充と連携が必要では?(高次脳機能障害と向き合う)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/73/5.html
4年前の交通事故で「高次脳機能障害」と診断されました。 この診断にたどり着くまで交通事故から3年弱掛かりました。 「高次脳機能障害」は周りからは分かりにくい障害なので、詐病とか気のせいにされやすく、正確な診断にたどりつくまで長期間経過している場合が多く、大変つらい思いをします。 […] まず、「高次脳機能障害」を診断できる医療機関が偏在しているので、診断できる医療機関の拡充が急務ではと思います。 次に、医療と福祉の橋渡しをする支援拠点の拡充が必要ではと感じます。◆ミクさん/北海道/40代/主婦 20141114 「難病、『理解されていない』と感じるとき(2014年11月“チエノバ”)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/75/4.html
[…] 外科医には「大げさ」「痛みなんて置いておける」「気のせい」と言われ、ストレスマックス!! […] 外科医の「こんなに腫れるなんてねぇ...本当に痛かったんだね」の言葉で更に心が病んできそうです。 医者がCRPS患者の痛みは詐病だと疑って診るんですから。 麻酔科医の先生は痛みに触れてくれます。だけど整形でもリハビリでも詐病を疑って治療をしてきました。麻酔科医以外のその“無茶な”治療がキッカケで腫れあがったんだと思う。 もっと患者の痛みに耳を傾けて欲しかった◆郡 照子 『詐病と呼ばれて───交通事故傷害者の人権と弁護士』,碧天舎,451p ISBN-10:4865000062 ISBN-13:4883461181 [amazon]/[kinokuniya]
平成十三年師走のとある朝、私は年賀状を書いていた。筆ペンを走らせていると、大切な友人達の懐かしい顔が思い浮かぶ。 […] 手を休めると、交通事故加害者の顔がふと目に浮かんだ。そして思った。この賀状のあて名の中に加害者さん夫妻の名前が入っていたら、その代理人T・M弁護士の名前が書けたなら、今私はどんなに幸せだろうか、と。 事故当時、私は若い加害者に宿っていた小さな生命に事故の果が及ばないようにとひたすら願った。また、私の健保による診療に切り替えて加害者の治療費の負担が増えないよう心配りもした。私のそんな思いと裏腹に現実はまるで違っていた。事故の傷害に苦しんでいる中、加害者が弁護士を使って治療費の支払いを拒絶したので、私は地検へ事故の再捜査を上申し弁護士会同弁護士の懲戒請求をするなど事態は思わぬ方向へ動いた。加害者が謝罪を拒み、争いを構えた三年越しの姿勢に、私は最後まで相手方と心からの和解が出来なかった。
(10-11)
私がこの本を書き始めたのは、加害者側弁護士の不当な行為と主治医の診療態度がきっかけであった。私が交通事故による諸症状に苦しんでいた平成十年八月に、事故責任百パーセントの加害者の代理人となった弁護士が、「詐病だ」と虚偽の言いがかりをつけ治療費支払いを一方的に拒んで私に治療の打ち切りを迫った。 […] 一方、主治医は他覚的所見のない頸椎症状の証明を嫌って早期に診療を打ち切りたい意向で、頸椎以外の患部診療を一部拒否した。症状の真実を証言し証明してくれる見込みがなかったので、「このままでは加害者側の詐病だという大嘘の主張がそのまま通り、治療を打ち切られ私は寝たきりにされてしまう」事態に直面した。危機感を抱いた私は、自分の身を守るために症状推移の記録を残してきた。この本の基になったのは、手帳四冊にわたった通院期中の記録である。
(11)
■「詐病」にまつわる言説の日本における変遷
1873(明6)年
◆1873/5 『人民必携』6篇附録巻之3,博聞社. DOI:10.11501/787592年●月日 何郡●第何大區長 何某 印 陸軍徵兵署 御中 第十七條 總て區長戶長の取扱フベき事件末ダ區長戶長を差置レザル●柄ラハ區長戶長ニ相當スル従前ノ荘屋以上ノ者ヲ以テ之に代ふべし 第十 八條徵兵に關スル事件に付年齡及父母兄弟の有無又八虛病其他詐偽する者は官ヲ欺罔スルノ罪若し又戶長或は區長取調へ証印ノ上は其証印ヲナせし官吏は粗漏の罪尚又徵兵の欺罔ヲ隱匿スル者は其罪最重カルペシ右孰レモ新律綱領に照準し其罪ヲ糺す可きなり
(三十一)
1874(明7)年
◆飾磨県下小学教員伝習所 1874/10 『飾磨県下小学教員伝習所規則』. DOI:10.11501/812789罰則 第一條 一 始業時限に後たる者 一 虚病を構ふる者 一 晨起を守らさる者 一 猥りに集會雜談し或は小説稗文を讀み其侘玩弄物を取扱者 右一週間門外散歩を禁す
(八)
1876(明9)年
◆海瀬 敏行 1876/7 『原病学摘要』, 山形県病院. DOI:10.11501/833591上件疾病ヲ監別スルノ槪略ヲ揭示セリ然レトモ其當ヲ得ンニハ固ヨリ醫ノ鍊熟ヲ要ス特リ疾病ノ監識ニ於ケルノミナラス亦虛病ヲ判スヘキコト間々アレハナリ兵卒ノ如キ詐病ヲ構ヘテ勞役ヲ免レントスルノ類日常醫ノ明察ヲ要スル所ナリ若シ査法ニ通達セサレハ果シテ其詭詐ニ陷ルニ至ル豈ニ醜辱ト言ハサルヲ得ンヤ啻ニ榮辱ニ關スルノミナラス國家ノ法制ニ至大ノ弊ヲ生スヘシ謹スンハアルヘカラス蓋シ詐病ヲ唱フル者數樣アリト雖モ小害ヲ以テ大患ト做ス者多シ夫ノ兵士等ノ虛稱スル者ハ大略癲癇麻痱勞療發狂失聲黑內翳等ニアリトス醫タル者茲ニ留思シテ其誤斷ナカランコトヲ要ス
(巻三ノ三十三〜三十四) ※カッコ内補足は頁作成者
1878(明11)年
◆望月 誠 1878/9 『女房の心得』, 思誠堂. DOI:10.11501/848439第二十六 婢僕(ほうこうにん)の仕事に規則を立つべき事 婢僕の仕事に規則なければとかく遅れがちとなるものゆゑ必ず規則を立て置くべしその規則の家政に從て異なることもあれど先づ次に挙る普通の規則をば楷梯なりとすべし 日曜日休暇〇月曜日雪隱の掃除〇火曜日方燈の掃除〇水曜日壁厨雜物の掃除〇木曜日納屋の掃除金曜日衣服の洗濯○土曜日神棚佛間の掃除 第二十七 婢僕に休暇を與ふべき事 従来の慣習として婢僕には休日を与へざるゆゑ親が痴氣だからちよいと半日暇をくれの腹が痛いから少し寝たいのといつて休暇がはりをするにつけて到底づまり官員(おやくにん)さまのやうに日曜日とか土曜日とかを休日と定めてその日はのびのびと休ませるがよろし然すれば虚病(そらびょうき)なども言はずして自然勉勵するものなり但し商家にては營業上の都合により日を定て番頭から丁稚までも残らず休ませることのできぬものなれば毎日か隔日に人を分けて休ませるもよろしからん
(廿四〜廿六)
1886(明治19)年
06/21(版権免許)・09/**(出版)
◆山本善夫※編 1886 『裁判医学』,島村利助・島村支店・丸屋善七. PID:info:ndljp/pid/837317※医師
裁判醫學序 今ヤ本邦醫學ノ進歩日一日ヨリ多ク四方ノ學士陸續輩出シテ基蘊奥ヲ究ムルニ至レリ而シテ裁判(原文では旧字)医學ノ如キ亦重要ニテ欠ク可ラザル者ナリ何トナレバ僞病及隱病等或自殺及被(原文では旧字)殺等ニ於テ監定精審ナラサル時ハ寃枉(えんおう=無実の罪 ※『Wiktionary』)遁情(感情を隠すこと ※『汉语大词典』 ※情は原文で旧字)ノ失ナキ能ハス予斷訟ニ關スル處ノ諸說ヲ蒐集スルコト既ニ久シ遂ニ積テ一小冊子ヲナスニ至レリ而シテ此說(この理論)タル歐羅巴及日本國ニ於テ諸學士等實驗セシ所ノ範例ヲ擧(挙)クル者ニシテ聊カ(いささか=ちょっと)補益(補益)アラントス因テ刊行シテ世ニ公ニス醫術ニ志アル君子ノ參考ニ供ス學者幸ニ拙カ罪ヲ咎ムル勿レ 纂輯(纂集)者錄(録)之
(一〜二) ※カッコ内補足は頁作成者
1887(明治20)年
01/11(版権免許)・03/**(出版)
◆丹涅爾(Tanner, Thomas Hawkes.★)著 1887 『詐病診断方』,長尾景弼. DOI:10.11501/834330※原著詳細不明
詐病診断方緒言 本篇ハ西暦一千八百七十一年刷行米国非拉得費刷行メヂシンドクトル丹迴爾氏著ノ察病論ヨリ抄訳セルモノニ係ル夫レ洋ノ東西ヲ問ハス人智ノ開進スルニ随テ(したがって)奸計詐謀ノ益々多且ツ巧ニ至ルハ勢ヒ免ル可カラサルノ事情ナリ看ヨ泰西人(西洋諸国の人。 ※『精選版 日本国語大辞典』)智ノ度高上ナルヨリ姦悪ノ計策モ亦極メテ巧妙ナルヲ今也(いまや)我邦人ノ智識日進月歩シテ愈々(いよいよ)開明ノ域ニ達セントス是ニ於テ乎詐偽ノ術計亦随テ増進セサルヲ得ス現ニ徴兵検查ノ時ノ如キ往々詐病ヲ称する者アルハ既ニ世人ノ知ル所ナリ尚且西人雑居ノ期応ニ(まさに)近キニアルヘシ世智ノ益々慧点ニ趣クヘキハ蓋シ(けだし)智者ヲ須テ(もちいて)後ニ知ラサルナリ是レ予(われ)カ此篇ヲ訳成セシ所ノ微意ナリ世ノ刀圭(医術、また、医者の称。 ※『精選版 日本国語大辞典』)ニ従事スル者之ニ頼テ詐病ヲ診断スルノ一助ヲ得ハ幸甚 明治十九年十二月 訳者識
(一〜二) ※カッコ内補足・新字体変換は頁作成者
其三十七疼痛「ペイン」
[詐僞(偽)法]神經(神経)痛、僂麻質(リウマチ)痛及他ノ疼痛ヲ詐稱(詐称)スル者(者)鮮少(せんしょう=非常に少ないこと。※『大デジタル辞林』)ナラス而シテ其ノ●(※判別できず。以下判別できない文字は●)察ハ甚タ困難ナルモノナリ●ニ出奇(人物・風景・性質・程度などが)特別である、格別である、珍しい。※白水社『中国語辞典』)ノ一例アリ曾テ(かつて)一●(丐?)婦切ニ乳房ノ疼痛ヲ訴エテ以テ之カ切斷(断)ヲ乞ヒ其施術ヲ受ケシ後更ニ他ノ乳房ヲ截斷(截断=切断)センヿ(こと)ヲ請フテ止マス因テ(よって)又之ヲ切去セシニ婦又其一手ヲ截除( 切除。※日中韓辭典研究所『日中中日専門用語辞典』)センヿヲ請求セリ是ニ於テ始メテソノ詐僞ナルヲ了知セリト云フ又「ゼ、ゴールド、ヘデット、ケーン」ト題セル一書中ニ齒(歯)痛ヲ假裝(仮装)セシ抱腹ノ一奇談ヲ載スルアリ曰ク一日(ある日)彿國(仏国)ノ皇子其近臣ト對(対)話シ談偶マ(たまたま)俄羅欺(オロシア)ノ事ニ及ヒシトキ(※原文は合字)皇太子曰ク彼ノ國ニ一人ノ侫人(ねいじん=口先巧みにへつらう、心のよこしまな人。※『大デジタル辞林』)アリ我將バイロンノ凌辱ヲ受ルニ及ヒ彼●(罵?)テ曰ク咄爾(おれ=二人称の人代名詞。相手を卑しめていう。貴様。おのれ。※『大デジタル辞林』)ハ吾二齒ヲ損失セシ原因ナリト傍人其義如何ト問フ彼答テ曰ク曾テバイロンノ愛顧セル牙醫(歯科医。※日中韓辭典研究所『日中中日専門用語辞典』)ノ我國ニ來(来)リシトキ(※原文ハ合字)吾バイロンニ諂媚(てんび=こびへつらうこと。※『大デジタル辞林』)センカ爲メ(ため)故ラニ(ことさらに)齒痛ヲ稱シ之ヲ拔除(抜除)スルニ託シテソノ牙醫ヲ招待セリト
[診斷法]此患者ニ於テハ剴切(がいせつ=非常によく当てはまること。また、そのさま。※『大デジタル辞林』)ニ其演述ヲ聽(聴)キ細愼(慎)ニ其訴フル患部ヲ撿シ(けんする=とりしらべる。あらためる。※小学館『漢字辞典』)且陽ニ(ように=うわべでは。※『大デジタル辞林』)信憑シテ着實(実)ニ診察スヘシ如此ナルトキ(※原文ハ合字)ハ其言フ所縱令(たとい)不條理(不条理)ナルモ彼必ス或症候ノ現存スルヲ告クヘシ但眞實(真実)判然タラサル者ハ眞ノ疼痛トシテ之カ處(処)置を施スヘシ若シ疼痛劇甚(激甚)ニシテ且延滯(延滞)スル者ニ在テハ或重病ヲ搜索(捜索)シ得ヘシ凡テ(全て)劇甚ノ疼痛ヲ帶(帯)フル患者ハ健食熟睡スル能ハスシテ肌肉多少脫耗(脱耗。※中国語)セサルハナシ
(四十一〜四十三) ※カッコ内補足は頁作成者
★cf. Thomas Hawkes Tanner(外部リンク=Wikipedia) ◆井上 勝五郎 編 1887/09 『秋田奇聞姐妃於百』下, 井上勝五郎. DOI:10.11501/881529華麗の長持 國老の虚病 […]此事追々江戶表へ注進あり時に寶曆七年巳四月佐竹左京太夫殿は御暇仰出され江戸表發駕の趣き秋田へ脚飛到來しければ四家大老の面々御入城の上早速諫言を納侫奸の者を糺さんと屡々會合おりしに如何なる所存にや大館の佐竹大和は一度も出席なく病気と稱し引籠家中の者へ一切面會を断りしかば家老戸村十太夫大いに立腹し今國家殆んど危き秋なるに一度も出席なきは心得ぬと只一人大館へ馳行面會をや申入しに矢張病気と稱し面會なさねば十太夫大いに焦燥御病気とあらば御病床へ推参仕るべしと氣色を替止るをも聞ず奥の方へ踏込ければ大和は止を得ず面會をし今日の後入來は定めし國家大事の●(と?)ならん拙者御覧の通り随分壯健なれども病気と詐りしは近頃江戸表側役人のみに限らず當地の大老家老の中にも応得難き者あれは油断成がたく之に依て態と會席に漏渠等が心を緩させ事●望んで取鎮めん爲なり今般御入部●(あ?)らば定めて騒動に及ぶべし其時貴殿這樣這樣に致されよと聞て 十太夫感激し如何にも承諾仕●るとて退きたり然るに大守は道中日々降雨にて洪水夥しく所々に御逗留ありて漸く領分院内へ御着あり翌日御入城に相成しかは上下安堵の思ひをなしたりける
(九十三〜九十四) ※一部新字変換は頁作成者
1888(明治21)年
03/**
◆山本 善夫(他)編 188803** 『裁判医学. 前篇』,島村利助. DOI:10.11501/837318第四章 詐病及隠病総論 Ein-leitung der simulire uud Seercynosema. 為ニスル(為にする=ある目的に役立てようとする下心をもって事を行う。※デジタル大辞泉[小学館])所アリテ疾病ヲ詐偽シ或ハ之ヲ隠匿スルモノアリ生命保険会社ノ関係兵役詐偽ノ方法ハ詐欺狡猾手段摸擬ニ出或ハ薬物ノ力ヲ藉(か)ルヿ(こと)アリ薬剤尖鏝(こて)ノ器械血液ノ強キ臭気ヲ放ツ物質、繃帯(包帯)具、眼鏡、歇児尼亜(ヘルニア)帯、杖等ヲ用ヒテ現存ノ疾病ヲ誇張シ眼ヲ細クシ近眼ヲ撿(検)シ眼瞼ヲ開閉シテ羞明(異常にまぶしさを感じる病的な状態。※デジタル大辞泉[小学館])ヲ擬シ頭首ヲ傾斜シテ重聴(耳が聞こえなくて何度も聞きかえすこと。※精選版 日本国語大辞典[小学館])ヲ摸シ或ハ跛行(片足をひきずるようにして歩くこと。※デジタル大辞泉[小学館])、痙攣発作ヲ詐偽スルハ模擬ノ才ナリ雁肉ヲ分娩シ石ヲ尿道ニ挿入レ墨汁排泄スノ白徒(=雑卒=身分の低い兵士。※デジタル大辞泉[小学館])アリ又蛙ヲ吐出シタル者アリ 第一詐病及ヒ隠病ヲ企ルノ意思 Purpose opintion der Shanosema, und Sercynosema. 労役若クハ法庭へ出頭スルヲ免レンカ為メ或ハ離婚ヲ欲シ或ハ兵役等ヲ避ルカ為メ或ハ休暇ヲ得ンカ為メ或ハ外傷ヲ誇張シテ金銭ヲ貪ルカ為メ或ハ罪ヲ軽減セラレンカ為メ或ハ病院ニ入ランヿ(こと)ヲ好ミテ疾病ヲ詐偽ス 疾病ヲ隠匿スルハ職務等ヲ免セラルルヲ恐レ或ハ離婚ヲ嫌フニ由リ或ハ生命保険会社ニ入ランカ為ナリ又ハ犯罪的ノ疾病例之争闘ニ因ル負傷或八梅毒ヲ隠匿スルモノアリ
(五十五〜五十七) ※カッコ内補足・新字体変換は頁作成者
勞(労)役若クハ法庭(法廷)ヘ出頭スルヲ免(免)レンカ爲(ため)メ或ハ離婚ヲ慾シ或ハ兵役等ヲ避ルカ爲メ或ハ休暇ヲ得ンカ爲メ或ハ外傷ヲ誇張シテ金錢ヲ貪ルカ爲メ或ハ罪ヲ輕(軽)減セラレンカ爲メ或ハ病院ニ入ランヿ(コト)ヲ好ミテ疾病ヲ詐僞(偽)ス
疾病ヲ隱(隠)匿スルハ職務等ヲ免セラルゝ(ルル)ヲ恐レ或ハ離婚ヲ嫌フニ由リ或ハ生命保險會社(保険会社)★ニ入ランガ爲ナリ又ハ犯罪的ノ疾病例之爭鬭(争闘)ニ因ル負傷或ハ梅毒ヲ隱(隠)匿スルモノアリ
(五十六〜五十七) ※カッコ内補足は頁作成者
★cf. 日本における生命保険の歴史(外部リンク=Wikipedia)1890年
◆田中 宣之 1890/01 「詐病」, 『賛育医談』(11),賛育学社. DOI:10.11501/1506516詐病 田中宣之 奴婢ナトノ下賤ノ者ニ、主人ヲ詐ハリ打臥スコトアリ、醫コレヲ診斷シテ、眞ニ病シテリトシテ欺レ、竊ニ笑ハルルコトアリ、注意シテコレヲ察スヘシ、傷寒論平脈法ニ此診法アリ、日設令向壁臥、聞師到不驚起●(Unicode U+2654E)視而、若三言三止、脈之嚥唾者詐病也、設令脈和、處言此病太重、當須服吐下藥、針灸數十百處乃愈、世ニ辨脈法平脈法ノ如キハ、叔和瀺入ノ文トシテ、措テ講セサル者アレトモ、此條ノ如キハ、言簡ニシテ詳カニ、深切ニ能辨シタリ脉ヲ持ルニ唾ヲ嚥ムモノ、此詐リノ確徵ナリ、其他病ム處ヲ問ヘハ、往々言辭度ヲ失スル者アリ、故ニ言ヲ以テ之ヲ恐レシムレハ、畏懼或病愈タリト云、一笑ヲ發スヘシ、 因云、小厮下婢奴僕ノ輩、病アルトキハ醫決シテ輕率ニ扱フヘカラス、思フヨリ日數ノカカルモノ也、殊ニ大病ト見ルトキハ、早ク宿元ヘ引カスヘシ、治不治ヲ辨知メ、須ク雇主ニ告クヘシ、大ニ醫ノ名譽ニ關係スルコトナリ、 (〇四〜〇五) ※一部新字変換は頁作成者
1892年
◆牧山 駒之助 1892/01 『検証必携法医廼栞』,成蹊堂. DOI:10.11501/837371○詐病論 凡ソ疾病ヲ僞称スルハ、皆ナ爲メニスルトコロアルナリ、卽チ勞役ヲ厭ヒ、或ハ法庭ニ出頭スルヲ忌ミ、或ハ離婚ヲ欲シ、或ハ外傷ヲ誇張シテ金錢ヲ貪リ、或ハ休暇ヲ得ン爲メ、或ハ罪科ヲ免レ、若シクハ之レヲ輕减セントスルニ在リ、其方法ハ、狡猾ノ手段ニ出テ、藥石ノ力ヲ藉リテ病ニ擬シ、繃帶及ヒ副木等ノ器械ヲ用ヒテ現存セル外傷ヲ誇大シ、眼ヲ細クシテ近視眼ニ摸シ、眼瞼ヲ頻リニ開閉シテ羞明ノ看ヲ爲シ、鳥獸ノ血液ヲ塗布又ハ注入シテ出血ニ似セ、或ハ之レヲ嚥下シ之レヲ吐出シテ吐血ニ類セシメ又墨汁ヲ飮ミテ吐出スル等種々アリ 詐病ヲ看破スルニハ細心シテ其ノ者ノ貧富、起居、言語等ニ注目スルヲ尤モ必要トナス、彼ノ僂麻質斯ト訴ヘシ者ノ、家ニ蟄居セス寒風ヲ侵シテ家外ニ道遙シ、熱病或ハ胃腸ノ病アリテ食事進マスト唱フルモノ、飽マテ飮食スル等ノ事ヲ發見シ、其ノ詐病ナルコトヲ看破スルハ屢々ナリ、盖シ詐病ヲ鑑定スル方法ハ、種々ニシテ時ト場合トニ依リテ異ナルモ、先ツ其ノ精神ノ確ナルヤ否ヤヲ考ヘ、頓知頓才以テ自白セシメンコトヲ勉メ、總テノ事患者ノ意想外ニ出ツルヲ要ス、若シ疑團决シ難キトキハ、一度ノ鑑定ヲ以テ滿足セス、一旦其家ヲ立去リ中途ヨリ引歸シ再ヒ撿查ヲ行フヘシ、然ルトキハ彼レ最初ノ撿査ニ於テ瞞着セシト思 慮シ、既ニ病蓐ヲ出テ常服ヲ着ケ家人ト談話スルコトアレハナリ、其他主治醫ノ名ヲ尋ヌルニ之ヲ卽答スルコト能ハス、或ハ藥壜ヲ病床ニ具ヘス、或ハ容態ヲ尋スルニ不規則ノ答ヲナシ、無効無害ノ藥品ヲ其病ニ適スト唱ヘテ與レハ、之ヲ飮ミテ輕快或ハ全ク快復セシト答ヘ、以テ詐病ナルコトヲ看破セラルルコトアリ、其他食物ヲ禁斷シ、或ハ脅迫シテ白狀セシムルコトアリ 病ヲ詐ル者ノ訴フルトコロノ容態ハ、病者自己ノミ覺ヘ他人ノ知ルコト能ハサルモノヲ以テスルコト多シ、例ヘハ疼痛、視力ノ異常、聽覺ノ異常等ノ如シ.然レトモ、疼痛ノ永ク續キタルトキハ、不眠及ヒ食慾ノ欠乏等ヲ來シ、顏面衰弱ヲ呈スルヲ常トスレハ能ク能ク之ニ注意スヘシ、又視力ノ乏弱ヲ生スレハ、眼光鈍ク物体ヲ固視スルコト能ハス、屢々眼瞼ヲ細クス、試ニ針或ハ錐ヲ眼ニ接シ將ニ之ヲ刺サントスルモ、更ニ感セサルモノノ如シ、若シ此ノ際ニ於テ眼瞼ヲ閉チ、或ハ頭首ヲ外方ニ傾クレハ詐病ナリ、又一眼ノ失明ヲ撿スルニハ、健ナル眼ヲ繃帶或ハ他ノ物ニテ能ク覆ヒ、病眼ニテ一物殊ニ尖リタル物体テ熟視セシムヘシ、眞ノ失明ナレハ幾時間經過スルモ依然トシテ視得ヘシ、サレト失明ニアラサレハ之ニ堪エス、殊ニ眼ヲ突ントスレハ知ラス知ラス眼ヲ閉チ或ハ頭ヲ他方ニ避ルナリ、夜盲ナリト云ヘハ、夜間卒然ニ撿查スヘシ、例ヘハ病者ノ步行スル道ニ障碍物ヲ置クニ、之ニ衝突スレハ眞ノ夜盲ナレトモ若シ障碍物ノ處ニ立止リ、或ハ之ヲ避ケテ步行スレハ詐病ナリ、此ノ撿査ハ秘密ニ行ヒ、决シテ詐病者ニ其意ヲ覺ラシムルコトナカレ、近視眼ナトト云ヘハ老眼鏡ヲ近視鏡ナリト唱テ懸シメ、遠視眼ナリト云ヘハ近視鏡ヲ懸シメ、物ノ見ユルヤ否ヲ尋ネ、若シ物体ノ眼ニ入ルト荅レハ詐リナリトス、又一側ノ耳聾ナリト訴レハ、二人ノ撿査員同時ニ兩側ヨリ談話或ハ讀書ヲナシ、病者ニ之レヲ復習セシムヘシ、若シ病耳ニテ談 セシコトヲ云ヘハ詐病ナリ、兩耳共ニ聾ナリト云ヘハ、不意ニ談話シ或ハ物体ヲ打チ音ヲ發セシメ、或ハ發砲シテ之ニ感スルヤ否ヤヲ撿スヘシ、殊ニ注意スヘ キハ、聾者ハ人ト談話スルニ、成ヘク健ナル耳ヲ他人ノ方ニ近ケ、或ハ耳ヲ牽キ或ハ耳後ニ手ヲ受ケテ音ノ漏ルコトヲ防キ、且ツ聲者自已ノ聲ハ非常ニ高ク或ハ低聲ニテ、通常人ノ聲ノ如ナラス、啞ナリト詐レハ之ニ麻藥ヲ嗅シムレハ、言語ヲ發スルノミナラス、眞ノ啞者ハ音響ヲ キ得ルモノナルニ、詐病者ハ音聲ヲモ聽キ得サルノ狀ヲ装フ 詐病中最モ多クシテ且ツ之ヲ看破スルニ困難ナルハ、精神病ナリ、殊ニ平素全ク健カニシテ、只タ一時不意ニ發狂スルモノノ如キハ、法醫ト雖トモ時トシテ其ノ鑑定ヲ誤ルコトアリ、然レトモ、之ヲ摸擬スルハ少シ而シテ精神病中多ク摸擬スルハ癲狂ナリ、眞ノ癲狂ハ、眼球ノ痙攣ヲ發シ脈摶及ヒ心悸常ニ高マリ居ルモ、詐病ハ之ヲ摸スルヲ得ス、且ツ眞ノ癲狂ハ撿查ノ際ニ說諭スレハ、平穩ナルモノナレトモ、詐病ノ者ハ狂暴ヲ裝ヒ、他人ノ在ラサルトキハ甚ク平穩ナリ、眞ノ狂者ハ晝夜狂奔シテ更ニ止ムコトナシ、サレトモ、詐病ニ在リテハ晝間甚タシク運動セシタメ疲勞シテ、夜間ニ至レハ能ク睡眠スルモノナリ、又麻痹ヲ擬スルコトアリ、然ルトキハ不意ニ氷水或ハ冷水ヲ灌キ、若シクハ灸點ヲナスニ、麻痺セリト唱フル部ヲ運動スルコトアリ、又タ睡眠中急ニ夜具ヲ剝クヘシ、若シ詐病ナルトキハ、不意ノ爲メ知ラスシテ起立スルコトアリ 其他出血症、耳瘻、膿瘻白帶下等ヲ裝フ者ハ其部ヲ洗フテ撿査スヘシ、又皮膚ヲ染メ、或ハ文身シテ、病アリト詐ルコトアシハ注意スヘシ
(十二〜十七) ※一部新字体変換は頁作成者
1905(明治38)年
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◆西井 廉作 1905 「内飜股關節ノ一例」,『岡山醫學會雜誌』17-188:406-410.凡ソ骨盤疾患ノ初期ニ正鵠ノ診断ヲ下スハ殆ト不可能ナリ、蓋シ(けだし=物事を確信をもって推定する意を表す。まさしく。たしかに。思うに。 ※「デジタル大辞泉」小学館)筋層(原文は旧字)ノ厚キト關節(原文は旧字)連合ノ複雑ナルハ正ニ之カ原因ナリ、殊ニ(ことに=とりわけ)當該患者ニ於テ其局所ヲ精密ニ訴ヘサルトキニ然リトス、之ニ依り其症候ノ著明ナラサルトキハ少ナクモ我陸軍ニ於テハ或ハ詐病ニ非サルカ、或ハ病症ヲ誇大ニ訴フルニハ非サルカニ姑ク観念セサルヘカラス。 (四百六) ※カッコ内補足は頁作成者
1913(大正2)年
◆長谷部 湘雨 1913 『バッドボーイ』, 東亜堂. DOI:10.11501/908568虛病 虛病を使ふと言ふのは可なり古い手だが、近頃始めて此の味をえた三太郞は、何かにつけて盛に虛病を濫用して居る。お使ひに行って來いとか、勉强をしろとか、自分の氣に向かないことを言はれると、きまつて何處かが痛いと言ひ出す。 『妙な子だよ。今までなんともなかったのに、さう急に痛くなる筈もなから うぢやないかね』 『だつて』 『だつて、なんだい』 『だつて急病なんだもの。何うかしてお吳れよ』 と、橫着な三太郞のことだから、上手に芝居をやつて、 『よう、何うかしてお吳れよ。お母さんてば、お母さんてばさ』 と、大袈裟に騷ぐ。けれども、奴のお母さんはそれ位のことで默されるやう な甘いんぢやないから、 『何うかして吳れつたつて、お前の病氣は誰か他の者に用を言ひ付ければ、 それで何時でも直に癒つちまふんぢやないかね』 と、あべこべに言ひ込められるし、人閒の敷へ入らないやうな山出しまでが、 『お前さまの病氣はへえ、お菓子で癒るでねえかよう』 と、ねえかよのよを長く引つ張って、皮肉なお笑ひ草にする。すると、奴は無念さうに口をもごもごさせるが、倂し、てんでお母さんや山出しなんかは嘗めて居るんだから、 『人を馬鹿にするない。お面いらずのお多福め』 と言ふ位のことは言ひ兼ねないし、 『なんとかしてお吳れよ。人が痛がつてるのに、笑ってるなんてひどいや。痛いんぢやないか、ようお母さん、痛くつて仕樣がないんぢやないか』 と、何處までも眞物に見せかけて、芝居で觀て來た急病人の型なんかをやる。 『あ痛』 『おほほ』 『あ痛、あいたたた』 『おほほほ』 『お茶らかすない。あいたた。こりやもうとてもかうしては』 と、聲色がかりで變な聲を出す。それでも、そんな所へ腕力家の兄貴がやつきて來て、 『馬鹿。そりやアなんの眞似だ』 と、團栗眼で睨み付けると、流石に奴も些かは縮み上る。 『そんな芝居で俺達の眼が誤問化せるかい、馬の脚め。いい加減に切り上げて、早くお使ひに行って來い』 『だつてお腹が痛いんぢやないか』 『嘘を言ふな。お腹の痛い奴にそんな大きい聲が出せるもんかい」 『いいえ、出せますよ、苦しけりやアどんな聲だつて出せますよ、へい』 『なんだその顏付は。貴様のは苦しくつて苦しんで居る顏でもなければ、苦 しくつて出して居る聲でもないんだ。御飯の六七盃も食べてピンピンして 居る聲なんだ。文句なんか拔きにして早く行って來い』 『だつてあんまりだ』 『なにがあんまりだ。愚圖々々してると、そら、何時もの痛い奴をお見舞ひ 申すぞ』 柔道で鍛え上げたごつごつの拳固が、今にも飛行機のやうな唸りを發して飛びさうだから、奴も仕方なしに芝居を切上げて、 『痛いのに遣り切れないなあ』 と、ぶつぶつ言ひながら、苦しさうに屁つぴり腰をして出て行く。勿論、家の者の見て居ない所まで行くと、痛さうに曲げて居た體を伸して、ペロリと眞つ赤な舌を出しながら、急に元氣のいい足どりで步き出す事は言ふまでもない。つひ近頃のことだったが、丁度、お祭の夜宮に、相棒の久助と一緖に街中をぶらついた時、 『三公、明日は朝つから誘ひに行くぜ』 と、久助がだしぬけに言つた事がある。 『それぢやア、君は學校を休むんかい』 と、其時、奴はびつくりしたやうな顏付をした。 『當前よ』 『朝からかい』 『きまつてらアな』 『公然とかい』 『勿論さ』 『狡猾休ぢやないんだね』 『解ってるぢやないか。公然てのは狡猾休のことぢやないんだぜ』 『本統かい』 『本統も嘘もないやね。お祭だってのに不景氣な顏をして、學校へなんか行 つてられるもんか』 『そりやアさうだ』 『そりやアさうだなんて、それぢやア、君は休まない積なんかい』 『ウウン、さうぢやないけどさ』 『さうぢやなけりやア休めよ。今年は本祭なんぢやないか。花車は出るしさ。絲屋のお轉婆やランプ屋のチイ公なんか、屋臺の上で踊をやるんだって言ふぜ。え、三公、休んで終へよ』 『ウン、休んで終はう』 『そして、一緖に見に行けよ』 『ウン、一緖に見に行かう』 『ぢやあ、明日は朝つから誘ひに行くせ』 三太郞はウンウンと默頭いた倂し默頭く事は大きく默頭いて見たが、家の者に話したところで、休ませて貰へないことは知れ切って居る。例の慮病も此の頃ではもう一向利き目のないものになつて居る。勿論、家の者の手前は學校へ行くやうに見せかけて、のそのそと花車の後をついて步く位の事は、格別珍らしい藝冨でもないし、又、其處へ氣の付かない程、智惠のない譯でもない。倂し、かかる藝冨を演じるには餘りに不都合な、自分の町内のお祭であるから、結局は例の手の慮病と言ふ手段をとる他はなかつた。奴は翌朝お母さんが起しに來た時、ウウンと唸つた。女中が起しに來た時、アアンと唸つた。最後に姉さんが起しに求た時には、ウウ、アア、ウウン、アアンと唸つた。――日頃、三太郞に甘い姉さんが、お人好らしい優しい聲で、もうお起きなさいなと言つたからである。 『どうなすつて、三ちゃん』 『あアあ、情ない』 『何を言ってるの。夢でも見て、え、三ちゃん。早く起きないと學校が遲く なつてよ。早く起きて御飯をお上んなさいな』 『姉さん、僕、御飯は慾しくないよ』 奴は枕の上へ額を乘つけた儘、蚊の鳴くやうな情ない聲を出した。 『何うしたの。何うかなすつたの』 『お腹がちくちく』 『痛むの』 『夜中からなんで』 『本統?』 『今度は本統なんだよ』 と、實際苦しさうな樣子をして言ふと、果して姉さんは乘せられた。しかも、 『本統らしい聲だわね』 と心配さうな顏付をしたので、奴は腹の中で、お目出度い姉さんだなと笑つたが、倂し表向きは姉さんの同情を感謝するやうな風に見せかけて、 『姉さん、僕アお祭だつてのに、本統に情ないと思ふよ』 と、憐みを求めるやうに言つた。姉さんはすつかり眞に受けて、 『全く本統らしいわね」 と、早速お母さんの所へ御注進に及んだ。 『お母さん、三ちゃんはお腹が痛いんですつて。本統らしいのよ。御飯も食 べたくないつて言ふんですもの。それに樂みにして居たお祭の日なんですもの』 と、姉さんが少しも疑ふ所のないやうな調子で言ふと、お母さんも奴の寢て居る所へやつて來て、 『どんな風に痛むんだい』 と、探りを入れるやうな眼付をして、倂し、眞劍に言つた。 『下るのかい。澁るのかい』 『下るやうな、澁るやうな』 『變だね』 『なんだかきりきりするんだよ』 『ぢゃア、差込むやうになるのかい』 『ウン、差込むやうになつてきりきりするんだよ。きりきりして差込むやう になるんだよ』 と、顏を顰めて悶えるやうな眞似をした。 『本統らしいね』 と、お母さんも眞に受けた。 『だから言はないことぢやない。きつと昨夜の水菓子がいけなかつたんだよ。お止しつてのにあんなに澤山食べるんだもの。それぢやアお前、今日は學校へ行けさうもないかい』 と聞いた。すると、今まで心細いやうな聲を出して居た三太郞が、 『勿論さ。きまつてらアね」 と、お母さんを叱り飛ばすやうに大きい聲を出した。しかし、お母さんは何時になくお人好に出て、 『怒らなくつてもいいぢやないか。なにか藥を見て上げるからお待ち』 と、姉さんと一緖に藥を探しに行つてくれた。奴は忽ち頭からすつぽりと蒲團を被って、ペロリと例の赤い舌を出しながら、蒲團の中で踊ををどつた。 『ヘツ。甘えもんだ』 倂しながら、奴はそれから幾分閒の後に、飮みたくもない苦い藥を、可なりしこたま飮まなければならなかった。殊に、お腹を干した方がいいと言ふお母さんの取計ひで、奴ほどの大食ひが朝飯を扱きにさせられたから、さすが評判の大きな出臍も、ペコンと奧のへ引っ込んで終った。奴はとうとう本統に唸り出した。 『ひどく嘘つて居るわね』 お母さんは氣づかはしげに奴の枕許へ來て、 『苦しいのかい』 と、唸って居る奴の顏を覗込んだ。 其の途端、 『三ちゃん』 と、表の方で久助の聲がしたので、奴は蒲團の中でドキンと膽を轉倒させた。 すると、直に姉さんが表口へ飛んで出て、 『三ちゃんは具合が惡くつて寢て居ますから、又今度遊んで下さいな』 と、久助に門前拂ひを食はして終ったので、奴は堪らなく體をもぢもぢさせ た。 『お前、大變苦しさうだね。もう一度藥を服んで御覽』 と、お母さんは又た苦い藥を持つて來た。同時に花車のお囃が近づいて、チヤンチキチツチ、チキチツチ、ドドドンドン、チヤンチヤラチキチキ、チヤンドドンドンと、賑やかに聞えて來た。奴はもう氣狂のやうになつて、夢中で唸り出した。 『お母さん、お母さんてば』 『なんだね、今直に藥を上げるよ』 『いいからさ。ようお母さん、何うかしておくれよ』 『だから藥を上げるつて言つてるぢやないかね』 『知らない、知らない、藥なんか知らない』 『可笑しな子だよ。そんなに騷いだつても仕方がないぢやないかね』『だって、だつて。ようお母さん。お母さんてばさ。ああ、やりきれないな』 (85-99)
1916年
◆三田谷啓 1916 「詐病の話」, 『婦人衛生雑誌』320:32-35. DOI:10.11501/1522649子供の中には教師又は父兄を詐るが為めに仮病を粧ふ者がある。即ち病気を自ら作って或事実から逃れん事を欲するのである。之れは児童を取扱ふ父兄並に教師の為めに重要な事であるから、茲で其の概要を話しておかうと思ふ。 多くの場合に在りては唯児童の外見だけで其の疾病であるか否かを知る事が出来る。こどもは熱が有ると云って大に顔色を紅めて居る事がある。然し此の場合には脈を見、且つ皮膚の温度を見れば発熱の有無がよくわかる。こどもはまた胃加答児の為めに具合が悪いと云ふ事が度々有るが是れは舌を見ればよくわかる。若し胃腸の病があれば、舌が白くなって居る。病気がないのに詐つて戯れる者は割合に少くない。質験によると詐病は絶対的のもので無くて病気を重く言ひ過ぎる場合がある。即ち僅かの事にも重々しく言ふのである。 詐病を分つて次の二つにする。其の一つは自覚的の疾患或は疼痛で、只自己に感ずるのみで児童その ものにすら全身の状態が変化した事を充分に知らない場合である。之れが最も周囲の人に取って判断に苦しむ者である。実際正確の判断を下す事は困難である。 第二のものは疾病の状態を詐らんとするもので、例へば良く目が見えないとか、耳が聞こえないと或は彼処が痛む此処が痛むと云ふのである。此の場合医者は種々の方法を用ゐて判断する事が出来る。尤も経験のある人に由りては此の関係を明かに判断し得らるのである。 概して云ふと詐病的の児童は現現はれて居る症状の最大限を発表するのである。それであるから、時に由ると詐病の子供が詐病する事を忘れて居る事がある。例へば足が痛くて歩けないと云ふて居るが先生や父兄が見て居らねば今迄歩けないと云ふた思で盛んに運動して居る事がある。一足を詐つて病気だとして居る場合に児童は病足の左と右とを混同して途に化の皮が現れるやうなこともある。又こどもの中には少しばかり痛みのあるのを劇痛のやうに訴へるものがある。ヒステリー性のものに往々見らるる事実である。 子供の中に次の如きものが居る。即ち他人から同情を求める為めに、始終何事かを訴へて居る。かかる子供は例へば外の人と共に唱歌を歌ふ事をしない。なぜかと聞くと私の肺は弱いからだと云ふ。又翌日になると書取りもしない。其の理由を問へば痙攣が起るからだと云ふ。後には又最早体操が出来ないと云ふ。其理由を問へば関節の工合が悪いからだと云ふ。又かかる児童は授業の間に外に出してくれと云ふ。なぜかと問へば工合が悪くなったからだと言ふ。若し此の場合に児童の要求が許されないならば中々児童は頑固である。若し幸ひに其の要求が許された場合は力強く、元気付き、親切で、精神作用もよく現はれて来るのである。 其の外罰が恐はくて詐病するもの、又実際怠慢であるもの等は先生の性格と関係あることがある。一体病気を過度に主張する者はヒステリー性を有する者である。子供の中には非常にうそを云ふ者がある。 然しそれは生理的に或る時代に於て現はれるものである。即ち真実と不真実とを明確に区別し能はざる為めである。殊に其の時代には想像の力が逞しいが為めに、凡ての精神作用は其の為めに、混同するのである。然し子供のヒステリーの場合に実際詐病の起る事は割合に少ない。 児童が詐病して耳が聞えぬと云ふことがある。一方の耳だけ聞えぬなどと真実らしい嘘言を吐くものがある。斯くの如くうそを言つて居る場合には一方の耳が聞えて見たり又は聞えなかつたりする事が有る。即ち児童は詐つた耳の左であつたか右であつたかを忘れるからである。 視力の障碍を検して実際詐病であるか否かを試験する事は困難である。若し詐病者が上手にやる場合には其の判断は非常に困難である。此の場合には正確な方法を以て検査する事が大切である。最も容易なる場合は雨方の目が見えないと詐つた場合である然し之れは実際上稀れである。此の場合に瞳孔の反応並に検眼鏡の所見が普通で有れば両眼の見えないと言ふ事は頗る疑はしい。又かかる両眼の見えないと言う詐りは其人の気分を見てもよく判じられる。かかる人は目を普通ふさいで、如何にも羞明を感じると云ふ。本当の盲目であれば目は自由に開らき。そして丁度真正面を見るか少し上の方を見るのである。それよりも多く現はれるのは変則の盲目である。永く其の練習をして居るものは中々上手である。それ故色々の方法によりて此の詐りを発覚する事が必要である。一番簡単な方法は小さな文字を両方の目の中央に置いて讃ませるのである。若し続いて読むことが出来るならば盲目はうそである。 もつと六つかしいのは変則の視力障碍を詐るか又は程度を過大に訴ふる場合である。此の場合には別に目に異状を見ずして変則の視力障碍を見る事がある。然し注意して見ると此の場合にも多覚的な兆候を見る事が出来る。之れに由つて一方の目の障碍を知る事が有る。或は種々の距離に由りて視力の試験をなして其の詐りを発見する事がある。此の事実は徴兵検査等に於て往々之を目撃するところである。癲癇の患者が詐病する事は可成り多い事である。然し其の遣り方がまづい為めに発覚する事が有る。又癲癇を粧ふ為めに癲癇の真似をする者があるが、充分知識の無いために外人から其の詐りを発見される事がある。是れと同じ関係で精神病者を真似る事も有るが、大抵抵の場合には発覚される。精神病者を真似て人を詐ろうとする者は甚だ稀れで、之れは永い間持続する事が中々困難である。健康な者では迚も出来ない。通常の者は普通こう考へて居る。即ち精神病者は何事に由らず人と反対な事をすれば差支へないと思つて居る。然かしそんな事をすると発見される茲に一つの例を舉げると一婦人が夜ベットに就いて、そして自分は五ツの耳と五つの目を持つて居る。鼻の重さは五斤。指は二十本も有ると云ひ。家の鍵を見てこれは時計の鍵だと言ひ。二を四倍して六つになると云った。数日又は数週以前迄健康で有ったものが俄かに字が書けなくなったり、読めなくなつたり、物の名や、故郷を知らずになるとか、くだらぬうそを云ふ事は詐病の発覚を容易ならしむるものである。
(32〜35)※新字体変換は頁作成者
1917(大正6)年
◆服部 北溟 1917 『悪太郎は如何にして矯正すべきか』,南北社. DOI:10.11501/980101尤もこの詐病については自分は餘(余)りに多くの實驗(実験)がないから、兒童學者(児童学者)の三田谷氏の說(説)を紹介することにして置きたいと思ふ、卽(即)ち
子供が親や敎(教)師を詐(かた)るため假(仮)病をすることがある、
(略)
假(仮)病には二種類あつて、その一つは自覺(覚)的の疾患或は疼痛で只(ただ)自己に感ずるのみで子供そのものにすら、全身の狀(状)態が變(変)化したことが十分に知られない場合がある、これが最も周圍(囲)の人をして判斷(断)に苦しましむる所である、その次ぎの第二のものは疾病の狀(状)態を詐(いつは)らんとするもので、例へばよく眼が見えないとか耳が聞えないとか、或は彼所が痛む此所が痛むと云ふのである、もし醫(医)者にかけるとするなれば、醫(医)者は餘(余)程よく種々の方法を用いて判斷せねばならぬ、 (一三九) ※カッコ内補足は頁作成者
1918(大正7)年
◆ベッケル著 木谷 祐寛訳 1917 『詐病及鑑定法』,南江堂書店. DOI:10.11501/933985 ※原著詳細不明自序 往年予ノ姫路衛戍病院ニ職ヲ奉ズルヤ時ノ軍醫部長寺西幸作氏一日偶々予ニ 獨逸ベッケル氏著詐病論ヲ示シテ其ノ近世ノ好著ナルヲ稱揚シ且ツ之ガ譯述 ヲ勸メラル、予就テ之ヲ繙讀スルニ書中内科、外科、眼科、耳科、神經病、精神病等ノ各科ニ亙ル詐病竝其ノ看破法ヲ網羅詳述シテ餘ス所ナシ、而シテ其ノ詐病者ノ中二ハ或ハ兵役其ノ他ノ義務ヲ免レントセルアリ或ハ勞働賑恤金又ハ保險金ヲ詐取セントセル者アリ其ノ手段方法ニ至リテハ實ニ千種萬態頗ル吾人ノ意表ニ出ヅルモノ少カラズ、從テ其ノ看破法ノ如キモ苦心慘澹漸ク其ノ 目的ヲ達セシ鑑定例等アリテ愈々譯述スルニ從ヒ益々其ノ趣味ノ盡キザルヲ覺エタリ、當時之ヲ世ニ公ニセント欲セシモ公務多端ニシテ其ノ意ヲ得ズ空シク之ヲ筐底ニ藏セリ、今ヤ世ノ進運ニ伴ヒ各種保險業務、益々發達シ加之工場法ノ發布ト共ニ勞動者救助法ハ愈々繁雜ニ向ハントスルニ際シ奸黠ナル手段ヲ弄シテ不正ナル利益ヲ獲得セントスル者ノ輩出スルニ至ルベキハ之ヲ逆睹スルニ難カラズ、此時ニ當リ僚友間ニ本書ノ出版ヲ切ニ勸ムルモノアリ、 予モ亦意動キ竝ニベッケル氏原著ニ卑見ヲ加へ以テ之ヲ梓ニ壽スルニ至リシナリ、若シ夫レ軍醫、保險醫、監獄醫、警察醫、工場醫、並一般實地醫家ガ之ニ賴リテ多少ニテモ裨益スル所アラバ予ガ望ハ既ニ足レルナリ。 余ガ本書ノ出版ニ從事スルヤ實ニ繁劇ナル公務ノ寸暇ニ於テセルガ故ニ校訂意ノ如クナラズ加フルニ余ノ淺學駑才謭陋不文ハ以テ巧ニ原著ノ意ヲ讀者ニ告グル能ハズ從テ譯語妥當ナラザルモノ字句ノ誤脫等亦必ズ多々アラン此等ハ他日再版ヲ待ツテ訂正スル所アラントス讀者幸ニ叱正ノ勞ヲ賜ハラバ光榮之ニ過ギザルナリ。 大正七年五月 木谷祐寬識 (「自序」一〜二)
詐病及鑑定法 陸軍一等軍醫 木谷祐寬譯補 總論 詐病 Simulationトハ疾病或ハ障礙ヲ有セザルモ之ヲ詐稱スルヲ謂ヒ隱蔽 Dissimulationトハ是等ノ障礙ヲ隱匿スルヲ謂ヒ誇張 Uebertreibungトハ之ヲ誇大ニ訴フルヲ謂フ、其ノ他既往ノ災禍ト現症トノ原因的關係竝其ノ疾病ガ作業能力ニ及ボス影響ヲ詐ハルモノモ亦之ニ屬ス、以上ノ詐偽行為ヲ総稱シテ詐病ト云フ而シテ是等ノ目的トスル所ハ自己ノ健康狀態ヲ詐稱シ以テ不正ナル恩恵若クハ利益ヲ得ントスルニ他ナラズ。 詐病ハ虛言 Lüge ト同ジク古キ歷史ヲ有シ詐病セル例ハ既ニ太古ノ歷史中ニ見ユ、然レ共詐病ヲ行フニ最モ主要ナル動機及機會ヲ初メテ與ヘタルハ實ニ兵役ナリトス、即チ兵役ニ對スル恐怖心ト費用、苦勞、忍耐及健康ナル體格等ヲ要スル兵役ヲ免レントスル努力トハ途ニ詐病ノ範圍ヲ超越セル諸種ノ自傷 Selbstverstümmelung ヲ作爲スルノミナラズ(自傷ハ特ニ露國ニ多キモ現今尙各國共ニ之アリ)各種ノ詐病モ亦種々巧妙ナル手段ヲ以テ行ハルルニ至レリ、サレバ詐病ニ關スル最初 ノ詳報モ亦之ヲ軍隊記事中ニ見ルコトヲ得ベシ、然レ共他ノ官廳殊ニ民事及刑事裁判所ニアリテモ亦屢々卑劣ナル詐病ヲナシ以テ其ノ不快ナル束縛若クハ刑罰ヲ免レントスル者ヲ取扱フコトアリ、例之陪審官或ハ陪席判事若クハ證據人トシテ裁判所ニ召喚セラルルコトヲ免レントシ或ハ殊ニ多キハ「拘留セラルレバ益々病氣ガ増惡スル」ト僞リ其レヲ口實トシテ禁錮、刑罰ノ服役ヲ遁レントスル者等是ナリ、法醫學敎科書ニハ能ク是等ノ消息ニ就テ記載シタリ。 然レ共是等詐病ノ實行ハ疾病、災禍及廢人保險加入者ガ保險會社ニ對スル關係竝私立保險殊ニ國立勞働者保險ノ權限內ニ於テ最モ多ク表ハルルモノナリ、兵役及法律ニ對シテハ單二不愉快ナル義務或ハ罰ヲ遁ルル目的ナレ共保險ノ場合ニ在リテハ疾病及障礙ニ對シテ割増金ガ懸ケラルルガ故ニ遂ニ斯カル公共ノ爲メニ設ケタル保險制度ヲ亂用セントスルノ機會ヲ與フルニ至ルモノナリ、カルガ故ニ薄弱ナル性格ヲ有スル者愚昧ナル人民ニ在リテハ安ンゾ詐病ニ依リテ不正ナル利益ヲ得ントノ試ヲ煽動セラレザランヤ、疾病保險、災禍保險及廢人保險ノ範圍ニハ詐病ノ傳播甚シク爲ニ苟モ正實ニ考フル者ニアリテハ何レモ此ノ惡風ノ増長ニ對シテ凡ユル方法ヲ以テ對抗セザルベカラズト考フルニ至ル、然ラバ是等ノ不正行為ガ保險業務ニ斯クノ如ク甚シク傳播スルハ何故ナルカ、ミルレル Miller 氏ハ此ノ稱譽スベキ而モ恩惠アル勞働者保險立法ノ裏面ヲ表明スル斯カル現象ノ心理學的說明ニ關シ哲學者ショーペンハウエル Schopenhauer 氏ノ言ヲ引用シテ日ク「人生ニ於ケル正義心ハ弱者ニ對スル同情ニ起因スルモノナリ」、然ルニ保險關係ニアリテハ弱者ニ對スルニハアラズシテ寧ロ强者(富有ニシテ有力ナル保險會社)ニ對スルモノナルガ故ニ正義心ハ消失スルノ理ナリ、而シテ私利、貪慾ハ人生行爲ノ最モ主ナル動機ナルヲ以テ現ニ施設セル公益制度ヲ可及的利用スルハ寧ロ當然ニシテ正當ナル權利ナリト思惟スルニ至ルモノナリト。 既ニ論ゼシ如ク詐病ハ種々ノ程度ト方法トヲ以テ行ハルルモノナリ、經驗ニ據レバ保險加入者ハ災禍ヲ捏造スルノミナラズ既ニ災禍以前ニ有セシ疾病ヲ僞リテ其ノ災禍ニ歸セシメ以テ原因的關係ヲ詐稱スルモノナリ、這ハ私立災禍保險會社並國立勞働者保險ニアリテモ亦同樣ニ發生スル問題ニシテ國立勞働者保險ニアリテハ政府保險局ノ公認ニ依リ疾病ガ増悪シタルトキニモ新ニ疾病ノ發生セルト同ジク賠償金ヲ得ルニ至ルヲ以テ保険加入者ニトリテハ此ノ詐偽ヲナスニ最モ好都合ヲ與フルモノナリ、而シテ尙負傷者ニ對シテハ法律上二年ノ餘裕ヲ與ヘラレ其ノ間ニ賠償請求ヲ申出ヅルヲ許サレタルヲ以テ詐偽ヲ發見スルコト益々困難トナルモノナリ、然レモ亦災禍ヲ受ケタルガ爲メニ疾病並其ノ増惡ノ原因ヲ患者自ラ誤解シ其ノ災禍ヲ原因ナリト確信シテ之ヲ訴フル場合ナキニアラズ、要スルニ詐病若クハ誇張シタル疾病ニ因リテ勞働全ク不能トナレリト詐稱スルガ如キハ詐偽作爲ノ最後ノ行爲ナリトス、 詐病ノ本態ヲ探究セント欲セハ須ク先ヅ當該者ノ陳述ヲ鑑定スルニ當リテ必要ナル凡ユル心理學的狀態ニ就テ穿鑿セザルベカラズ、然レドモ實際ニ有スル障礙ヲ正直ニ申出ヅル者ト故意ニ詐稱スル者トノ間ニハ尙ホ種々ノ階梯アリ、先ヅ第一ニ注意ヲ要スベキハ本來ノ所謂詐病即チ全然有セザル疾病ヲ瞞着スル場合ノ極メテ稀ナルコト是ナリ、經驗上多クノ場合ニアリテハ本來ノ詐稱ニアラズシテ恐クハ極メラ輕度ノ障礙ヲ誇大ニ訴フルモノナリ、郎チ其ノ際訴フル症狀ノ十分ノ一ハ事實ニシテ其ノ九ハ僞リタルモノナリ、是等ノ誇張ガ倫理上道德上ニ於ケル關係ハ勿論眞ノ詐病ト全ク同標準ヲ以テ律セラルヘキモノナリ、何トナレハ這ハ全ク詐ル目的ヲ以テニ實行シタルモノナルヲ以テナリ、詐病ヲ研究シタル從來ノ學者ハ單ニ詐偽ナリヤ將真實ナリヤノニ種ヲ識別シタルニ過ギズ然レ共之ヲ以テ詐病ノ本態ヲ言ヒ盡スコト能ハズ何トナレハ醫學上有益 ナル貢献ヲナシタル國立勞働者保險ノ公布以來幾多ノ經驗ニ據ルニ吾人若シ深重正當ナル判斷ヲ下サント欲セハ尙緊要ナル注意ヲ要スル數多ノ中間階級ノ存在スルコトヲ知リタレハナリ、元來素人ハ其ノ敎育ノ有無二關セズ醫學上ノ事ヲ迷信スルノ傾向アリ、一朝醫術ガ自己ノ身體關係スルトキハ此ノ迷信ガ妄想トナリ全ク些細ナル事件ニ對シテモ甚ダ奇異ナル觀念聯合及斷定ヲ下スニ至ルモノニシテ醫師ハ日々患者ニ就テ此ノ狀態ヲ觀ルコトヲ得、而シテ人間ハ自己ノ身體ニ對シテハ其ノ災禍ヲ斯カル想像的觀念ニ傾キテ考フルモノナリ、殊ニ親密ナル親屬及朋友ハ同情ノアマリ或ハ勿體振ランガ爲メニ災禍ニ因リテ重症ニ陷リタル他ノ類例ヲ物語リ以テ負傷者ヲ恐怖セシメ且ツ勿大ナル結果ヲ招來スルコトヲ説キ聞カスモノニシテ之ガ爲ニ負傷者ハ自ラ不安トナリ屢々多クノ醫師ニ診察ヲ乞ヒ自ラモ亦多大ノ注意ヲ拂ツテ精査觀察シ以テ以前ニハ眼ニ付カザリシ多クノ變狀ヲ自ラ發見スルニ至ル其ノ他、尙不注意若クハ誤診セル醫師ノ發言殊ニ惡意アル利己主義ノ三百代言ガ不治ノ疾病ナルコトヲ患者ニ密告スルコトアリ、加之酒精中毒モ亦其ノ度ノ輕重ニ論ナク屢々有毒作用ヲ表ハスモノニシテ遂ニハ彼レガ生命ノ危急存亡タル災禍ガ原因トナリテ斯カル狀態ヲ惹起シタルモノナリト自ラ信スルニ至ル、而シテ自己ノ身體ニ發生スル顕著ナル變狀ハ總テ自己ニ取リテ重要ナル事變ノ結果ナリト信ジ醫師ガ反覆診査審問ヲ行フトキハ「病氣ガ重大ナルヲ以テ斯クモ頻繁ニ診ラルルノデアロウ」ト自ラ思惟スルニ至ルモノナリ、斯クテ負傷者ハ自己ノ疾病、損傷ヲ事實ヨリモ十倍モ惡シク思ヒ盛ナル想像ヲ以テ増大セル自己觀察ニ其ノ病的慾望觀念ヲ都合好ク結合スルモノニシテ此ノ観念ハ正ニ近世ノ災禍保險立法ニヨリテ初メテ造ラレタル災禍神經症 Unfallneurose ノ本體ヲ形成スルモノナリ、是等ノ負傷者ハ自己ノ若痛ヲ赤心ヨリ確信シ又他ヲシテ斯ク信セシメント努ムルニ至ル斯カル場合ニ是等ノ患者ヲ直ニ詐病者若クハ詐偽者ト見倣サントスルハ全ク其ノ當ヲ得ズ、而シテ斯カル誤解、軽卒ナル醫師及素人ニヨリテ屢々起ル問題ナリ、是等ノ災禍神經症、通例神經病的素質ニ因リテ發生スルモノニシテ單ニ之ヲ詐病或ハ瞞着トシテ葬ルコトヲ得ズ、寧ロ近世ノ社會的立法ニヨリテ初メテ發生タル特種ノ疾病ナリト認メザルベカラズ、這ハ多クノ負傷者ヲ観察シ之ヲ鑑定スベキ機會ヲ有ル總テノ醫師(殊ニ神經病學者及精神病醫)ノ承認セル所ナリ、然レ共之ガ經驗ハ所謂外傷性神經病ノ旣ニ知ラレタル定型的病形ニ璩リテ見ルコトヲ得ルノミナラズ災禍負傷者ノ精神狀態ヲ精細精神病、神經病學的ニ研究スルトキハ經驗上何レノ災禍患者ニアリテモ其ノ各個人性ニ從テ種々異ナレル多数ノ神經症狀ヲ有スルモノナルコトヲ知ルモノニシテ多クハ是等ノ病的素因ヲ有スル人々ガ發病シ次デ医戚又ハ惡意アル差口者ノ密告ニヨリテ煽動セラレ加之近時一般ニ甚シク人權問題ノ論議セラルル事多キヲ加ヘ爲ニ勞働者間ニハ年ト共ニ災禍起訴者(故障ヲ訴フル者)ヲ出ダス傾向ヲ示スニ至レリ、面シテ是等ノ災禍起訴者ハ病的觀念ノ壓迫ニヨリテ自己ニ有利ナル偏見的ノ權利ノミヲ主張シ其ノ病的慾望ヲ滿足センガ爲メニハ如何ナル方法ヲモ試ミザルコトナシ。 精神病及神經病ノ詐病條下ニ詳論スベキ是等ノ病的心狀ノ他ニ災禍負傷者ニアリラハ尙病的トモ詐偽的トモ認ムルコト能ハザル心狀ヲ有スルモノニシテ之ニ依リテ負傷者ハ自己ノ不慮ノ損傷ニ関シ詐リタル訴ヲナスニ至ルモノナリ、這ハ彼ノ理解力ノ貧弱ナルガ爲メニ「唯規則ニ從テ災禍結果ノ賠償ヲ要求スルコト」及「尙輕キ業務ヲナスコトヲ得ハ全額ノ年金ヲ受クルコト能ハザルモノナルコト」ヲ明カニ知ラザル災禍負傷者ノ場合ニ起ルモノニシテ多額ノ災禍年金 Unfallrente ノ希望ヲ斷念スルコト困難トナリ再ビ以前ノ如ク勞働ヲ始ムル樣要求セラルルモ決シテ之ヲナサズ、此ノ種ノ人ニアリテ、慾望力及精神的、身體的懶惰ガ其ノ主ナル原因ヲナシ以ラ正義思想ヲ失ハシム、不慮負傷者ニシテ治療ヲ終了シタル後直ニ労働ヲ始メズシテ「先ヅ其ノ災禍事件ノ判定ヲ待ツテカラニシマショー」ト云ヒタリトセハ开ハ同ジク理解力缺乏ノ類ニ屬スヘキモノニシテ這ハ屢々起ル問題ナリ。吾人ハ亦單ニ愚鈍ニ起因スル者ナリト認メザルベカラザルモノアリ、例ヘハ余ガ近時遭遇シタルモノノ如キハ其ノ一例ニシテ即チ僅カノ損傷ニ因リ殆ド見得ベカラザル小ナル瘢痕ヲ左ノ小指ニ有スル二十歳ノ强健ナル男子ガ仲裁々判所ニ於テ其ノ指ノ爲メニ全ク勞働不館ナルコトヲ主張セルヲ見タルガ如是ナリ。 又故爲的詐偽ニアラズシテ屢々貪慾及貧弱ナル理解力ニ起因スルモノアリ、即チ廢人年金志望者ニシテ屢々非常識ナル申請ヲナサントスル場合ニハ此ノ貧弱ナル理解力ガ當該者ヲシテ不正ナル陳述ヲナサシムルニ至ルモノナリ、會テ五十歲ノ强大健康ナル一男子ガ小ナル還納性●(鼠?)蹊「ヘルニア」ノ爲メニ最早以前ノ如ク労働スルコト館ハズト主張シタルコトアリ。 多クノ保險加入者ニアリテハ「作業能力ガ通常ノ三分ノ一以下ニ減少シタル時初メテ年金ヲ得ル權利ヲ有ス」ト云フ法規ヲ知ラザルガ故ニ之ニ關係アル社會ノ中ニハ其ノ損傷、疾病ノ輕重ニ論ナク何レモ同樣ニ廢人保險ニヨリテ償ハルルモノナリト云ウ信念ガ流布シタリ、加之多クノ者ハ保険料ノ醵金ダニナサバ以テ如何ナル軽症ノ疾病ニテモ償ハルル權利ヲ有スルモノト信ジタリ、吾人ハ屢々保險加入者ガ「何ノ篇メニ吾々ハ多額ノ保險料ヲ支拂フベキカ」ト不平ヲ鳴ラスヲ聞ケリ。 或時一人ノ正直ナル辻馬車御者ガ廢人年金ヲ請願シタリ、「何故ニ勞働不能ナリャ」ト間ヒタルニ答ヘテ曰ク「予ハ重キ「レウマチス」ニ罹レルモ自己ノ職務ヲ途行シ得ルガ故ニ自ラ請求シタルニアラズ妻ハ常ニ病人ナルヲ以テ之ヲ補助セザルベカラザルガ故ニ之ヲ請求シタルモノナリ」ト、斯クテ廢人保險ハ斯カル人々ヨリハ恰モ一般ノ慈善院ノ如ク見倣サレ保險ニ闘スル法律上ノ規定等ハ殆ド之ヲ念頭ニ置カザルニ至レリ。 斯カル誤解ヲ懐ケル人々ハ自己ノ身狀ヲ詐稱スルニアラザルガ故ニ之ヲ眞ノ詐病者若クハ惡意アル誇張者ナリト認ムルコト館ハズ、只法律上ノ規定ヲ識ラザルニ基ク誤解ヨリ來タレルニ過ギズ、 假リニ獨逸國ニ於テ約二千萬人ノ國立保險加入者アリトセンカ其ノ中八愚昧者非常識者ノ多數存スルコトモ亦敢テ怪シムニ足ラザルナリ。 其ノ他レッデルホーゼ Ledderhose 氏ガ注意シタル如ク不慮負傷者ニアリテハ正當防禦トシテ止ムヲ得ザル而モ正當ナラザルモ尙恕スルコトヲ得ル一種ノ詐病アルヲ玆ニ述ベザルベカラズ、开ハ彼ノ職業組合ノ過度ニ熱心ナル観誘員若クハ醫師ガ負傷者ヲ観察スルニ當リ一見顯著ナル症狀ヲ有セザルトキニハ其ノ災禍二因スル障礙ヲ直ニ否定スル場合ノ如キ印チ之ニ屬スルモノニシテ此ノ際負傷者ハ自己ノ損傷及苦痛ヲ極メテ誇大ニ表ハサントシ邃ニ其ノ症狀ヲ誇張スルニ至ル、蓋シ負傷者ハ此ノ方法ヲ以テ有効ナラシムルヨリ他ニ良法ナシト信ズルヲ以テナリ。 吾人ハ以上述ベタル各種詐病ノ本態關スル研究ニ基キ一見詐病ナリト見倣サルル少数ノ場合ヲ更ニ精細ナル心理學的分解ヲナストキハ尙此ノ中ニハ人性ノ弱點及誤謬ノ種類ニ編入セラルベキ若干ノ種類ヲ含有スルナラン、然レ共是等ノ場合ヲ分離スルモ尙真ノ詐病ガ多数殘存スルナルベシ、予ハ近時甚ダ鐵面皮ナル詐病ノ一例ヲ經驗シタルヲ以テ左ニ之ヲ述ベン。 旣ニ一度廢疾年金ノ請求ヲナシ之ヲ却下セラレタル波蘭人風ノ年齢五十歲ノ左官ガ兩手ヲ耳後ニ當テナガラ予ノ家ニ來タリ甚シク難聽ナルコトヲ訴ヘタリ、最初ノ程ハ大聲ニテ叫ブニアラザレバ談話ヲ通ズルコト能ハザリキ然ルニ彼ハ間モナク両手ヲ耳ヨリ下ロシ彼レノ注意心ハ漸次消失シ途ニ普通ノ話聲ニテ談話スルコトヲ得ルニ至レリ、又彼レハ或ル時甚シク跛行シナガラ來タリ訴ヘテ曰ク「左脚ニ強度ノ疼痛アリ其ノ度甚ダ激烈ニシテ路上ニテ猫或ハ犬ガ尾ヲ以テ觸ルルモ家ニ歸リテ終夜温罨法ヲ施サザルベカラズ」ト然レ共其ノ實脚ニハ些細ナル表在性皮膚瘢痕ノ他ハ何等ノ變化ヲモ認メズシテ右脚(健側)ト同ジク充實肥大ナル筋肉ヲ有シタリ、彼ハ尙「約半時間モ歩行スレバ脚趾ノ爪下二出血ス」ト訴ヘタリ、然ルニ彼レノ去リシ後ヲ窓ヨリ窺フニ些ノ跛行ヲモナサザリキ。 抑モ詐病ノ頻度及其ノ發現ニ關ッテハ各醫師ガ詐病ノ本體ヲ如何ニ見解スルカニ從テ其ノ數ハ左右セラルルモノタルコト明ナリ、予ガ保險事務ノ二十三年間ノ經驗ニ據リ且ツ數千ノ鑑定例ヲ讀ミテ次ノ如キ事ヲ知レリ、即チ吾人ハ鑑定者ヲ二類ニ分ツコトヲ得ルモノナリ。其ノ一、最初ヨリ保險加入者ヲ詐病ノ疑ヲ以テ取扱フ者ニシテ他ノ一ハ年金志望者ガ異狀ノ態度及信ジ難キ訴ニヨリテ詐偽ノ疑ヲ喚起セシメザル以上ハ先ヅ之ヲ正直者ト見做ス者即チ是ナリ、而シテ第一類ノ鑑定者ガ被檢者ヲ詐病者トシテ論ズルコト第二類ニ於ケル者ヨリモ多キハ明ナリ、然リ而シテ第一類ニ屬スル醫師ニアリテハ被檢者ノ自覺的症狀ヲ全ク否認シ單ニ他覺的ニ證明シ得ル症候ノミヲ實際ニ有スルモノト認ムルヲ常トセリ、然レドモ這ハ甚シキ間違ニシテ吾人ハ是等ノ鑑定者ニ對シテハ「然ラハ醫學 Medizin ト獸醫學 Tierheilkunde トハ其ノ患者ノ差異ニヨリテ區別セラルルノミ」ト云フドユポア Dubois 氏ノ金言ヲ呈セザルベカラズ、又予ノ経験ニ拠レバ無經驗ナル若キ醫師ハ其ノ鑑定ノ初メニハ老熟セル醫師ニ比シテ甚ダ多数ノ詐病者ヲ出スモノナリト信ゼザルヲ得ズ、面シテ此ノ經驗ニハ國立勞働者保險ノ公布以來多クノ醫師モ亦之ヲ確證シタリ、蓋シ最初ノ時期ニハ多数ノ詐病例ガ報告セラレタルモ年ヲ經ルト共ニ斯カル例ハ漸次減少シタルヲ以テナリ、面シテ獨逸ニ於テハ國立勞働者保險ノ初期ニ在リテハ諸學者ハ大ナル詐病數ヲ報告 セリ即チセリグミユルレル Seligmüller 氏ハ外傷性神經症ノ二五% ホッフマン Hoffmann 氏ハ三三% シュルツィ Schultze 氏ハ三六% 、詐病ナリト説ケリ然ルニ長年月間ノ觀察ト經驗トニ基キタル學者ノ詐病數、近年ニ於テ甚シク減少シタリ即チブルンス Bruns 氏ノ研究ニ據レハ詐病ハ外傷性神經症ノ多ク共八%ナリト云ヘリ(一九〇一年)、而シテ最近ニ至リテハ過度ニ詐病ヲ探知スル事ヲ戒飾シ且ツ一旦詐病ナリト説明セラレタル負傷者ガ爾後ノ結果ニ據リテ重症ナル患者ナリト認メラルルニ至リタル例ヲ報告スル者益々増加スルニ至レリ。 詐病ノ頻度ニ關スル意見ハ亦檢査官ノ性格及人格ニ從ツテ甚シク差異アリ、予ノ長キ經驗ニ據レハ眞ノ詐病ハ一般ニ稀ナレ共慾望ニヨリテ起ル故意ノ誇張及故意ナラサル誇張ハ甚々多キモノナリトノ成績ヲ得タリ。 今詐病ノ發現ト種々ノ職業トノ關係如何ヲ考フルニ決シテ労働者界ニ於ケル保險加入者ニノミ特ニ多數發生スト云フコトヲ得ス、寧ロ人生ノ全社會ニ於テ殆ド同様ニ之ヲ見ルモノニシテ所謂高級者ノ私立保險會社ニ對スル關係モ亦労働者ノ職業組合及保險會社ニ對スルト同様ナリ、然レ共予ノ經驗ニ據レハ比較的老人ハ若年者ヨリモ多ク故意的若クハ非故意的ノ誇張ヲナシ且ツ女性ハ男性ヨリモ多ク、又或國民性ハ他ノ國民性ヨリモ甚ダ多ク詐病スルノ傾向アリ。 詐病ノ本體及其ノ頻度ニ關スル一般的研究ニ次デ「如何ニシテ此ノ詐病者及保險業務ノ害毒ニ對抗スルコトヲ得ルカ」ノ方法及手段ヲ講ズルコト必要ナリ、官廳、疾病保險金庫(救病金庫)、保險會社及醫師ハ此ノ目的ヲ達センガ爲メ協力同心相共ニ補佐セザルベカラズ、疑ハシキ場合ニアリテハ當該者ノ健康狀態ヲ出來得ル限リ闡明ナラシメンガ爲メ既往ノ狀態ヲモ探究セザルベカラズ、此ノ場合遺傳的素因次デ問題トナルモノハ學校時代ナリ、故ニ最近ニ於テハ早期ニ身體及精神衰弱ヲ注意センカ爲ニ新兵ノ壯丁名簿ニ當該者ノ學生時代ニ於ケル身體殊ニ精神狀態就其ノ教師ノ調製セル報告ヲ添附スルヲ可トスル意見出テタリ、然レトモ這ハ實地上保險關係ニハ殆ド應用スルヲ得ズ、要スルニ學生時代ヨリノ穿鑿ハ或一定ノ疾病例ヘバ癲癇ノ如キモノニアリテハ其ノ事實ヲ説明スルニ有効ナラン、之ニ反シテ保險ニ加入スルニ先チ其ノ健康ヲ早ク精細ニ確定スルコトハ容易ニ之ヲ行フコトヲ得ルモノナリ、私立生命保險ニ加入スルニ當リ會社ハ顧問醫ノ尋問ニヨリテ加入申込者ノ既往ノ健康狀態ヲ認知セント努ムルモノニシテ之ガ成績ノ如何ニ依リ保險志望者ヲ許容スペキカ將拒絶スベキカヲ決定スルコトアリ、然レトモ私立災禍保險ニ採用スルニ當リテハ多クノ會社ハ加入志望者ノ身體及精神ノ健康狀態ヲ醫學的ニ檢査スルコトヲ怠ルモノナリ、即チ此ノ檢査ヲ行フトキハ其ノ採用甚ダ困難トナリ且診察料ヲ要スルガ故ニ邃ニ其ノ檢査ヲ斷念スルモノニシテ此ノ斷念タルヤヤガテ事實ノ真相ヲ不明瞭ナラシメ遂ニ檢査ヲ困難ナラシムル原因トナルモノナリ、如何トナレバ此ノ檢査ヲ行フトキハ後日災禍ヲ受ケタル際果シテ其ノ災禍ニ起因スル結果ナリヤ將既ニ災禍前ヨリ有セル疾病ノ自然ニ増悪シタルモノナルカ換言スレバ原因的關係ヲ詐稱スルモノナリヤ否ヤヲ斷定スルニ甚ダ容易ナルヲ以テナリ、要スルニ斯カル瞞着ヲ避ケント欲セバ保險加入ノ當初心身ノ健康狀態ヲ決定スルニ如カザルナリ、國立災禍保險ニアリテモ亦労働者ガ保險義務アル商館ニ加入スルニ當リ之ヲ確定スルハ甚ダ有益ナル檢査法ナリトス。 實際少數ノ私立救病金庫ハ保險ニ加入セントスル者ヲ採用スルニ當リテハ高老ナラザル者ニシテ而モ醫師ノ確定シタル健康ヲ條件トスルコトヲ慣例トナセリ、然ルニ或職業組合ガ同シク營業加入スル前ニ豫メ勞働者ノ診察ヲナサント欲シタル時帝國保險官憲ハ社會政略上ノ考ヨリ「勞働者ハ採用前醫師ノ診察ヲ受ケザルヘカラズ」「雇主ハ労働者中二「ヘルニヤ」及其ノ素質ヲ有スルモノアリヤヲ決定セザルベカラズ」「常習性酒客及癲癇者ヲ拒絶シ「ヘルニヤ」ノ障礙或其ノ素質ヲ有スル者ヲ可及的採用スベカラズ」トノ條項ヲ災禍豫防規則制定スルコトヲ許サズト決定シ以テ此ノ處置ニ對向シタリ、社會上ノ事ヲ考慮セバ此ノ禁制ハ蓋シ同意シ得ベキ問題ナランモ詐病者ニハ極メテ都合好キ扶助ヲ与フルモノナラン。 官憲ハ特ニ災禍事件ノ場合ニ不慮負傷者 Unfallverletzten. ノ既往狀態如何ヲ確知スルトキハ以テ疑ハシキ場合ノ説明及詐病者ノ逐斥ニ裨益スルコトヲ得ルノミナラズ尙災禍ノ實狀及其ノ附帶事項ヲ精細ニ確定シ殊ニ災禍直後初メテ治療シタル醫師ノ認メタル症狀ヲ探知スルニ據リテモ亦之ヲ補助スルコトヲ得ルモノニシテ吾人ハ既ニ屢々醫師ヨリ斯カル請求ヲ受クタリ而シテ帝國保險官憲モ亦之ヲ扶助シタリ即チ帝國保險官憲ハ職業組合監督部ニ對シ千八百八十七年一月十一日附ノ同章ヲ以テ日ク 「特ニ職業會社ノ提議ニ基キ檢査官(警視廳)ガ専門家ヲ召喚スルハ其ノ結果大ナル効果ナキカ如シ、 複雑ナル場合ニアリテハ仲裁々判所取扱ノ際或職業災禍ト患者ノ職業不能トノ間ニ存スル原因的關係ニ就テノ鑑定者トシテ召喚セラレタル専門醫ハ既ニ災禍直後ニ行ハレタル詳細ナル醫學的檢查ノ所見及損傷確定(尙身體的狀態ヲモ)ノ狀態ヲ屢々知ラザルモノナリ、然レトモ此ノ際之ヲ知ル ハ多クハ營業組合ノ利益トナルモノニシテ既ニ述ヘタル手段ニヨリテ容易ニ之ヲ達成スルコトヲ得ン、兎ニ角此ノ場合ニアリテモ職業組合ガ時ヲ違ハズ根本的解決ノ目的ヲ達センガ爲メニ費ス費用ハ彼ノ仲裁々判所ニ於ケル取扱及證據蒐集ノ爲メニ用フル費用(營業組合ガ豫メ事件ノ根本的研究ヲナシタランニハ屡々此ノ費用ヲ省クコトヲ得ルモノナリ)ニ比シテ遙ニ少キモノナリ」ト、是等ノ要求アルニモ拘ハラズ日々ノ經驗ニ據ルニ職業組合ハ確ニ誤リタル儉約ヲナシ以テ災禍後直ニ第一救護ヲナシタル醫師ノ證明書(負傷者,損傷及全身狀態ニ就テノ)ヲ徴集スルコトヲ怠リ之ガ爲ニ間接ニ詐病者ニ利益ヲ與フルモノナルコトヲ知レリ、詐病ノ増加ニ對スル有効ナル防禦法ハ亦「總テノ年金受領者ハ毎年醫師ノ診査ヲ受ケザルベカラズ」ト定ムルニアリ、更ニ玆ニ一言セザルベカラザルハ不慮負傷者ノ以前ノ病狀ヲ穿鑿セントスルモ其ノ當時治療シタル疾病保險金庫及病院ヨリハ遺憾ナガラ多クハ不完全ナル病床日誌ヲ得ルニ過キザルコト是ナリ、(病床日誌ハ疑ハシキ患者ヲ判明ナラシムル補助トナルモノナリ)、然リト雖予ガ此ノ問題ニ闘スル多年ノ經驗ニ拠レバ「専門醫ヨリ證據蒐集ヲ請求セラレタル場合ニハ仲裁々判所並帝國保險官憲ハ確實ナル證據ニ基キテ極メテ熱心詳細ニ醫師ガ正確ナル判定ヲ下スニ必要ナル基礎ヲ与フルニ盡力シタルコト」ヲ認メズンバアラズ。 前上述ベタル如ク詐病者ヲ減滅センガ爲各方面ガ相協力スルヲ得タリトスルモ詐病者ニ對スル豫防上ノ主要問題ハ一ニ醫師ノ手ニ歸スベキモノニシテ専門醫ノ共働ナクバ其ノ効果ヲ舉グルコト能ハザルモノナリ。然ラバ醫師ハ此ノ傳播セル詐病者ノ行爲ニ對シテハ如何ナル位置ヲ占メザルベカラザルカ、即チ醫師ハ最モ廉潔ナル良心ヲ有シ、絕對的中立ヲ守リ公平無私ナルヲ以テ主義トセザルベカラズ、蓋シ這ハ斯カル利害問題ニ論爭ニ當リテ専門醫ヲ保護シ且詐病者並惡意アル誇張者ヲ診定シ得ル確實ナル根據ヲ與フルモノナレバナリ、然ルニ總テノ醫師ハ斯カル論爭ニ際シ果シテ能ク此ノ正シキ價值アル立脚點ヲ有スルモノナリヤ否ヤ、經驗ノ教フル如ク其ノ際三百代言ガ労働者ニ有利ナル鑑定ヲ得ンガ爲ニ常ニ其ノ勞働者ヲ一定ノ醫師送ルハ何故ゾヤ、又鑑定ヲ求ムルニ當リ營業組合ガ負傷者ノ自覺症狀ヲ粗暴ニ否定スト云フ風評アル醫師ヲ特ニ選ブハ何故ナルカ、醫師ノ團體ハ決シテ一樣ノ型ニ組織セラルルモノニアラズ、若シ醫師ニシテ其ノ技倆、學識、及人格ニ於テ各人同等ナランニハ斯ノ刻キ甚シク相異矛盾セル鑑定ガ下サレザルナラン。 兵役免除若クハ法律上ノ刑罰及束縛免除ニ對シ殊ニ私立並國立勞働者保險ニ於ケル保險加入者ノ賠償請求ニ對シテ問題トナル疾病障礙ヲ鑑定スルニ當リテハ醫師ハ真實、正義ヲ以テ之ヲ判定セントスル廉潔ナル努力ヲナスノ他ニ其ノ疾病ノ性質、發生及意義ヲ極メテ詳細ニ診定セザルベカラズ、從テ是ガ爲ニハ其ノ問題トナル凡ユル疾病及障礙ニ就テ豫メ充分ナル醫學上ノ知識ヲ有スルコト必要ナリ、特ニ全ク詐病的意思ナキ患者ノ疾病ニ就テモ亦豫メ研究シ置クコト必要ナリ、換言スレバ苟モ鑑定ニ從事セント欲スル醫師ハ先ヅ豫メ實際ノ患者ニ就テ得タル多數ノ經驗ヲ蒐集セザルベカラズト云フニアリ、然ラザレバ不公平ナル妄斷ニ陷リ正當ナル鑑定ヲ誤リ易キノ危險アルヲ以テナリ、真ノ患者ニ對スル充分ナル専門的知識ハ凡ユル醫學的鑑定ノ基礎ヲ造ルベキモノニシテ只此ノ基礎ニ基キテ醫師ハ詐病者ノ中ニ正實者ヲ發見シ且總テノ詐病的行爲ニ反抗センガ爲ニ精密ナル鑑定的觀察ヲ下スコトヲ得ルモノナリ、 其ノ他尙詐病ヲ認識スルニハ醫師ハ如何ナル點ニ注意スベキカ、検査ニ召喚セラレタル負傷者ガ時日ヲ後レテ來ルガ如キハ旣ニ屢々醫師ノ疑念ヲ喚起スルニ足ル徴候ナリ、此ノ種(普通既ニ年金ヲ得タルモノニシテ再審査ノ爲ニ召喚セラルル者)ノ多クハ明ニ年金值下ノ資格アルコトヲ自覺シ可及的長日月間之ヲ免レントシテ徒ニ遁辭辯解ヲ弄シ以テ出頭ノ時日ヲ遷延セントスルモノナリ、檢査ノ際夫人ヲ同行スルコトモ亦彼等ガ好ンデナス方法ノ一ナリ、此ノ際「何故ニ夫人ヲ同行セルヤ」ト問ハバ「眩暈發作アルガ爲ニ單獨ニラテハ街路ヲ歩行スルコト能ハズ」ト答フルモノナリ(然レトモ其ノ後負傷者ハ單獨ニテ勞働ニ行キ或ハ辻馬車馭者トシテ働ケルヲ露顕セラルルモノナリ。)其他年金志望者ガ檢査場 ニテ現ハス態度及表情ハ既ニ檢者ノ疑惑ヲ惹起セシムルコトアリ、即チ正直相ナル容貌ヲナシ最初ヨリ極メテ多辯ニ多クノ苦痛ヲ訴ヘ以テ自ラハ詐病者ニアラズシテ困難ノアマリ金庫若クハ職業組合ニ請求スルモノナルコトヲ論證スルモノ多シ、或ハ百姓風ノ狡猾ナル表情ヲナシ恰モ見張番ヲスルガ如キ眼光ヲナシ甚ダ寡言ニシテ澁滯セル應答ヲナシ以テ自己ノ不注意ナル言葉ニ由リテ秘密ヲ漏洩セザル様苦心スル者等アリ、其他被檢者ガ室内ニ入ル時殊ニ衣服及靴ヲ着脱スル際行フ種々ノ體動ハ注意深キ檢者ヲシテ既ニ被檢者ノ正實ヲ疑ハシムルコトアリ、何トナレバ詐病者ハ殆ド常ニ症狀ノ極度ヲ表ハスモノタルハ古キ經験ノ教フル所ニシテ、例ヘバ盲者以上ノ重キ視力障礙ヲ表ハシ、聾者ヨリモ惡キ聽力障礙ヲ訴ヘ、麻痹者ヨリモ甚シク跛行スル等ノ如キ是ナリ、(クラッツ Kratz 氏)加之國立勞働者保險ノ設立以來最近二十年間ノ經驗ニ據レバ今日迄熟知セラレタル臨床的病型内ニ編入スルコト能ハザル病症甚ダ多ク而モ從來經驗セル臨床的症狀ト他覺的並自覺的症狀(特ニ自覺的症狀ニ於テ)トノ差異甚ダシキガ爲ニ吾人ヲシヲ詐病ノ疑問ヲ懐カシメ之ガ眞僞ヲ判別センニハ聰明ナル判斷ヲ要スル病型極メテ多數存在スルヲ知レリ。一般ニ詐病者ニアリテハ其ノ訴フル疾病ガ決シテ全身及局部ノ發育榮養ニ影響ヲ及ボスコトナク内臓ノ重症ヲ訴フルモノニアリテモ顔貌爽快榮養佳良ニシテ強壯ナル狀態ヲ呈ス、四肢ノ激烈ナル疼痛竝强硬ヲ訴フルモノニアリテモ四肢ノ筋肉ハ能ク發育緊滿シ両手ノ廢用ヲ訴フル者ニアリテモ亦手掌ニ固キ作業性胼胝 Arbeitsschwielen ヲ見ルコトヲ得ルモノナリ、 醫師ハ其ノ眞質ナルコトヲ發見センガ爲ニハ二種ノ方法ヲ有ス即チ一ハ全ク醫學的二行フ技術法ニシテ他ハ一般的方法ナリトス、前者ハ特ニ故意的詐偽ノ發見二有力ナル技術上ノ器械ヲ用ヰ主トシテ五官器ノ詐病ニ際シ應用セラルルモノニシテ其ノ詳細ナル研究ハ之ヲ各論ノ條下ニ譲ル、而シテ他ノ疾患ニ於ケル詐病ニ對シテハ純醫學的方法竝素人ニテモ應用スルコトヲ得ル一般的方法ヲ應用セザルベカラズ、第一ニ醫師ハ凡ユル臨床的檢査法ヲ最モ有益ニ應用セザルベカラズ、例ヘバ最近特ニX放射線透檢法 Röntgendurchleuchtung ヲ用ヰテ種々卓效ヲ奏シ得ルガ如シ、被檢者ノ既往症及自覺症ヲ調査スル際ニハ檢査医官ハ決シテ沈着ヲ失フベカラズ、假分甚ダシク疑惑ヲ懐クモ被檢者ニ對シテ其ノ疑ヒ居ルコトヲ斷ジテ覺ラスベカラズ、寧ロ被檢者ノ訴及其ノ苦痛ニ就テ最モ詳細ニ探究セザルベカラズ、サスレバ往々鐵面皮ナル虛偽ヲ話ス事アリ、又自覺的症狀ニ就テハ可成直ニ詳記シ置クヲ要ス、开ハ後ニ訴フル症狀ト比較スルニ當リ極メテ有效ナルモノニシテ蓋シ此ノ比較研究ニ依リテ屢々其ノ訴ノ眞否ヲ決定シ得ルモノナレバナリ、換言スレバ之ニヨリテ詐病者ヲ自ラ矛盾セシメ此ノ際更ニ質問ヲ發シ以テ其ノ解答ヲ益々虛偽ニ陷ラシムルコトヲ得ルモノナリ、若シ被檢者ニシテ其ノ病症ヲ訴フルコト不定ナル時ハ(斯カルコトハ甚ダ屢々見ル所ナリ)直ニ詳細ナル尋問ヲナシ以テ其ノ時期、種類及性質ヲ穿鑿シ若シ疑ハシキ時ハ直ニ各症狀ヲ能ク確捕セザルベカラズ、未ダ或事柄ヲ話シ終ラザルニ先チ被檢者ガ話題ヲ反ラシ或ハ訴ヲ變換スルハ屢々故意的詐偽ノ特有徵候ノータリ、何トナレバ餘リ詳細ナル陳述ヲナストキハ之ガ爲ニ自ラ秘密ヲ漏洩スルノ恐アルヲ以テナリ、他覺的ニ證明シ得ル症狀ヲ確定スルニハ主トシテ臨床的檢査法ニ據ルモノニシテ其ノ病症ヲ明白ナラシメンガ爲ニハ多クハ是等ノ法ヲ正確ニ應用スレバ足レリ、然レ共此ノ際被檢者ノ正實ナリヤ否ヤヲ檢センガ爲ニハ尙檢査中ニ於ケル被檢者ノ態度ヲモ常ニ穿鑿セザルベカラズ、換言スレバ純醫師的方法ニアラズシテ却テ平凡ナル方法ヲモ應用セザルベカラズ、而シテ被檢者ガ醫師ノ家ヲ去リタル後其ノ街路ニ於ケル步行舉動果シテ如何ナルカヲ観察センガ爲被檢者ヲ見送リ若クハ尾行シ或ハ不意ニ被檢者ノ自宅ヲ訪問シテ檢査スルモ亦決シテ醫師ノ威嚴ヲ損スルモノニアラズ、素人的平凡ナル方法ノ應用ガ如何ニ必要ナルカニ就テハ近時 ヒルレンベルグ Hillenberg 氏ガ浩瀚ナル論文中ニ之ヲ述ベタリ、即チ氏ハ多クノ名器ニヨリテ種々醫學的檢査ヲ受ケ常ニ多少ノ疾病ヲ有スルモノト判定セラレタル患者ニ對シテ單ニ不意ニ非醫師的觀察卜訪問トヲ行ヒ之ニ依リテ當該者ヲ確ニ詐病ト認メ得タル例ヲ報告シタリ、患者ヲ不意ニ反覆訪問スルハ詐病ヲ看破スルニ甚ダ有效ナル方法トシテ推奨スベキモノタルハ既ニカスペルリーマン Casper Liman 氏(自著法醫學書ニ)及ヘルレルHeller 氏(「詐病及其ノ療法」中ニ)ノ記載セル所ナリ、假令此ノ方法ヲ以テ未ダ詐病者ヲ判明スルコト能ハズトスルモ尙最後ノ手段トシテ病院ニ於テ行フ觀察法アリ、即チ病院ニアリテハ經驗アル専問醫ニヨリテ巧妙ニ檢査セラルルガ故ニ極メテ困難ナル場合ニアリテモ確實ナル成績ヲ得ルモノナリ、古キ時代ノ報告中ニ見ルガ如キ殊ニカスペル氏ノ報告シタルガ如キ被検者ヲ騙ス機策ノ應用(例ヘバカスペル氏ハ嘗テ法庭ニ於テ全ク聾ナリト詐訴セル一男子ニ背後ヨリ低聲ニテ「君ノ袴 Hosen ノ鈕ハ外レテ居ルカラ掛ケヨ」ト注意シタルニ當該者ハ之ヲナシタリト云フガ如シ)ハ往々試ミラルルモノナレトモ狡猾ナル詐病者ニアリテハ多クハ之ニ對シテ豫メ用意ヲナスモノナルガ故ニ其ノ目的ヲ達成スルコト稀ナリ。 醫師ガ檢査ヲナシ以テ確ニ其ノ詐病者ナルコトヲ判明シタル時醫師ハ如何ナル態度ヲ探ルベキカ、若シ鑑定醫ガ長年月間ノ經驗ニ據リテ得タル知識ニ基キテ當該被檢者ハ單ニ馬鹿ニシテ善良ナル人間ナレ共他人ノ惡意アル敎唆ニヨリテ自己ノ病苦ヲ誇張スル樣ニ瞞サレタリト云フ事ヲ判定シ得タル場合(這ハ既ニ前述セル所ニシテ斯カル場合ハ少カラズ)ニハ親切ナル醫師ハ被檢者ヲシテ其ノ病氣ノ實際ノ程度ヲ會得セシメ過度ノ要求ヲ斷念セシムルコトヲ得ルモノナリ、被檢者ニ對シ穩カニ話シ能ク説明スルコトハ仁術ヲ職トスル醫師ニハ最モ適當シタル方法ナリ、但シ經驗アル鑑定醫ガ或目的ヲ有スル頑固ナル詐偽的行爲ヲ發見シタル場合ニハ他ノ方法ニ依ラザルベカラズ、然レドモ此ノ場合ニ於テモ平静沈着ヲ保持シ檢査時怒氣ヲ表ハスガ如キコトヲ避ケザルベカラズ、又鑑定書ノ書キ表ハシ方及詞ニ於テモ細心考慮スルヲ要ス、何トナレバ是等ノ文章ハ被檢者ガ判決セラレタル後、他日之ヲ讀ム機會ナキニシモアラザルヲ以テナリ、又自信ヲ以テ實際ノ狀態ヲ詳細ニ説明セザラベカラズ、極メラ精密ナル診査ニヨリテ發見シタル所見ヲ示スベシ、而シテ被檢者ノ訴ニ對シテ疑惑ノ存スル時ハ之ヲ次ノ方法ヲ以テ云ヒ表ハスベシ、即チ「被檢者ノ訴フルガ如キ症狀ハ他覺的症狀ト一致セズ」或ハ「筋肉能ク發育シ若クハ手掌硬皮ヲ有スル事實ハ被檢者ノ訴フル「四肢ノ使用ハ全然不可能ナリ」トノ申出トハ一致セズ」ト云フガ如キ詞ヲ以テ云ヒ表ハスニアリ、何トナレバ詐病ノ證明ニハ醫師的鑑定ノミニテハ不充分ニシテ裁判官ノ前ニテ確定セント欲セハ素人ニテモ了解出來ル如ク證明セザルベカラザルヲ以テナリ、然レトモ這ハ頗ル困難ナリ、何トナレハ「患者ハ恐ク拙劣不器用ナルガ爲狼狽シテ詐偽ノ申立ヲナシタルモノナラン」トノ考ガ常ニ裁判官ニ起リ易キヲ以テナリ(ヘルレル氏 Heller)、詐病者ヲ一般ニ威嚇スルニハ甚シキ詐病者ヲ法律上ニテ判決スル方有効ナラン而シテ斯クノ如キ訴訟ヲ公ニシ出來得ル限リ之ヲ流布スルヲ要ス、然レトモ詐病者ニ對シテ最モ有效ナル方法ハ詐病者並誇張者ノ極マリナキ要求ニ對シ詳細之ヲ調査シ適當ノ判斷ヲ与ヘ之ニヨリテ其ノ要求ヲ適當ナル程度低減スルコト最モ緊要ナリトス。(「詐病及鑑定法」一〜一九 ※一部新字変換は頁作成者)
1920(大正9)年
◆服部 北溟 著 1920 『子供の四十八癖』,博文館. DOI10.11501/980114(4) 假病を構へる癖 嘘言のことを述べました序でに、嘘言の一種である子供の假病即ち作り病気と云ふことに就て少しく述べて置きます。子供の内には時として親や兄弟を瞞着して假病することがあります。即ち自分は健康でありながら病気だと僞つて詐病することがあります。温かい家庭には餘りこんな癖を有た子供は少ないのでありますが、母が繼母だとか又は貰はれ子だとか云ふ家庭に育つた子供には、往々假病する子供があります。斯う云ふ家庭でなくとも、夜ふかしゝて眠いところを朝早く起されるときとか、厭な學科に打つかつたときなどには、往々親や先生に対して假病する子供のあることを見受けます。子供を敎養して行きます上に置きまして、偽った病気か本當の病気かを見分けることは極めて必要なことゝ思いますから、子供が假病を使ふ容子から假病を見分ける方法を述べて見ませう。そして假病は一見して容易に見抜くことが出来る場合もあります。それは子供が頭が痛くて熱があると云へば、脈を見たり熱を計って見れば直ぐ病氣の真偽が判りますし、又お腹が痛んで胃の工合でも悪いと申せば、舌を見れば直ぐ轄ります。即ち舌が白くなって居れば胃腸に故障があると云ふ證據です。頭や腹ぐらゐのことは容易に知れますが、子供が少し巧妙に假病すると、巧妙に假病すると、頓と其真偽を見扱くことが出きないことがあります。 同じ假病を使ふにも、少しばかりの痛みのあるのに、左も劇痛の如くに騒ぎ立てるのと、全く病気でないものをやれ目が見えないとか又は耳が聞こえないとか云って詐るのと、此の二通りに分れて居ます。少しの病気があつた場合でも、又は全く病氣がないときに詐るのにも、何時も假病癖のある子供は病氣の最大限を言ふ特徴を有つて居ます。それから假病癖のある子供に最も可笑しいと思ふことは、假病して居る子供が假病することを忘れて居ることがあります。例えて申せば、手が痛くて上げることも下げることも出来ないと云うて居るかと思ふと、誰も人が見て居ないときには、盛んに手を動かして體操の真似などを遣って居ることがあります。更に滑稽なことは右の手が痛いと云うて置きながら、つい右と左とを混同して左の手を左も痛さうに抱へ込んで居るやうなこともあります。こんな時には直ぐ化の皮が現はれて、假病を看破することが出来ます。神經質の子供の假病は前者に属して、往々にして僅かの病氣を大袈裟に發表することがあります。 又子供のうちには叱られたり責められたりすることが恐くて臓病するものもあれば或は實際が怠けもので假病するものもあります。何れにしても假病は子供の或時期に現はれる一種の悪い癖であります。そして假病する時分は如何にも真実らしい嘘言を吐くのであります。例へば耳が聞えぬと言ふやうな場合に、右の耳か左の耳かと尋ねますと、左の耳は聞えるが右の耳が聞えないと云つて、左も誠らしく病氣を詐つて嘘言を吐くものであります。時とすると其の聞えないと云ひつた耳が聞えたりなにかして、どちらが右であつたか左であつたかを忘れるやうなこともあります。此の外眼が見えないと云ふ假病もあれば、同情を求めら爲めの假病もあります。兎に角子供が假病したと云ふことが判つた以上は、充分其の原因を調べて斯んな詰らぬ癖に陥らないやうにすることが必要であります。さう云ふ場合には先づ敎育家に相談する必要もありませうし、又はお賢者に相談して然るべき方法を講するのも必要でせう。 子供の嘘言を矯める上にはいろ〻と注意して掛らねばならぬことがありますうそ 3 けんいんたやうわかそれは嘘言を云ふやうになった原因には、いろ〻くと多様に分れて居ますから、その原因を充分調べた上に矯正の方法を採らないと、却て角を矯めて牛を殺すやうな結果になることがあります。一時的の嘘言であるのを捉へて、左も永久に續いた嘘言のやうに思つて、頭からがみ〻と矯正に取り掛つても決して矯正の實か挙がらぬばかりでなく却てがみ〻したばかりに、本當の嘘言つきにして丁ふやなことが間々あります。また既に嘘言をいふ癖となつて居るものを、之れは一時的の嘘言であらうなどと棄て置きますと、嘘言つきが遂に事實に泥棒の初めを爲すことがあります。故に普通子供に有り勝ちの嘘言であるか、或は不良質を帯びだ嘘言であるかを見分けて、且つそれが一時的のものか永久的のものかを調しべて、猥りに叱るばかりが藝ではありませんから、子供に理解し易い道を以て先しらづ子供の心がら善導する必要があります。 (72-76)◆松山 思水 1920 『アンポンタン──喜劇と喜歌劇』, 実業之日本社. DOI:10.11501/962999
二月狂言 虚病 母 呆助や呆助や、早く起きないと学校が後れますよ。 母は、蒲団を頭からかぶって寝込んでいる呆助を起こしてゐる。 母 もう八時半ぢゃありませんか、遅刻すれば必先生に叱られますよ。 呆助 だつて頭痛がして起きられないんだもの。 と、呆助は蒲団の中から声ばかりする。 母 頭痛ですって? 虚病でせう。又休みたくて、痛くもないのに、嘘を使つてゐるんぢやありませんか。そんな事を云つて、学校を遅刻したり休んだりしてゐると、落第しますよ。 そこへ足の凡太耶が出て来て 凡太郎 呆ちゃん、頭痛なんて嘘だらう。昨夜宿題が出来ないと云つて困ってい たから、それで学校を休まうと思つて、虚病を使ってゐるんだらう。 呆助 虚病だって、随分失敬な兄さんだ。僕の頭をさはつてごらん。こんなに熱いちやないか。 凡太郎 どれ(とさはつて見て)ちつとも熱くないぢやないか。 呆助 兄さんは、今迄火鉢で手を焙つてゐたからだよ。 母 凡太郎、お前だけでも早くお出で、遅刻するといけないから。 凡太郎 だつてお母さん今日は と何か云はうとして、急に口を噤んで、母の耳に何か囁いた。 母 ああさうか・・・・・・・・(と答へて、今度は呆助に向ひ)ぢゃ仕方がありません、病気には勝てないから、今日はお休みなさい。その代りお粥をたべて一日寝てゐるのですよ。無理をして起きると、明日になつても直らないと困りますからね。 呆助 ああ寝てゐますよ。 凡太郎 然し果ちゃん、若しか遊びに行きたくなったら、熊の胆を飲むといいよ。頭痛はすぐ直るから、少々苦いけれどもね。 呆助 熊の胆は腹痛の薬ぢないか、兄さんは自分の事でないから、いい加減なことを云つてゐるんだ。僕は腹なんか痛くないんだ、只頭痛がするんだ。 凡太郎 どうせ虚病だもの、腹痛でも頭痛でも、どつちだつていいぢやないか。 呆助 失敬な、虚病だなんて、なんぼ兄さんだつてあんまりだ。 この時表の方て『呆助君』『呆助君』と呼ぶ友人の声がする。 凡太郎 そら、羊太郎君や変太君がさそひに来たよ。 呆助 僕は今日は頭痛がするから休むんだと云つて下さい。 凡太郎 そんな事を云はないて、皆と一緒に学校へ行って『雲に聳ゆる高千穂の』でも歌って、お饅頭を貰って来るがいいよ。 呆助 今日は唱歌の時間なぞないよ。算術の時間はあるけれど。 凡太郎 それ、その算術の宿題が出来ないものだから、休むと云ふんだらう。どうだい、お手の筋かね。 呆助 さうぢやないよ、ほんとに頭痛なんだよ。 凡太郎 それぢや仕方がない、今日は二月十一日で紀元節なんだ、だから学校は式ばかりするんだ。僕なんぞ中学で何も貰へなくてつまらないけど、小学校では饅頭を呉れるからいいなあ。 呆助 (思はず)しまつた・・・・・さうだ紀元節だつたつけ。ちつとも知らなかった。 ぢや休んだつて授業が遅れないからいいや。 凡太郎 然し式へ行つて饅頭を貰つて来る方がもつといいだらう。どうだい、そろそろ頭痛が癒つて来やしないか。式だから十時始まりだらう、まだ遅くならないよ。それとも一日不味いお粥を食はされて寝てゐるかい。 と凡太郎は皮肉に云ふ。 呆助 何だか少し癒って来たやうだ。それに式と頭を使はないでいいから、少し位の頭痛は辛抱してでも出られるね。 凡太郎はそれに答へず 凡太郎 お母さんどうです。僕の予言が当つたでせう。頭痛の原因は全く算術の宿題でした。 母 ほんとに呆れた子だね。今日は矢張り罰に一目寝かして置きませう、二度とこんな真似をしないやうに。 凡太郎 然しその代り苦い熊の胆を罰に飲ませてもいいでせう。 母 さうです、熊の瞻を飲めば癒ったことにして行かして上げます。 呆助 だつて熊の胆は腹痛の薬でせう。 母 虐病(ママ)には、どんな薬でも利きます。然し行きたくなければ飲まないでも宜しい。 この時月外て『呆助君』、『呆ちゃん』と呼ぶ声がする。呆助は行きたさうに身をゾクゾクさせてゐる。凡太郎は用箪子から熊の胆を出し来て 凡太郎 それ、呆ちゃん、男らしく飲んで行きたまへ。一日寝てゐては全くつまらないぢやないか。 呆助は困ったと云ふやうに、だまつて考えてゐる、表では又友達の声。 友人 呆助君、早くこないと、僕達行つてしまふよ。 凡太郎 呆ちゃん、早くお飲みよ。皆行つてしまふよ。 と兄は側から促す。 母 ほんとに意気地なしだね、この子は。 呆助 意気地なしだって、こんなもの位飲めなくつてさ! と呆助はやっと決心して、大きな熊の胆の塊をぐつと飲み込んだが、追々苦くなつてたまらないので、顔をしかめ、胸をたたきつつ、苦しみながら一生懸命の声。 呆助 今すぐ行くから、待つてくれたまへ。 その様子がおかしいと云ふので、母も凡太恥も腹を抱へて 凡太郎 ワハハハハハ! 母 オホホホホホ! ──幕── (10-17)※新字変換は頁製作者
1921(大正10)年
◆森荘 三郎 1921 『労働保険研究』, 有斐閣服部. DOI:10.11501/968522何故に既存の共濟組合を保險機關に認定したるか。斯かる組合の利用が事業經營の上に便宜多きことは第一の理由なり。多数の既存組合の理事者及び組合員の反對を恐れたることは第二の理由な李。詐病即ち人意的危険を防ぎ得る利益あることは第三の理由なり。されば英國の立法當時の狀態を述べて Rubinow 氏は曰く(註二五)、 No law could hope of success which aimed to destroy or disregard these time-honoured institutions with their millions of membership. 然れども自然に發達したる組合中には極めて少数の組合員を有せるに止まり、危険分散を根本原則とする保険の精神に適せざるものも少からず。或は財政的基礎の強固ならざるものも無きに非す。従て一定の方針の下に之を統括するの必要あるが故に、獨逸に於ては一九一一年の改正法に於て此點に一大斧鉞を加へ、被保険者の範圍を擴大したるにも拘はらず、既存の組合二萬三千餘を整理して約一萬となさんとせり(註二六)。 (註二五) Rubinow: Social Insurance, 254 (註二六) 獨逸保險院編纂、歐洲諸國勞働保險一覽表、日本鐵道院翻譯、第二頁。並にTwenty-Fourth Annual Report of the U.S. Commissioner of Labor, Vol. I, 1176-1177 (70-71)
憲政會提出の疾病保險法案批評 東洋學藝雜誌第四百六十八统揭載、 大正九年九月發行。 本年(大正九年)一月片岡直溫氏及び江木翼氏の名を以て發表せられ、二月十九日衆議院に提出せられたる疾病保險法案の内容を逐條的に批評せんこと欲す。 ◯第一章 總則 第一條 疾病保險ハ政府之ヲ管掌ス。 之によれば疾病保険を國營保險となし、政府の機關、例へば郵便局又は町村役場をして之を經營せしめんと欲するものなり。歐洲にては疾病保險は私設の共濟組合をして之を經營せしむるを原則とせるに對し、新に我國に獨特の制度を設けんとす。歐洲にて之を私設の組合をして行はしめ政府之を監督するに止むる理由の主なるものは、(一)法律制定以前に多数の組合の存立せしことと、(二) 組合員相互の監督によりて詐病を抑制せんと欲することに存す。 我國には既存の組合殆ど之れ無きを以て、新に不完全なる小組合を設くることの不得策なるは余もこを是認す。されど國營保險に於て果して第二の點を適當に監視し得るや否やは甚だ疑問なり。以上の利害を考察すれば、余は(一)基礎の確實なる組合の設立を獎勵するを本則とし、(二)組合に屬せざる者の爲に國營保險局を利用せしむることとし、(三)危險分散主義を完全ならしむる爲に共濟組合をして國營保險局に再保險せしむるを適當と考ふ。尙ほ本條に就いては第十二條を併せて研究するを要す。 (205-206)
第十二條疾病、廢疾、分娩及死亡ニ關シ本法ニ準スヘキ場合ニ於テ、他ノ法令ニ依リ本法ト同等以上ノ給付ヲ受クル者、又ハ傭主ヨリ本法ト同等以上ノ給付ヲ受クルノ保障アル者ハ、命令ノ定ムル所ニ依リ疾病保險ノ被保險者タルコトヲ免除セラルルコトヲ得。 思ふに本條は鐵道省共濟組合又は鐘淵紡績會社共濟組合等を眼中に置き、其の組合員を本法の範圍外に置かんとするものならん。既に其の組合に於て疾病保険を實行せる以上は、重ねて國營保險局の被保険者たる必要なきは勿論なり。されど余の疑問とするは、彼等を本法の範圍外に置くべきや、或は此等の組合を本法實施の一機關と公認すべきやの問題なり。余は既に第一條に就て述べたる理由により、後説に賛成し、本條に反對する者なり。一見すれば兩者同一事に歸するが如くなれども、實際に於は多くの點に於て差異あり。煩難を避けんが爲めに玆には左の二點を指摘するに止めんとす。 第一、此等の共濟組合(特に私企業に附屬せるもの)は第三十七條の如き國庫の補助を得られざる不利金あり。故に本法制定の結果は此等の組合を解散せしむるに至る。然るに此等の組合は第一條につき述べたる如く疾病保險の實行に有益なる機關なり。尤も此の點は別に「共濟組合法」を制定し、國庫より相當の補助金を交付することに依りて、適當に解決せられ得べし。されど其の場合には此等の共濟組合員は果して本法の適用を免除せられたりと言ふべきか、或は反對に本法の範圍内に包含せられたりと言ふを適當こすべきか。 第二、法案第二十三條によれば三年以上繼續したる被保険者に限り廢疾給付を受け得るものなり。然らば若し某會社の共濟組合に數年間繼續して屬したる者が、一朝解雇せられて組合員の資格を脱し、更に本法の被保険者となりて未だ一兩年を経ざるに不幸にして廢疾に陥るも、本法規定の廢疾給付を受け得ざる缺點を生ず。同様の問題は第二十四條の分娩、及び第二十八條の失業、若は第十四條の繼續等につきても亦發生す。此の缺點は第十二條の免除より生ずるものなり。若し余の意見の如く此等の共濟組合を本法上の一機關となし、其の間に聯絡を附するならば、此の缺點は一掃せらるるを得るに非ずや。若し立案者の意見にして余の主張を是認し、其の精神を以て「命令」の規定を設けらるるならば、これ免除に非ずして、此等の者を本法中に包含せるものなり 。尙ほ此の問は將來に於て養老、遺族、失業等の保險制度の設けらるるに至らば金々重大事件となるべきなり。 (272-274)
1927年
◆醫海時報社 19270917 「被保険者の詐病防止」, 『醫海時報』1727:22. DOI:10.11501/11184313被保険者の詐病に就ては健康保険実施以来、各方面で研究され居るが、芝浦製作所鶴見工場に於て目下労働争議中にて、罷業(※ストライキ)を継続する状態にある事とて東京府医師会は、共の防止に関し各郡市区医師会健保部長宛左の如く通牒を発し警戒する事となりたり被保険者の詐病防止に関する件 神奈川県横浜市鶴見町所在芝浦製作所鶴見工場は目下労働争議中にて罷業の状態を継続中に有之候処従来同盟罷業等の為め被保険者たる職工側と事業主側との間に暫定的経済関係の離絶の状態に置かれる場合其の期間長きに亘るにつれ被保険者中には其の経済的困窮より免れんが為め或は仮病を構へて保険医の診療を強要し傷病手償金請求書の証明を強請する等の事実も往々にして有之為めに種々複雑なる不祥の事象を惹起する等の遺憾も有之候に就ては此際貴管下各保険医に対し之が防止方に付き為念可然御指達置被下度芝浦健康保険組合たり来示の次第も有之此段得貴意候也追而右の事実有之際は速時本会に申越相成様致度。
(二二)※補足、新字体変換は頁作成者
1929年(昭和4年)
◆小口忠太 1929「職業と視力」, 『産業衛生協議会報:第13──職業と眼』, 産業衛生協議会. DOI:10.11501/10716208- 外傷 職業病として最も重要なのは外傷である。之を一々述べる時間がないが、殊に鐵片飛来による外傷が多い。鐵片は早く電磁石によつて抽出すれば害は少ないが姑息的な處置をしていると鐵片が錆びて Siderosis dulbi を来し遂に抽出の時期を逸することがある。鐵片飛來に次では眼の腐蝕及び火傷、打撲傷等がある。一般に外傷のときの注意としては、成るべく洗滌しない様にすることが最も緊要である。汚物は拭ひ去ることが出来る。殊に角膜鞏膜等に穿孔創のあるときには、黴菌を洗滌によつて進入せしめない様にせねばならない。 外傷の際には損害賠償、保險給付に関し、醫師としてその判定を要求される場合も少くなく周到なる考慮を要するここが多い。 向之に關聯して詐病及び誇張にも注意しなければならぬ。特に詐病に付ては自覺症による訴へと、他覺的所見とが完全に一致するかどうか、精密に検査して、その誤診なきやう期せねばならない。 最後に外傷によつて誘發する眼病も一考に値する。例へば角膜實質炎が外傷を誘因として突然表はれることがあるから注意すべきである。 以上甚だ簡單であつたが眼科學と職業と關係深い方面に付て申述べた次第である。 (奥山記)
(222-223)※一部新字体変換は頁作成者
1930年(昭和5年)
◆鈴木 梅四郎 1930 「健康保險の被保險者診療に關する質問主意書」, 第58回帝国議会 衆議院 本会議 第13号 昭和5年5月13日. (https://teikokugikai-i.ndl.go.jp/#/detail?minId=005813242X01319300513¤t=1)健康保險の被保險者診療に關する質問主意書 右成規に據り提出候也 昭和五年五月三日 提出者 鈴木梅四郎 健康保險の被保險者診療に關する質問主意書 […] 三 政府は被保險者の輕症治療を如何に考ふるか 勞働者の疾病を其の初期輕微の間に於て簡易に治療し國家の産業能率を減退せしめさること是れ健康保險法の制定せられたる主要の目的にして其の一人當り一箇年間の治療費を七圓四十二錢餘と算定したる根據か何れにあるにもせよ歸する所は保險醫の取扱ふへき大多數を輕症患者と見たるに依ること言を俟たす然るに政府當局を始として事業主も被保險者も將又療養給付の引受人たる日本醫師會も兎角被保險者の輕症治療を厄介視する傾あり甚しきは輕症治療を以て怠惰の氣分の致す所と爲すか如き形跡あるは思はさるの甚しきものに非すや疾病傷害を初期輕微の間に治療して治瘉すへき疾病を大事に致らしめさるは公衆衞生の本義にして何人も望む所なり然るに今日世間一般か輕症微患を以て醫者を煩はすへからさるものの如く思惟するは制度の缺陷と社會の貧困とより迫出せられたる習慣の惰勢にして元來已むを得さるに出てたるものなり然るに此の制度の缺陷を補填する一策として施行せられたる健康保險の結果として被保險者か輕症微患を打棄て置かす之を初期の間に治療して個人的にも社會的にも其の損害を輕微の程度に止めむとするは寧ろ喜ふへき現象に非すや勿論多數の中には詐病を構へて缺怠を欲し漸く懶惰の氣風を爲す者あるへし吾等も夫れを思はさるに非すと雖醫者通ひは健康者に取りて餘り愉快なるものに非す詐病の不愉快と休養の愉快とを相殺し來れは被保險者か濫りに醫藥に親しむの弊風を餘りに重視するは誤りに非すや社會局保險部の手に成れる健康保險實施後の調査資料其の三中に左の如き調査項目及報告あり以て輕症治療と謂ふことか政府當局を始として關係當事者間に如何に取扱はれつつあるかを知るに足るの材料とすへし 調 査 項 目 有無 組合の設立ある工場及事業場一三五中 組合の設立なき工場及事業場九二中 合計 二二七 詐病怠惰の氣風の助長の有無 有 六〇 二七 八七 無 七五 六五 一四〇 濫に醫療に受くるものの有無 有 八三 四五 一二八 無 五二 四七 九九 右の調査に依るときは健康保險法實施の影響として勞働者に詐病若は怠惰の氣風を助長したりと爲す事業主二百二十七中八十七を占め濫りに醫療を受くるの風を助長したりと爲すもの二百二十七中百二十八の多きを占むるを見る政府の發したる質問(調査項目)の意味は必すしも輕症治療を以て詐病若は濫りに醫療を受くるものと爲したるものに非さるへしと雖事業主側の之に對して發したる囘答中には輕症治療を以て詐病とならさる迄も怠惰の氣風若は濫りに醫療を受くるものと解するものの多きを占むることは疑を容れさる所なり是れ併しなから健康保險の目的と其の經濟的成立の基礎條件とに關して根本の知識を缺くものに非すして何そや同册子中には尚此の外に社會局保險部より各地方廳(四十七)に對して發したる照會中之に類似の項目あり左の如し 健康保險實施後被保險者の傷病及缺勤の増加せる傾向なきや (一)相當増加せる傾向あり(十二) (二)稍増加せる傾向あり(二十九) (三)増加せる傾向なし(六) 健康保險實施後被保險者の怠惰の氣風を助長したるか如きことなきや (一)怠惰の氣風を稍助長せり(二十二) (二)怠惰の氣風を助長せす(二十五) 然るに被保險者たる勞働者側は流石に疾病の爲に苦しむ當事者丈けありて中には疾病を輕微の中に治療し得ることの恩惠を切實に感しつつある者ありと見え調査を爲したる工場又は事業場四百二、調査票の交付を受けたる被保險者八万三千八百三人、同上囘答を爲したる被保險者四万一千七十七中輕症治療に關する左の如き囘答あり以て彼等の衞生思想か如何なる程度にあるかを知るへし (5)病氣が輕い中に診て貰へるから重くならずにすむ……一、一〇四 (9)輕い病氣だけに利益になる…………………………………………九 國家の産業能率を減退せしめさるを以て主要の目的と爲し(即ち勞働者か通勤しつつ診療を受け得るを以て理想の状態とすへし)其の經濟的成立の基礎條件としては診療を成るへく簡易に(一點の單價を計算の許す限り低く)大多數の頭より得來る零碎の利潤を集積して自足の途を立つるの外なしと信す然るに輕症治療と謂ふことに對する政府當局を始各地方廳、事業主の誤れる觀念上述の如しとすれは其の誤れる衞生思想の本家本元と謂ふへき開業醫師の之に對する態度は察するに難からす政府は今も尚輕症治療と謂ふことに對し上掲文書に現はれたる如き誤れる觀念の下に健康保險の運營に任しつつありや […] 右及質問候也 書面を以て明確に答辯せられむことを望む ━━━━━━━━━━━━━ 昭和五年五月十二日 内閣總理大臣 濱口雄幸 衆議院議長藤澤幾之輔殿 衆議院議員鈴木梅四郎君提出健康保險の被保險者診療に關する質問に對し別紙答辯書差進候 〔別紙〕 衆議院議員鈴木梅四郎君提出健康保險の被保險者診療に關する質問に對する答辯書 […] 三、早期診療は治療醫學上特に必要なるを以て政府に於ても被保險者に對し輕症中に診療を需むることを常に奬めつつあり尚昭和四年度よりは保健施設として被保險者の健康診斷を行ひ一層其の效果を擧けんとしつつあるも今後共此の點に關しては十分努力せんとす […] 右及答辯候也 昭和五年五月十二日 内務大臣 安達謙藏
1932(昭和7)年
02/29(執筆)
◆渡辺 房吉 1932 『健康保険と詐病及外傷性神経症』,日本医事衛生通信社. DOI:10.11501/1049349私は長年開業醫(医)生活をして種々の患者に應接(応接)して來(来)たが、其中にはいろ/\(いろいろ)の事情󠄁(情)の纏綿(てんめん=複雑に入り組んでいること ※デジタル大辞林)したものもあり、複雑なる關(関)係の錯綜したものもあり、或は警官の前へ出で、或は法廷に自己の所見を開陳せるが如き場合もあった。★cf. 健康保険法 (大正11年[1922年]4月22日 法律第70号)(外部リンク=愛大六法 Aichi University Legal Search Enging 'Aidai Roppou' version2.1)
而かし未だ詐病 Simulation 及び外傷性神経症 Traumatische Neurose と云ふものに就き、 特に深く考慮し、或は之が容疑者に接する場合も尠(すくな)かつた。然るに數(数)年前健康保險(険)法が施行せられてから★、詐病者(者)ならずやと疑はるゝ(るる)患者(者)や、外傷性神經(神経)症★と診断せられた患者(者)などに遭遇する場合が多くなった。餘(余)りに不思議に思はれたので、内外の文獻(献)や、古今の書冊を涉獵(渉猟)し、旁た(かたがた) 容疑者(者)たる被保險者(保険者)等の身體(体)的竝(ならび)に精神的狀況(精神的状況)に一層(層)の注意を拂(払)ひ、多少の得るところがあったである。是に於て私は詐病に就ては雑誌『醫(医)業と社會(社会)』紙上に數囘(数回)に亘つて連(※原文は二点しんにょう)載し、更に昨年十一月福(福)島市に於て開催せられた第二十一囘關東々北醫師大會(二十一回関東東北医師大会)請(※原文は旧字)ひに應(応)じ、特別講演として其の一端を開陳した。 外傷性神經症(神経症)に就ても之を諸會(会)で講演し、日本醫師會(医師会)出版部發行(発行)の『醫政』紙上でも公表した。
然るに偶ま(たまたま)友人鹽(塩)澤潮香君から『健康保険と詐病』との小著を慫慂(しょうよう=そうするように誘って、しきりに勧めること ※デジタル大辞林)せられたので、取り敢へず雑誌中の所載と講演の内容とを骨子とし、之に肉をつけ衣を纏はせて讀者(読者)に見えることゝした。從(従)って何等の誇る可き新味もなく、 又何等の特殊とすべき色彩もないのである。各種の外國(外国)文書をも参考し、且つ之を引用もし、例用もしたが、 又自己の實驗(実験)例をも加へて卑見を述(※原文は二点しんにょう)べ、或は我流の術語を用ひた所も尠(すくな)くない。 其分類、系統、記述の如きも敢て先蹤(せんしょう=先例 ※デジタル大辞林)の跡を追(※原文は二点しんにょう)ふことをせず、全くの我流が多い。讀者(読者)幸に私の愚を憐れんで、高敎(教)を垂れ給ふに吝(やぶさか)ならざらんことを。
昭和七年二月二十九日 (一〜二) ※カッコ内補足は頁作成者
11/01(印刷)11/05(発行)
◆中村 登 1932 『耳鼻咽喉科臨牀の実際』, 南山堂書店. DOI:10.11501/1049728僞聾(偽聾)觀(観)破法
之は裁判醫學(医学)上殊に兵役義務者(者)の檢(検)査に際し屡(しばしば)必要なるものにして、之を觀破せんとする方法種々あり。而して之が檢査に際しては、可及的凡ての方法を用ふるを良とす。然らざる場合には往々狡猾なる被檢者の爲(為)に欺れ、或は眞(真)性のものを詐僞者と誤る事あり。 (五一三) ※カッコ内補足は頁作成者
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◆久保 猪之吉 1932 『學界治療界大觀──耳科領域の詐病』, 「医事衛生」 2-47:1239 日本医事衛生通信社. DOI:10.11501/1532720詐病(Simulation, Malinger- ing)といふことは近時重大なる社会問題とならんとしつつあり、殊に耳鼻科領域に関聯して起る場合が少くない。 詐病は之を大別すると病気を誇大していふ場合(Aggravatio)と、病気を隠蔽する合(Dissimilatio)とがある訳である。詐病はもと軍隊に起こつたもので、十字軍に行くがいやで多くなつたことが文献に見られる。殊によく見られるのは徴兵検査の場合である。耳の中に小豆、血液を入れたり、外聴道を傷つけるもの、ひどいのになると鼓膜を破つてゐる者がある。 声音障害の詐病もよく見られる。「ヒステリー」性失声症といふ病気があるが、之はもともと女に起る病気で、私は一人の若い女で十年間も声の出なかった例を見てゐる。然るに近年、殊に世界大戦後男子にも「ヒステリー」性失声症が見られるやうになつた。仏国では戦争性失声症(I' Aphonie de guerre) と云つて居る。我国でも青島戦争後兵卒に男子の「ヒステリー」性失声症が三例あつたのが、吾邦で報告せられた最初である。西洋ではこの「ヒステリー」性失声症を真似する者があつて詐病に応用してをる。 前庭器の詐病は未だ認められない。 詐病といふことが行はるればその観破法 (Entlarvung, Demaskierung を研究することが当然必要となってくる。我々はその鑑定 (Begutachtung) を裁判所から求められる場合があるから観破法をよく知つておかなければならない。又往々患者が単に診察をうけに来たやうに見せかけて実は法律上の材料とせんが為にくることがあるから医師は患者に答ふることに注意せねばならぬ。 損害賠償を要求して訴訟を起す場合が多い。仮令ば喧嘩で耳を打擲られて(Ohrfeige) 鼓膜が破れたといふことはよとくあることである。双耳に接吻されてその際に起つた陰圧によつて鼓膜破裂を起した例もある。児童が教員に打たれた場合や、巡査に酔漢が打たれて鼓膜の破れた場合がよくある。また坑夫には坑夫眼震 (Nystagmus minorum) といふものが起る。之は英国で始めて気付かれ職業病なることが認められて、一時重大なる問題となつた。我国でも二三年前から之に対して扶助料を出すやうに規定された。工場で機械の為めに傷害を受けることは非常に多いもので、 又騒音中に労働してゐる人は聴力が悪くなる。飛行機に乗ると「プロペラー」の音「エンヂン」の音で会話は不能である。我教室では最近飛行機の騒音に対する実験を行った。 此等の職業上から来る疾患は扶助料又は慰藉料と関聯してをる為に往々係争を起す社会医学上の問題である。 聴力障害の詐病を親破することは甚だ困難なもので、且実際上遭遇すること甚だ多いものであるから、次に之について述べる。 一、聞える耳を聞えないといふ場合 Erhard (1872)の方法 健康側の耳を塞がしめ咡語(Flüstersprache)で話しかける。 もし患者が聞えないと言へばその患者は詐つてゐるもので健康耳は指で塞いでも、充分咡語を聞き得る筈である。Schwartze (1884) Tsudi は会話語(Konversationssprache)を用ゐて前者と略々同様な方法を行った。 Voltolini は健康側の耳に「コルク」栓をはめさせて同様なる方法を行った。然も「コルク」栓に孔を開けてあるところが面白い。 Moos (1969), Chimani の二人はウエーベル氏検査法を応用した。即ち頭蓋の中央に立てた音叉が健側に聞えると言へば詐りである。伝音器に障害があれば骨伝導によつて患側にひびく筈であるから。 以上の方法は何れも患者が嘘を言つてゐるか否かは判るが障害ありと称する側の耳に果して障害が有るか無いかは判断し得ないから、不完全な方法であるとせねばならぬ。諸君も自分でもつと完全な方法を考へたら面白いだらう。 二、聞えぬ耳を聞えるといふ場合 Coggin (1789) 聴診器を患者にはめさせ、聴診器の反対側を被検者の背後にまはしてそこから咡語で話しかける。時々一方の「ゴム」管を圧して、 その側には聞えない様にして患者をためす。又は両耳別々の「ゴム」管を用ひ「ゴム」管を背後で交叉せしめておいてもよい。 Müller (1869) 前法と略々同じく「ゴム」管を隔壁の向ふ側に通じてそこから咡語で話しかける。 前法では「ゴム」管によらないでも咡語の洩れ聞える虞れがあるが、此法ではその欠点が除かれてゐる。 Tsudi は二本の長い「ゴム」管を用ひ、夫々に検者がついて例へば次の如き二組の語を二人同時に話しかける。 (A) (B) 1 18 18 2 13 13 3 ― 大阪 4 東京 東京 5 博多 ― 6 15 15 もしA側を聞えると詐つてゐるとすれば、5に至つて躊躇するであらう。 以上は未だ幼稚な方法といふべく、頭の良い者ならごまか果し得る程度のものであるが、 次に述べる諸氏の方法は前諸家の方法に比すれば、より科学的な興味ある方法で、やや確実な方法であるとしてもよからう。 三、やや確実なる方法 Stenger 氏法 Bloch 氏のBiaurales Hören —同一振動数を有する二つの音叉を両耳より夫々の等距離におく時は音はどこから聞えるのかわからないが、一方を近づけるとその側から聞える。―を応用した方法で、検者は被検者の後方に立ち二つの音叉を用いて或は一方を近づけ、或は等距離に、或は全く一方を取去つたりして被検者をためす。教室の山川君は嘗て左右の耳に「ゴム」管を挿入し被検者の背後で一本の音叉を鳴し、二本の音叉の代りに用ゐた。 Marx 氏法 BárányのLärmapparat を被検者の聞えると称する耳に挿入し、ヤカマシイカ」と尋ねる。「然り」と答ふればそれは詐者である。 Bárány は “Signe de Lombard (1911)”―喧騒の所では無意識的に話声が高くなる。―を応用し、彼のLärmapparat を耳に装用せしめ、書物を朗読させる。健康者であれば次第に高声になるが、聾者であれば依然として元の調子である。 Gowseeff "Bürstenmethode” 刷毛と手で交互に被検者の背をこすりその何れで触れたかを判じさせる。時々手で被検者の背を撫で、同時に検者の服を刷毛でこする。聾者ならば誤ることはないが聾者でなければ音で判断するから誤る。 Goldmann 氏法 懐中時計を用ゐて、先づ被検者の骨伝導は開えるが空気伝導では聞えないといふことを験しておく。 次に更に一個の懐中時計を秘かに用意しておき一方は器械を留めておいて被検者の乳嘴突起にあて、一方は器械を動かしておいて秘かに之を被検者の耳朶にかざす。もし被検者が聞えると云へば詐者であることがわかる。 Teal は二個の音叉を用いて前者と同様の事を試みた。 又最近は余程他覚検査に似通つて居る Audiometer または Otoaudion で数回検査すれば詐者ならば結果が毎回著しく不一致である。又高低混合して試験してもよい。以前は Bezold の連続音叉 (Kontin-uierliche Tonreihe) を用ゐて同じことを行った。 其他両耳とも全然聞えぬと云ふ時には、麻酔をかけ、或は酒を多量に飲ませて話しかけたり、又は手術するといつて威嚇して患者の態度の変化を観察するやうな諸法が昔から試みられてゐる。 外傷によつて聴器障害の起つたやうな場合には三半規官も共に犯されてゐることが多いこれには余の観破法がある。 それは温度眼震の応用である故に冷水又は温湯(郎ち体温よりも低い又は高い温度)で耳を洗ひ眼震が起らねば聾者なることは確かであるとしてよい。又元来の聾者ならば音の接続拙く抑揚が変であるから俄作りの詐病者と大変違ふ色々試みないでも鑑別できるものである。 ※新字変換は頁作成者
1935(昭和10)年
◆中央公論社 1935 『防犯科学全集. 第2巻』. DOI:10.11501/1138408保險(険)と詐病 次(つい)で勞(労)働保險、工場保險などの制度が布(し)かるゝに及び勞働者(者)の假(仮)病が急に激增(増)した。 殊に職務上の負傷には能率減退の率に相當(当)して年金が貰へることになつて居るので、なるべく働かずに貰へるものは貰はうとする心理が暗々裡に働いて、外傷性神經(神経)症★といふ厄介な醫(医)者泣かせの病氣(気)がいつまでも長びき、其療法としては札束の投與(与)より外にはないとまで云はるゝに至った。 疾病保險、傷害保險の審査醫は常に詐病看破に熟達して居なければ會社(会社)に多大の損害を興(あた)へる事にならう。★cf.
これに反して生命保險に加入したい人々は既(既)往症を祕(秘)し、現在症をなるべくごまかさうとする傾向がある。之は匿病といふが詐病の一變(変)態である。
詐病は自傷することもあり、既存疾患、負傷の治癒を妨害する事もあるが、多くは實(実)在の疾病、障害を過大、誇張的に訴えてなるべく働くことを避けようとするのである。 然し症狀(状)に精(精)通する醫師の目から見ると身體(体)を精檢して得たる他覺(覚)的所見と本人の訴える自覺的症狀との閒に、餘(余)りにもヒドイ矛盾があれば直(ただち)に看破出來(来)る。素人は醫學に精通して居らぬから、矛盾をも平氣で誇張するから鑑定醫には有難い。 (一七七) ※カッコ内補足は頁作成者
◆菊池 浩光 20131225 「わが国における心的外傷概念の受けとめ方の歴史」,『北海道大学大学院教育学研究院紀要』, Vol.119, 北海道大学大学院教育学研究院, pp105-138. [外部リンク]
本症は,その姿を追究しようとすると,輪郭が曖昧なものになってしまうという性質があった。外傷後の精神変容は明らかに認められるにもかかわらず,器質因なのか心因なのか,独立した疾患なのか従来の神経症にすぎないのか,それらを追究していこうとすればどちらの可能性も捨て切れないといった胡散臭さは最後まで解消しなかった。CTやMRIなど脳の画像診断から遠い時代には,やむをえないことであっただろう。かくして,外傷神経症は細分化されたり多義を抱くようになったり,わざわざ「真性」と差別化しないといけなくなったりした。高折(1931)は,外傷性神経症の研究を次のような比喩を用いて表現している。「ひとつのことを知るために10匹の動物実験をする場合に,最初の2匹の実験をすればだいたいの見当はつくものだ。要領の良い人は2匹の実験だけでやめて次に進んでいく。丁寧な人は残る8匹も実験してみる。ところが8匹の実験をやったためにいろいろと一致しない成績が現れて判断に苦しむ」。これが当時の研究者の実感だったのであろう。研究の甲斐がなく曖昧模糊とした中にあって,例えば「外傷性神経症は賠償欲求に由来する」といった見解は,患者をそのような色眼鏡をかけてみればそのように見えてくるし,医療者も迷わなくてすむので,受け入れやすかったであろう。
◆佐藤 雅浩 2009 「戦前期日本における外傷性神経症概念の成立と衰退--1880-1940」,『年報科学・技術・社会』, Vol.18, 科学・技術と社会の会 pp1-43.
◆佐藤 雅浩 2013 『精神疾患言説の歴史社会学 : 「心の病」はなぜ流行するのか』, 新曜社, 518p. ISBN-10:478851334X ISBN-13:978-4788513341 5720+ [amazon]/[kinokuniya]
1936(昭和11)年
◆渡辺 房吉 1936 『詐病と其診査』,日本医事衛生通信社. DOI:10.11501/1047157三
詐病にも時代色がある。此時代色はそれ/゛\(それぞれ)の時代に於ける社會(社会)事情(※原文の「情」は旧字)や、人心の歸(帰)向を反映して居るものであるが、一般に古代色の詐病の方が現代色のそれよりも性善良質の樣(様)であり、其動機や原因にも寬(寛)恕すべき點(点)が多い樣である。思ふに之は各國(国)とも同樣であらう。要するに社會生活が複雜(雑)になればなるほど、人の生活が逼迫すればするほど、嘘も詐病も不良惡(悪)質になるものゝ樣である。 (三) ※カッコ内補足は頁作成者
二四〜二五
第五 詐病に惡(悪)用せらるゝ(るる)病名及び症狀★cf. 器質性精神障害(外部リンク=脳科学辞典)=◆上田 敬太・村井 俊哉 20130524 「器質性精神障害」,『脳科学辞典』. DOI:10.14931/bsd.3716
病氣(気)の中には詐病に利用され易いものと、利用され難いものとがある。昔は醫學(医学)的智識が淺く(浅)、醫家と稱(称)せられた者(者)でも其診斷(断)が明確で無く、殊に科學的鑑定などと云ふことが絕(絶)無であつたから、詐病に用ひらるる病名及び症狀なども好い加減のものであつた。故に昔の記載を見ても癪(しゃく=胸や腹が急に痙攣 (けいれん) を起こして痛むこと。さしこみ ※デジタル大辞泉)だとか、 疝氣(せんき=漢方で、下腹部や睾丸 (こうがん) がはれて痛む病気の総称 ※デジタル大辞泉)だとか、風だとか、所勞(労)だとか、不快だとか云つたものが多い。或は單(単)に作病を構へたとか、虛(虚)病を使つたとか、云ふ樣(様)に槪(概)念的に書いて病名の無いものも多い。此間に於て割合に多いのは佯(よう=いつわる)病である。 作り阿呆、似せ氣違ひ、うつけ病、佯盲、僞(偽)唖、僞聾、作りどもり、僞せ馬鹿等々の名が往々にして散見される。
近來(来)は醫學の進步が著しく、病氣の數(数)も昔よりは多くなった。從つて(したがって)、詐病者に利用される病氣も廣(広)汎多數になつて來たが、其診斷鑑定が又明確になつて來たから之が發(発)見も中々多い。然しながら詐病者も科學的に硏究して詐病する樣になつて來たから、迂闊にして居ると容易に欺かれるものである。近代の作病者が好んで詐病に惡用する病名は、何れ本書の各論に於て簡單に略記するから、玆(ここ)には症狀の詐病に就て一言して置かう。
症狀の詐病
疾病の症狀としては單に自覺(覚)的のものと、他覺的變(変)化を伴ふものとがある。其の何れもが詐病せらるゝものであるが、殊に他覺的變化を伴はない自覺症狀は好んで詐病者から慣用される。醫家としては之が診斷は困難である。此の困難が詐病者の乘(乗)ずる所の附け目である。それだけ詐病するには好都(都)合であるわけである。
(一) 自覺的症狀の詐病
損傷治癒後に於ける該部の頭痛、異常感・牽引感・重壓(圧)感等々は往々訴へらるゝ所であり、頭部損傷後に於ける頭痛・眩暈・不眠・壓迫感・記憶力減退等々も詐病者の云い募る症狀である★。挫傷又は打撲後の不定痛・關節(関節)痛・瘢痕痛・神經(神経)痛又は僂麻質(リウマチ)性疼痛等も亦屢々(しばしば)訴へられる。最初は誇大的に大袈裟に訴へるが、云い分が通つて相當(当)の補償又は手當金が獲得さるれば直に治癒するを常とする。若し此の不純な目的が貫徹されない間は、何時までも其症狀の苦痛は永續(続)する。此の點(点)はよく慾望性神經痛と稱せられてゐる外傷性神經症に類似してゐる。又實(実)際外傷性神經症に於けるが如く、最初は不純な動機から誇大的に云つたのが、遂には固定觀念となり、實際病症の存續するやうに想像し、或は然う(そう)であると自信するやうなことがある。然うなると意志の力も弱り、判斷の力も鈍り、而も(しかも)甚だしく過敏性となり、輕(軽)易の業務にも從事不可能と思ひ込むやうになる。 (二四〜二五) ※カッコ内補足は頁作成者
現在の分類の問題点は、認知症性疾患などを除いて、器質性精神障害は、内因性精神障害の分類に基づいて分類されていることにあるといえるだろう。つまり、明らかに脳に障害を生じている一群の疾患が、原因不明の精神障害に基づいて分類されているということである。このことは、一つには精神医学という医学の分野から、原因がはっきりするたびにそういった疾患が取り除かれてきた過程を思い出させて、興味深い。
一二二〜一二四
(ほ) 自覺症狀(自覚症状)の確認★cf. アロディニア(外部リンク=脳科学辞典)=◆津田 誠・井上 和秀 20210623 「アロディニア」,『脳科学辞典』. DOI:10.14931/bsd.3875
自覺症狀の診斷(断)の際には、患者(者)の訴へが大きければ大きいだけ、虛僞(虚偽)若くは詐病の潛(潜)在することが多いものである。故に醫(医)家としては、『どんな仕事も出來(来)ないか』、『仕事によっては出來るか』を確めるの必要な事がある。尙ほ(なお)患者が自發(発)痛若くは壓(圧)痛を訴へるならば『此の如き微細な外傷で果して斯程(かほど)まで痛いものか』、『他覺的變化(変化)が聊(いささ)かも無くしてどうしてこれ程痛がるのか』等の點(点)を精(精)査しなければならぬ。
自發痛の診斷 患者が自發痛のみを訴へ、他覺症狀の全く缺(欠)如して居る際には、能く受傷當(当)時の外力の働き具合、其の際に於ける患者の位置等を確かめ、更に脫(脱)衣させたり、着衣させたり、立たせたり、座らせたり、かゞませたり、握らせたり、種々の動作をさせて見て、其の疼痛の模樣(様)を銳敏(鋭敏)に監視(視)し、觀(観)察する。次に二ー三日臥床を命じ、次で步行させたり、或は輕(軽)易の仕事をさせたりする。其間監視の眼を放つてゐると、患者が油斷して詐病を暴露することがある。或は麻醉劑(麻酔剤)を注射したり、蒸留水を注射したり、兩(両)者を交互に注射したりして共反應(応)に注意すると、患者は容易に化けの皮を現はすこともある。
壓痛の診斷 他覺的變化が極徵であるか、或は絕(絶)無であるに關(関)せず、壓痛を訴ふる患者があつたら時を違へ、場所を違へ、又其强(強)さを違へて屢々(しばしば)壓迫を試みる。或は患者の注意力を他方に傾けさせつゝ之を檢(検)査して見る。若し壓痛部に觸(触)れぬうちに之を撥ねのけやうとしたり、單(単)に皮膚に觸れたのみであるのに、痛さうな樣子をするのは詐病である★。一體(体)に輕微な外傷後に、診察せんとする醤師の手を撥ねのけやうとするのは、多くの詐病者の慣用手段だと云はれてゐる。醫師の最初の診斷を困難にさせ、其思想を多少混亂(乱)させて、醫師をして『重い外傷だ』と思ひ込ませるためである。 不馴れの醫師は之により欺かれるが、經驗(経験)ある醫師は容易に其の手に乘(乗)らないものである。私が後に記述󠄁(※原文は旧字)するヨセフ・プツチヤーと云ふ保險魔は、此のトリックを用いて曾て(かつて)一度も受傷部に醫師の手を觸れさせずに、脊柱骨折の診斷の下に入院治療を長く續(続)けてゐたのであった。 (一二二〜一二四) ※カッコ内補足は頁作成者
通常では痛みを引き起こさないような非侵害刺激(接触や軽度の圧迫、非侵害的な温冷刺激など)で痛みを生じてしまう感覚異常のこと。
1937(昭和12)年
◆浅田一 193704 『法医学講義』, 克誠堂書店. DOI:10.11501/1138385第二十二章詐病 Simulation. 昔は仮病、作病(つくりやまい)と云はれた,これは自分が病気でないのを病気であるやうに云ふのである、近代では徴兵検査が始まつてからこの詐病を使ふ者が増して来たので詐病学は主に軍警がやり出した。近時労働保険,工場法の発達と共に又詐病が流行し、労働者がちよつとした事を重い病気のやうに言ひ、若い医者を瞞して診断書をとつて遊んでいて金を貰はうとする。然し医者も経験が積むとこの詐病にはだまされぬやうになる。 詐病を試みるものは誇張する癖があり、又疼痛のある箇所をはつきり此処ださ明示せずにこの辺が痛いといふやうに曖昧に云ふ。強ひて疼痛の場所を詳密に言はしむればそれは検査する度ごとに異つている。 詐病者は出鱈目のことを云ふから症状の統一がないし又病気の Symptome が全部揃はない,むしろ反対のやうなことを云ふ事がある,それ故に本人及び家族の Angabe を全然信用してはいけない。常にobjektiv の Befund だけで判断するやうにしなければ間違を起すもととなる。 詐病の看破には頓智、機才が必要である。看破法として systematisch の方法もあるが略す。頓智機才の例として、或る人が徴兵検査の時に聾であるといひながら徴兵官の顔をみてるなかつた時に頓智のある軍医がその若者に四斗俵をかついで場内をまはれと命令した,そこでその若者は命令通りに場内を廻つていたが何時迄たつても止めよと言はないのでへとへとになつて廻つてるた、その時軍がその若者の傍へ行き小ちい声でもう止めてよしといつたらその若者がすぐに止めたので看破されたといふことである。 詐病者を調べるには裸にして繃帯,眼鏡,松葉杖等をみな取去つて検査しなければなぬ、又軍隊では兵士が負傷をして繃帯をしておくときに若しも繃帯を解いてその傷を更に大きくする疑があれば其れが出来ないやうに巻いた編帯の上から墨で条を引いておくといふ。
(264〜265)※カッコ内補足、新字体変換は頁作成者
1938年
◆丸山郁雄 1938/04 「受刑者ノ詐病ニ就テ」, 『行刑衛生会雑誌』 13-4. DOI:10.11501/147225※正確な発行年不明
吾人醫師が日常受刑者ノ診療ニ従事スルニ當リ、最モ屢々遭遇シ且ツ最モ惱マサルルハ詐病ナリ。吾人ニシテ詐病ヲ看破スルノ明ナク、受刑者ノ欺瞞スル所トナランカ、醫師與シ易シトノ感ヲ抱カシメ、醫療ノ神聖ヲ損フノミナラズ、一般受刑者ノ通有性トモデ云フベキ「欺瞞癖」ヲ助長セシムルノ結果ヲ招來シ、延イテハ現今行刑ノ眞髓タル「教化遷善主義」ノ本旨ニ悖ルニ至ラン。之ニ反シテ眞ノ疾病アル者ヲ輕々ニ看過シテ詐病ナリトー蹴センカ、醫師ノ技倆ニ對シ輕侮ノ念ヲ抱カシムルノミナラズ、本人ノ肉體的並ニ精神的ニ蒙ル痛苦ハ勿論延イテハ官吏ヲ呪咀シ、行刑ノ本旨ヲ失墜セシムルニ至ラン。サレバ此所ニ受刑者ノ詐病ニ就キ卑見ヲ述べ、先輩諸賢ノ御批判ヲ賜ラン事ヲ希フモノナリ。
(19)
犯罪者ハ往々詐病ヲ作為スルコトアリ又本件如ク事実罹病ノ場合アリ而シテ之ヲ無視シ取調ヲ続行センカ時トシテハ予審又ハ公判廷ニ於テ過酷ノ取扱ヲ受ケタリトテ否認ノ材料ヲ興フルカ如キコトナジトセス(服規第六五五)
(37〜38)※新字体変換は頁作成者
◆山口 梅雄 193805 「八幡製鐵所に於ける外傷性神經症及びその類似症に關する二三の調査」 『グレンツゲビート』12-5:687-711. DOI:10.11501/1473058外傷性神経症(願望神経症)は文字の示す通り外傷は外科に属し神経症は精神科の領域にて外科と精神科の「グレンツゲビート」である。然かも先づ災害発生以来永い間外科に於いて治療をなし、軽快せず何んでも仕様のない最後の土壇場こなって之を精神科に送り外傷性神経症なる診断を付けてもらつて解職をなす一手段となすに過ぎない様な傾向である。極言すれば専門的の診断書作成以外は殆んど全部の治療災害扶助等の後始末に至る迄当該工場会社病院の外科にて為され、その症状経過も或は外科医に於いて之を観察する機会が多い様である。或論者は本症の原因は外科医の処置の不適当な為であるこさへ極言する者すらある。故に吾人工場鉱山等に勤務する外科医たるもの本症の本態誘因予防法等に精通する事は必要欠くべからざる重要事であり、為に精神科の数を乞ふべき処も又多いのである。而して本症は内外諸学者の幾多の研究発表によつてその本態明らかにされた様な感があるが一方亦幾多の疑問がある様にも考へられ、特にその詐病さの鑑別診断に至つては至難の事に属し殆んど不可能の状態である事は総ての当事者が認めて居る処である。 此処に於いて余は八幡製鉄所病院で取扱った大正十一年より昭和十一年に至る約十五年間の本症及び本症類似症患者の調査を行った処従来の記載と一致せざる点もあり、いささか興味ある結論に達したので敢へて諸権威者の御教示を仰がんとする次第である。
(687〜688)新字体変換は頁作成者
或る論者は詐病と云ふものは実際に於いて非常に少い。それで診察に際して詐病なんて考は全く除外すべきであると云ふ人もある。これは真に結構な言葉である。そして今迄の医者患者の関係ではさうであつたであらう。然し現在に於いては断じて然らす。工場鉱山等に働く医師或は健康保険係員等にて直接患者に接する者は屢々全く馬鹿にされた様な事を見る事がある。馬鹿にされて居ればそれで済む事であるがやはり気持が悪い。腰痛にて永い間公休治療中の者が、しかも昨日公休をもらつて居りながら今日の野球試合を見物に来て居る。午後二時頃の始球なのに午前十一時頃から固い「コンクリート」の「スタンド」に腰掛け野球が始まると応援歌を歌ひ旗を振って居る。魚釣りに行つて見ると朝早くから一日中浮木に眺め入つて居る。足を怪我して仕事が出来ぬと云つて休んで居ながら上棟式の手伝、転宅加勢等に行つて居る者がある。
(709)新字体変換は頁作成者
第八節結論 一、現在考へられて居る外傷性神経症には詐病的又は非常に誇張的因子が含まれて居る事が多い。 二、器質的疾患と思はれるものを多分に含んで居る様に思はれる。 三、外傷性神経症患者に一時金を奥へただけで解職にせずにも治った例が沢山あり、一時金で解職にしても治つて居ない例が沢山ある。 四、故に現在の本症に対する考方を一応考へ直して今一度本症の本態に就いて考慮して見る必要がある。
(711)新字体変換は頁作成者
◆植村卯三郎 193807 「外傷性神経症と詐病」 『グレンツゲビート』13-7:811-821. DOI:10.11501/1473072本症の神経病学上の位地や分類及内科的意義に就ては爰には述べない、重に外科医の立場から見た考察と治療とを記する。本病症は同一の病院内で終始同一の医師が診察するに比べて受持医師が交代する場合は治癒する迄に長日数を要する。従ふて転々として多くの病院を変へて受診し得る制度の下では、かかる患者の病症は治癒よりも寧う悪化に向ふ傾向が往々存在する、即ち単独開業の医師に受診中の患者の或者は治療中に種々の入智慧を周囲の人々から注ぎ込まれ、未治の儘で大病院へ送り込まれて更に治療を続けられるが全快せず、却って患者は医師を困らしたり或は操縦する秘策を覚える。故に現代医学の粋を尽した幾多の治療法も寸効なく、遂に不治に由る退職の運命に会い、同時に一時金を交付支給せられるのが概して今日までの慣例である。斯様な患者の内で一時金を受取ると忽ち病症の消失する者がある。さうして西欧の専門家は之を解釈して「紙幣が此病気に対する最上の投薬である」と唱へ、我国でも之に賛成する人のあるを見受けるが、以上のやうな経過を取る患者は真の意味で病人と云へるかどうか、自分は甚だ疑ひを抱くのである。換言すれば右の様な場合に神経症と詐病との区別は甚だ困難であると思ふ、病院で診察すれば神経症と診断せねばならぬが、翻って家庭での本人の行動を精査すると、如何なる角度から観察しても病人とは断定されない場合のある事は稀れではない。是れ医師が正直一途に患者の陳述を其儘信用し、単に医学的見地のみから検査したに止まり、不幸にも相手の心理状態を洞察し得なかった失策と不用意さの結果ではないだらうか。 […] […] 以上の如く八幡製鉄所の患者は退職後も病気は捗々しく治癒しないのに、鉄道省では割合に早く治し、西欧著名医師の言たる銀行紙幣の治療的価值絶大なるを立証するの観がある、此相違を来す根本的理由は一に材料の如何に由ると思ふ。余は余の有する八幡製鉄所の材料から次の結論に到達する。外傷性神経症患者に一時金交付をして退職さしても容易に治るものでなく、これに敷年を要する。引続き在職する者は其病気の程度に従ひ或は全治し或は多少の障碍を残す。且此場合に一時金を交付した為に其結果として全治したのではなく、全治の半年乃至一年を経て全治者には手術瘢痕の美容損傷補償の意味で一時金を交付し、同様に多少の故障を残す者は出勤後半年以上を経て症状固定後に交付した。斯様な状況から見て今日の所謂外傷性神経症には多くの詐病や之に近いものが含まれ、是等は退職して一時金を貰へば直に全快する。さうして真の外傷性神経症は右同様の手段を行ふても決して急速に治らない。之れは脳の機能的変化ではなくて、或は解剖的或は物理的変化に基くのであるが現今医学の未開拓分野に属し暗黒不明瞭の結果として機能的変化と唱へられるのかも知れず、更に今後の研究に待たねばならぬ。 銀行紙幣が最上の治療法との説が出るのは、同一の医師が負傷当時から数年間引続き観察し、家庭に於ける本人の生活振りを検査し、更に解職後長期間の模様を探究するやうに徹底的に終始一貫して本人の状況を知る事なく、長い経過の途中で僅の回数だけ診察した為と思はれる。
(811〜821)※カッコ内補足、新字体変換は頁作成者
◆式場 隆三郎 1938 『銃後の保健と職業病』, ダイヤモンド社. DOI:10.11501/1071807外傷性神經症 外傷性神經症といふ病名は、かなり以前から使用されてゐるけれども、この言葉によつて現される疾病の本態は、時代的に相當違つてゐる。最初の頃には、本病は災害の直後に現はれ腦や脊髓に實質的の變化のあるものと考へられた。エリツクセンは脊髓及びその被膜に傷害あるものと唱へ(一八六六年)、オッペンハイムはこれを大腦皮質に微細な分子的損害あるものと說き(一八八八年)、シヤルコーは本疾患は精神的原因によるものと考へた。 ことにシャルコーは、初めにはヒステリーの一種とし、病症の發現する機轉を單に災害をうけたときの驚愕によるものとした。ところがその後になつて、工場法による賠償法が規定されてから、本病を發する患者が俄かに増加した。そこでストリユンペルは、本疾患を保證金獲得を目的とする欲求性の疾患とした(一八九五年)。その後になつて他の學者は、本病の主因を賠償的欲求のほかに、苦悶性觀念からも本病を起すことがあると説いて、この外傷性神經症を苦問性神經症と欲求神經症とに區別してゐる。 どんな職業に多いか 本病の原因となる事故は、工場事故が最も多い。従って、工場労働者に頻發し易い神経症である。このほか屋外勞働者にも少くなない(※原文ママ)。また交通事故によつても起る。 鐵道省で本病と職業との關係をしらべたところによると、工場労働者、乗務員、勞働者が大部分であつて、列車従業員は極く少数である。しかも、列車衝突によるものも甚だすくないといふことである。 本病と個性との關係 本症の發現には個性に負ふところが大變に多いやうに考へられるので、これに関する研究も古くからいろいろここみられてゐる。しかも、個性とか遺傳とかについては一致した結果が得られず、相反した報告がある。ある人は病的素質に重大な關係ありと述べ、他の人は無關係であると結論してゐる。 年齢についてはどうかといふに、四十歳から五十歳の間の人に特別に多いと云はれてゐる。 負傷の部位からみてはどうかと云へば、頭部受傷者が七六・五%を占めて断然多い。人によつては三六・五と云つてゐる。 負傷の性質から云へば、公傷とみなさるる場合に多く、しかも、二回以上の公傷を受けたものは、特に本症を發し易いと云はれてゐる。これは前回の公傷時に休業して、安逸、惰怠、徒食等の味を忘れかね、それがひとつの誘惑となつてゐるやうに考へられる。 そのほかに同一の勤務場所に類似の患者のあることも、本症の發生に大いに關係あるものと考へられる。 栄養は佳良のものが多く、腱反射の亢進も尋常のものが多い。智能は少しく低下してゐるものが多く、血清の徹毒性反應は陽性なものが多く、血壓の高いものも相當に多い。 その症状 本病はある種の災害、例へば、工場で外傷をうけるとか、列車の衝突に遭遇するとかして、その折に一時、はげしい不安や恐怖を覺え、甚しいときには失神することさへある。しかし、これ等の症状は間もなく消え去って、舊狀態に復歸する。そこで本人は無事にその災難から免れたのを喜び、時にはその際うけた負傷部の疼痛をわづかに覺える位のことで、大體においては常態に戻り、その後、時を経て始めて種々の病的症狀を徐々に現はしてくる。 例へば、工場での負傷、または列車の衝突の場合には、一時の愕きは間もなく去り、氣も落ちついて歸宅し、その夜か翌日になつてから、始めて頭痛を覺え、稀に數日乃至一ヶ月くらゐたつてから頭痛のあらはれることもある。その後、だんだんそれらの症状がつのつて来て、頭痛がはげしくなり、そのために起居も自由に出来なくなる。職工の場合には工場へ出勤しようとすると、頭痛や眩暈がして不可能となり床につかなければならなくなる。 そのために一日二日休んで休養してもその疼痛がなくならず、時には却って憎悪して精神は不安となり、苦悩を覺え頭脳は攪拌され、氣がふさぎ、時には苦悶、興奮の状態となり、遂には、自分の将来はどうなるのか、職業に離れては何として生計して行つたらよからうか。妻子を養ふには如何にしたらよからうなどと、焦慮苦悶して、睡眠不良、食慾減退し、元気がなくなり、心氣性となつて終に頑固な神經衰弱様の状態となる。 かうした状態のところへ、もし友人知己や醫師から、その病気のとるにたりぬことを納得のいくまでよく話され、勇氣を鼓舞されて自分からも氣を勵まして、苦痛をしのんでも作業に従つて、幸にこれに耐えられれば、そのために病苦も次第に消えて元気になる。しかし、不幸にも却つて症状が増悪し、頭痛や疼痛等が一層加はるやうな場合もある。そのために患者は意氣消沈して、もはや作業には耐えられぬと考へるやうになる。ことに他人から同情的な言辭をかけられると、そのためますます意志が弱くなつて不安狀態となり、その間に賠償を求めやうとする望みがきざしてくると、患者は、初めこれを意識しなくとも内心ひそかにその欲望がうごいて、自分の病苦を過大に認知し、その結果として作業が全く出来なくなって来る。 病勢が更に進行すると元氣がなくなり、默りがちとなつて懊々として楽しまなくなる。自分の疾病を苦にして抑鬱狀態となり、外傷を受けた當時の事情を誤つて考へるやうになり、または悲嘆して自殺企圖の徴候を示し、時には被害妄想や追跡妄想を生じて来る。さらに進んでは災害に對する賠償金獲得を當然の権利と思ひ、その談判が思ひ通りにすすまぬ場合には、對手側が敵意をもつてゐるためと曲解するやうになる。ことにその際、同一會社で同様な事件の結果賠償を得た者があるやうな時には、それを羨んで終には好訴病様症状を來すやうになる。そのために、それに關係してゐる醫師を、對手のまわしものだと邪推し、曲解し、もしくはそれらの人に對して攻撃的態度をとり、恨んだり怒ったりする。こんな症状を示すものを、特に賠償性好訴症と名づける。 本症の患者の精神状態を心理的に考察してみると、精神作業能力は、他の精神作用に比べて著しく劣るものである。 本病の經過 發病の初期のうちに適當に治療すれば、経過は比較的にみぢかく、時に全治するものもあるが、さうでない場合には、治癒までに数ヶ月乃至數年かかることも珍しくない。また、ときには全治せず、心氣症のために途には自殺をとげるものもある。 しかし、不治のやうに見えても、問題が解決すると意外に治癒するものも相當にある。ことに一見奇異に思はれるのは、當人の願望や欲求が全然貫徹されぬと知ると、本病が忽ち治つて了ふことである。 そこで本病の豫後については甚だ不良であるとか、或は全然不治であるといふ風に唱へる人もあるが誤りである。これは本病の眞の病理を知らない人の云ふことであつて、必ずしも不良ではない。外傷後の取り扱ひ如何がなかなか重大な影響を及ぼすものである。 この間の消息を語るものに、次のやうなことが發表されてゐる。 鐵道省の報告では、年金受領者には全治するものは殆んどないが、一時退職者の治癒率は六九パーセントであると云つてゐる。一般に豫後不良なものには、この年金との關係があるものと云はれてゐる。 この他に初老期や老年に發病したものや、癲癇、動脈硬化、中毒、徹毒等の合併症のある場合は、特に治癒が困難である。 男子の方が女子よりも豫後がよく、年少者はまた豫後がよい。 ヒステリーや欲求性神經症は醫藥では治らず、治すものは紙幣なりと云はれてゐるが、これを實證するやうな例も度々ある。 如何にして發生するか? 本病は最初、中樞神經系の器質的疾患と思はれてゐたが、後、シャルコー氏はこれを官能性の疾患ことにヒステリーとした。腦髓や脊髓に變化があつて起るものでないと考へた。そして外傷が原因で器質的には變化はないが、その際の精神的機轉、ことに感動状態が繼續して消滅しない場合に、本病が發現すると考へられた。 しかし、その後になつて災害性神經症の中には、驚愕による驚愕性神經症と、災害後、一定の時を経て現はれる本病との二つがあることが認められるやうになった。 この二つは本質的に相違するものであつて、前者は災害當時の感動的激變によつて起るものであり、後者は、他の精神的機制、ことに損害賠償の欲求が主なるものと考へられる。本人はこれを自覺しなくても、無意識的にその作用が働いてゐるとみなさなければならぬ。 しかし、この外傷性神經症は單に欲求心のみで起るのでなく、他の精神作用もその副因と考へられる。つまり、自分の身體的の苦痛が何時までつづくのであらうか、全治するであらうか等について心痛し、苦慮し、または自分や家族の将来のことについて不安を感じ焦慮する。世人の自分に對する態度を無情であると不満に思ひ、憤慨する。 見舞にきた知人、親戚等が慰藉したり同情でもすると、さも對手方が自分の不幸に對して無理解、無情なるやうに思ひ込んで了ふ。そして自分の主張が正しいものであると誤信するやうになる。 しかもこの主張が容れられないと、憤滿満を抱きがちとなり、ほかに同様な事件で賠償を獲得した人でもあれば、これに對して嫉視したり残念がったりする。自分は賠償を得られぬところから、休業後の貧苦等について取越し苦労をするやうになつて、これらのことが積りつもつて心中に鬱積して、本病の原因となるものであらう。 從つて、本病の病症發現機制とその病型とは、その人の個性的關係と、外傷時の狀態、その後の境遇、情況等によつて違ってくる。自分から求めた仕合ひ、決闘、喧嘩、競馬、フットボール等の競技で負傷したものには、本病は起らない。また大怪我をした人には少く、軽微な外傷ほど多い。汽車衝突の場合には、子供には起らない。大人にばかり發生する。 以上の事實は、本病の發生に個人的影響が如何に大きいかの證據となる。苦しい負傷に際して本病の起らないのは、その間夢中に暮して了つて、本病發生の精神的豫猶がないことによると云はれる。またこのやうな場合には當然賠償して貰へると考へられるからでもあらう。 オーストリーで一八九五年に、災害賠償法が發布されぬ十年間においての、鐵道事故による本症についてしらべたところによると、事故のため負傷して全く働けぬやうになつたものは、 全負傷者の〇・二六%であつた。また、一部その職に耐へ得たものが一・五八%であつた。そしてこの兩者の中に神經性の疾患を發したものは皆無であつた。それなのに、賠償法が發布されてからの十年間では、全然働けなくなった負傷者敷は六・六%となり、一部職に耐へ得たものは二・四%、と兩者とも増加を示した。しかも、その大多數に神經病的症狀を示したが、これらのうち身體的に賠償を必要とする程度の障碍をうけたものは、僅に一・二五%であつた。 換言すれば、職務の完全不能に陥ったものは、前後兩年間において、二十六倍増加した。つまり、災害賠償法の發布以來、特に増加したものであるから、本症を災害法神經症と稱した學者さへもあつた。 或は本症患者は、賠償金をえて急に治癒する例も多いので、その本態は精神的なもので、ことに賠償欲求にあるものとの考から、これを賠償神經症と名づけるのが、適當だと主張する人もある。 このやうに本症はその人の個性と大いに關係があるが、その他に年齢的の影響も決して少くない。年をとつてゐて不健康である上に、働くことを好まぬやうな性格の人には、欲求はいよいよ強く大きくなる。そしてその欲求が大きくて、賠償金獲得の實現が望みうすのときは、本病を發生することがますます容易になつてくる。 これと反對に、その人の性格が溫順な時には、このやうな症状を起すこともない。或は賠償の見込みが到底ない場合にも起らない。兵士の平時負傷には本症を發することがなく、戰時負傷の際にのみ本病を起すと云はれてゐる。または私立會社等で補償の金額の多い時や、鐵道如電車の事故で、多額高價の賠償を期待し得るときに多い。 償金が一度に支拂はれるとき、殊に早く支拂はれるときには本症を發することはない。 外傷が軽くて、この程度では賠償されるや否や疑問の場合にも起りやすい。他人が煽動したり、醫師が賠償について保證するやうな言質を興へると、これらが動機となることもある。 このやうに種々雑多なことが影響して起るのであつて、人によつては本病は疾病ではない、 一つの反應と認むべきであると説いてゐる。これも全然根據のない見方とも云へない。 病型 外傷性神經症の病型には色々の差別があるが、普通に一番多いのは所謂、外傷性神經衰弱症の名のあるもので、神經衰弱様症状を主訴とするものである。 その他にメランコリー、ヒポコンデリー、妄想病、ヒステリー様の病状を示すものがある。これらを各々外傷性メランコリー、外傷性ヒポコンデリー、外傷性ヒステリー、外傷性妄想病と稱する。 このうち妄想病性のものについて一言すれば、これは外傷性神經症の基地の上に妄想や幻覺を生ずる病型である。多くは外傷後に適當な處置をうけなかつた人に来やすく、殊に外傷に對する患者の陳述が虚構または不安に見られ、もしくは災害に對して損害を訴へても、その主張が容易に解決されぬときに發する病型である。そしてその妄想の内容は多く好訴病性のものでひきつづき被害妄想や追跡妄想を抱くやうになることがある。 如何にして診断されるか 患者の訴へる症状、たとへば頭痛、眩暈、不眠、四肢疼痛、作業不良等は診斷上の價値は少ない。客観的症状である脈搏増多、膝反射亢進、振順、ロムペルグ症狀、結膜反射並に咽喉反射減弱なども、本病の診斷、ことに職業に耐へることが出来るか否やの鑑別には、決定的の價値はない。 本病を診断するには、精神狀態の全體と経過とを對照して深く考へる必要がある。作業能力檢査法も、確にその補助方法として役立つものである。 診斷を決定する際に必要なことは、單に患者の言をきいて、その云ふがままに外傷の有無をよく調査もせずに、直ちに外傷性神經症の診断を下さぬことで、これは醫師の軽挙として最も戒心しなければならぬ。かうした患者には、往々その背後に労働ブローカーがゐたり、組合からの脅迫なども考へなければならない。 ことに器質的變化の有無も、充分にしらべなければならない。 どんな病気と鑑別しなければならぬか 第一に鑑別する必要のあるものは、脳震盪後の一時的精神異常と脳震盪後遺殘狀態との區別である。そのほか外傷性ヒステリーや詐病とも區別しなければならない。これらの鑑別は往々なかなか困難で名医のみがよくなし得るのである。 更に注意しなければならぬことは、本人が外傷後に發生したと稱するもので、その實、外傷とは何等直接の關係のないものや、外傷後の病気であると稱するもので、その實外傷とは直接の關係のないもののあることである。他人の敎唆や、後援によつて起るものも相當に多いものである。 どうして治すか 豫防には外傷後すぐに患者を元氣づけ、氣を腐らせたり不平を抱かせたりしないことである。 外傷性神經症がたしかにあるとわかつたら、本人の病症の核心をよく究めて、精神療法を主として治療の方針とする。藥劑療法としては、臭素劑や鐵劑を内服させる。水治療法、榮養增進法、マッサージ、體操、電氣療法、空氣療法等の理學的療法をも併用する。 物理療法のうち電氣全身浴、電氣四槽浴の効果をみとめてゐる人もあるが、人によつてはすべてこれを無効としてゐる。却つて病氣が重いといふ觀念を抱かせて有害だといふ人もある。 効果の確實なことは、賠償乃至慰藉料が當然支拂はるべきものであれば、出来るだけ早くことれを支拂ふことである。醫師は適確な診断を下して、解決法を相手にすすめることである。 治療に當る醫師は患者に對して、その言葉をすべて取り上げぬといふ厳然たる態度を示すことも時には必要である。軍人にはこの理由で本病を愛せぬといふ人もある。しかし、餘り冷淡なことも決してよい結果をもたらさぬ。この邊がなかなか難しいところである。 國有鐵道の公傷患者には全額支給といふ優遇法があるためか、本病が多いが、他の所では六割支給になったためか、本病の發生はすくない。 何れにしても病氣は重いぞ、といふ考を患者にもたせることは、最も有害である。 患者が外傷をうけた後の周圍の情況は、本人に同情の起るか否かに大きな關係がある。ことに入院後、早くから獨房で起居し、他の患者から敎唆をうけるやうなことがなく、出来るだけ早くから作業に従事させることも経過をよくさせる。 これに反して永く臥床し、色々な空想を遅くさせることは、有害である。 精神治療は有効で暗示、說得、作業療法等が行はれる。 また、本病が補償法が世に出てから餘計に發生するやうになつたところから、補償法を改正しなければならないと説く人がある。外傷によつて發病した場合、ただ器質的腦病のみを外傷性神經病とし、そのほかのものは健康とするといふ説もある。この説では、本症を眞の病としないで、假性疾病と考へるのである。 かつて大阪府の工場課では、原則として本病を疾病と看做さなかつた。従って、例外はあつても主義としては補償しないと聲明してゐる。また、警察部健康保險部でも、單なる願望による神經症は、それがたとへ、業務災害後に招來する病氣であつても、業務上の疾病としては取扱はぬ、當然、補償しないと發表した。 なほ極端な説は、本病は醫者がただ病と名づけたものに過ぎぬのであつて、その賞は詐病であるとなすのである。 これ等の説をみても、この疾病に對する實際上の處置について、各方面がいかにもてあましてゐるかがわかる。殊にわが国においては、本病は現在なほ少數であるが、獨逸では賞に一年間に一萬三千件に補償の必要が出て来た。このやうな状態では國家として對策を講じなければならなくなる。 わが国の産業衛生協議會では、外傷性神經症に関する委員會の決議として、願望性神經症以外の外傷性神經症は補償され得るといふことになった。
(二六九〜二七四)※カッコ内補足、一部新字体変換は頁作成者
◆福井 昌雄 1938 『信仰で病気を治せるか』, 育生社. DOI:10.11501/1071824國民保健の國民體力管理法 この國民保健の問題は、前記の如く徴兵検査によりて全國壯丁の體質低下に據るものであるが、ここに内務省では保健施設擴充の基礎的資料蒐集の方法として、また國家總動員計畫の第一次的準備工作として、この「國民體力管理法」が 制定されることになったのである。この大體の要旨は、生れて滿半年に達したならば市町村役場で必ず體格檢査を受けさせ、役場では登錄手帳を作製してこれを管理する。學齡以後は各小學校が役場の管理事務を代行し、小學校卒業後滿四十歳までは再び役場で管理し、徴兵適齢までは毎年一回の検査で、登録手帳にそれぞれ所要事項が記入され、それ以後四十歳までは三年毎の検査となる。この手帳には各種の能力や結核性、惡質遺傳の有無まで記載されるのであり、それを各個人には所持させず役場で保管することになるから、巧妙な徴兵忌避の如き非國民的な悪弊が一掃されるであらうし、また就職などの場合に於ける職業適性も知られる譯であり、この「檢査リスト」は種々の目的から一石二鳥的の効果を收めることが出来るのである。
(三一〜三二)
1939年
◆大西清治 193906 『産業衛生講座 第9巻 就業制限と災害扶助』, 保健衛生協会. DOI:10.11501/1220099一、聴力障害 第三節耳鼻の障害 元来聴力の程度を正確に検査することは困難である。従つて之を視力の如く多数の階段に分割して記録することが難しい。尤も比較的には特殊の聴力検査器等によつて或る程度までは之を検査することも可能ではあるが、外界の騒音等の影響もあり、信頼し得べき値を発見することが容易ではない。更に聴力障害に基く作業能の低下といふ事実は、聴力のみに依存する例へば電話交換手等の如き、特殊の職業を除いては、視力程の鋭敏なる影響がない。以上の理由によつて本表では聴力障害の程度を全聾、中等度聾、軽度聾の三階段に分割してゐるに過ぎない。且つ共の程度も判然とした数量的区分を用ひず、抽象的な表現方法に依つてゐるのである。更に左右の組合せ方に付ては、眼の場合と同様に、両耳の場合と一耳の場合とを区別し、併合の取扱ひをしない方針とした。 而して聴力は専ら自覚症状のみを以て決定を必要とする場合が少くない。然るに単に自覚症状のみを過信するときは、動もすれば詐病を誘発し、然らざるも扶助の決定に屢々紛議を起し易きものである。此の意味に於て本規定には鼓膜の大部分の欠損、或は中等度の欠損等の他覚的標準をも附し、詐病に依る弊害を極力防止せんとしたのである。 (両耳の場合) 第四級ノ三 鼓膜,全部ノ欠損其ノ他ニ因リ両耳ヲ全ク聾シタルモノ 第六級ノ三 鼓膜,大部分ノ欠損其ノ他ニ因リ両耳ノ聴力耳殻ニ接セザレバ大声ヲ解シ得ザルモノ 第七級ノニ 鼓膜/中等度/終損其ノ他因リ雨耳ノ聴力四十糎以上ニテハ尋常ノ話声ヲ解シ得ザルモノ (一耳の場合) 第九級ノ七 鼓膜,全部,欠損其ノ他因リ一耳ヲ全ク聾シタルモノ 第十級ノ四 鼓膜/大部分ノ欠損其ノ他=因リ一耳ノ聴力耳殻=接セザレバ大声ヲ解シ得ザルモノ 第二級ノ一 鼓膜ノ中等度/欠損其ノ他ニ因リ一耳ノ聴力四十種以上ニテハ尋常ノ話声ヲ解シ得ザルモノ
(258〜260)※カッコ内補足、新字体変換は頁作成者
以上の如き詐病の観破は、扶助問題の解決的手段としても屢々必要なることがある。詐病の観破には第一に症状に精通してわることが必要であるが、反覆檢診を行ふ外時々臨機に種々な問を發して患者の意表に出ることも、往々詐病發見の端緒となるものである。其の外適當なる監視人を附し、既往症を精査し、交錯訊問を行ひ、檢診中暗示を與るへなども一つの方法である。凡て詐病の検診には裸體檢査が必要であり、決して家族同僚の言には餘り信を措かぬ方がよい。 概して詐病者は疼痛など訴へる際も只漫然と共の部位を云ふに過ぎないが、真の病者は出来るだけ詳細且つ具體的に疼痛の部位を指示しようと努力するものである。其の外レントゲン診斷、血壓、脈波曲線等の測定も時に詐病觀破に役立つことがある。 特に扶助法規上最も多く遭遇する例は疼痛の訴へであらう。之については大體次の如き諸點に注意することが必要である。 (一)局所に關節腫脹、静脈血栓、癒著性の瘢痕等のある場合は、真に疼痛を感ずる筈である。 (二)心臓疾患のあるときは、エンボリーのため屢々局部的貧血及び疼痛、厥冷、麻痺等を起すものである。 (三)局所に帶狀葡萄疹、動脈のアテローム様硬化、腫脹、温度上昇、血管運動障害等のあるこきは、信するに足りる。 (四)足蹠の瘢痕は身體を支持すべき𧿹趾球、小趾球及び題部に疼痛を成する。 (六)神経痛には夫々壓痛點がある。 (七)神經痛で腰や脚の動かぬ場合でも、必ず他動的には動くものである。 (八)扁平足のある場合屢々下腿内部及び膝に疼痛を訴へることがある。 (九)不馴れな勞働後には筋肉痛を訴へる。
(296〜297)※カッコ内補足、新字体変換は頁作成者
1941年
◆南波杢三郎 1941/11 『新警察防犯策』, 松華堂書店. DOI:10.11501/1438306併しながら戦争中途から戦後の何年かへかけて、戦争の副産物として現在より更に多くの精神障碍者、殊にヒステリー及其他の神経病者を見るであらう事、或は元来精神病の遺伝的負因を有つ人々が発病し、 若くは現症状を一層高度に悪化せしむるであらう事は、次の事情を考へても判かる。 持久的長期戦の所謂「神経戦」方面から来る処の一般国民の神経の過度の疲労と動揺、或る場合は昏乱(例へば連続空爆を受けた場合)、戦線に立っ将卒の寸刻も断えざる極度の精神緊張と其過労、恐怖、驚愕、不安等の神経興奮を惹起せしむる場面の続発、身体的過激な労務に拘はらす補ふべき栄養と睡眠の不充分、頭部に受ける銃傷、急性伝染病等々、国民及戦士の神経を害すべき原因と為る事情それである。斯くして神経毀害が、犯罪と密接な因果関係を有つものである。 試みに第一次世界戦争に就て見るに、『独逸では、国内に於ける精神病入院患者の中、心因的精神病者の増加稍々顕著なものがあり、軍隊に於てもヒステリー、神経衰弱が最も多く、而して定型的神経衰弱は、精神的緊張も激しい将校に比較的多く、ヒステリーは、兵士に比較的多かったと言はれてるゐる。注意すべき事は、ヒステリー、驚愕性神経症の如きは、第一線よりは寧ろ却て後方勤務時、帰休時、入院時等に発病が多く、また第一戦では、危険区域より脱出し或は戦友を失った事を知つての後等に、発病することが多く、而して精神病の総数は六七、三四八名で、戦闘参加者毎年平均数の○、三七%に当つてゐる。 又北米合衆国では、将兵中の神経精神系統の病者乃至欠陥者六九、三九四名の中、精神薄弱を除いて神経衰弱・ヒステリーが最も多く、犯罪者中精神病者、精神欠陥者の少からぬ事は独逸軍でも同様であつて、米軍では精神病者は戦闘争加者の○、三八%である。英吉利斯陸軍に於ても、精神病の発現率は内地勤務部隊で約○、二%、出征部隊で約○、四% と推定されてゐる。各国軍ともその将兵二五〇乃至二七〇人ほどに就て一人の割であり、神経病を加へれば恐らく其数倍の数字とならう』と言はれてゐる。(東京帝大・村松常雄医学博士・戦争と神経・昭和・十六・三・十三・十四・東日参照)
(486〜487)※カッコ内補足、新字体変換は頁作成者
1942年
◆小南 又一郎・大島 正徳 194208 「京都帝国大学教授小南又一郎博士に『詐病と頓死』を訊く」 『診療と経験』6-8-63:553-558, 診療と経験社 10.11501/1480989一、詐病 大島 法医学では興味ある問題が多く範囲が広いのでどんなお話でも先生にお任せしたいと思ひます。先生は詐病の鑑定をされたことがありますか?詐病はよくあるものでせうか。詐病は内科的ですと例へば神経衰弱とか神経痛の如き者が問題になります。これらははつきり詐病であるといふ証拠はなかく分りにくいです、又保険ノイローゼといふものもあると思ひます。 小南 詐病ですか?詐病は初め軍医とそれからして監獄医即ち刑務所の保健医に研究されて、そして西洋でも社会保険が実施になつた時、我国でも健康保険が実施された時に、最初多かったのであります。で初め西洋で社会保険が出来た時には、来る患者の二五パーセントまでも詐病だといふ位多かったのであります。日本でも一度健康保険に入つて居れば、診て貰はなければ損だといふ考へで、最初なかなか詐病が多かったのでありますが、段々詐病といふものはそんなに甘く成功するものでないといふ事が解って、西洋でも日本でも現在は非常に減って来て、現今では詐病は全被保険者の二、三パーセントと云はれ、非常に下つて来ました。詐病を見分けるにはいろくな方法があります。例へば先づ第一に頓才法といふものがあります。これはよくその医者が頓才を使って患者の疾病の真偽を見破る方法であつて、例へば保険金或は弁償金を余計に貰はらと思ふやうな患者が「私の片一方の足が少しも役に立たない」と松葉杖をついて入つて来た時に、医者はそれを見破るためには患者に同情するやうに見せかけ「貴君の足は成程間にあはんだらう。本当に動かないだらう」といふ風に患者に同情するやうにみせて、診察して居つて、突然火事だとか、空襲だとか云つて医師などが逃げ出すと今まで患者の動かないと云つた足が普通になつて、松葉杖を放つて患者も走り出すといふ様なことがあるので其悪計を観破し或は「工場で損傷を受けたために全く聾になつた」といふ詐病者が来た時に、医者は偽聾だといふ事を察知したならば、耳を見つつ、低声で独り言を云ふ「成程此耳に聞えまい、外聴道の中に大きな腫物が出来てゐるから、看護婦一寸メスを持つて来い、其腫物を切ってやらう」といふ様な事を云ふのです。さらすると偽聾であればそれが患者に聞えて「そんな事をむやみにやつてもらつては困る」などといふので信聾だといふ事が解る。或は偽聾を見破る頓才法には、こんなのもあります。「私は一寸も聞えないのですが」といふ患者に対しては診察室を歩かせておいて、そして向ふをむいて歩いてゐる時に大きなものを落す、と偽聾であると今後の方で音がしてゐるが、若し振り向けば偽書だといふ事を見破られるかと思つて振り返らずにゐるが、本当の聾なら「ドン」と音がすると、その振動が床板を停はつて足を通過し内耳に来るから患者は後を振り向く、これが本当の聾であります。かういふ頓才法があるがいつも用ひられる方法でないのです。次に詐病観破法としては麻酔法があります。即ち詐病者と思はるるものに全身麻酔をかけて精神の統制を破り、その人の病気が詐病であるか否やといふ事を見破るので、全身麻酔で精神の統一を失ふ時は色々なことを云ふから、それで悪計を見破るといふのでありますが、この方法は、一面全身麻酔といふものは常に安全なものでないといふ場合があるし、他面に麻酔をかけても思った程精神の統制が破れない場合があるので実際はあまり使はれないのです。 佯狂を見破るのに酒を呑ませる一種の麻酔法があります。この方法は全く泥酔してしまふと、しゃべらないやうになるし、軽い酩酊の場合は案外精神の統制を失はないから存外役に立たない。それにはこんな一例があります。京都の二条罪で或る男が窃盗をして逮捕されたところが、窃盗するまでよくしゃべつて居つたのが、逮捕して取調べるやうになつてからは、どんなにしてもしゃべらない。併しそのま、裁判を受けて刑務所に入れられたが、入所後二年間も一言もしゃべらない。併し此男は贋啞にきまつてゐるといふことで、鑑定する事になつて診察を始めたけ、れども彼はどうしてもしゃべらない。それで一日中飢餓せしめた後一ぺんに約五合の日本酒を胃消息子で注ぎこんだところ酩酊はしたがそれでもしゃべらない。どうも仕方がないから身体的の検査や周間の色々な状況から、彼は贋啞だらうといふ鑑定をしました。それで刑務所で困つて服役を中止して刑務所を出しました所、彼は直に刑務所の前の差入屋に行って「ああ腹が減った」と云つたさうであります。そんな風で詐病親破には麻酔法といふものでは余りよく成功しません。 詐病機破法の第三には、心理学的方法といふものがあります。これは詐病、佯狂であると思はれる人に質験心理学的方法を試みて、詐病であるといふことを見破らうとする方法であります。例へば精神分裂症(早発性痴呆症)では主として感情が侵されるからして、感情を動かさんといふことが特徴であるから普通人ならば感情を動かす様な事を云って聞かせたり、読んで聞かせたりして、血圧、呼吸等に変動が来るかどうかといふことを実験心理学的に調べてその感情が動けば佯狂であるが、動かねば本当の精神分裂症であると診断するのであります。これには嘗てかういふ例があります。或男が殺人事件を犯して、それから後は精神分裂症の様に見えて居たのを法医学者或は精神病学者が此方法を用ゐて鑑定をして、或人は本当の精神分裂症であるといふし、或人は佯狂であると云つて居つたのであります。がたうたうこの者は数年後真の精神分裂症であると云ふことが分ったのであります。 さういふ風に実験心理学的方法により、自分を検査してゐるといふことを本人が知ると、それでもつてそれに反対する行動をするからして此詐病観破法も実用は難しいのであります。 最後に残つてゐるのは、臨床的方法であります。これは贋病を診察するのに一番よく用ゐられてゐる方法で、或る詐病をしてゐる者を精神病院に入れて、さうして永く見て居つて、その人の賃似をしてゐる病気と今迄の該病に対する記載と一致するか、どうかといふことによつて、之に一致すれば本当の病気、即ち狂人であるが、一致しなければ贋病であるといふ方法であります。例へば本当のマニー(躁病)であれば一日中騒ぎまわっても疲労感がないのが特徴であつて動けんやうになるまで騒ぎ廻つてゐます。ところが詐病患者はその質似をしようとして騒ぎさへすればよいと思つてむやみに騒ぎ廻つてゐるが二、三時間でくたびれてしまつて溜息をついたり休んだりしますから之は伴狂であるとの疑を置くのでさういふ臨床的方法で贋病を見破る方法が現今一番よく使はれて居ります。けれどもこの方法の欠点としては、若しその人が今迄記載されてゐない新しい病気に罹って居つたら贋病であるといふ鑑定をされることがある。これがこの方法の欠点であります。 大島 結局は大抵見破られるものですか? 小南 詐病といふものは結局見破られるものでありまして、贋狂人しようとする者は大抵精神に欠陥があるのが多いのであります。精神に欠陥のないもので贋狂人の真似をしようとする者は滅多にありません。又佯狂の如く見えて実は本当の精神病者であることが多いので、一昨々年頃大法螺吹きの伊藤ハソニといふものがありましたね。あれなんかは大阪の刑務所に行つて「俺は非常に偉い者で、何時も色々な発明をしてゐる。例へば支那へ行くと皆水に困つてゐるから空気から水を作ることを考へてゐる」などと云ひ初めは色々な人が贋狂人であると思つて居つたけれども、私等が鑑定して佯狂でなくて拘禁性精神病であると鑑定しました。それから職工その他保険に関係のある者で贋病を使って或利益を得ようといふ者は、智慧の足らん者か、ヒステリイ性の者が多い。精神の確かな者は、贋病が到底成功するものでないことを知つてゐるから之を試みようとはしません。
(553〜555)※カッコ内補足、新字体変換は頁作成者
◆若月 俊一(東大分院外科(主任 福田保助教授)) 194204 「某工場に於ける災害の統計的並に臨床的研究 (下) 」, 『民族衛生』10-5:336-358. DOI: https://doi.org/10.3861/jshhe.10.336傷頭部損傷の主なるものは工具・製品の飛散及び落下に因る(第19表参照)打撲傷及び挫創である。第25表はその種類と件数並びに平均休業日藪を示したものである。但し頭蓋骨骨折折で死亡した2例は何れも「労働者の墜落」に原因するものである。「墜落」は一般に重症災害を惹起するものであつて,一般に工場災害の死亡の3分の1以上は之に帰せられると云ふ。脳震盪症3例のうち1例はやはり自身の「墜落」,他は工具・製品に因る打撲であるが斯様な頭部損傷のあとに頑固な頭痛を訴える労働者が往々あり,外傷性神経症(traumatischeNeurose)との鑑別が問題となつて来る。所謂外傷性神経症には詐病的なものがあるから,Trepanationを行ふと良いと云はれてゐる。又山ロ氏はかかる勢働者の「家庭内情調査」を行つて日常素行の善悪を判定する事が必要であると称してゐる。単なる「願望性」の紳経症には斯様な方法も亦止むを得ぬ所かと思はれるが,斯かる場合に勢働者に馨師の立場を誤解せしめぬ様特に慎重を期する必要があらうと考へる。
(349)※新字体変換は頁作成者
1943(昭和18)年
◆大倉功 194304 「拘禁性精神反応と詐病」, 『刑政』56-4:2-3. DOI:10.11501/2671343詐病は刑務所に於ては甚だ多く、恐らく他の如何なる社会部面に比しても其の頻度は遥かに多かるべし。刑務所にて診療に従事する医師は詐病を常に念頭に置かざるを得ざる状態なり。 予は最近拘禁性精神病なりや、或は詐病なりやと其の診定に甚だ困難し観祭せる中、其の症状略去りて後既往症其の他より拘禁性精神反応としての癲癇性精神発作なりし一例を経験せり。依つてその診察過程を記載せんとす。 […] 患者の症状を要約すれば迷蒙状態にあり、即ち恐怖症、緘黙症、無罪妄想ありて気力沈衰し抵抗の元気なし、之等は拘禁性精神病の一型を示す、斯くて第一回診察に於いては拘禁性精神病と詐病を疑へり。 而して詐病にて特有なるは症状の誇張性なるが、本患者は全く消極的にて無関心の状にあり、斯くて第二回診祭に於いて拘禁性精神病と判定せり。 然るに公判に際し利害得失を説示せらるるや緘黙症先づ消え、次いで忽ち諸症状恢復し普通状態になれりとの報告に接し、詐病なりしかと嘆ぜし次第なりしが、其の遺伝歴、既往症を知るに及び拘禁性精神病にも非ず又詐病にても非ず、実に拘禁性精神反応としての十三日間に亙る癲癇性精神発作なりしこと分明せる なり。
(2〜3)※新字体変換は頁作成者
◆軍警会 1943 『憲友』 37-5(別册). info:ndljp/pid/1504300※正確な発行年不明
窃盗容疑者として取調中突然腹痛を訴へ苦悶せるを詐病と信じ取調を続行したる処病状の悪化を認めたるを以て医師の診断を受けしめたるに「モルヒネ」中毒患者なること判明応急処置(注射)の上再び取調に着手したるが「モルヒネ「患者の習慣性及症状を熟知せざりし為数回同様状態を繰返し被疑者を増長せしめ取調に困難を来したり
(37〜38)※新字体変換は頁作成者
犯罪者ハ往々詐病ヲ作為スルコトアリ又本件如ク事実罹病ノ場合アリ而シテ之ヲ無視シ取調ヲ続行センカ時トシテハ予審又ハ公判廷ニ於テ過酷ノ取扱ヲ受ケタリトテ否認ノ材料ヲ興フルカ如キコトナジトセス(服規第六五五)
(37〜38)※新字体変換は頁作成者
◆式場隆三郎 1943 『戦争と脳』, 牧書房. DOI:10.11501/1070597外傷性神經症 外傷性神經症といふ病名は、かなり以前から使用されてゐるけれども、この言葉によつて表はされる疾病の本態は、時代的に相當違つてゐる。最初の頃には、本病は災害の直後に現はれる脳や脊髓に實質的の變化のあるものと考へられた。エリックセンは脊髓及びその被膜に傷害のあるものと唱へ(一八六六年)、オッペンハイムはこれを大腦皮質に微細な分子的損害あるものと説き(一八八八年)、シャルコーは本疾患は精神的原因によるものと考へた。 ことにシャルコーは、初めにはヒステリーの一種とし、病症の發現する機轉を單に災害をうけたときの驚愕によるものとした。ところがその後になつて、工場法による賠償法が規定されてから、本病を發する患者が俄かに増加した。そこでストリユンペルは、本疾患を保證金獲得を目的とする欲求性の疾患とした(一八九五年)。その後になつて他の學者は、本病の主因を賠償的欲求のほかに、苦悶性觀念からも本病を起すことがあると説いて、この外傷性神經症を苦悶性神經症と欲求性神經症とに區別してゐる。 どんな職業に多いか 本病の原因となるものは、工場事故が最も多い。従つて、工場労働者に頻發し易い神経症である。このほか屋外勞働者にも尠くない。また交通事故によつても起る。 鐵道省で本病と職業との關係をしらべたところによると、工場労働者、乘務員、労働者が大部分であつて、列車從業員は極く少数である。しかも、列車衝突によるものも甚だ少くないといふことである。 本症と個性との關係 本症の發現には個性に負ふところが大變に多いやうに考へられるので、これに関する研究も古くからいろいろ試みられてゐる。しかも、個性とか遺傳とかについては一致した結果が得られず、相反した報告がある。ある人は病的素質に重大な關係ありと述べ、他の人は無關係であると結論してゐる。 年齢についてはどうかといふに、四十才から五十才の間の人に特別に多いといはれてゐる。 負傷の部位からみてはどうかといへば、頭部受傷者が七六・五%を占めて斷然多い。しかし人によつては三六・五%といつてゐる。 負傷の性質からいへば、公傷とみなされる場合に多く、しかも、二回以上の公傷を受けたものは、特に本症を發し易いといはれてゐる。これは前回の公傷時に休業して、安逸、情怠、徒食などの味を忘れかね、それが一つの誘惑となつてゐるやうに考へられる。 そのほかに同一の勤務場所に類似の患者のあることも、本症の發生に大いに關係あるものと考へられる。 栄養は佳良のものが多く、腱反射の亢進も尋常のものが多い。智能は少しく低下してゐるものが多く、血清の微毒性反應は陽性のものが多く、血壓の高いものも相當に多い。 その症狀 本病はある種の災害、例へば、工場で外傷をうけるとか、列車の衝突に遭遇するとかして、その折に一時、はげしい不安や恐怖を覚え、甚だしいときには失神することさへある。しかしこれらの症状はまもなく消え去って、舊狀態に復歸する。そこで本人は無事にその災難から免れたのを喜び、時にはその際うけた負傷部の疼痛をわづかに覺える位のことで、大體においては常態に戻り、その後、時を経て初めて種々の病的症狀を徐々に現はしてくる。 例へば、工場での負傷、または列車の衝突の場合には、一時の愕きはまもなく去り、氣も落ちついて歸宅し、その夜か翌日になつてから、初めて頭痛を覚え、稀に数日から一ヶ月くらゐたつてから頭痛の現はれることもある。その後、だんだんそれらの症状がつのつて来て、頭痛がはげしくなり、そのために起居も自由に出来なくなる。職工の場合には工場へ出勤しようとすると、頭痛や眩暈がして不可能となり、床につかなければならなくなる。 そのために一日二日休んで静養してもその疼痛がなくならず、時には却つて増悪して精神は不安となり、苦悩を覺え、頭脳は攪亂され、氣がふさぎ、時には苦悶、興奮の状態となり、遂には自分の將來はどうなるのか、職業に離れては何として生計して行つたらよからうか、妻子を養ふには如何にしたらよからうかなどと、焦慮苦悶して、睡眠不足となり、食慾は減退し、元気がなくなり、心氣性となつてつひに頑固な神經衰弱様の状態となる。 かうした狀態のところへ、もし友人知己や醫師から、その病気のとるにたらぬことを納得のいくまでよく話され、勇氣を鼓舞されて自分からも気を勵まして、苦痛をしのんで作業に従つて、幸にこれに耐へられれば、そのために病苦も次第に消えて元気になる。しかし、不幸にも却つて症状が増悪し、頭痛や疼痛等が一層加はるやうな場合もある。そのために患者は意氣銷沈して、もはや作業には耐へられぬと考へるやうになる。ことに他人から同情的な言葉をかけられると、そのためにますます意志が弱くなつて不安狀態となり、その間に賠償を求めようとする望みがきざしてくると、患者は初めこれを意識しなくとも内心ひそかにその欲望が動いて、自分の病苦を過大に認知し、その結果として作業が全く出来なくなつて来る。 病勢が更に進行すると元気がなくなり、黙りがちとなつて懊々として楽しまなくなる。そして自分の疾病を苦にして抑欝狀態となり、外傷を受けた当時の事情を誤つて考へるやうになり、または悲嘆して自殺企図の徴候を示し、時には被害妄想や追跡妄想を生じて来る。さらに進んでは災害に對する賠償金獲得を當然の権利と思ひ、その談判が思い通りにすすまぬ場合には、對手側が敵意を持つてゐるためと曲解するやうになる。ことにその際、同一會社で同様な事件の結果賠償を得たものがあるやうな時には、それを羨んでつひには好訴病様症状を来すやうになる。そのために、それに關係してゐる醫師を、對手のまわしものだと邪推し、曲解し、もしくはそれらの人に對して攻擊的態度をとり、恨んだり怒ったりする。こんな症状を示すものを、特に賠償性好訴症と名づける。 本症の患者の精神狀態を心理的に考察してみると、精神作業能力は、他の精神作用に比べて著しく劣るものである。 本病の經過 發病の初期のうちに適當に治療すれば、經過は比較的にみぢかく、時に全治するものもあるが、さうでない場合には、治療までに数ヶ月から数年かかることも珍しくない。また、ときには全治せず、心氣症のためにつひに自殺をとげるものもある。 しかし、不治のやうに見えても、問題が解決すると意外に治療するものも相當にある。ことに一見奇異に思はれるのは、當人の願望や欲求が全然貫徹されぬと知ると、本病が忽ち治つて了ふことである。 そこで本病の豫後については甚だ不良であるとか、或は全然不治であるといふ風に唱へる人もあるが誤りである。これは本病の眞の病理を知らない人のいふことであつて、必ずしも不良ではない。外傷後の取扱如何が、なかなか重大な影響を及ぼすものである。 この間の消息を語るものに、次のやうなことが發表されてゐる。 鐵道省の報告では、年金受領者には全治するものは殆どないが、一時退職者の治癒率は六九 %であるといつてゐる。一般に豫後不良なものには、この年金との關係があるものといはれてゐる。 この他に初老期や老年に發病したものや、癲癇、動脈硬化、中毒、黴毒などの合併症のある場合は、特に治癒が困難である。 男子の方が女子よりも豫後がよく、年少者はまた像後がよい。 ヒステリーや欲求性神經症は醫藥では治らず、治すものは紙幣なりといはれてゐるが、これを實證するやうな例も度々ある。 如何にして發生するか 本病は最初、中樞神經系の器質的疾患と思はれてゐたが、後にシャルコー氏はこれを官能性の疾患殊にヒステリー性のものとした。腦髓や脊髓に變化があつて起るものでないと考へた。そして外傷が原因で器質的には變化はないが、その際の精神的機轉、ことに感動狀態が繼續して消滅しない場合に、本病が發現すると考へられた。 しかし、その後になつて災害性神経症の中には、驚愕による驚愕性神經症と、災害後、一定の時を経て現はれる本病との二つがあることが認められるやうになつた。 この二つは本質的に相違するものであつて、前者は災害當時の感動的激變によつて起るものであり、後者は他の精神的機制、ことに損害賠償の欲求が主なものと考へられる。本人はこれを自覺しなくても、無意識的にその作用が働いてゐるとみなさなければならぬ。 しかし、この外傷性神經症は單に欲求心のみで起るのでなく、他の精神作用もその副因と考へられる。つまり、自分の身體的苦痛がいつまでつづくのであらうか、全治するであらうかなどについて心痛し、苦慮し、または自分や家族の將來のことについて不安を感じ焦慮する。世人の自分に對する態度を無情であると不満に思ひ、憤慨する。 見舞に来た知人、親戚などが慰藉したり同情でもすると、さも對手方が自分の不幸に對して無理解、無情なやうに思ひ込んで了ふ。そして自分の主張が正しいものである、と誤信するやうになる。 しかも、この主張が容れられないと、憤満を抱きがちとなり、ほかに同様な事件で賠償を獲得した人でもあれば、それに對して嫉視したり残念がったりする。自分は賠償を得られぬところから、休業後の貧苦などについて取越し苦労をするやうになつて、これらのことが積りつもつて心中に誇積して、本病の原因となるものであらう。 從つて、本病の病症發現機制とその病型とは、その人の個性的關係と、外傷時の狀態、その後の境遇、情況などによつて違ってくる。自分から求めた試合、決闘、喧嘩、競馬、フットボ ―ルなどの競技で負傷したものには、本病は起らない。また大怪我をした人には少く、軽微な外傷ほど多い。汽車衝突の場合には、子供には起らない。大人にばかり發生する。 以上の事實は、本病の發生に個人的影響が如何に大きいかの證據となる。甚しい負傷に際して本病の起らないのは、その間夢中に暮して了つて、本病發生の精神的餘裕がないことによるといはれる。またこのやうな場合には、當然賠償して貰へると考へられるからでもあらう。 一八九五年にオーストリーで、災害賠償法が發布されぬ十年間における鐵道事故による本症についてしらべたところによると、事故のために負傷して全く動けぬやうになつたものは、全負傷者の○・二六%であつた。また、一部その職に耐へ得たものが一・五八%であつた。そしてこの兩者の中に神經性の疾患を發したものは皆無であつた。それなのに、賠償法が發布されてからの十年間では、全く働けなくなつた負傷者数は六・六%となり、一部職に耐へ得たものは二・四%と、兩者とも増加を示した。しかも、その大多數に神經病的症状を示したが、これらのうち身體的に賠償を必要とする程度の障碍をうけたものは、僅に一・一五%であつた。 換言すれば、職務の完全不能に陥ったものは、前後兩年間において、二十六倍増加した。つまり、災害賠償法の發布以来、特に増加したものであるから、本症を災害法神経症と稱した學者さへもあつた。 或は本症患者は、賠償金をえて急に治癒する例も多いので、その本態は精神的なもので、ことに賠償欲求にあるものとの考から、これを賠償神經症と名づけるのが適當だ、と主張する人もある。 このやうに本症はその人の個性と大いに關係があるが、その他に年齢的の影響も決して勘くない。年をとつてゐて不健康である上に、働くことを好まぬやうな性格の人には、欲求はいよいよ強く大きくなる。そしてその欲求が大きくて、賠償金獲得の實現が望みうすのときは、本病を發生することがますます容易になつてくる。 これと反對に、その人の性格が溫順な時には、このやうな症状を起すこともない。或は賠償の見込みが到底ない場合にも起らない。兵士の平時負傷には本症を發することがなく、職時負傷の際にのみ本病を起すといはれてゐる。または私立會社などで補償の金額の多い時や、鐵道や電車の事故で、多額な賠償を期待し得るときに多い。 償金が一度に支拂はれるとき、殊に早く支拂はれるときには本症を發することはない。 外傷が軽くて、この程度では賠償されるかどうか疑問の場合にも起りやすい。他人が煽動したり、醫師が賠償について保證するやうな言質を興へると、これらが動機となることもある。 このやうに種々雑多なことが影響して起るのであつて、人によつては本病は疾病ではない、一つの反應と認むべきであると説いてゐる。これも全然根據のない見方ともいへない。 病型 外傷性神經症の病型には色々の差別があるが、普通に一番多いのは所謂外傷性神經衰弱症の名のあるもので、神經衰弱様の症状を主訴とするものである。 その他にメランコリー、ヒポコンデリー、妄想病、ヒステリー様の病状を示すものがある。これらを各々外傷性メランコリー、外傷性ヒポコンデリー、外傷性ヒステリー、外傷性妄想病と稱する。 このうち妄想病性のものについてみれば、これは外傷性神經症の基地の上に妄想や幻覺を生ずる病型である。多くは外傷後に適當な處置をうけなかつた人に来やすく、殊に外傷に對する患者の陳述が虚構または不安に見られ、もしくは災害に對して損害を訴へても、その主張が容易に解決されぬときに發する病型である。そしてその妄想の内容は多く好訴病性のものでひきつづき被害妄想や追跡妄想を抱くやうになることがある。 如何にして診斷されるか 患者の訴へる症狀、たとへば頭痛、眩暈、不眠、四肢疼痛、作業不良などは診斷上の價値は少ない。客觀的症狀である脈搏増多、膝反射亢進、振顫、ロムベルグ症狀、結膜反射並に咽喉反射減弱なども本病の診斷、ことに職業に耐へることが出来るかどうかの鑑別には決定的な價値はない。 本病を診断するには、精神狀態の全體と經過とを對照して深く考へる必要がある。作業能力檢査法も、確にその補助方法として役立つものである。 診斷を決定する際に必要なことは、単に患者の訴へをきいて、そのいふがままに外傷の有無をよく調査もせずに、直ちに外傷性神經症の診断を下さぬことで、これは醫師の輕擧として最も戒めなければならぬ。かうした患者には、往々その背後に勞働ブローカーがゐたり、組合からの脅迫のあることなども考へなければならない。ことに器質的變化の有無も、充分にしらべなければならない。 どんな病気と鑑別しなければならぬか 第一に鑑別する必要のあるものは、脳震盪後遺残狀態との區別である。そのほか外傷性ヒステリーや詐病とも區別しなければならない。これらの鑑別は往々なかなか困難で、名醫のみがよくなし得るのである。 更に注意しなければならぬことは、本人が外傷後に發生したと稱するもので、その實、外傷とは何ら直接の關係のないものや、外傷後の病気であると稱するもので、その實外傷とは直接の闘係のないもののあることである。他人の敎唆や、後援によつて起るものも相當に多いものである。 どうして治すか 像防には外傷後すぐに患者を元気づけ、氣を腐らせたり、不平を抱かせたりしないことである。外傷性神經症がたしかにあるとわかったら、本人の病症の核心をよく究めて、精神療法を主として治療の方針とする。藥劑療法としては、臭素劑や鐵劑を内服させる。水治療法、榮養増進法、マッサージ、體操、電氣療法、空氣療法などの理學的療法をも併用する。 物理療法のうち電氣全身浴、電氣四槽浴の効果を認めてゐる人もあるが、人によつてはすべてこれを無効としてゐる。却つて病気が重いといふ觀念を抱かせて有害だといふ人もある。 効果の確實なことは、賠償か慰藉料が當然支拂はるべきものであれば、出来るだけ早くこれを支拂ふことである。醫師は適確な診断を下して、解決法を相手にすすめることである。 治療に當る醫師は患者に對して、その言葉をすべて取上げぬといふ厳然たる態度を示すことも時には必要である。軍人にはこの理由で本病を愛せぬといふ人もある。しかし、あまり冷淡なことも決してよい結果をもたらさぬ。この邊がなかなか難しいところである。 國有鐵道の公傷患者には全額支給といふ優遇法があるためか、本病が多いが、他の所では六割支給になつたためか、本病の發生は少ない。 何れにしても病気は重いぞ、といふ考を患者にもたせることは、最も有害である。 患者が外傷をうけた後の周圍の情況は、本人に同情の起るか否かに大きな關係がある。ことに入院後、早くから獨房で起居し、他の患者から敎唆を受けるやうなことがなく、出来るだけ早く作業に従事させることも經過をよくさせる。これに反して永く臥床し、色々な空想を逞しくさせることは、有害である。 精神治療は有効で暗示、說得療法、作業療法などが行はれる。 また、本病が補償法が世に出てから餘計に發生するやうになつたところから、補償法を改正しなければならないと説く人がある。外傷によつて發病した場合、ただ器質的腦病のみを外傷性神經病とし、そのほかのものは健康とするといふ説もある。この説では、本症を眞の病気としないで、假性疾病と考へるのである。 かつて大阪府の工場課では、原則として本病を疾病と看做さなかつた。従って、例外はあつても主義として補償しないと聲明してゐる。また警察部保險部でも、単なる願望による神經症は、それがたとへ業務災害後に招來する病気であつても、業務上の疾病としては取扱はね、したがつて補償しないと發表した。 なほ極端な説は、本病は醫者がただ病気と名づけたものに過ぎぬのであつて、その實は詐病であるとなすのである。 これらの説を見ても、この疾病に對する實際上の處置について、各方面がいかにもてあましてゐるかがわかる。殊にわが国においては、本病は現在なほ少數であるが、獨逸では實に一年間に一萬三千件に補償の必要が出て来た。このやうな狀態では國家として對策を講じなければならなくなる。 わが国の産業衛生協議會では、外傷性神經症に関する委員會の決議として、願望性神經症以外の外傷性神經症は補償され得るといふことになつた。 大東亞戰爭下にあつて、産業戰士の神經症がまた問題になつてきた。これは決戰下にあつて戰力増強を阻害するものであるから十分その對策を講じなければならない。 戰爭と腦(終)
(225〜241)※一部新字体変換は頁作成者
1944(昭和19)年
◆司法省秘書課 1944 『司法資料. 第287号』. DOI:10.11501/1145721精神(精神)病學者(学者)の著(著)述(※原文は二点しんにょう)を見ると、法律家は被疑者の精神狀(状)態に異樣(様)な點(点)を認めると、すぐこれを詐病であると考へ易いことを戒めてゐる。そして、詐病といふものは法律家の側から想像する程多くはない、といふことが捉はれのない觀(観)察者の一致せる意見であると述(※原文は二点しんにょう)べてある。なるほど犯罪者が不名譽(誉)なそして自由を奪ふ刑罰を免れんとして、詐病を思付くことは見易い道理ではあるが、クラフトエービング Kraft-Ebing (註一)の指摘してゐる如く、感情(※原文は旧字)の動搖(揺)といふことが精神障碍の重大な原因であり、而もそれは犯罪者がその犯行の前後竝(ならび)に犯行の最中に充分經驗(経験)することである點を看過してはならないのである。從(従)て、自由剝奪の影響竝に肉體(体)的に障害を與(与)へ精神的にも抑壓(圧)する拘禁生活狀(状)態の影響によつて、眞實(真実)精神障碍が存するであらうとの疑惑は、少くとも詐病であらうとの疑惑が一應(応)正常であるのと同樣(様)に成立し得るのである。これを要するに、拘禁せられた者が他の理性確かな囚人との雜(雑)居であらうとも、或は病院内であらうとも、これを綿密巨細に觀察することこそ重要問題なのである。
詐病であるかどうかは、逮捕せられた者が監(※原文は旧字)視(視)人のゐる前で病氣(気)を申立て、頭痛などを特に熱心執拗に訴へることによって判斷(断)出來(来)る。卽(即)ち眞實の精神病者ならば通常さうしたことをしないものである。また假令(たとえ)暴れ騷(騒)いだとしても何處(処)かに我身を要愼(用心)する態度があり、質問に對(対)しては反對の答をするものであるから、それによって直ちに質問の意味を了解してゐるに違ひないといふことが判るのである。 (三三八ー三三九) ※カッコ内補足は頁作成者
1947年
◆高橋 正義・池辺 道隆・坂中 善治 194711 『身体障害等級社会保険廃疾認定基準精義』, 年金保険厚生団. DOI:10.11501/2389244なお、今一つ詐病ではないが、詐病と極めて判別のつきにくいものに外傷性神経症がある。 外傷性神経症とはオッペンハイム氏の命名であつて、同氏の考えによれば、外傷のために起った中枢神経の病変叉は末梢部の外傷が神経を介して中枢を刺戦するために生ずる神経症であるということである。しかし、その後本病の研究が盛んになると共に一八九五年ストリユンペル氏は、本症の大部分は災害の直接の結果ではなく、年金或いは補償金獲得の欲望がその発生の原因であることを主張した。此の見解に対しネーグリー、ノンネ、カウフマンその他諸大家が賛同し、オッペンハイムの説はその価値を失うに至つた。現在本病が一つの欲求性疾患であるという点については最早異論のないところである。 勿論外傷性神経症のすべてが欲求と結びついているという訳ではなく、例えば災害の直接結果である外傷に続いて神経系統特に自律神経系統に障害を残し、頭痛、眩暈、耳鳴等の症状を起すが時日の経過と共に自然治癒するもの、外傷が暗示となり又は精神感動の因となつて麻痺、痙攣等のヒステリー様の症状を呈するもの、或いは大災害に遭遇し、それが原因となつて所謂驚愕神経症をきたすもののように真性の外傷性神経症もある。しかし、此等は何れも概ね視野狭窄、脊髄圧の亢進、速脈等他覚的に検証のできる症状を伴うものである。之に反し欲求と結びついた神経症所謂願望神経症においては顔貌沈鬱で頭痛、眩暈、不眠等を主訴とする鮎は真性の外傷性神経症と類似しているが脊髄圧の亢進、速脈等を証明することは困難である。又、特にすべてが哀訴的であつて、症状は外傷が治癒に近づいた頃から増強し、且つ症病の程度と外傷の程度とは全く平行しないのみならず本症を起す外傷は一般に非常に軽度のものが多いという特徴がある。さらに、本病が災害保障のある所に起り、それのない所には殆んど見られないのであつて、此等の点から益々本病が欲求観念による産物であることを示すものである。従つて願望神経症に対してどの程度の補償をするかといふ問題はきわめて困難な問題であつて、その取扱いには格別の注意を要する。
(245〜246)※新字体変換は頁作成者
1956年
◆Alberto A.Marinacci 著※, 祖父江逸郎 訳 1956 『臨床筋電図学』. DOI:10.11501/1376014※原著詳細不明
肢神経の障碍殊に上腕骨頭の偏位により伸展されて生じた場合には、臨床的に診断をつけることは困難である。筋萎縮のみられない工場障碍による症例の場合には、そうした障碍の存否を決定したり、患者の訴えが神経障碍か、関節部の障碍かあるいはヒステリーかを鑑別するのは一層困難を伴う。かかる症例では筋電図は大いに役立つ。 […] […] かかる症例ではその筋萎縮が神経性のものであるかを決めるのに筋電図は非常に価値がある。尺骨神経障碍のある例では殊に著明な筋萎縮のない場合は診断に非常に困難である。これ等の例はヒステリーだとか仮病だとか診断されるものである。 22才の女の事務員の例で著明な筋萎縮はなかつたが、右手の筋力減弱に気づいた。2年間症状を訴えていたが頸部のミエログラフィーに何も所見がなかつたので、ヒステリーと診断された。筋電図では右肘部で尺骨神経の中等度の障碍を示した。病歴を調べると彼女は長時間に亘って筆記を行ない、固い机に肘をおしつけていたのでそのため尺骨神経の圧迫を来たしたことが判明した。 同様な症例で書字が変化したために小切手のサインについて銀行で尋ねられたような例がある。者明な筋萎縮を伴わない尺骨神経の圧迫神経炎は、固い机に肘をついて長く筆記をしたりする職業の人にはよくみられる。
(178)※
1957年
◆日本学士院日本科学史刊行会 編 1957 『明治前日本医学史 第5巻』. DOI:10.11501/1370639平安朝時代には、疾病に藉口して、或は脱税し、又は職務を懈怠する者を取締るため屢々詐病の撿験が行われた。また穢忌の有無を決するのが、法曹家の重要な職責とされていたので、これ対しても頻りに撿験が行わにれた。
(一)※新字体変換は
第八詐病取締 賦役令に […] とて舎人兵衛資人衛士仕丁等雑任の者が、春解職されて原籍に帰ったならば庸調共に徴収し、夏ならば庸調いづれか一方を徴収し、秋以後ならば庸調共に免除する。がしかし虚偽の申立をして戸籍をごまかし、又は詐病して課役を免れた者は、原籍に帰った時期に関せず、その一年分を徴収することにしている。
(二一)※新字体変換は頁制作者
第一四奴婢廃疾 捕亡令に […] とて、官又は私有の奴婢が逃亡して、一ヶ月以上を経過した者を捉えた者には、その奴婢の価の二十分の一の賞を与え、若し一年以上を経過したものであるときには、十分の一を与える。しかしその奴神が、七十歳以上か又は廃疾以上の疾病のため使役に堪えないか、或は前の主人若くは関所港津等の役人が捕えたときには、その賞与は、前記の半額とすると云うのであつて、奴婢についても廃疾以上の者と否とによって賞与の程度に差等をつけている。 如上列記の如く身体の欠陥障碍によつて、法規上の取扱に重大の相違があったのであるから、これが取扱につき遺憾なきを期するには、是等を明確に鑑別し、又は詐病等を検定することは、医学的知見によらなければならないことは云うまでもないことであつて、医家に課せられた重要な職務であるので、裁判医学的操作が行われたであろうことは十分に察知されるのである。
(二三〜二四)※新字体変換は頁作成者
1961年
◆白木良夫 1961 『医師の告発 (三一新書)』, 三一書房. DOI:10.11501/1670582二 詐病の発見 「見習医官殿、予定のやつが泡をふき始めました」 と、中年、いや軍隊では老いた衛生兵が落ちついた態度で、私を呼びにきた。 「よし、今行く」 暗い電灯の医務室の中から私は立ち上がって病室に出かける。老衛生兵の案内で行くと、同室の下痢や感冒の病兵たちが珍らしそうに眺めている寝台に、口からシュッシュッと音を立て唾を吐きながら痙攣をおこしている兵隊がいる。まったく意識を失い、体を弓なりにそらし、顔を充血させ、手足をぐいとのばして痙攣をおこしている兵隊の脈をはかり、それから瞳孔を指でひらくと、すでに散大して反応がなく、唇は紫色にかわっている。口から血のまじった赤い泡を吹きだしているのだ。舌を歯できずつけたらしい。 「真正テンカンだ。まちがいない。明日、即日帰郷の書類を作ろう」 「軍医殿、自分もテンカンになりたいですな」 と、老衛生兵は不精ひげの顔の中から目だけ光らす。 (即日帰郷)の召集解除には、まわりに見物にきていた病兵たちに、たちまちうらやましそうな溜息が もれる。私でさえうらやましいのだ。 […] テンカン患者は軍隊では召集解除にすることになっている。ただし、それを詐病でないと確認するまで はいちおう軍隊内にとどめておくことになっている。 私は毎日、詐病(Scheinkrankheit)とたたかっているような奇妙な医者になっていた。応召後、軍医のたりないときであったため、一兵卒から軍医要員にまわされ、そこで『軍医は医師より偉いのである。それは医師である上に、さらに大元帥陛下の窓を体した軍人精神を合わせ持っているからである』[…] […] まだ、学校出たての生半可な医者の私にとって、詐病の問題に首をつっこむのは皮肉なことだ。だが、さまざまな詐病も兵隊だけでなく将校にも相当あった。 老衛生兵がひとりの兵隊を背おって装飾ひとつない医務室にはいってきた。この兵隊は明後日サイパンに出発する部隊に所属している。ところが、きょう訓練の途中から足に神経痛がおきて動けなくなったと訴えているのである。息子が今年応召したという老衛生兵には奇妙な人情と仏心が出てきて、ほかの衛生兵では相手にもしない兵隊たちの愁訴を聞いて、私のところへ連れてくるのだ。 […] 詐病看破術の教科書のとおり、私は強烈な麻酔の阿片アルカロイドのモルヒネをやっても、やたらに痛がり、私の誘いにひっかかる兵隊を冷たくながめていた。 「お前のそれはかんたんな神経痛だ。聞けばきみはサイパン行きの部隊に属しているそうだ。向こうはあたたかい。南方は神経痛がなおる。正に転地療法だ。まあ、すこしくらい痛くてもあきらめるんだな。お前もへんなことを云っていると詐病にされてしまうよ」 兵隊の目から急に光が消えさった。力が抜けたように彼は首をたれた。 兵隊は囚人が未決から既決にきまったように、しょんぼりと立ちあがってかえりだした[…] 「待て、この野郎」と、若い衛生兵が兵隊のうしろから追いかけ、ピンタをくれようと手をあげた。 「やめろ」と老衛生兵はとめた。「サイパンに行く前だ。むしろ、祝ってやれ」
(17〜22)
2006年
◆牧 潤二 2006 『詐病』,日本評論社. ISBN-10:4535982678 ISBN-13:978-4535982673●詐病をどうみるか 詐病が良いか悪いかと聞かれれば、もちろん、悪いに決まっている。その悪い典型的な例が、保険金詐欺に詐病を使うことだ。とくに、医療保険や介護保険のような強制の社会保険は一種の税であり、その保険金を詐取することは、全国民の懐から金を盗むようなものである。また、詐病により、犯罪者が無罪になることもある。これも大問題だ。 その意味では、医師など専門家は詐病に注意し、積極的に詐病をみつけるよう努力する必要がある。まちがっても、詐病に荷担してはいけない。 一方で、詐病については広義に解釈し、匿病(病気を隠すこと)なども視野に入れておいたほう がよい。そうすれば、現代社会の問題をより深く理解できる。すなわち、広義の詐病とは、まさに時代社会のもつ問題の重さによって、湧き上がってくるものなのである。 したがって、詐病をなくすための重要な方法の一つは、時代・社会の問題点をなくすこと、となる。しかし、それではあまりにも観念的で、子どものような論理になってしまう。具体的には、社会保障制度や社会福祉の充実、差別やいじめなどをなくしていくことが、詐病をなくすための重要な道筋となるだろう。 いずれにしても、詐病を通して、現代社会の問題点を浮き彫りにできる。また、その改革の方向も見えてくる。まさに、現代社会の”合わせ鏡”という意味で、詐病には常に注目しておきたい。 そのような視点から、以下、さまざまな分野の詐病についてくわしく紹介していこう。 (5-6)
2010年
◆栂 紀久代(NPO法人サン・クラブ 理事長) 20100727 「「脳脊髄液減少症」について 」,厚生労働省 総合福祉部会第5回.体の痺れは、痛みの一種ですがその痺れを証明する方法すらありません。その上、詐病とか怠け病と言われ、心を傷つけられ精神的に追い詰められ、自ら命を絶つ方も多く、今は、サン・クラブは「心の雨宿りの場所」として電話やファックス、メールの病気の相談にも応じています。いわゆるピア・カウンセリングです。 この病気をご理解頂く為には、強烈な船酔いまたは車酔い状態、または強烈な二日酔い状態と表現すれば解って頂けるでしょうか。その上全身に痛みを伴います。 病状から来る肉体的苦痛、無理解から来る精神的苦痛、働けない現実から来る経済的苦痛の三重苦に遭っています
2016年
◆立岩 真也 20160125 「社会防衛のこと・9 ───「身体の現代」計画補足・110」,arsvi.com.そして他方に刑事司法の場面がある。ときに誤解されるように、精神障害者であるから免罪されることにもされないことにもなってはいない。あくまでその人のその時の状態が問題にされることにはなっている。その上でも、長らく、免責・免罪が批判されることがずっとなされてきた。そうした反感の成分の分析はまた別途なされたらよいと思うが、なそうとしてなしたこと(避けようとすれば避けられたこと)について責任を負うという帰責の構図に対する全面的で説得的な根拠を有する批判はあまり見当たらない。一つに極端には「詐病」によって、罰せられることから不当に逃げているというもの言いがある。他方に、それが「本物」であるなら、今度は「野放し」にすることになるという懸念が、いくらか報道等における言葉遣いは変わったにせよ、結局のところは変わらず、むしろより強く言われるようになってきている。 そして、言説として顕在化するのはわりあい近くになってからのように思うが、場合によっては本人が「責任」を引き受けようとすることもある。『自閉症連続体の時代』でも、免責を求め自分にあった処世術を自らも使い他人たちにもそうした配慮を望みながら、すべてを自閉症のせいにはしない、自らが責任をとる(とれる)人間であることを示そうという言説があることもまた見た。精神障害についてもそんなことはある。ここでも――その流れを追うのは誰か別の人の仕事になると思うが――本人が認めつつ、しかも責任を負うという言説もまた見られるようになる。やはり今度の本に想田和弘の映画『精神』を紹介する文章(立岩[2012])を収録したが、そこでもそのように受け取れる「本人」の発言があったように思う。確かには、あるいはまったく覚えてはいないが、「やったのはこの私だ」というのである。こうした言説の連続性と変化についても調べておく必要があるだろう。 責任を取ろうという気持ちはわかる、それはなされてよい主張ではあると言ってよいはずだ。そうした言説のすべてを否定する必要はない。ただ、これを引き受けないと「一人前」と認めてもえらないからといった動機もまたそこには含まれているように思える。ならば、そのような気持ちにさせている側としては、その「当事者」の言うことをそのままに受け入れるわけにもいかないはずだ。◆yomiDR. 20161102 「原因不明の難病患者らのNPO、差別や偏見考えるドラマ制作」,yomiDR..
原因不明の難病「 難治性血管奇形 」の患者らでつくる山口県内のNPO法人「みらいプラネット」が、大学の映画サークルの協力で、差別や偏見の解消を訴える啓発ドラマのDVDを完成させた。全国の小中学校などに無償で配布する予定だ。 […] タイトルは「咲き誇れ、強く Irreplaceable(英語で、かけがえのないの意)」。難病に苦しむ少女が主人公だ。最初は周囲から理解を得られずに苦しむが、信頼できる養護教諭らに支えられ、高校時代に専門医の診断を受けて、前向きに生きるようになるというもので約30分。 ストーリーの元になったのはNPO法人理事長で山口県職員の 有富健ありどみつよし さん=写真=の体験だ。有富さんは2001年、原因不明の腰痛や左脚のしびれや、腫れに苦しみ、入退院を繰り返した。 病気による痛みだけでなく「詐病でサボってる」「君に仕事は任せられない」などと周囲の無理解やパワハラによる精神的な苦痛にも悩まされたという。 […]
2017年
◆若倉 雅登(井上眼科病院名誉院長) 20170824 「難病指定の条件が「人口の0.1%程度に達しないこと」の不可解」,yomiDR..脳の神経伝達回路に異常をきたすと、眼球は正常で視力や視野にも仮に異常がないのに、「目を開けよ」という脳の指令が瞼まぶたに届きにくくなり、目を開けたくても開けられない事態になります。 こういう方々には、一見どこが悪いのかわからない症例から、わずかな光にも過敏に反応して耐え難い目の痛みや眩まぶしさを感じ、無理やり目を開けると失神するなどの過敏反応を起こしてしまう重症例さえあります。 […] 原因や重症度はさまざまですが、そうした方々の生活上の不都合を考えて、「眼球使用困難症候群」と名付けました。眼球を快適に使用することができないことが共通していたからです。[…] 同時に、同様な症状で苦しんでいる人々の状況を知り、情報を共有するためにも「患者友の会」が必要だとも呼びかけました。それを読んだ患者さんや家族から、これまでに50件近い反応をもらいました。文面から推測すると、そのうち少なくとも10例近くは最重症例に属すると考えられます。 しかし、彼らのほとんどは、詐病、心因性疾患と言われるなど、医師にまともに取り合ってもらえなかった、と書かれていました。 […]
2018年
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP) 20180403 「NCNP の医師・研究者らが新たな神経難病 “NINJA” の概念を提唱 リンパ球解析と拡散テンソル解析により、身体表現性障害とされてきた一群から、多発性硬化症に類似した免疫介在性神経疾患を同定」[外部サイト],国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センターサイト(https://www.ncnp.go.jp/).国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター […] の研究グループは、多発性硬化症(MS; multiple sclerosis)に類似する臨床経過があり、多くの症例で血液浄化療法が有効でありながら、通常撮像法の脳・脊髄MRIで異常を認めないために、診断が未確定であった11例を詳細に解析しました。その結果、末梢血液中の B 細胞に異常を認め、広範囲の脳白質において微細な構造変化を示唆する MRI 拡散テンソル画像の異常が確認できました。これらの特徴は、神経難病 MS とは一線を画すことから、この一群を新たに “Normalappearing Imaging-associated, Neuroimmunologically Justified, Autoimmune encephalomyelitis”(NINJA)と名づけました。 NINJA では運動麻痺や感覚障害、視力障害などの MS に類似する慢性再発性の中枢神経脱落症状を認めるにも関わらず、MRI で異常を認めないことから身体表現性障害や詐病と誤って判されることがあります。本研究は身体表現性障害と誤って判断されやすい MRI正常・MS 類似の脳脊髄炎という病態を世界に先駆けて報告したものです。診断が難しい慢性経過の脳神経内科疾患の診療に役立つことが期待されます。
■研究の背景 脳神経内科の代表的な難病である多発性硬化症(MS)は多様な病態を示し、現在でも診断に苦慮するケースがあります。NCNP多発性硬化症センターでは、先端的な技術を応用して診断の精度をあげる研究を進めてきました。MSは中枢神経(脳や脊髄)の様々な部位において炎症に伴う脱髄や神経障害が生じる自己免疫疾患であり、再発と寛解(症状の悪化と改善)を繰り返しながら徐々に障害が蓄積していきます。MRI画像検査はMSの診断や重症度の評価において有用ですが、一部のMS患者においては、症状が重症の割に、MRIの異常所見が軽度であることもあり、症状・診察所見とMRI所見との間に大きな乖離があります。世界中で一般的に用いられているMcDonald診断基準では、時間的・空間的に多発する客観的臨床的証拠(中枢神経の障害を示唆する神経学的異常所見)を認め、かつ他疾患に該当しなければMSの範疇に含まれます✳1。しかし脳・脊髄のMRIが正常な場合、多くの医師は「脱髄」は存在しないと判断するため、診断保留となるばかりか、ときには身体表現性障害や詐病と診断されることがあります。我々はMSに類似する臨床経過がありながらも脳・脊髄MRIで異常を認めないこれらの症例の特徴を明らかにし、適切な治療に結びつけることを目的に本研究を開始しました。
2020年
◆田所 裕二(日本てんかん協会 理事・事務局長) 20201019 「てんかんの困りごと・お悩み 支援者からのアドバイス(2)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/419/.※心因性非てんかん(PNES)…ストレスなどの心理的負担が大きく意識を失う発作。 大脳の病であるてんかんとは区別される ―PNES当事者はどれくらいいるのでしょうか? 田所:PNESは「詐病」と呼ばれてきた過去がある病気です。今は国際的に位置づけができて、てんかん性の脳波が出ないとか、てんかんの特徴的な症状が出ないということで、いわゆるてんかんの治療ではないとされています。精神科関係の治療になりますが、ただ、てんかんのある人が合併する確率が国際的なデータでは3割ぐらい。日本でも1割から2割はてんかんのある人が併せ持っていることが報告されています。 正確な数はわかりませんが、PNESだけがある人は、アメリカのデータでは10万人に30人ぐらい。つまり少なくはないということです。てんかんを中心に考えると、PNESはうそを言っているように見えたのかもしれませんが、PNESは精神の障害・疾患として位置づけられています。◆篠原 三恵子(特定非営利活動法人 筋痛性脳脊髄炎の会 理事長) 20201026 発言,「障害者差別解消法の見直しの検討に係る障害者団体ヒアリング(10月26日)議事録」[外部サイト].
この病気は客観的診断基準が確立しておらず、一般の検査では異常がないため、精神的なもの=怠けていると思われ、診断まで何年もかかる方がほとんどという状況です。この病気の中核症状は労作後の消耗と呼ばれ、ほんの短い間動いた後でも、急激に症状が悪化し、何日も寝たきりになることが多いのですが、他の方は家で寝たきりになっている状態を見ることがありませんので、怠けているという誤解や差別を生む傾向があります。 その上、WHOで神経系疾患と分類されている難病であるにもかかわらず、日本では一部の医師が認知行動療法や、段階的運動療法などによって症状が改善するという事実と異なった情報を20~30年間にわたって流しています。医師の情報だけに誤解を解くことが難しく、重症患者でも身体障害者手帳取得が困難で、その上、障害者総合支援法の対象疾患にもなっておりません。 こうした誤った認識が社会的な理解に影響し、他の人と平等に社会参加する権利、必要な介護を受ける権利、外出する権利、選挙権を行使する権利、教育を受ける権利、医療を受ける権利、就労する権利などを保障する合理的配慮がほとんど受けられていない状況です。 厚労省から出された「医療関係事業者向けガイドライン」では「不当な差別的取扱いと考えられる例」として「わずらわしそうな態度や、患者を傷つけるような言葉をかけること」が挙げられています。ところが、患者たちは詐病とみなされることが多く、医療関係者からも患者の尊厳を踏みにじるような差別的な処遇をいまだに受け、全く医学的に関係がない精神科に回されるケースが多く見られます。 私たちは世界的な常識である、ME/CFSは神経系疾患であるということを10年近く厚生労働省に訴えてきていますが、2019年2月の国会議員へのレクチャー資料に、病気の症状として「抑うつ」「気分障害」「不安障害」「身体表現性障害」など、精神的な疾患を思わせる記載があったことを確認しています。 実例として、つい3週間前に当法人に電話で相談があった方は、10歳で発症して、病歴が約30年。15年以上前に診断を受けていたにもかかわらず、両親のみならず、行政からも怠けていると思われて、障害者手帳を取得できないために何のサポートも得られず、寝たきりに近い状態で一人暮らしをされています。スポーツドリンクだけでしばらく命をつないでいるという電話が当会に入りました。 もう一人の方は、出産後に発症され、数年後にはおむつが必要なほど重症化したのですが、一般の検査で異常がないために診断も下りず、治療のためと称して精神病院に入院させられ、配偶者や両親が引取りを拒んだために、数年に及んで精神科に入院されていました。これがこの病気の現状です。
病気による内部障害は外からは見えないために、障害を理解されることが困難で、詐病の扱いを受けてきた疾患もたくさんあります。疾患を抱える障害者も障害者差別解消法の対象であることを当事者や国民に広く周知すると同時に、難病者が合理的配慮を求めやすくするような環境整備をしてください。また、各行政機関及び事業者などにおいて、支援者となるべき職員が疾患を抱える障害者の特性を理解するために、担当者による研修を必須としてください。
2023年
◆立岩 真也 20230305 「堆積や交錯や忘却を描く――そのための仕事がなされた」,『国立結核療養所――その誕生から一九七〇年代まで』(酒井美和),生活書院.まず、疲れるものは疲れるし、痛いものは痛い。そのこと自体について、嘘をつく要因はない。だからそれは、解明され軽減のための技術が開発され改善され適用されるべきだ。 疑いをかけられる場合があるとすればそれは、サービスやお金の受給の場面、そして労働の軽減が求められるといった場合だ。「詐称」「詐病」の可能性が言われる。つまり、ほしいので、あるいは働きたくないので、嘘をついているのではないかということだ。 たしかに人は嘘はつける。嘘をつく人はいないと言い切る必要はないと私は思う。しかし、それがどれほど大きな問題かと考えることだ。さほど大きな問題ではないというのが答になると考える。 まず一つ、社会サービスは、人にやってもらうということであって、人にもよるし、場合にもよるが、たいがいの場合には、自分でできるなら自分でした方がさっさとすんで、気も楽で、それでよかろうということになる。一つ、ものとして支給されるものについて。疲労を補うための「自助具」などあまり考えつかないが、もしあったとしてそれは、不都合を補うためのものだから、不都合がなけれはいらないものである。すると残るのは、生活保護などの所得保障であり、労働の軽減措置等である。 疲れていないのに疲れていると言って公的扶助を得ようとする、その可能性はないではない。しかし、実際には働いて収入を得ているのにそれを隠してというのではなく、現に働いていないのであれば、あれこれ理由は求めず、公的扶助がなされてよいという主張は可能であり、私は妥当であると考える。そして働けないと働かないとの間はときに曖昧であり、それをとやかく言わないほうがよいという理由も加えることができよう。そしてそれで社会が大きく困ることはない。そして、ことのよしあしはともかく、多くの人は働こうとする。その意を汲もうというのであれば、むしろその人の申告に応じた方がよい。つまり、まったく働けないとしてしまうのではなく、その人の状態に応じて、いくらかを軽減して働いてもらう。それでよいはずだ。 そして疑われる側の人には次のように言える。病気をしてそれで身体がうまく動かないとか、長い時間仕事ができないとったことはある。そのことをすっと受け入れて、必要なものは必要だと言い、そして必要なものを受け取るという当たり前なことにためらいがあるなら、なによりそれは(不当に)損なことだから、やめた方がよい。とすれば、そのように思えるように、求めると疑われるからといった理由で、求めること阻害しないように制度の側はあった方がよいということである。つまり、本当は痛くないのではないか、疲れてはいないのではないか、気のせいではないか、と、そんなことがないではないとしても、言わない、言わないことを前提に制度を組み立てた方がよいということだ。
■翻訳書における「詐病」
1918(大正7)年
06/28(印刷)
◆ベツケル(※詳細不明 = 1918 木谷祐寛訳,『詐病及鑑定法』,南江堂書店. DOI:10.11501/933985自序 往年予ノ姬路衞戍病院ニ職ヲ奉ズルヤ時ノ軍醫部長寺西幸作氏一日偶々(ある日たまたま)予ニ獨逸ベッケル氏著詐病論示シテ其ノ近世ノ好著ナルチ稱揚シ且ツ之ガ譯述ヲ勸メラル、予就テ(就いて=前に述べた事柄から、次に述べようとする事柄が起こるか、または必要となる旨を示すときに用いる語。したがって。よって。それだから。 ※小学館:デジタル大辞泉)之ヲ繙讀(はんどく)スルニ書中内科、外科、眼科、耳科、神經病、精神病等ノ各科二亙ル(わたる)詐病竝其ノ看破法ヲ網羅詳述シテ予ス所ナシ、而シテ其ノ詐病者ノ中ニハ或ハ兵役其ノ他ノ義務ヲ免レントセルアリ或ハ勞働賑賉(中國語)金又ハ保險金ヲ詐取セントセル者アリ其ノ手段方法ニ至リテハ實ニ千種萬態頗ル(すこぶる)吾人(=一人称複数ノ人代名詞。ワレワレ。 ※小学館:デジタル大辞泉)ノ意表ニ出ヅルモノ少カラズ、從テ其ノ看破法ノ如キモ苦心慘憺漸ク(ようやく)其ノ目的ヲ達セシ鑑定例等アリテ愈々(いよいよ=ますます。まさしく。とうとう。ついに。いざ。 ※小学館:デジタル大辞泉)譯述スルニ從ヒ益々其ノ趣味ノ盡キ(尽き)ザルヲ覺エタリ、當時之ヲ世ニ公ニセント欲セシモ公務多端ニシテ其ノ意ヲ得ズ空シク之ヲ筐底ニ藏セリ、今ヤ世ノ進運ニ伴ヒ各種保險業務ハ益々發達シ加之工場法ノ發布ト共ニ勞働者救助法ハ愈々繁雜ニ向ハントスルニ際シ奸黠(かんかつ=悪賢いこと。また、そのさま。狡猾。 ※デジタル大辞泉)ナル手段ヲシテ不正ナル利益ヲ獲得セントスル者ノ輩出スルニ至ルベキハ之ヲ逆睹(=物事ノ結末ヲアラカジメ推測スルコト ※小学館:デジタル大辞泉)スルニ難カラズ、此時ニ當リ僚友間ニ本書ノ出版を切ニ勸ムルモノアリ、予モ亦意動キ茲(ここ)ニベッケル氏原著ニ卑見ヲ加ヘ以テ之ヲ梓ニ壽スルニ至リシナリ、若シ夫レ(それ=文頭に用いて語調を整える語。そもそも。いったい。 ※デジタル大辞泉)軍醫、保險醫、監獄醫、警察醫、工場醫、竝一般實地醫家ガ之ニ賴リテ多少ニテモ裨益(=(する)助けとなり、役立つこと。 ※小学館:デジタル大辞泉)スル所アラバ予ガ望ハ既二足レルナリ。 予ガ本書ノ出版ニ從事スルヤ實ニ繁劇ナル公務ノ寸暇ニ於テセルガ故ニ校訂意ノ如クナラズ加フルニ予ノ淺學駑才謭陋(=見識が浅薄である ※白水社:中国語辞典)不文ハ以テ巧ニ原著ノ意ヲ讀者ニ告グル能ハズテ從テ譯語妥當ナラザルモノ字句ノ誤脫等亦必ズ多々アラン此等ハ他日再版ヲ待ツテ訂正スル所アラントス讀者幸ニ叱正ノ勞ヲ賜ハラバ光榮之ニ過ギザルナリ。 大正七年五月 木谷祐寬識 (一,二(序文)) ※カッコ内補足は頁作成者
總論 詐病 Simulationトハ疾病或ハ障礙(障碍)ヲ有セザルモ之ヲ詐稱(詐称)スルヲ謂ヒ隱蔽(隠蔽) Dissimulation トハ是等ノ障礙ヲ隱匿スルヲ謂ヒ誇張 Uebertreibungトハ之ヲ誇大ニ訴フルフ謂フ、其ノ他既往(既往)ノ災禍(災禍)ト現症トノ原因的關係竝(並)其ノ疾病ガ作業能力ニ及ボス影響ヲ詐ハルモノモ亦之二屬(属)ス、以上ノ詐爲行爲ヲ總稱(総称)シ詐病ト云フ而シテ是等ノ目的トスル所ハ自己ノ健康狀態ヲ詐稱シ以テ不正ナル恩惠若クハ利益ヲ得ントスルニ他ナラズ。 詐病ハ虛言 Lüge ト同ジク古キ歷史ヲ有シ詐病セル例ハ既ニ太古ノ歷史中二見ユ、然レ共詐病ヲ行フニ最モ主要ナル動機及機會ヲ初メテ與(与)ヘタルハ實(実)ニ兵役ナリトス、卽(即)チ兵役ニ對スル恐怖心 費用、苦勞、忍耐及健康ナル體格(体格)等ヲ要スル兵役ヲ免レントスル努力トハ遂ニ詐病ノ範圍ヲ超越セル諸種ノ自傷 Selbstverstümmelung ヲ作爲スルノミナラズ(自傷ハ特ニ露圈ニ多キモ現今尙(尚)各國共ニ之アリ)各種ノ詐病モ亦(また)種々巧妙ナル手段ヲ以テ行ハルゝニ至レリ、サレバ詐病ニ關スル最初ノ群報モ亦之ヲ軍隊記事中二見ルコトヲ得ベシ、然レ共他ノ官廳(官庁)殊ニ民事及刑事裁判所ニアリテ…… (一〜(本文)) ※カッコ内補足は頁作成者 ※続きを作成中
1957年
◆GRUHLE, HANS W 1955 GUTACHTENTECHNIK, SPRINGER-VERLAG. = 1957 中田 修訳 「精神鑑定」, 文光堂. DOI:10.11501/2426661五 診断 多くの鑑定人がとくに憤りを感ずるのは、「明瞭な詐病」の場合である。一人の精神薄弱の歩兵が眼がまったく見えなくなったと主張して来た。看護兵が大ざっぱに眼鏡をあわせてい たら、彼はまったくとりみだしてしまった。そして、出放題のことをいったり、まったく辻褄のあわぬことをしゃべった。呼ばれてやって来た衛生士官は、徴兵忌避者が出たと大喜びで、軍隊の命令調で半時間にわたって視力検査を行った。そのため、兵隊はわあわあと泣きだして、一種のガンゼル朦朧状態におちいった。軍医は彼を詐病として軍法会議に送致した。軍法会議は彼が精神薄弱であることを認め、私に相談を求めて来た。私は軍医 にたいしてこういわずにはいられなかった。「まず、貴下の高声で、興奮した、とびとびの質問によって、その男は半狂人のようになった。そして貴下は、その男を軍法会議に送るのを喜んでいられる。」
(20〜21)
ある兵士が一九三九年に落馬し、第三、第四の腰椎の(嵌入)骨折をおこした。かれは何度も訴えたけれども、非常に大げさな訴えであると見なされ、除隊になるどころか、あちこちの病院をまわされ、しかもいつも「最も重い詐病」ときめられていた。かれは、当然支給されるべき支持コルセットと手当を不当に長い間待たねばならなかった。かれは憤懣の手紙を書いたが、取上げられなかった。 […] かれの「無遠慮かつ破廉恥な」請願書に対して、かれは労働可能であって最も重症の年金神経症であるという宣告があたえられた。かれが私的に診てもらった医者(郷里の)は、かれの労働不能性を証明した。患者は病手当も分割払いも受けられなかったので窮状におちいった。落馬してから丁度一年後に、左大腿部に破裂寸前傷の大きな流注膿瘍が発見された。それは第二、第三腰椎の破壊性骨病変(結核性椎骨炎)によるものであった。 […] 災害後一三年に再び流注膿瘍(一九五二年)。 […] 周囲が無理解であるので、かれは「自分の病気が全く重症で絶望的である」と体験した。ついに、この悩みと不平に満ちた男は、鉄道線路に投身して自殺した。 保険医はこう書いている。「自殺以外にとるべき方法がないような情況が兵役によってつくられたとは考えられない」。自殺はかれの異常な人格にもとづくものであると。――私は反駁する。理由のないのにただ異常人格であると主張することは許されない。Xは不充分な医学的保護と全く誤った精神的処置の犠牲となった […] 他の人たちが自己の正当な苦痛を理解しないで、かえって理由のない非難と疑惑をあびせるのを体験して、かれが非常な不満を感じたのである。それからかれが自らの病気が絶望的であるという直接の証明を得たと自覚したときには、すでにかれの忍耐の限界が来ていたのである。そしてかれは一九五二年六月二六日に鉄道自殺を遂げたのである。
(85〜86)
1996年
詐病の定義に関して|身体化について|虚偽性障害について
◆Kleinman, Arthur 1988 The Illness Narratives : Suffering, Healing, and the Human Condition,Basic Books =19960425 江口 重幸・五木田 紳・上野 豪 訳 『病いの語り――慢性の病いをめぐる臨床人類学』,誠信書房,379p. ISBN-10: 4414429102 ISBN-13: 978-4414429107 4410 〔amazon〕 ※ b ma72-73
慢性の痛みには、世界中の人間の病いの経験でもっともありふれたひとつの過程が含まれている。私はその過程をあまり優雅とはいえないが事態を明らかにする、 (somatization) という名前で呼ぼうと思う。身体化とは、個人的問題や対人関係の問題を、苦悩の身体的慣用表現や、医療による援助を強く求める行動様式によって伝えるコミュニケーションである。身体化は、社会・生理学的な経験の連続したものである。一方の極には、身体の病理学的過程が認められなくても身体的不調を訴える事例があり、これには、意識的な行為(詐病、これはあまり見られないが簡単に見抜ける)と、無意識的に人生の問題を表現しているもの(いわゆる転換症状、これはより普通に見られる)とがある。もう一方の極には、身体医学的ないしは精神医学的な疾患による生理的機能の障害を経験し、説明可能なレベルを越えて症状やその症状が創り出す機能障害を増幅させながら、たいていの場合、その悪化に患者自身気づいていないという事例がある。 断然多数を占めている後者のカテゴリーの患者では、三つのタイプの力が影響して、彼らの病いの経験を増強し、ヘルスケア・サービスを過剰に利用するように促している。一つは、苦悩の表現を助長する社会的環境(特に家庭環境や職場環境)であり、二番目は、身体的訴えという言語を使って個人的問題や対人関係上の問題を表現する不幸の文化的慣用表現であり、そして三番目は、個人の心理的特徴(たいていは、不安障害、抑うつ障害、あるいは人格障害)である。 (72-73)
246-247
病者のなかには、さまざまな理由によって、自分自身の病いをひき起こしてしまうという重篤な精神医学的問題をかかえている人びとがわずかながら存在するが、そうした問題は、普通、ごく親しい人に知られるほかはみな隠されている。病いを創り出す行為には、自分で血を流したり、さまざまな細菌を自分に注射したり、 尿や便の検体に血液を加えて重病に見せかけたり、体温計を暖めて熱のあるふりをしたりすることが含まれている。当人はこういう行動を隠して、しばしば綿密な医学的診断検査と治療を受けることになり、医療システムは大きな損害を被る。かつては、こういう行為にはミュンヒハウゼン症候群 (Munchausen's syndrome) というラベルが貼られていた。それは、奇想天外な手柄話で有名な冒険家、ミュンヒハウゼン男爵 (一七二〇ー九七)にちなん 名称である。現在の精神医学用語では、虚偽性の病い [虚偽性障害] (factitious disorder) と呼ばれている。 多くの場合、この異常な行動は慢性のものになり、ひとつの生き方になってしまう。[疾患があるといつわって主張する]詐病(malingering) と違って、そうすることで、経済的なあるいはその他の社会的な利益が実際に得られるわけではない。むしろ、すでにかなり混乱している人生をますます複雑にするだけである。 (246-247)
252-253
病いがその人個人にとってもつ意味はつねに重要であるが、それがこれまでの章で示したように病いのもつ種々の社会的意味や文化的意味によって支配されていることもたびたびある。それでも多くの人において、心理的な意味が、病の経過にもっとも大きな影響を及ぼすものなのである。そのようなグループに分けられる患者のなかでも、自らの病いを創り出すのはきわめて稀である。
これまで慢性の病を集中しててきた経験のなかで、私は十五例の虚偽性の病いに出会った。 (252-253)
◇生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築 ◇生存・生活 ◇名づけ認め分かり語る…