「救急・集中治療における生命維持治療の終了・差し控えに関する4学会合同ガイドライン」へのパブリックコメント
Public Comments on the “Joint Guidelines of Four Medical Societies Regarding the Withholding or Withdrawal of Life-Sustaining Treatment in Emergency and Critical Care





last update: 20260417

声明者 ※順不同

朝霧 裕(先天性ミオパチー当事者)村上 雅洋堀田 義太郎(東京理科大学)東 洋(家族介助当事者)守田 憲二(臓器移植法を問い直す市民ネットワークの活動に参加している一般市民)自立生活センター松山吉田 明彦(家族介助当事者)石地 かおる(SMA(脊髄性筋萎縮症)当事者)「全国遷延性意識障害者・家族の会」及び「脳損傷による遷延性意識障がい者と家族の会『わかば』」   ◆「4学会ガイドライン改訂に対する『わかば』の立場」   ◆小川 恵一郎(「わかば」役員)   ◆林 小百合(「わかば」役員)   ◆A氏(全国遷延性意識障害者・家族の会会員)パブリックコメント   ◆わかば会員コメントの小川による代筆

朝霧 裕

2026/03/28 朝霧 裕 「『救急・集中治療における生命維持治療の終了・差し控えに関する4学会合同ガイドライン』パブコメへの意見」

私はさいたま市に住む、先天性ミオパチーの当事者で、小澤由美と申します。 上記の難病のため、自力のみで身体を動かすことには不自由がありましたが、これまで、さいたま市にて暮らしを始めたころは支援費制度、 現在では重度訪問介護制度を使い、その年ごとに10名前後の介助者の、日勤夜勤のローテーションに支えられて、親元を出て自立生活をしています。 暮らしは今年25年目になります。 また、私は、生活に、生活保護制度を利用させていただいております。ですが、行政の方々の対応も厚く、昔の時代のように、制度を知らない人からの、生活保護はずるや怠けだという偏見や、差別の言葉よりも、特にコロナ禍以降の時代において、厚労省の皆様の呼びかけもあり、生活保護は、もし暮らしに困窮をして、本当に必要なときは、国民の権利ですから申請をしてくださいという周知が繰り返しなされてきたことにより、 「生活保護や公的制度を使いながら生きるなんて、申し訳ない、申し訳ない」と まるで犯罪を犯したかのように、 他者からの責めることばに常に身を縮こめて生きることを強いられた過去の時代から 今ようやくに、この国の国民の一人としての生存を本当の意味で許され、 法の下で自己決定できる生活を 人間として生きていいのだと 他者から認めてもらえたように感じ、生きる喜びを感じていました。 特別支援学校を卒業後は、重度障害者は病院しか生きる場所がどこにもないと言われていた時代の記憶をこの身体に刻む者として、 この日1日をどのように生きたいか 自己決定し、 地域に生きる たったそれだけのありふれた1日に いったいどれほどの喜びがあるか筆舌に尽くせません。 また、日夜私の生活を支えてくださる重度訪問介護に従事する介助者たちは、数年前より、私が障害の進行により人工呼吸器を使用するようになったあとも、 ともにバリアフリーな地域づくりなどをテーマとする講演へ出かけたり 社会活動として音楽活動に取り組むなど 公的制度を利用して生活をしているからこそ、介助者の育成や、障害、健常の身体的差異にかかわらない地域交流活動への参加をしていこうとするわたしの生きる姿勢を、 プロの介助者として精一杯に支え続けてくださっています。 彼らとは、単にどちらかが上下、主従の 世話をする側、される側という関係性ではなく、 物心両面にバリアフリーある社会作りの同志のように感じながら生きてきました。 また、元々の難病も影響し、生後すぐから、重篤な肺炎など繰り返してきましたが、 そのたびに何度でも、私の命を救い上げ、助け続けてくださったすべての病院の救命救急や 各科のお医者さんや看護師さん。 成人後の現在では、制度もより充実し、在宅時にはきてくださる訪問医療や訪問看護のお医者さんや看護師さん。 生まれたときには「この子は難病で呼吸が弱いから、あしたまで生きられないかもしれないよ」と現場歴戦のお医者さんにさえ一度は言われたことがある命でも、誰一人欠くことなくすべてのお医者さんや看護師さん、行政の方々、介助さんなど、すべての方々のご尽力により、私は今日まで生きること。 そして、生かしていただくことができています。 また、昔は制度がなかったけれど、 今の時代は、私のような人工呼吸器ユーザーや最重度障害者でも、重度訪問介護制度を使い、病院での加療ののちは、充分に、24時間他人介助による地域生活が可能です。 重度訪問介護制度、国民皆保険制度、生活保護制度その他、このようなしっかりとした社会制度の元で、重度障害を負ったり、突然の事故や病気をしたのちにも、わたしたちのだれもが暮らせる仕組みがあることは、先進国でも特に日本だけと長年言われています。 これは、我が国が、官民、健常者、障害者という身体的な左異、職業的立場、その他あらゆる政治的、宗教的信条なども壁とせず、心の手を携えて、どうか誰もが生き生きと、いのちを尊ばれて生きられる国であり社会でありますようにとの悲願をもって、国づくり、社会づくりを営んできた、我が国が他国に誇るべき平和の証であり、 公的制度による他人介護のみでどれほど重い障害や病気の当事者も地域社会に暮らせる仕組みがあること、またそこに日夜従事してくださる方々がいることこそは、我が国の国宝と言うべきことです。 ですが日本にはこれほどの国宝があるのに、重度訪問介護制度ことも、地域医療のことも、病院での急性期治療がすべて完了したらまた地域に帰れることも、そこに働く素晴らしい人材がたくさんたくさんいるのだということも、時に制度の名前すら、介助に困っている本人や家族、病院の先生や看護師さんにも知られないあいだに、 当事者のいのちが先に落ちてしまうことがあります。 特に人工呼吸器ユーザーの方の7割は 「介護する家族の負担になるから」と、呼吸器をつけないというデータもあります。 ですが、加療のあとの家族の手を煩わせない他人介護による生活は日本全国で24時間365日、一年に1日も休むことなく可能です。 我が国の社会制度があることと、介護や医療等、人を支える仕事に希望をもって従事する『人』という宝がそこにいるからです。 なのに、まだまだ、昔の時代のなごりで、 こういう重い障害の人は、助かってもどうせ 病院から出られないでしょ どうせ家族の負担でしよと こんな人、これからもどうせ歩けもしないし、 どうせ生きていてもかわいそうでしょ 未だ多くの人に決めつけられて、思われてしまうこともあります。 その差別の極致的な考えで、19名の障害をもつ当事者を殺し、私の友達を刺し殺そうとした人がやまゆり園事件の犯人です。 身体的に丈夫な人だけが生きればいい。 病気や障害がある人が助かったってかわいそう。 この決めつけを優生思想と言います。 でも、常に、このいのちを生きる道を模索しながら、人との関わりの中に 生きて生かされてきた私のいのちのことを どうしてそんなふうに言われなければならないのでしょう。 先日、突然に、救急、集中治療室における生命維持装置の中止、差し控えのガイドラインが出されたことを、SNSで知りました。 パブコメでの意見募集にもぎりぎりの日でした。 その案の中に、1週間程度という、極めて短い期間を持っての、治療の差し控え及び中止が案として出されていること 治療をしている本人以外の人間が憶測をして、本人の意思に成り代わって生死の判断をしていいと解釈できる文章がありました。 これは私にとって何よりも恐ろしく悲しいことですが まだ今は医療、介護の現場にも この人はこんな重い難病なんだから助かったってかわいそうだよ 入院していたって家族だってお見舞いにもこないし殺してあげたほうがこの人の幸せなんじゃない? と、まるで「病気や障害がある人を生かさないことが正義」と考える人もいます。 人の価値観が自由であるということと、 だから治療の中止を実際に推し進めてやってしまえということとは、あまりにも意味が違うことです。 もしかしたら政治家の方々の中にも 病気や障害をもつあなたたちの数が減れば 国がお金がかからないからそのほうがいいんだと、考えている人もいるのかも知れません。 でもそれは、あまりにも病気や障害をもつ人、大きな事故や災害で障害を負った人、心身にハンデのある人の命を軽視し、足で踏みつけにするような考えかたです。 これは本当に偶然のことですが、パブコメを募集していた今週2026年3月21日から、私は腸閉塞になり、さいたま市内の病院に、重度訪問介護介助者、訪問医療、訪問看護、救急隊のみなさんの連携のお陰様で救急搬送されました。 病院には、 「僕たち、わたしたちが助けますからね」と繰り返し声をかけてくださりながら、誠心誠意の治療をしてくださるお医者さんたち、腸閉塞だけでなく、もともとの難病で側湾や拘縮している首や腰の波のような強い痛みを、少しでも、少しでも楽になるようにと、姿勢を整えてくださったり、 生きるほうへと助けてくださる若い世代の頼もしい方々がいました。 感謝に涙がこぼれると同時に もしもガイドラインが決まっていたら この人はもともとの難病があるんだから助けないほうがいいよねと、それが医療の正義になり、助けていただけなかったのかどうか、 日本にはまだまだこんなに素晴らしいお医者さんや看護師さん、志す方々がいるんだという 未来への希望と、ガイドラインへの恐怖の涙が同時にあふれました。 今日本は医療、介護も人手不足と言われています。 ですが、確かに医療や介護に従事することに希望を見出し高い志しで飛び込んできてくださる方々、介護の世界にも、やりたいと来てくださる方々は必ずいます。 国はお金がないから 今若い人が少ないから 障害や病気のある人の治療をやめて減らせばいいんだという考えは酷すぎます。 これは私個人の生活のことですが、人工呼吸器の業者さん、電動車いすの業者さんら、わたしのいのちを紡ぐためのプロの方々は他にもたくさんいます。 本を出させていただいたときかかわりのあった出版社さんや編集者さん、講演をさせていただいた先の学校、友人もいます。 そのすべての人とのかかわりの中で、この身をもって、次世代につながるように介助者を育てる。 この暮らし、この私のいのちを、どうか病院の先生方や看護師さんたちに奪わせないでください。 私がもしまた救急搬送されたとき、先生方や看護師さんにわたしを殺させないでください。 病気や障害がある人を医療に殺させるガイドラインを絶対に作らないでください。 わたしのいのちをどうしたいかの判断を私以外の人物による勝手な憶測で他者に決めさせないでください。 どんなに親しい家族、友達、介助者でも、考えがすべて同じではありません。 わたしは人工呼吸器ユーザーで 重度障害当事者ですが、 死にたくないし 生きたいし 殺されたくありません。 今この瞬間が私たちの未来を作る扉の前なのだとしたら どうか、今一度、 誰もが安心して生きられる未来に行くために、 病院での治療の後の介護職を引き受ける次世代人材を国として早急に育成し続けること 我が国でしっかりと機能している病院での極めて質の高い医療と地域以降後の連携。 だれのいのちも差別しないための人権の教育 それらをあらゆる社会的立場、身体的立場、できる人から生きることで其れを行い、 真にいのちかがやくバリアフリー国家を作り続けていきませんか。 医療、看護、介護その他あらゆるすべての、人を支え助ける職業に従事するみなさん わたしは自力では自分の首ひとつ起こせません。 トイレも着替えもお風呂も、階段を上がることも人の手がなければできません。 でも、みなさんに支えていただきながら みなさんと一緒に、 生きることができたのだという事実だけが、 私のたましいの幸福であり、唯一の誇りです。 どうかこれからも、医療や介護が人を生かす職業であり続けますように、身命を賭してお願い申し上げます。 2026年3月28日 私のいのちをお救いくださったお医者さんたち、看護師さんたちのいらっしゃる病院にて。 無事に退院ができたら、介助さんとまた地域生活に戻ります。 本名 小澤由美 筆名 朝霧裕

村上 雅洋

2026/02/27 村上 雅洋 「『救急・集中治療における生命維持治療の終了・差し控えに関する4学会合同ガイドライン』に対するパブリックコメント」

優生思想が当たり前になっている日本社会で、いくら丁寧なチームによる判断をしても、終末期を定義しないで停止や差し控えを行い、緩和ケアを行うことは、助かる命を救えません。そして、ガイドラインという具体的な枠が、生きる方向に向き合うことを軽減させ、より優生思想を強固なものにして、今を生きる障害者にも波及するので、ガイドライン自体の策定に反対します。 どんな状態でも生きること、普通に生きれることの当事者や実践例を念頭においた検討を求めます。

堀田 義太郎(東京理科大学)

2026/03/09 堀田 義太郎 「『救急・集中治療における生命維持治療の終了・差し控えに関する4学会合同ガイドライン』パブリックコメント」

このガイドラインの目的は、治療を継続すれば中長期にわたって生き続けることができるはずの人を死なせることを正当化することにあるが、様々な問題がある。 1 「患者が望むような結果」の判断主体が曖昧であり、当人の「望み」が不明な場合に、周囲の都合で死なせることが正当化されうる。 序文 73~74行 「重篤な状態により集中治療室等で生命維持治療を要する患者において、その治療が大きな苦痛を伴うにもかかわらず、患者が望むような結果につながらないと考えられる時、」 → 「患者が望むような結果につながらないと考えられる」という文の主語が曖昧であり、当人の意思が不明な場合、周囲の判断で「患者が望むような結果」が推定され、死なせることを可能にするガイドラインになっている。 当人の意思が不明であるということは「非自発的(non-voluntary)」であるということであり、非自発的な治療終了/差し控えには、「反自発的(in-voluntary)」な治療終了/差し控えが含まれることを排除できない。 少なくとも、「患者が望むような結果につながらないと考えられる時」という文について、「考えられる」という主語を曖昧にした表現は使わず、患者を主語として「望む結果につながらないと患者自身が考える時」に変える必要がある。 2 周囲の都合による治療終了が許容されるガイドラインになっている 94~102行 「第一に「医学的側面」においては、診断や予後、治療の有効性と限界を客観的に評価するとともに、各疾患の専門家による見解を踏まえることが重要である。第二に「患者の意向」においては、患者の意思表示が可能な場合は、患者が十分な説明を受けたうえでの意向を確認し、患者の意思表示が困難な場合にはadvance care planning(ACP)の記録(事前指示書を含め)があればその内容を確認し、それらがない場合は患者の価値観に基づき意思を推定する。第三に「QOL」においては、患者の望む生活・人生の質を知り、どのように担保するかを検討する。第四に「周囲の状況」においては、家族の価値観や介護力、社会的・文化的背景、法制度や病院体制を含めた環境要因を考慮する。この際、医療者側の偏見を排除し、4つの観点すべてを網羅しながら患者にとって最善となる治療・ケアのゴールについて検討を進めることが不可欠である。」 → 特に、「第四に「周囲の状況」においては、家族の価値観や介護力、社会的・文化的背景、法制度や病院体制を含めた環境要因を考慮する。」という箇所に大きな問題がある。 ①家族の「介護力」が乏しく、また経済的な状況(低所得層)や、人間関係の破綻等がある場合、かつ、②患者(家族)に負担を課す「法制度」があり、そして、③「病院体制」の貧弱さ、例えば人員不足等の状況がある場合、「周囲」のすべての人間にとって、患者が生き続けることが負担になる。 そして、例えば、第一の「医学的側面」の「治療の有効性と限界」として、重度の障害があり意識回復の可能性が低いと判断され、第二の「患者の意向」と第三の「患者の望む生活・人生の質」について、患者の意向が不明な場合には、この第四点の「負担」だけで、終了と差し控えを正当化しうるガイドラインになっている。 しかし、その可能性は極力排除する必要がある。 第一に、家族の「介護力」を考慮に入れることで、低所得層の人々の治療を優先的に終了/差し控える状況をもたらしうる。また、「家族の価値観」について、家族関係が悪い場合、家族が「それ以上の治療は必要ない」またはその他の「早く死んでほしい」を意味する婉曲表現が表出された場合、このガイドラインでは、それも治療終了/差し控えの根拠に入りうる。そして、「家族の介護力」については、原則的に介護支援は制度的に保障されるべきものであり、考慮事項に入れるべきではない。 例えば、重度障害をもつ人の場合、介護制度の不備によって家族に介護負担がかかる状況では、家族は負担軽減のために患者に「死んでほしい」と願うケースは多く、「家族の価値観や介護力」や家族の意向を含めること自体に危険性がある。 第二に、「病院体制」の問題も、本来、法制度と経済的分配などの方法で政策的に解決でき、また解決すべき問題であり、患者の縮命につながる意思決定の根拠として考慮事項に入れるべきではない。 第三に、「4つの観点すべてを網羅しながら」という点も、項目相互の優先順序と重み付け関係が不明であり、患者本人が治療を望むという「意向」や「価値観」を示唆している場合にも、第四の「周囲」の負担等によってその意向が凌駕され斥けられる可能性がある。 本来、「患者の意向」の確認についても、医療従事者の職務として、生きる方向に向けた「意向」を表出しやすくするように支援するべきであり、患者が生存に向けた意向を示していれば、それがたとえ弱い形であっても、それだけで他の要因は無効になるという辞書的な優先順序を明示しておく必要がある。 総じて、この部分は、社会的な支援の不足や制度・政策的に解決・改善されるべき問題を、人を死なせるための根拠に含める余地がある。しかしそれらは極力排除する必要がある。 患者および家族の経済状況や介護体制、および医療体制(人員不足等)に起因する問題など、原則的に制度的な保障や政策によって解決・改善でき、かつすべき問題は、生命維持治療を終了するまたは差し控えるための考慮事項に含めてはならない。 以上。 (2026年3月8日送付 一部表現を修正済み)

東 洋(家族介助当事者)

2026/03/21 東 洋 「『救急・集中治療における生命維持治療の終了・差し控えに関する4学会合同ガイドライン』に対するパブリックコメント」

本編に対するパブリックコメント 行54 交通事故や脳梗塞等を想定していると思われるが、難病等で在宅で長年療養している者についての配慮がない点。一緒の考え方にならないことを当事者からヒアリングすべき 説明文に対するパブリックコメント * この文章は生命維持治療終了を促すのもので、生きながらえる判断を蔑ろにし隅に追いやる論調に憤りを感じた 緩和ケア別編に対するパブリックコメント 行41 ”重篤な状態で苦痛を抱えている”というのを誰がどのスケールで判断しているのか、それはいつにおいても正しい尺度となるものか。対照的な状況を全く想定せずそれを記述されないのは何故か Q&A集に対するパブリックコメント *行10 救急・集中領域での医療が患者を取りまく医療の全てではないこと、むしろ傍流であることに留意。また、文章はそこでの判断が全てにおいて優先されるととれるが、長期療養の患者においては救急領域の医療者が関わる時間はむしろ著しく短い。そこでの医療者の判断が優先され、患者の全てを左右することは拙速であり要らぬ訴訟を生むリスクを孕む 「本編」、「説明文」、「緩和ケア別編」、「Q&A集」に関して、その他のコメント *私は長年家族を介護しながら、地域の在宅を支援している者です 病院や施設での療養から自宅での療養へと舵を切った国の施策の結果、年々在宅領域の医療が年々増している、それに逆行するのが今回のガイドラインである 難病や重度の肢体不自由であって在宅生活を行っている者は、各々がいままで本人家族やそれを取り巻く往診医、訪問看護、ケアマネージャー、訪問介護、理学療法、作業療法、およびに支給決定を行う自治体などと一緒に、逡巡しながら生きる選択を選び長年かかって在宅の療養生活を作り上げてきている、その意思決定や支援を尊重するべきである 体調を崩して救急搬送された場合においても、既に生きる選択を決めている患者に対し全くもって事情を知らない今まで関わりのなかった別の医師による生命維持の中断の提示が後から割って入ってくることには違和感しか抱けない まず第一に回復を見守る選択がなされるべきで、この期間を1週間というごく短期間に設定するのは適切ではない、半年一年、それ以上かけて回復していく事例が散見される以上、1週間という期間は生命の足切りのためと受け取った 今回のガイドラインについては取り下げを願いたい

守田 憲二(臓器移植法を問い直す市民ネットワークの活動に参加)

2026/03/27 守田 憲二 「『救急・集中治療における生命維持治療の終了・差し控えに関する4学会合同ガイドライン』パブリックコメント」

このガイドライン案は「医療・ケアチーム」と「患者・患者家族」という2者の間に利益相反があることを開示せず、利益相反の回避策もありません。その問題点を指摘して5つの改善策を提案します。  利益相反:急性期病院の大部分は診療報酬の請求に診断群分類包括評価(Diagnosis Procedure Combination:DPC)を採用しており、患者の在院日数が全国平均より長くなると、医療資源投入量を下回る診療報酬に減額される。このため医療・ケアチームは病院経営収支の赤字回避の観点から治療終了/差し控えの検討が求められ、患者の最善の利益ではない事まで考慮して行動する可能性が高まる。 全国で生命維持治療の終了/差し控えの症例数が増加すると、平均在院日数の短縮により診療報酬は減額され、その減額が生命維持治療の終了/差し控え症例数を増やそうとする動機を強める。生命維持治療を終了することにより患者が死亡し臓器提供に至れば、臓器提供にかかわる診療報酬も得られる。臓器移植を受けた患者が増えれば、免疫抑制剤の投与など終生にわたり通院が必要な患者が増え、また注目される医療を行っている病院として評価を高め外来患者も増えるため、生命維持治療の終了/差し控え・臓器提供・移植を推進したいとの動機は一層強められ、利益相反はさらに悪化する恐れがある。 ガイドライン案は適正手続きを偽装、利益相反を放置:以前から患者・家族等に知らせず、承諾を得ていない生命短縮処置が横行している(詳細は後記Aに記載)。医療・ケアチームが患者・家族等に知らせることなく生命短縮行為を開始した後に、患者・家族等と(既に実行済みの)生命維持治療終了/差し控えについて話し合うという現状を放置しておくならば、このガイドラインにより実現されることは、医療・ケアチームが患者・家族等からの信頼を裏切り、自己の利益を追求していることを隠蔽し、外見だけ適正手付きを装うことにほかならない。利益相反は隠されたまま、解決されないままとなる。 4学会の皆さんが、誠実に「患者・家族等に最善の医療を提供する」ことを目指すのであれば、既に横行している患者・家族等に知らせず承諾も得ていない生命短縮を否定し、医療の透明性を高め、利益相反が一層、悪化される事態を回避するために、以下の1から5の改善策を実行すべきと考える。
1. 医療・ケアチームが生命維持治療の終了/差し控えを患者・家族等に提案する際は、無断で生命短縮処置を先行させていない証拠を示すために、それまでに患者に行った医療の詳細がわかるようにカルテほか関係記録のすべてを書類またはデータで患者・家族等に提供する。生命維持治療の終了/差し控えを開始した後は、その後も無断で生命短縮処置を追加していないことを保証するために、カルテほか関係記録を毎日、無償で患者・家族等に提供し続ける。セカンドオピニオンを提供する相談先(ガイドライン案に賛成の医師と反対の医師の2名対応)を用意する。 2. 単に生命維持治療の終了/差し控えのみを許容すると、平均在院日数の短縮による診療報酬の減額を加速し、重症患者に対する治療法の研究・普及を停滞させる恐れがあるため、相殺する目的で医療の充実に取り組む。入院当初から、類似患者の症状改善に要した最長日数よりも長い日数で治療する、あるいは医療資源の投入量を増やしたり、新規治療法を試みる、従来からある治療法の対象患者を拡大するなどにより、治療限界を広げる取り組みをする。  例えば意識不明で人工呼吸管理されている患者の場合は、脳死状態と考えられてから4か月後に脳波が、9カ月後に呼吸が認められた患者(★1)がいることから、治療日数だけを医療充実の要素とする場合の治療日数は9カ月間以上とする。人工呼吸からの生存離脱に失敗したが、2年後に再度試みたら離脱して退院できた患者(★2)もいることから、試行回数は制限しない。  4学会は生命維持治療の終了/差し控えの検討対象となったすべての患者について、治療終了/差し控えの有無にかかわりなく情報を収集して、現状のガイドライン案に賛成の者と反対の者が同数の委員会で症例選択と説明の適正性を検証し、転帰・成果・課題を分析して公表する。適正な診療報酬の設定となるように、国や被保険者(市民)に働きかける。 3. 本ガイドライン案は終末期を定義せず「患者が望むような結果につながらないと考えられる時に生命維持治療終了/差し控えを検討する」としているが、生命力のある患者の生命維持治療を終了すると後記括弧内のように生体解剖となったり、死戦期さらに生還後まで極度の肉体的・精神的苦痛を与え、医療機関の社会的信用も崩壊する。「48時間以内に死亡が予測される」など狭義の終末期患者に限定して、許容できる生命維持治療終了/差し控えの内容も限定すべきである。 (米国で2008年に59歳女性の人工呼吸器を外したが10分後に意識を回復し会話した。(★3)2021年に39歳女性の人工呼吸を停止し心停止後に臓器摘出を開始したが、心臓の拍動が確認され手術は中止された。(★4)同年にケンタッキー州の男性は人工呼吸停止・臓器摘出が予定されたが手術室内で抵抗して中止、PTSDを発症した。(★5)2024年に42歳女性の人工呼吸を停止し心停止後に胸骨を切開したところ、心臓が鼓動していたため臓器摘出手術は中止された。このことが2025年7月20日に報道されると(★6)、7月中に少なくとも2万人が臓器提供登録を取り消した。(★7))   4. 臓器提供においても患者・家族等の承諾を得ていない生命短縮処置がマニュアル化されており、医療・ケアチームが脳死患者、意識障害患者を作成してしまう恐れがあるため、「不可逆的全脳機能不全患者の集中治療マニュアル2025」は禁止する。臓器提供に絡む終末期予測、その後の死亡宣告も誤診が多発している。脳死宣告は原理的に誤診を避けられず、また臓器摘出時に麻酔をかける実態を知らせていない、心停止後の臓器提供ではドナー候補者の自動蘇生を阻止しているなど、非倫理的な医療が横行している (詳細は後記Bに記載) ため、臓器提供は禁止する。 5. (ガイドライン案403行~411行)作成委員・アドバイザーの利益相反の開示不備について  403行の付録1-2-1は「COI開示基準」を記載し、他のガイドラインへの関与 診療ガイドラインへの参加があったらB-1として開示するように求めている。411行の付録1-2-3「アカデミックCOIの開示」において藤野裕士、田崎 修、渥美生弘の3名は、B-1を「無」としているが、この3名はこのパブリックコメントで倫理的問題のあることを指摘する「臓器提供を見据えた患者評価・管理と術中管理のためのマニュアル」の研究協力者である。ガイドラインとマニュアルは、表記は異なるものの医療に影響を与える点では同じため利益相反の開示が必要である。また、前記マニュアルの改訂版が「不可逆的全脳機能不全患者の集中治療マニュアル2025」として存在しており、同マニュアルに関与した者も利益相反を開示すべきである。
以下は(詳細は後記)としたAとBについて記載し、文末に出典1~34を示す。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 詳細A「患者・家族等に知らせず、承諾を得ていない生命短縮処置の横行」について
1. 関西医科大学病院・救命救急センターに1988年9月1日に入院した4歳男児について、第5病日に医師は脳死状態と説明した。家族は輸血を希望したが、医師は「脳死状態、いずれ心停止をきたす。輸血適応外」と拒否し同日に抗生剤を終了。第13病日に脳出血に対する手術を医師は拒否。第14病日に維持輸液のみに変更。第19病日に家族が輸血を希望したが、「脳死状態にて輸血適応外、心停止きても蘇生しない」と説明した。第21病日に蛋白分解酵素阻害剤を中止、家族が治療に関して訴えなくなった第27病日にドパミンを中止したが、患児は第34病日まで生存した。  同月19日に交通事故に遭った7歳男児は、第3病日に脳死とされた。家族が昇圧剤の増量を要求し延命希望した第6病日にステロイド・脳圧降下剤が中止された。同時期に入院していた脳死患児の両親から「脳死が蘇生した例がある」と聞き、その事を医師に尋ねた第9病日に抗生剤・ドパミンを中止し維持輸液のみに変更、人工呼吸器の酸素濃度を60%から21%へ落とされたが、第17病日まで生存した。(★8)(注:この文献は投薬や輸液の終了、酸素濃度を落とす等について患者家族への説明の有無は記載していないが、患者家族が治療希望や蘇生の望みを医師等に話すたびに治療撤退が拡大されたことから、患者家族に知らせることなく行われた生命短縮処置と判断した) 2. 1994年に開催された日本救命医療研究会第9回研究会で、司会が救急医療施設の演者に脳死判定後の治療についての考え方を尋ねたところ、現在の治療を継続するという施設がある一方で、「自主的に新しい治療を加えない、積極的な治療を加えないという方向で考えています。スイッチをOFF に、ということはしませんけれども、自主的に段々テーパリングをしていくという考え方です」「カテコラミンをダミーに切り替えるとか、あるいは呼吸器の条件を落とすとか、そういう若干積極的な撤退を行っております」というも発言もあった。(総合討論に参加した医師の所属は、東邦大学大森病院、大阪市立総合医療センター、札幌医科大学医学部、大阪府立千里救命救急センター、兵庫県立西宮病院、日本医科大学付属多摩永山病院、東京女子医科大学救命救急センター、慶應義塾大 学病院、東京医科大学八王子医療センター、国立東京第二病院)。(★9)
 次の3~7は臓器提供目的の処置が患者家族に知らせずに行われていることを示す資料である。先に、死亡宣告以前からの移植用臓器提供目的の処置の違法性と加害性を指摘する。 違法性:刑法第三十五条は「法令又は正当な業務による行為は、罰しない」としている。病に苦しんでいる人の状態を改善するために、資格のある医師による科学的根拠にもとづいた治療は合法だが、病人本人のためではなく第三者(この場合は臓器移植待機患者)に臓器を提供するための処置を行うと傷害になる。臓器移植法も救命努力を尽くすことを求めており、臓器提供目的の処置は、脳死または心臓死の死亡宣告後に許容していると解される。患者・家族等に説明せず、承諾がない行為も違法である。 加害性:本ガイドライン案の作成委員も、移植用臓器のための管理が脳保護に反すると認識して以下を書いている。「脳保護のための治療では、浸透圧利尿薬を用いて血管内容量を下げ、できるかぎり頭蓋内圧を下げるべく管理する。しかし、臓器保護のためには十分に補液し臓器血流を維持するという、補液の観点からすると真逆の管理を行うことになる」(★10) 飯塚病院の脳神経外科部長も「血圧をキープして、臓器をいい状態にしておいてから脳死判定に持ち込んだほうがというのは、あくまでも提供ありきの考え方ですよね。主治医側は、何でそんなことをする必要があるんだって思いますよね。(中略)治療と真逆のことをやらないといけないシチュエーションが多い」(★11)と指摘している。 医療・ケアチームが行った臓器を移植用に提供させるための管理によって、脳不全患者の状態を悪化させても(脳死患者を作成しても)、その事実を患者・家族等に知らせずに死別させる、あるいは意識障害を固定させても謝罪も補償もなしで退院させていると見込まれる。
3. 1997年4月8日に開催された第 140回国会衆議院厚生委員会において、日本移植学会の臓器提供マニュアル案が脳死判定の前から臓器提供目的の処置を開始するとしていることについて児玉健次委員が質問し、日本移植学会理事長の野本亀久雄参考人は「あくまで救急医の先生方が最後の最後まで治療、救命に働いた後から始まることだ。(中略)もしだれかがしようとしても私はさせるつもりはありません(後略)」など撤回する旨を発言した。(★12) 4. 2002年11月からメディカルコンサルタントが導入され,第一回目脳死判定以降に提供病院に派遣されている。メディカルコンサルタントとしての活動が多い医師は「本来は第二回目の脳死判定以後の管理となるが,ADHの投与,中枢ラインの確保(可能な限り頸静脈から),人工呼吸器の条件の改善,体位変換(時にファーラー位),気管支鏡などによる肺リハ,感染症の管理(抗生剤の投与など) は,提供施設の了解があれば,ドナ一家族の脳死判定・臓器提供の承諾の取れた以後,可能である」と法的脳死宣告以前から移植用臓器を確保する目的でドナーを管理したこと、提供施設の了解で行っていることを日本移植学会雑誌(★13)に書いた。 5. 2004年に神戸大学医学部附属病院の鶴田副院長・看護部長は、患者家族に知らせない臓器提供目的の処置が20年前から行われ臓器移植法後も変わらない、と指摘した。以下は抜粋。 「筆者は以前勤めていた大学病院で20年前も死亡後の死体臓器移植(主に腎臓移植)にかかわっていました(集中治療室、手術室において)。もちろん“脳死による臓器移植”法のできるずっと前のことです。この時、ドナー側の治療に当たる救急医や脳外科医とレシピエント側の移植医の考え方の違いや移植の進め方に倫理的な問題を感じていました。今は現場の細かなことに直接関与はしていませんが、伝わってくる臨床現場の話のなかで“根本的に今も変わっていないなあ”と思うことがあります。(中略)脳死移植医療においては、例外はあっても、移植医にとっては実績を積んでいくことは重要であるし、一方で脳死判定を受けるドナー側は納得のいく尊厳死のプロセスをとりたいと考えます。移植医にとっては移植できる可能性があれば、脳死判定前からその準備(循環動態のコントロール等)をしていくのは常識であり、そうしなければ成功しません。数日前から情報は飛び交います。しかし表向きはプロトコールにそった移植の流れで進められます。ドナーやレシピエントの家族は、当然このような舞台裏は知る由もありません」(★14) 6. 2022年に日本救急医学会など6学会と日本臓器移植ネットワークは「臓器提供を見据えた患者評価・管理と術中管理のためのマニュアル」を作成した。(★15)本文p8は「臓器提供の可能性がある脳死患者管理」で「患者に救命・脳機能の回復のための懸命な治療が行われたにもかかわらず、結果として脳死に至る場合がある。治療チームが“救命は不可能”と考え、家族が臓器提供を希望する場合、患者本人と家族の意思を生かすため救命治療から臓器保護目的の患者管理へと移行する場合がある。しかし、患者家族が治療の結果を受け入れ終末期の方針を決定するには時間を要することが多い。患者家族の支援を行いつつ方針決定の時間を作ることも必要となる。臓器提供の方針が明確となったら、多くの臓器が提供できる様に、少しでも良い状態で移植患者につなげる様に患者管理を行う」と記載した。法的脳死判定の前から脳死と断定し、患者家族が臓器提供を承諾する前から、臓器提供目的の処置を推奨するマニュアルとなっている。 7. 前記マニュアルを改訂して2025年に日本集中治療医学会は「不可逆的全脳機能不全患者の集中治療マニュアル2025」を作成した。(★16)  p3に「不可逆的全脳機能不全患者は,本人および家族への意思により脳死下臓器提供となる可能性がある。したがって,不可逆的全脳機能不全患者に対する集中治療は,法的脳死判定前からの実施を考慮する。脳死下臓器提供を患者および家族が希望する場合,法的脳死判定が適切に実施され,レシピエントに供与される各臓器が十分な機能を維持できるように集中治療を継続する」と記載し、p10に「日本では脳死は人の死としないため不可逆的全脳機能不全という表現で置き換えた」と記載している。このため旧マニュアルと同じく脳死判定を行う前から患者を脳死と断定し、法的脳死判定前から臓器提供目的の処置を推奨していると判断される。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・  詳細B「臓器提供においても患者・家族等の承諾を得ていない生命短縮処置がマニュアル化されており、医療・ケアチームが脳死患者、意識障害患者を作成してしまう恐れがあるため、『不可逆的全脳機能不全患者の集中治療マニュアル2025』は禁止する。臓器提供に絡む誤診が多発している。脳死宣告は原理的に誤診を避けられず、また臓器摘出時に麻酔をかける実態を知らせていない、心停止後の臓器提供ではドナー候補者の蘇生を阻止しているなど、非倫理的な医療が横行している」について
8. 東京都内で2017年までの約22年間に、移植コーディネーターが患者家族341例に臓器提供について説明したが計6例が植物状態に移行し臓器提供に至っていない。(★17)  既に指摘した臓器提供目的の処置を早期から行われたことにより、医師により脳不全を悪化させられた患者を含み、(現代の用語でいう)脳死とされうる状態の診断が341例に行われたと解釈されるが、その診断の誤診が57例当たり1例と多数発生したことになる。 9. 臓器摘出直前の脳死判定でも誤診が多発している。 ●2024年9月11日に開催された米国議会下院エネルギー・商業委員会の公聴会で外科医2名がともに「移植外科医ならば誰でも、脳死臓器摘出手術の中止を経験している」と証言した。(★18) ●医学文献に報告された症例のうち、脳血流消失とされながら脳死ではなく臓器摘出手術が行われなかった患者は「エモリー大学病院で 55歳男性は手術台上で脳死ではないことが発覚した」(★19)、「ユナイテッド・リージョナル病院で脳死宣告されたザック・ダンラップさんは社会復帰して1児をもうけた」(★20)、アップステート医科大学病院の59歳男性例(★21)もある。 ●日本でも、脳死なら効かないはずのアトロピンが効いた法的脳死30例目(★22)、582例目(★23)がある。 ●このほか同種の医学文献とニュースは多数あり、臓器移植法を問い直す市民ネットワークのブログ内「臓器提供の承諾後~臓器摘出の手術中に脳死ではないことが発覚した症例および統計」ページ(★24)に掲載されている。 10. 脳死判定には、低感度・低刺激・一時的という原理による限界がある。 ●脳波測定は頭皮上に電極をおいているが、それで脳波が測定されなくとも、頭皮下あるいは頭蓋内に電極をおくと脳波を測定できることがある。すべての測定法で脳波が測定できない患者も、4か月後に脳波が確認された症例(文献1)のように一時的に脳活動を停止している可能性が残る。  神経学的検査と無呼吸テストは、刺激を与えて反応を診るという点で共通する。昏睡状態を確認する疼痛刺激は、患者の顔面を滅菌した針か虫ピンで突き、さらに眉毛付近を指で圧迫して反応の有無を診るが、その刺激では弱すぎ患者を傷つける強い刺激を加えれば反応があるかもしれない。しかし患者を過剰に傷つける検査は容認されない。既述のザック・ダンラップさん(文献20)の場合は、従兄がポケットナイフの背でダンラップさんの足の裏を強くこすり、またダンラップさんの爪の下に従兄が爪を押し込み、それらに反応したことが脳死を否定するきっかけになった。 ●無呼吸テストは人工呼吸を停止し動脈血二酸化炭素分圧が60mmHgを超えるまでに自発呼吸がなければ無呼吸と診断するが66.4mmHg(★25)、72.2mmHg(★26)、86mmHg(★27)、91mmHg(★28)、112mmHg(★29)などでの自発呼吸例があるため、人工呼吸の停止を脳死判定基準より長時間行うと自発呼吸を確認できる患者もいると見込まれる。しかし、人工呼吸を長時間停止すると不整脈を起こし心停止する患者が増え、移植用臓器の質も落としてしまうため、さらに長時間停止することはできない。 ●脳血流検査は、脳細胞が一時的に機能を停止している血流量なのか、それよりも少ない壊死に至る血流量なのかが事前に判明しており、その状態を測定できる検査法を採用するならば、脳機能の廃絶を証明できる可能性がある。しかし、ヒトの脳への血流を遮断して、脳を壊死させる人体実験は倫理的に行えない。しかも、現実の脳死判定で採用している脳血流検査は、血流量を数値で示さず画像で低血流状態を示すだけのため、脳の壊死を証明することはできない。  これらの低感度・低刺激・一時的という原理的限界から、脳死判定は誤診を避けられず、「この検査の範囲では、脳機能が大幅に低下していることは確認できる」ということしか示さない。 11. 心臓死は、埋葬が許可される時のように死亡宣告から24時間以上を待たないため誤診が起こる。  ●心停止10分後に自動蘇生・後遺症なき社会復帰例、心停止20分で軽度障害例:トルコのカフカス大学病院で心肺蘇生を断念された 21 歳男性が、10分後に医療の関与なく自動蘇生(autoresuscitation)し60日後に後遺症なく社会復帰した。(★30)スイスのローザンヌ大学病院でも心肺蘇生を終了し死亡宣告された63歳男性が、10分後に医療の関与なく自動蘇生し4日後に後遺症なく転棟した。(★31)他の病状がなければ、10分間の心停止は影響ない患者がいることを示す。  刈谷総合病院では、50歳男性で心室細動が20分継続し、発見時に呼吸停止、瞳孔散大していたが6か月後に軽度高次脳機能障害で退院できた。(★32)有効な血液循環が20分間なければ機能障害を生じるが、脳機能の廃絶までは至らない患者がいることを示す。  心臓が停止した死後の臓器提供が許容されるためには、臓器摘出時に提供者に生体解剖される激痛・苦痛・絶望を感じさせないことは必須条件と考える。血液循環が全くない状態が12~24時間継続しなければ、生体解剖される激痛・苦痛・絶望を感じない状態には至らないのではないか。 ●心停止後の臓器提供では死亡宣告前から臓器摘出手術の一部を開始、血液循環停止は一瞬だけ:心停止により血液の流動が20分間ほど継続すると、血液は凝固し始め移植用臓器としては使えなくなるため、抗血液凝固剤ヘパリンが投与される。心停止後にヘパリンを投与することになっても、胸骨圧迫(心臓マッサージ)を行いながら投与し、その後も開腹操作の直前まで胸骨圧迫は続けられる。エクモなどの装置により酸素化した血液循環を続ける場合もある。このため心停止で心臓死宣告はされるものの、実際には短時間の後に血液循環が再開され、全身の機能は維持される。  日本の心停止後の臓器提供では、一般の脳死判定(法的脳死判定より簡易な判定)で脳死と診断されていたら、心停止の前から抗血液凝固剤ヘパリンの投与をはじめ、臓器を素早く冷却潅流するためのダブル・バルーンカテーテルの挿入などを許容している。 ●自動蘇生を阻止、心臓死を人為的に確定させ効率的に臓器を得る非倫理的手段の横行:ダブル・バルーンカテーテルは動脈内でバルーンを膨張させ、同時に静脈からの脱血を行うことにより、ドナーに急性動脈閉塞+脱血という打撃を与え、自動蘇生を阻止し心臓死を確定させる。ダブル・バルーンカテーテルを使わない多臓器摘出では、ドナー候補者が長時間心停止しないため半数しか臓器提供に至らない。このため高カリウムの低温潅流液を循環させた後に心臓を摘出することも行われている。(★33)高カリウムの低温潅流液も自動蘇生を阻止し、心臓死の人為的確定に作用する。 12. 日本臓器移植ネットワークが臓器提供の選択肢を提示する際に用いる文書(★34)が記載していない事柄は、「脳死とされうる状態の診断は57例あたり1例で誤っている」「脳死宣告も心臓死宣告も誤る可能性がある」「死亡宣告前から脳保護とは真逆の処置をしなければ、移植可能な臓器は得にくい」「臓器摘出時に血圧が急上昇して麻酔が必要な場合もある、生身の人間からの臓器摘出である」「血栓を生じさせないように抗血液凝固剤ヘパリンを投与するが、この薬は脳血管障害や外傷など出血傾向のある患者に投与すると症状を悪化させる死に至らせる可能性がある。心停止後のヘパリン投与になったら胸骨圧迫を行う。結果として、心停止ドナーは蘇生させられ再出血で激痛を与えられて生きたまま臓器を摘出される可能性がある」ほか多数ある。患者・家族等から臓器提供の承諾を得る際に、必ず説明すべき事柄を記載していない。インフォームド・コンセントを意図的に欠落させている。すべてを正直にドナー候補者家族に説明すると、臓器提供を承諾する人は壊滅的に減り臓器斡旋業は廃業を余儀なくされる、と認識しているから説明しないのであろう。
以下は出典
★1 磯目正人:テレビゲーム中にてんかん発作を起こし、心拍呼吸停止を来たした1例、日本小児科学会雑誌、99(9)、1672-1680、1995 ★2 中井秀樹:長期の人工呼吸管理からの離脱に成功した脳幹梗塞の1例、理学療法科学、28(6)、 841-844、2013 https://www.jstage.jst.go.jp/article/rika/28/6/28_841/_pdf ★3 2008年5月24日付ABCニュース “Doctor Calls Near-Death Experience a 'Miracle' Hospital Took Velma Thomas off Life Support -- Then She Woke Up” http://abcnews.go.com/GMA/story?id=4923465 ★4 Annie Bao, Pronounced Dead Twice: What Should an Attending Physician Do in Between?, The American journal of case reports,22,e930305,2021 https://www.amjcaserep.com/download/index/idArt/930305 ★5 2024年10月17日付NPR記事 ‘Horrifying’ mistake to take organs from a living person was averted, witnesses say https://www.npr.org/sections/shots-health-news/2024/10/16/nx-s1-5113976/organ-transplantion-mistake-brain-dead-surgery-still-alive ★6 2025年7月20日付ニューヨークタイムズ記事 A push for more organ transplants is putting dying donors at risk https://www.nytimes.com/2025/07/20/us/organ-transplants-donors-alive.html ★7 2025年8月28日付ニューヨークタイムズ記事 U.S. Government Cracks Down on Organ Transplant System https://www.nytimes.com/2025/08/28/us/federal-crackdown-organ-donations.html ★8 池田佳代:脳死患児をもつ両親への対応、第20回日本看護学会集録 小児看護、81-84、1989 ★9 日本救命医療研究会 第9回研究会 総合討論、日本救命医療研究会雑誌、9、219-233、1995 ★10 渥美生弘:臓器提供に関する地域連携、救急医学、45(10)、 1270-1275、2021 ★11 黒田泰弘:座談会 脳死下臓器提供の現況、脳死・脳蘇生、32(2)、 86-103、2020 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjcrbd/32/2/32_86/_pdf/-char/ja ★12 第 140回国会衆議院厚生委員会 第13号(平成9年4月8日)会議録p12~p13 https://kokkai.ndl.go.jp/#/detailPDF?minId=114004237X01319970408&page=12&spkNum=30¤t=3 ★13 福嶌教偉:わが国における脳死臓器提供におけるドナー評価・管理 メディカルコンサルタントについて、移植、46(4・5)、 251-255、2011 ★14 鶴田早苗:高度先進医療と看護、綜合看護、39(4)、 47-50、2004 ★15 臓器提供を見据えた患者評価・管理と術中管理のためのマニュアル https://www.jotnw.or.jp/files/page/medical/manual/doc/manual202203.pdf ★16 黒田泰弘ほか:不可逆的全脳機能不全患者の集中治療マニュアル2025、日本集中治療医学会雑誌、33(Supplement1)、1-14,2026 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsicm/33/Supplement1/33_33_S1/_pdf/-char/ja ★17 櫻井悦夫:臓器移植コーディネーター 22年の経験から、Organ Biology、25(1)、7-25、2018 https://www.jstage.jst.go.jp/article/organbio/25/1/25_7/_pdf/-char/ja ★18 2024年9月11日開催、米国議会下院エネルギー・商業委員会の公聴会会議録、p30,p45~p47,p101 https://docs.house.gov/meetings/IF/IF02/20240911/117624/HMTG-118-IF02-Transcript-20240911.pdf ★19 Adam C. Webb: Reversible brain death after cardiopulmonary arrest and induced hypothermia, Critical Care Medicine,39(6),1538-1542,2011 http://journals.lww.com/ccmjournal/Abstract/2011/06000/Reversible_brain_death_after_cardiopulmonary.44.aspx ★20 Doyen Nguyen,Christine M. Zainer:Incoherence in the Brain Death Guideline Regarding Brain Blood Flow Testing: Lessons from the Much-Publicized Case of Zack Dunlap,The Linacre quarterly,2025 https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/00243639251317690 ★21 Julius Gene S. Latorre: Another Pitfall in Brain Death Diagnosis: Return of Cerebral Function After Determination of Brain Death by Both Clinical and Radionuclide Cerebral Perfusion Imaging, Neurocritical Care,32, 899–905,2020★  https://link.springer.com/article/10.1007/s12028-020-00934-2 ★22 大島正行:脳死ドナー臓器摘出の麻酔、LiSA、11(9)、960-962、2004。そして大島正行:脳死ドナーの麻酔管理経験、日本臨床麻酔学会第24回大会抄録号付属CD、1-023、2004 ★23 飯塚紗希:脳死下臓器摘出術の管理経験、日本臨床麻酔学会第39回大会抄録号、S292、2019 ★24 臓器移植法を問い直す市民ネットワークのブログ内「臓器提供の承諾後~臓器摘出の手術中に脳死ではないことが発覚した症例および統計」 https://abdnet.hatenablog.com/entry/7d5631bb5539bf19afcffb53544791f5 上記URL以下の4ページあり ★25 河野昌史:呼吸停止と深昏睡をきたしながら脳死を否定された1例、日本救急医学会関東地方会雑誌、8(2)、524―525、1987 ★26 林成之:脳死診断の現場と無呼吸テスト、脳蘇生治療と脳死判定の再検討(近代出版)、97、2001 ★27 榎泰二朗:無呼吸テストの信頼性について、麻酔、37(10S)、S66、1988 ★28 Ralph Vardis:Increased apnea threshold in a pediatric patient with suspected brain death、Critical care medicine,26(11),1917-1919,1998 https://journals.lww.com/ccmjournal/abstract/1998/11000/increased_apnea_threshold_in_a_pediatric_patient.40.aspx ★29 Richard J.Brilli: Altered apnea threshold in a child with suspected brain death、Journal of child neurology,10(3),245-246,1995 ★30 Muge Adanali:Lazarus phenomenon in a patient with Duchenne muscular dystrophy and dilated cardiomyopathy、Journal of Acute Medicine,4(2),99-102,2014 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2211558714000508 ★31 Mathieu Pasquier:Autoresuscitation in Accidental Hypothermia, The American Journal of Medicine,131(9),e367-e368,2018 https://www.amjmed.com/article/S0002-9343(18)30403-0/fulltext ★32 大久保一浩:20分にもおよぶ心停止後生存退院できた1例、蘇生、18(3)、203、1999 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjreanimatology1983/18/3/18_3_193/_pdf/-char/ja ★33 Williams AM:Donation After Circulatory Death Heart Transplant Without Preimplant Reanimation Using Rapid Ultraoxygenated Recovery,JAMA,335(10),885–893 2026 https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2844448?guestAccessKey=86e806c6-2e21-4d23-808d-5eec85bab098&utm_source=fbpage&utm_medium=social_jama&utm_term=19350269060&utm_campaign=article_alert&linkId=901310214&fbclid=IwY2xjawPo4UxleHRuA2FlbQIxMABicmlkETFRYlByWlFpZVpSbk4xdmVkc3J0YwZhcHBfaWQQMjIyMDM5MTc4ODIwMDg5MgABHgVk1v2mdKc3hR9d1fXXt4R330E7vn8Fp5ac6EtPfml-q-c0gLI1r8oUwGp1_aem_s6qKoESwhBZTlHk-WPTq3Q ★34 日本臓器移植ネットワーク:ご家族の皆様方にご確認いただきたいこと (脳死下提供)https://www.jotnw.or.jp/files/page/medical/manual/doc/family_1_jp.pdf (心停止後提供)https://www.jotnw.or.jp/files/page/medical/manual/doc/family_2_jp.pdf
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自立生活センター松山

2026/03/31 自立生活センター松山 「『救急・集中治療における生命維持治療の終了・差し控えに関する4学会合同ガイドライン』のパブリックコメント」

私たちは、どんなに重い障害があっても、すべての人が一人の人間として尊重され、地域の中で当たり前に暮らしていくことのできる社会の実現を目指し活動しています。 このたびの「救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン」について、私たちは強い懸念と反対の意思を表明します。 呼吸器の装着や人工透析など、生命を維持するための医療は、障害のある人にとって日常的に不可欠なものです。そのような治療を「中止する」という選択が前提として議論されること自体に、大きな違和感と不安を感じています。生命維持に必要な治療をやめることが前提となる議論には、強い疑問を抱かざるを得ません。 移植医療の重要性については理解しています。私たちの団体の中にも、移植によって命がつながった仲間がいます。しかし本ガイドラインは、単に医療技術や選択肢の問題ではなく、「どの命が守られるべきか」という価値判断につながりかねない、命の価値そのものに関わる極めて重大な問題を孕んでいると考えます。 さらに将来的な法整備の動きもあると聞いています。こうした流れが進むことに対して、強い不安と恐れを感じています。命に優劣をつける考え方や、いわゆる優生的な価値観が社会の中に広がってしまうのではないかという強い危機感を抱いています。どんな人にも生きる権利があり、それぞれの人生に価値を見出すことができるはずで す。 特に、知的障害のある人や精神疾患のある人、また子どもなど、自らの意思を十分に表明することが難しい人たちにとっては、その「意思」が周囲によって解釈され、本人の望まない形で治療の中止や意思決定が行われてしまう危険性があります。本人不在のまま命に関わる決定がなされることは、決してあってはなりません。 また、子どもが虐待などにより孤立した状況に置かれ、その結果として脳死状態となり、本人の意思とは関係なく命の選択を迫られるような状況が生まれる可能性も否定できません。混乱や不安に陥った状況では、強い立場である医師の意見や、「誰かのためになるなら」という気持ちの揺らぎが生じることも考えられます。そのような中で、本人の意思が推測によって扱われ、望まない形でドナー登録や治療中止の判断が行われることは、絶対に避けなければなりません。本人の意思が尊重されるための仕組みを整えることが不可欠です。 私たちは、「どのように生きるか」は本人が決めるべきことであり、周囲がその生の価値を判断するべきではないと考えます。社会にとって役に立つかどうか、生産性があるかどうかといった基準で、命の価値が測られることは断じてあってはなりません。この世に生まれてきたという事実だけで、すべての人はすでにかけがえのない存在です。 だからこそ私たちは、「どのようにすれば命を終えることができるか」ではなく、「どのようにすればその人が地域の中で生き続けていくことができるか」、そして「どのように本人の意思と尊厳を守ることができるか」を問い続ける社会であることを強く求めます。 誰一人として取り残されることなく、本人の意思に基づいた生が支えられる社会の実 現に向けて、本ガイドラインのあり方について慎重な再検討を求めます。

吉田 明彦(家族介助当事者)

2026/04/06 吉田 明彦 「『救急・集中治療における生命維持治療の中止・差し控えに関するガイドライン案』に対する反対意見」

重い障害を持つ私の家族は、これまで幾度となく危機的状況に陥りましたが、そのたびに救急医療の現場における酸素吸入などの迅速な生命維持処置によって命を繋ぎ止めてきました。私たちにとって救急・集中治療は文字通り「命綱」です。しかし、「患者・家族等に最善の医療を提供するために作成された」(56行)と、患者と家族のために作られたと説明するガイドライン案をよく読むと、根底に、過去の医療中止事件などを背景とした「医療現場の法的・訴訟リスクの回避(医師の免責)」という、医療側の極めて組織防衛的な動機が見えてきます。 医師が過度な法的リスクに怯えることなく医療に専念できる環境整備が必要であることは理解します。しかし本ガイドライン案は、その医療側・体制側の都合を「患者の尊厳」や「本人の意思の尊重」といった言葉に置き換え、治療中止のプロセスを機械的なプロトコルに還元しようとしています。 医療者の法的安全を「命の切り捨て」によって担保することは、断じて許されません。本ガイドライン案は、障害や難病を持つ人々の命綱を断ち切る選別システムの構築指針であり、私は強く反対します。 以下に具体的な反対の理由を述べます。 1. 救急医療における「差し控え」の想定自体が孕む危険性と、命の選別基準による優生思想の追認 本ガイドライン案の最大の問題は、「どのような基準なら生命維持治療を差し控えてよいか」という基準の妥当性以前に、無条件に命を救うべき救急・集中治療の場において「治療の差し控え(最初から開始しないこと)」を想定し、制度化しようとしている点にあります。 一刻を争う救急現場で「差し控え」が許容されれば、重度の障害や医療的ケアへの依存度は「低いQOL」や「無益さ」の指標としてみなされ、そのまま命の選別(トリアージ)に直結します。 さらに本ガイドライン案は、従来の「人生の最終段階(終末期)」という前提を撤廃し、すぐには亡くならない長期療養者や重度障害者までも対象に含めています。序文(73~74行)に示されている「患者が望むような結果につながらないと考えられる時」という記述は、判断の主語が意図的に曖昧にされています。患者本人の意思が明確に確認できない状況下において、この曖昧さは、周囲の人間が推測した都合の良い結果を「患者の望み」へとすり替え、非自発的な治療の中止や差し控えを正当化する道を開きます。 世界的な潮流となりつつある「死ぬ権利」や「死の自己決定」という概念は、リベラリズムを装いながら、新自由主義的なコスト削減圧力や優生思想を「個人の自由」へとすり替えるものです。とりわけ、公的保障が不十分なまま「他者に迷惑をかけてはならない」という有言無言の同調圧力が極めて強い日本の政治的・文化的文脈において、このイデオロギーは一層深刻な暴力性を帯びます。それは真の権利などではなく、障害や難病を負う当事者を「社会や家族に負担をかけまい」という心理に追い込み、「自発的な死」を事実上強要するものとして機能します。 本ガイドライン案が、こうした強要のプロセスを「患者本人の望み」という形に偽装して制度化しようとしている点は、極めて危険なことと言わざるを得ません。 そして、本文(101~102行)にある「第四に『周囲の状況』においては、家族の価値観や介護力、社会的・文化的背景、法制度や病院体制を含めた環境要因を考慮する」という基準は、断じて許容できません。 家族の介護力不足、経済的困窮、病院の体制の逼迫といった要素は、本来、行政や政治による社会福祉制度や医療政策の拡充によって解決されるべき課題です。政治と社会が環境整備を怠った結果生じている「資源の欠乏」を、個人の生命維持治療を打ち切る(差し控える)根拠とすることは、社会構造や政治の不作為によって生存の条件を奪われている人々の命を、「自己責任」や「家族の責任」の論理で合法的に切り捨てることです。これは、経済的効率や健常社会が求める「生産性」で命の価値を測り、「生きるに値する命」と「そうでない命」を選別する優生思想の極致に外なりません。 2. 「期間限定の治療試行(TLT)」の欺瞞と、生き直すための時間の剥奪 本文(210~226行周辺)で推奨されている「期間限定の治療試行(TLT)」は、実質的な命の切り捨てを正当化する極めて暴力的な手続きであり、強く抗議します。TLTは、あらかじめ設定した短期間(数日等)で「期待した回復」が見込めない場合に治療を中止する仕組みですが、ここには致命的な欠陥が二つあります。 第一に、回復や適応にかかる時間は人間の身体の個別性に属するものであり、医療資源の回転効率に基づく恣意的な「期限」で区切れるものではありません。期限を設けることは、時間をかければ危機を脱し得たはずの命を確実に奪い去ります。 第二に、TLTにおいて期待されている「回復」が、「元の健常な身体に戻ること」や「医療ケアが不要となること」を指していることは見過ごしにできない問題です。重度の障害を負ったとしても、継続的な医療ケアや適切な社会的支援(公的介護等)を受けながら新たな日常を構築し、生活することが十分にできます。にもかかわらず、その選択肢と必要な情報を提供され時間をかけて検討する権利は、この「数日間の試行」の中では完全に無視されます。また、実際に支援を活用しながら生きている障害者・病者の存在が、ここで透明化されていることは重大な差別です。 さらに、救急搬送直後という極限のパニック状態にある家族に対し、今後活用できる社会資源についての説明も何もないまま「数日後の決断」を迫ることは、合意形成とは呼べません。その「合意形成」の実態は、将来への絶望と恐怖を煽り、家族に治療中止の同意を強要するプロセスでしかありません。 人間の生の多様性を否定し、医療側の都合で命のタイムリミットを設定するTLTの導入の撤回を求めます。 3. 臓器提供への布石と、命の選別・収奪を正当化する根源的な優生思想への抗議 本ガイドライン案(262~264行周辺)に、生命維持治療の中止と臓器提供を連続的なプロセスとして捉えかねない記述が含まれていることに対し、極めて強い懸念を表明します。 治療の中止や差し控えの手続きがプロトコル化されることは、結果として臓器提供を目的とした「計画的な心停止(心停止後臓器提供:DCD)」を容易にする土壌を形成します。 ここにある問題は、単なる医療倫理上の「利益相反」といった手続き上の問題ではありません。「無益(生きる価値が低い)」と判定された人々の身体を解体し、「回復が見込める(生きる価値が高い)」とされる他者の命を永らえるための資源として移転・収奪する構造そのものであり、根源的な優生思想の制度化がここにあると断じざるをえません。 命の価値が否定されて治療が打ち切られ、死の過程に入った途端に、その身体が他者を救うための「有用な部品」として価値あるものとされ利用される、このような人間の道具化、優生主義を認めることはできません。生命維持治療のあり方を問う本ガイドライン案から、臓器提供に関する一切の記述を削除することを強く求めます。 4. 医療業界トップの本来の責任の放棄と、現場への「道徳的苦痛」の転嫁 本ガイドライン案は、構造的な問題によって引き起こされる医療現場の葛藤を、「医療・ケアチームと患者・家族等との合意形成」(第3章全般)というミクロな対立構図へと矮小化しています。 医療界のトップである4学会の幹部が担うべき最優先課題は、限られたパイの中で命の数を減らして帳尻を合わせることではありません。あらゆる命の生存を支えるために、国に対して徹底的な財政出動と人員・病床の確保を迫ることです。 本ガイドライン案は、その闘いを放棄し、新自由主義的な緊縮財政を所与の前提として受け入れた責任放棄のマニュアルです。 本ガイドライン案は、患者と家族に対してだけでなく現場の医師たちに対しても残酷なものです。構造的な歪みを「患者の死」で解決しようとすることは、日夜命と向き合う現場の医師たちに、限られた医療資源と患者の命の天秤を握らせる過酷な道徳的苦痛(モラル・ディストレス)を強制することになります。 結び もしこのガイドラインが運用されれば、重度障害を持つ私の家族が次に救急搬送された際、本人の生の豊かさを知らない医師によって、その家族の命は一方的に「無益」と判定され医療を停止される恐怖が現実のものとなります。 救急搬送が「死への片道切符」となるような社会は認められません。本ガイドライン案は、医療と社会福祉の不備や体制の歪みを、適切な環境さえ整っていれば生きられるはずの人々の命を絶つことで解決しようとしている極めて危険なものと言わざるを得ません。 よって、本ガイドライン案に強く抗議し撤回を求めます。

石地 かおる(SMA(脊髄性筋萎縮症)当事者)

2026/04/14 石地 かおる 「『救急・集中治療における生命維持治療の終了/差し控えに関する4学会合同ガイドライン(案)』に対する批判的見解」

​【意見の要旨】 本ガイドライン案は、医療者が主観的に「命の価値」を判定し、死んでいない人を切り捨てることを可能にする「優生思想の正当化」に他なりません。呼吸器を装着して生きることを「無益」や「社会の負担」と捉える偏見が根底にあり、当事者の生存権を著しく侵害しています。本案の撤回と、多様な障害当事者を交えた公の場での議論を強く求めます。 ​【批判的指摘と論拠】 1. 障害者の生を「無益」と断じる優生思想への拒絶 ガイドライン本編では、生命維持治療を終了・差し控える際の基準として「患者の最善の利益」や「治療の妥当性」が掲げられています。しかし、SMA当事者である私の視点からすれば、これは極めて主観的で危険な基準です。 私が感染症で呼吸器が必要になった際、治療の結果として「以前の体調に戻らない」ことをもって「治療は無益(non-beneficial)」と判断するのでしょうか。障害がある状態での生存を「無益」とみなすことは、死んでいない人を「生きる価値がない」と切り捨てる行為です。医療は命を救うためのものであり、命を選別するための道具であってはなりません。 ​2. 「呼吸器=社会への迷惑」という偏見の助長 現在、社会には「呼吸器をつけてまで生きるのは家族や社会に迷惑をかけている」という根強い偏見があります。本ガイドライン案が、医療者の判断で呼吸器の終了・差し控えを容認することは、この偏見を医療の名の下に固定化するものです。 延命治療はあくまで「治療」であり、患者を死なせるためのプロセスではありません。「呼吸器を外すのは心停止の時」であってはなぜいけないのでしょうか。生きている限り、その呼吸は続けられるべきであり、それを止める権利は誰にもありません。 ​ 3. 神経難病当事者の生活実態の無視(Q&A A2に関連して) ​Q&A集のA2では、在宅呼吸器依存の患者が急変して搬送された場合も本ガイドラインの対象になると明記されています。しかし、神経難病で呼吸器をつけながら地域で豊かに生活している人は数多く存在します。 ガイドラインの作成委員に、こうした「呼吸器と共に生きる日常」を知る当事者が含まれていないことは、決定的な欠陥です。現場の医師だけで「死のルール」を議論し、決定することは、民主的でも倫理的でもなく、断じて許されません。 ​ 4. 意思決定支援という名の「誘導」への危惧 ​ガイドラインでは共同意思決定(SDM)を掲げていますが、救急現場の逼迫した状況下で、障害者の生活を支える福祉制度やロールモデルの情報が十分に示されないまま話し合いが行われれば、それは「死」への誘導にしかなりません。「障害がある状態では生きていけない」という前提に立った意思決定支援は、支援ではなく強要です。 ​ 【結論・要望】 障害がある状態では生きてはいけないのでしょうか。呼吸器をつけて生きることは、誰かに謝らなければならないことなのでしょうか。 本ガイドライン案は、医療者が「生きるに値しない命」を恣意的に設定することを可能にする優生思想に基づいています。 私は、以下の2点を強く要望します。
1. 本ガイドライン案の策定を直ちに中止し、白紙に戻すこと。
2. 障害当事者、難病患者、そして重度障害を持ちながら呼吸器で生きる人々を交えた、公の場での議論を尽くすこと。
​ 命の選別を許す社会は、やがてすべての人の命を軽んじる社会になります。私の命を勝手に秤にかけないでください。

「全国遷延性意識障害者・家族の会」及び「脳損傷による遷延性意識障がい者と家族の会『わかば』」

  ◆「4学会ガイドライン改訂に対する『わかば』の立場」   ◆小川 恵一郎(「わかば」役員)   ◆林 小百合(「わかば」役員)   ◆A氏(全国遷延性意識障害者・家族の会会員)パブリックコメント   ◆わかば会員コメントの小川による代筆

「4学会ガイドライン改訂に対する『わかば』の立場」

2026/03/31 脳損傷による遷延性意識障がい者と家族の会「わかば」 「『「救急・集中治療における生命維持治療の終了・差し控えに関する4学会合同ガイドライン』改訂案に対する当家族会の立場について」

会員の皆様へ  東京新聞の2026年3月24日付記事にありますように、日本集中治療医学会、日本救急医学会、日本循環器学会、日本緩和医療学会の4学会により、救急・集中治療の現場における生命維持治療(人工呼吸器や透析など)の終了や差し控えに関するガイドラインの改訂案が発表されています。  この改訂案について、当家族会として精査し、重度障害者とその家族の命と尊厳を脅かす重大な懸念があると判断いたしました。つきましては、臓器移植法を問い直す市民ネットワークのパブリックコメントである「撤回を求める要請書」の意見に賛同し、本会としても同ガイドライン案に対する重大な懸念を表明いたします。 ■ 危惧する主な点
1. 「終末期」の定義の曖昧化といのちの選別:改訂案では、必ずしも従来の「終末期」ではない患者も治療終了の対象に含まれる可能性が示されています。これは、救命を目指す医療から、命を選別する医療への転換につながる恐れがあります。
2. 「介護力」による治療方針の左右:方針決定の際、患者の意思だけでなく家族の「介護力」や環境要因を考慮するとされています。これは、家庭の負担を理由に治療の継続を断念させる圧力になりかねず、社会保障のあり方を軽視するものと言わざるを得ません。
3. 死への誘導につながる問いかけ:「これができないまま生きていくのは考えられないと思うのはどんなことか」といった質問例が示されていますが、これは障害を持ちながらも人生を謳歌している方々の現状を無視し、死を選択するように誘導する危うさを孕んでいます。
■ 対応について  本ガイドライン案に対するパブリックコメント(意見公募)が2026年3月27日まで実施され、本会も意見を申し入れました。今後、全国遷延性意識障害者家族会と共に、組織としても意見・立場を表明する準備を進めております。  私たちの家族が、どのような状態にあっても尊厳を持って生き、必要な医療を受けられる社会を守るため、皆様のご理解をお願い申し上げます。 2026年3月31日
脳損傷による遷延性意識障がい者と家族の会 わかば 副代表 藤岡香栄 事務局長 麦倉泰子 役員一同

小川 恵一郎(「わかば」役員)

2026/03 小川 恵一郎 「『救急・集中治療における生命維持治療の終了・差し控えに関する4学会合同ガイドライン』に対するパブリックコメント」

極力、学会の提示するパブリックコメント方式に沿って、記述します。 内容上、本編の中に関係する「Q&A集」についても記述しますので、ご承知おき下さい。 「救急・集中治療における生命維持治療の終了・差し控え」に関する 4学会合同ガイドラインを拝読して、この20年間以上画策されてきた「加速される命の切り捨て」「命が滑り坂のごとく切り捨てられてゆく」「尊厳死法と言う名の安楽死の勧め」「コロナ禍におけるトリアージ」「心臓死から脳死による、臓器の獲得」などなどの歴史的流れに、大きく竿をさすものだと感じます。 また感じることは、改訂される内容と同時に、やり方が姑息だと思います。 尊厳死法なるものについても、社会的にマスコミや法曹界、厚労省などでも、広く検討されてきた。 貴方がたは、アリバイ的な「記者会見」や「パブリックコメント」集めで、ごまかさないで頂きたい。「正論」であるならば、もっと社会的に検討の時間と場を広げるべきでは無いでしょうか。 さくら会の川口さんが、記者会見を開いて、かつ「当事者」の方々の体験が伝えられています。 これに対して、お答えする用意があるのかをお聞きしたい。 4学会の医療従事者としての誠実さを確認したいために、お聞きしています。 4学会によるガイドラインの実施は、救急・集中医療の現場が、「尊厳死法」無しの、安楽死をさせられる一里塚・「入り口」の創設となってしまうと危惧します。 本編・28~38について 終末期を定義せず、救急・集中治療における生命維持治療・差し控えを、学会が行うという。 人生最終段階ではない者の生存治療の中止をすると言うことは、言葉を操った論文を書いても、貴方たちにそのような権利はあるのかと疑問に思います。 終末期の定義の削除に驚きましたが、読み進めるとQ&A集においては、(Q&A集の13~18)。 重い交通事故や脳疾患で、遷延性意識障害者や高次脳機能障害が、ICU等へ緊急搬送された場合にも適用となっています。 入院・入所中や在宅介護中であろうと、急変しICUなどに搬送された場合にも、適用となっています。 私たちは、遷延性意識障害の家族を診ています。 誤嚥性肺炎や熱発など、ICUへの緊急搬送とは無縁ではありません。 ガイドラインが実行された場合、ICUでは、良くてTLT(期限付き治療)という短期間で、見放される。 無駄な経費を使った医療論からして、緩和ケアへまわし、不足している「生きの良い」臓器移植の獲得へと、生きる権利を無視した死への道を強いられることとなります。 救急・集中治療に関わる貴方たち学会が、全てを、人の命を取り仕切るという尊大さを感じます。世の中では、かかる事態を「人非人」と呼びます。 私の身内の例やNPO法人や家族会の例をあげます。 現在は、元気になっている高次脳機能障害のかたが、1ヶ月以上昏睡状態で病院が焦り、家族も焦ったが継続を強く希望し、1ヶ月半で覚醒、高次脳機能障害者としては、中度まで回復しました。 近々では、遷延性意識障害者の方が、軽いはずの手術を受けたが、何故か東京の大病院へ救急搬送された。キセツ、呼吸器、透析治療も開始、当時その大病院では、最も重篤な患者のひとりと言われていました。2ヶ月以上かけて、病院と家族が、あきらめない処置を行い、ついには、困難と言われている透析離脱をクリアし、元の入所先に帰ってきています。(沢山の例証があります。個人情報ですので、抽象化しています) 公的資料を出すようにと言うでしょうから、一例として。 NASVA・独立行政法人・自動車事故対策機構で調べてください。 主に植物状態・それに近いと言われる方が多い。 意思疎通が可能になった、脱却数は、4人にひとりとなっています。 何故か、それは、3年間にわたる入院・高度なリハビリテーションが継続的に行われているからだと思いますます。 貴方たち、4学会のガイドラインと、救命・治療に関わる姿勢があまりにも違うからです。 かつてから、何度も言われてきた、無駄な治療(費)という、功利主義の考えが、貴方たちにはあるのでしょう。 加えて、(本編257~262)では、脳死下臓器移植の促進が書かれています。「無駄な治療」論を流布し、生きの良い臓器の入手という本音が見えてきます。 ガイドラインには、臓器提供のみを患者の権利であるかのように取り扱い、当事者の生存の権利という基本が無視されている論述となっています。 私は、脳死は、人の死では無いと断言しておきます。 まだまだ、沢山の問題点があると思いますが、 TLT(期限を決めて治療を試す)を、貴方たちが行うことについては、貴方がたの高慢さは感じますが、裏かえせば、ある日突然重い中途障害者となった遷延性意識障害者と家族の辛い思いには、心をはせることが出来ないと言うことでしょうか。 遷延性意識障害者の場合、NASVAもがんばっていますが、家族が張り付いて、在宅の場合には寝る時間をギリギリにして、付き添っていることで、10年以上の闘病で、最小意識状態や高次脳機能障害者へと脱却している方も、私のみじかにはおります。 この場合、障害者総合支援法の重度訪問介護という公的障害サービスを利用し、家族は懸命に頑張ります。 4学会のガイドラインには、かかる公的障害サービスについては、何ら触れていません。 さくら会の川口さんの記者会見においては、当事者の方々が、実体験として発言しています。 貴方がたは、人の命を救う為の医療者なのか、それとも「無駄な治療の排除」を掲げた「死を希求する者」なのか、ガイドラインの実現という己の行っていることを、自己省察されることを望みます。 TLTという、恣意的な期限をつける、その後は、緩和ケアが入ろうと、計画的な「安楽死」をなさろうとしています。 「尊厳死法」無しの安楽死の実行をすることになります。 世の中、「尊厳死法」を叫ぶ政党や、輩がいますが、日本集中治療医学会や日本救急医学会は、今一度、医療者の良心に照らし合わせて、再考されることを強く望みます。

林 小百合(「わかば」役員)

2026/04/03 林 小百合 「ガイドライン案に対する意見──患者の価値と対話の必要性について」

今回のガイドライン案について拝見し、強い懸念とともに、ぜひ建設的な対話の機会を持たせていただきたいと感じています。 まず前提として、患者は本当に「社会のお荷物」なのでしょうか。 本ガイドラインは、生命維持治療の中止や差し控えの判断において、医療資源や家族負担、予後などの観点が重視されているように感じます。しかし、そこには「その人が生きることの価値」や「社会との関わりの中で生まれる意味」が十分に考慮されていないのではないでしょうか。 医療や福祉の現場において、コストや人的資源、リスクの問題が重要であることは理解しています。しかし、それだけに焦点を当ててしまうと、「支えるべき命」ではなく「負担となる存在」として患者を捉えてしまう危険性があります。 一方で、重度障害や難病を抱えながらも、支援制度や周囲の関わりの中で社会とつながり、生きる力や価値を発揮している方々が多く存在します。その存在は、家族や支援者、地域社会にとって決して「負担」だけではなく、多くの気づきやつながり、支え合いの文化を生み出しています。 患者を単なる「コスト」や「リスク」として捉えるのではなく、社会の一員として、共に生きる存在であり、社会に影響を与える“資源”として捉える視点が必要ではないでしょうか。 そのためには、生命維持治療の中止や差し控えの議論だけでなく、 ・在宅療養や重度訪問介護などの制度の周知 ・退院後の生活を支える支援体制の明示 ・患者や家族が「生きる選択」を具体的にイメージできる情報提供 をガイドラインの中に明確に位置づけるべきだと考えます。 そして何よりも、今回のような重要な指針の検討においては、医療者だけでなく、実際に生きている当事者や家族、支援者の声が対等に反映されることが不可欠だと感じています。 4学会の先生方が日々命と向き合っておられることに敬意を持ちながら、対立ではなく、互いの立場や経験を持ち寄り、理解を深め合う関係性を築いていけることを強く願っています。 命をどう終わらせるかの前に、どうすれば支え続けられるのか、どうすれば共に生きられるのか、その視点を中心に据えた議論と内容の見直しを求めます

会員A氏によるパブリックコメント

2026/03/26 A氏 「『救急・集中治療における生命維持治療の中止・差し控えに関するガイドライン案』へのパブリックコメント」

*提出者: 臨床心理士・公認心理師(総合病院勤務)、研究機関職員、遷延性意識障害患者の家族。 開示すべきCOIなし。 私の家族は、脳出血から数年間、意識障害が続いています。急変でICUに行くこともありました。しかし現在、少しずつ反応が戻ってきています。 Hammond, Giacino, Nakase-Richardsonらの大規模コホート研究(Journal of Neurotrauma, 2019, DOI: 10.1089/neu.2018.5954)は、入院リハビリ退院時に指示に反応できなかった意識障害患者110名を受傷後10年間追跡した結果、測定可能な機能回復が10年を通じて継続し、3分の2以上が移動・セルフケアの自立を達成したこと、そしてその割合が受傷後5年から10年の間にさらに上昇したことを示しています。出血性を含む長期植物状態患者においても発症1年以降の遅発性回復が実際に生じることはLuautéらの前向き研究(Neurology, 2010, DOI: 10.1212/WNL.0b013e3181e8e8cc)が示しています。こうした知見は、意識障害からの回復が数年単位で生じうることを科学的に裏付けています。 本ガイドラインが導入されれば、回復の途上にあるこのような患者が、TLTの期限と終末期定義なき判断によって治療終了へと誘導されるリスクが生じます。私は臨床心理士・公認心理師として、そして家族として、廃案を求めます。 ■第1点:TLT導入の科学的根拠が著しく不十分である TLTに関する国際文献はPubMed上で2024年時点で43件にとどまり、ICU患者のアウトカムを直接検証した臨床研究は2件のみです。米国胸部学会が100名のステークホルダー(27名の委員を含む)によるデルファイ法を試みたにもかかわらず、TLTに関するほぼ全ての事項でコンセンサス閾値(75%以上)を達成できなかったと報告されています(Kruser JM, Ashana DC, Courtright KR, et al. "Defining the Time-limited Trial for Patients with Critical Illness: An Official American Thoracic Society Workshop Report." Annals of the American Thoracic Society. 2024 Feb;21(2):187-199. doi: 10.1513/AnnalsATS.202310-925ST. PMID: 38063572; PMCID: PMC10848901.)。国際的な合意形成すら未達成の概念を、日本の全国標準ガイドラインに明記することは学術的に不誠実です。 さらに、臨床心理士・公認心理師として指摘します。TLTは「両者が合意したうえで」と文書上は書かれますが、悲嘆の只中にある家族が医療チームの説明に実質的に同意「させられる」構造は、医療倫理の文脈で繰り返し問題とされてきました。「設定された期限内に改善が見られなかった」という事実を突きつけられた家族が、自由な意思で治療継続を選べるか、冷静に考えていただきたい。TLTは「合意」という外形をとりながら、治療終了へ家族を誘導する構造を内包しています。 ■第2点:「終末期」定義廃止が生む恣意的運用の危険 新ガイドラインでは「あえて終末期を定義しない」形式が採られています。これは歯止めの廃止を意味します。定義がなければ「治療を続けても意味がない」「QOLが低い」という医師の主観的価値判断が、生命維持治療終了の根拠になりえます。臨床心理士・公認心理師として強調したいのは、「医学的無益性」の判断には客観性を装いながら、実際には文化的・社会的バイアスが深く入り込むという点です。意識障害患者の「将来の生活の質」を予測する際、無意識の障害観・生命の価値観が判断に影響することは、医療倫理研究が繰り返し示してきた事実です。 ■第3点:緩和ケアインフラ未整備下での策定は本末転倒である 本ガイドライン改訂委員長の伊藤香氏自身が認めているとおり、全国の集中治療施設の54%は症状緩和プロトコールを一つも持たず、終末期の緩和プロトコールを持つ施設は5%未満にすぎません。緩和ケアが機能していない現場で治療終了の手続きだけを標準化することは、患者を苦痛の中に放置する危険を高めます。インフラの整備なきガイドラインは害にしかなりません。 ■第4点:ガイドラインが非対称な権力構造を固定化する 日本には生命維持治療の中止について医師の刑事責任を明確に免責する法律がありません。この立法的空白の中で、本ガイドラインが制定されれば「ガイドラインに則った治療終了」という事実は医師側にとって強力な防御根拠になります。一方、治療継続を望む家族側には対抗するための法的手段も独立した支援機関もありません。本ガイドラインは医師を守るが、患者・家族を守らない。この非対称性は看過できません。 ■第5点:患者・家族・障害当事者を実質的に排除した策定プロセス 本ガイドラインは医療・ケアの専門職による合意形成が中心であり、患者家族・障害者当事者団体が対等に参加したとは言えません。DPI日本会議も指摘しているように、生命維持医療を必要とする障害者・難病患者にとってこのガイドラインは生命と尊厳に直結する問題です。ガイドライン案が完成した段階でのパブリックコメント募集は、本質的な参加とは言えず、障害者権利条約の精神(国連で採択された原則:Nothing about us without us「私たちのことを私たち抜きで決めないで」)にも反します。 ■結論:廃案を求める 本ガイドラインの問題は修正・加筆で解消できるレベルにありません。「終末期定義の廃止」「TLTの全国標準化」という根幹に重大な瑕疵があります。廃案を求めます。再検討するならば、最低限以下を前提とすべきです。 患者家族・障害当事者が対等に参加する策定委員会の再構成 TLTは十分なエビデンスが蓄積された段階でのみ言及すること 「終末期」に代わる厳格で客観的な適用基準の設定 全国の集中治療施設における緩和ケア体制の整備を先行させること 治療継続を希望する患者・家族を支援する独立した権利擁護機関の同時設置 生命の終わりに関わる判断は、患者・家族の自由な意思決定を守る強固な安全装置のもとで行われなければなりません。現段階の本ガイドラインはその安全装置を持たない。ゆえに、中止を求めます。

わかば会員コメントの小川による代筆

2026/03/29 わかば会員 「4学会共同の救急・集中治療の終末期ガイドライン改訂について」

・基本的には、救命優先原則を揺るがす程の改悪だ。救われたかもしれない命を見捨てることになりうる。TLTなどは、学会の都合など、恣意的に行われかねない「人命のもてあそび」にあたる、倫理性の欠如が見られる。 ・心停止臓器提供へのスッテップではないか ・呼吸器の取り外し等による心停止からの臓器提供を画策しているのではないか ・1968年、和田寿郎を主宰とする札幌医科大学胸部外科チームによる心臓移植事件を思い出す。4学会は、この事件に対する、真摯な反省と教訓をしているのか? ・1978年の映画「コーマ」(昏睡状態)で展開されている、臓器移植への欲求。映画では、売買までとなっているが、こんなことを大ぴらにやりたいのかと疑わざるを得ない。拙速すぎる。
*作成・更新:中井 良平