ヒューマンライブラリーにおける『本』のエンパワメントと継続的支援の課題
栄セツコ,関久美子last: update: 20251017
◆栄セツコ,関 久美子 2025/10/25-26 「ヒューマンライブラリーにおける『本』のエンパワメントと継続的支援の課題」, 障害学国際セミナー2025, 於:京都(日本)
◇障害学国際セミナー2025 ◇障害学国際セミナー
◇障害学
*作成:中井 良平
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栄セツコ,関 久美子 2025/10/25-26 「ヒューマンライブラリーにおける『本』のエンパワメントと継続的支援の課題」
"Empowerment of “Books” in the Human Library:Challenges for Ongoing Support and Engagement"栄 セツコ(桃山学院大学)
関 久美子(新潟青陵大学短期大学部)
1. 研究目的
本研究の目的は、ヒューマンライブラリーにおいて「本」の役割を担った人々が、どのようにエンパワーされていくのか、その要因を明らかにすることである。 ヒューマンライブラリー(以下、HL)は、2000年にデンマークで始まった対話型イベントである。障害や人種、セクシュアリティなどの理由で偏見を受けやすい人々が「本(語り手)」となり、「読者(聞き手)」と対話を行うことで、偏見の低減や多様性への理解をめざす教育的手法として注目されている。語る体験は、「本」にとっても自己理解や自己肯定感の向上につながるとされる。 「読者」は「ブックリスト(本の紹介文)」を参考に「本」を選び、1対1または少人数で30分程度の対話を行う。会場には「司書(スタッフ)」が配置され、安心して語り合える環境が整えられている(坪井 2020)。 工藤(2018)は、HLを次の3つに類型化している。「公共型」は、広く一般に開かれたもので、さまざまな背景をもつ「本」と「読者」が対話を行う。「カスタマイズ型」「トレーニン型」は、特定のテーマや対象を想定して設計され、特定の経験をもつ「本」や、特定の世代・職種を「読者」とすることで、より深い理解を目指す。 本研究では、こうした実践における「本」役の体験に焦点を当て、HLの活動に参加し、語ることが自身にとって、エンパワメントの要素である自己肯定感やアイデンティティの再構築、主体性の獲得へとどのようにつながっているのかを探る。あわせて、「本」のエンパワメントをさらに高めていくために、実践の中で見えてきた継続的な課題についても検討する。2.方法
本研究の方法は、筆者らのHLの実践を、以下の3つのプロセスに着目した。 1)ブックリストの作成:「本」が自身の背景や語りたいテーマをまとめた紹介文であり、作成過程での経験の振り返りや整理、そして「司書」との関係性に注目した。 2)「読者」との対話:対話の中で語りに対する反応を受け取りながら、自身の語りやアイデンティティを再構築する過程を捉えた。 3)語りの意義づけ:語ることに見出される意味や価値、および語りの継続性や動機との関係に着目した。3.ヒューマンライブラリーの実際
1)筆者らのヒューマンライブラリーの実際の枠組み 栄は、2016年から、A障害福祉サービス事業所を事務局とし、「公共型」と「カスタマイズ型」のHLを開催している。公共型は地域イベント、カスタマイズ型は教育機関の授業の一環として実施される。「本」は主に事業所の利用者で、精神疾患や発達障害、LGBT、その家族など多様な背景を持つ。「読者」は一般市民や小中高校生、大学生であり、開催場所や頻度は要請に応じて柔軟に対応している。また、毎月の定例会では「本の編集」や語りの練習を行っている。 関は、2018年から青陵大学・短期大学部の公開講座として公共型を、学外団体と連携して小学生や教員向けのカスタマイズ型を実施している。運営には「青陵学生司書プロジェクト」の学生や卒業生、一般ボランティアが関わる。「本」は栄同様、多様である。その他に、「本」と「司書」による勉強会や茶話会なども継続的に行われている。 2)ヒューマンライブラリーの実践枠組みを経験した「本」にみられる特性 ① ブックリストの作成 ブックリストの作成は「司書」と共同作業で行うことが多い。「司書」からのインタビューを通じ、「本」に自己理解が促され、当日の安心感にもつながっていた。関の実践では、学生教育の一環として「学生司書」が作成を担い、「自分の経験が学生の学びの糧になればいい」といった声が聞かれた(関 2025)。その一方で、栄の実践では、ブックリストの作成は、「本」にとって過去の辛い体験の追体験になり、フラッシュバックがおこることもあった(栄 2018)。また、「本」の精神状態や関係性によっては、「学生司書」に理解されていないと感じたり、逆に「学生司書」がショックを受ける場面も見られ、「本」と「司書」の関係性を見直す必要性が示された。 ② 「読者」との対話 対話の場面では、「読者」からの共感や肯定的な反応により、「本」は自信や自己肯定感を取り戻し、「自分の経験が誰かの役に立つのでは」と社会貢献への意識や自尊心が高まっていた(関 2024)。また、「読者」の質問を通して新たな気づきを得ることで、自己理解や前向きなアイデンティティの形成にもつながっていた(関 2024)。一方で、「読者」の準備してきた質問を次々に投げかける一問一答の形式になり、対話が深まらない場面が確認された。 ③「本」の活動に対する意義づけ(対話後の省察) HLに参加した「本」からは、「より伝わりやすい話し方を工夫したい」「自分の属性について改めて学び直したい」といった振り返りの声が聞かれ、語りを重ねるごとに自己理解が深まり、表現力の向上にもつながっていた。特に「読者」が子どもである場合、「自分の語りがどのように伝わるか」「何を残せるか」といった視点から、語りの内容や伝え方を主体的に考える場面が見られた。一方で、「本」からは「学生司書」や「読者」に対する思いや感謝の声は多く聞かれるものの、他の「本」に対する言及はほとんどなく、「本」同士の関係性は十分には築かれておらず、現時点では語ることへの意義とは結びついていないように見受けられた。4.考察―なぜ、「本」がいきいきするのか、エンパワーする要因
1)ヒューマンライブラリーの実践的構造 HLにおいて「本」がいきいきと語る背景には、自らの経験が他者の学びにつながるという社会的意義の実感があった。普段は「助けられる側」として扱われがちな障害者やマイノリティが、「伝える側」「教える側」として尊重されることで、役割の反転が起こる。この構造は、「当事者主体」の理念とも一致しており、「本」の自己肯定感や存在意義を高める要因となっている。 2)自己物語の生成プロセスによる自己理解 語りの生成により自己理解の深化がみられた。聞き手にわかりやすく伝えようとする過程で、またブックリスト作成の過程を通して、自身の経験や感情を整理し直し、「物語」として再構築することができる。それは、過去の痛みや困難、現在も抱える生きづらさを意味あるものへと変換する営みであり、自己の変容を促すことになると考えられる。 3)自己語りの承認による自己効力感の向上とアイデンティティの再構築 「読者」が真剣に耳を傾け、自分の語りから何かを受け取ってくれるという対話の応答性も、「本」に生き生きとしたエネルギーをもたらせていた。語ることで人とのつながりが生まれ、社会の一員として「役に立っている」という実感が、「本」自身を力づけていると考えられる。5.「本」のエンパワメントをより高めるための課題
1)「本」同士のつながり 筆者らの実践では、HLの舞台裏にある「本」同士の語り合いの場を意図的に設定していた。その場では、「本」同士が語りの工夫や思いを共有し、つながりを深めていた。孤立しがちな「本」が仲間と出会い、理解し合うことがみられ、マイノリティ同士の連帯が生まれ、社会への発信力にもつながることが想定された。今後、語りの場にとどまらず、人間関係を育むコミュニティとしての発展が期待される。 2)「読者」のリテラシー向上 「読者」には、遠慮ではなく誠実な問いかけと傾聴の姿勢が求められる。しかし、筆者らの実践では対話が一問一答に終始する場面があった。本来、対話を通じた価値観の揺さぶりがHLの醍醐味であることから、今後、対話力を育むことが課題であり、「読者」のリテラシー向上が「本」のエンパワメントにもつながると考えられる。 3)「司書」の役割 「司書」は単なる運営補助ではなく、「本」に寄り添い、語りを支える伴走者であることが求められる。語りの不安や葛藤を共有し、長期的に関わる理解者としての存在が、「本」の自己肯定感や継続的な語りへの意欲に影響する。文献
- 工藤和宏(2018)「多様化するHLのアフォーダンス」坪井健・横田雅弘・工藤和宏『ヒューマンライブラリー 多様性を育む「人を貸し出す図書館」の実践と研究』明石書店、272-293頁.
- 栄セツコ(2018)『病いの語りによるソーシャルワーク エンパワメント実践を超えて』金剛出版.
- 関久美子(2024)「ヒューマンライブラリーとウェルビーイング」日本コミュニケーション学会第53回年次大会・東北支部パネル「ウェルビーイングについて」(2024年6月2日、仙台)における口頭発表.
- 関久美子(2025)「ヒューマンライブラリーとウェルビーイング:実践と『本』役への初期的知見」『新潟青陵大学短期大学部研究報告』第55号,55–66頁
- 坪井健(2020)『ヒューマンライブラリーへの招待 生きた「本」の語りがココロのバリアを溶かす』明石書店.