障害者制度改革と当事者参画──女性障害者の複合差別の課題化に関する一考察
有松 玲last: update: 20251011
◆有松 玲 2025/10/25-26 「障害者制度改革と当事者参画──女性障害者の複合差別の課題化に関する一考察」, 障害学国際セミナー2025, 於:京都(日本)
◇障害学国際セミナー2025 ◇障害学国際セミナー
◇障害学
*作成:中井 良平
◇障害学国際セミナー2025 ◇障害学国際セミナー
◇障害学
有松 玲 2025/10/25-26 「障害者制度改革と当事者参画──女性障害者の複合差別の課題化に関する一考察」
"Reform of the Disability System and stakeholder participation: Consideration for making multiple discrimination against women with disabilities a policy issue"有松 玲
立命館大学生存学客員研究員
1.研究の目的
2009-2013障害者制度改革(以下、制度改革)では障害のある女性(以下、女性障害者)について度々言及された。しかし、その成果物としての各種法律の中に女性障害者に対する複合差別を条文として含めることができず、障害者基本法(以下、基本法)に「性別」という言葉が入ったのみである。 本発表の目的は、女性障害者の複合差別が政策的な論点としてどのように焦点化できるのかという問題を考察していくことである。上記、女性障害者の問題がなぜ、条文化されなかったのかという問題を突き詰めると一連の制度改革が極めて不十分であった要因の一つが見えてくると考える。2.研究の視点および方法
本報告は、障害者権利条約権利委員会(以下、権利委員会)の総括所見とその過程で出されたパラレルレポートで女性障害者について触れている部分に言及する。また、本報告では主に障害者基本法について話し合われた障がい者制度改革推進会議(以下、推進会議)について主に扱い、必要に応じてほかの部会の議論等に言及する。制度改革では推進会議の下に3つの部会が設定され、教育、介助サービス法、差別禁止法について話し合われた。それぞれが障害者にとって重要な問題であり、それぞれの場面で複合差別の問題は女性障害者に重く圧し掛かる。しかし、複合差別の問題について、教育及び介助サービスの部会ではそのことをテーマとして話し合われなかった。差別禁止の部会では1度ヒアリングが設けられたものの、作られた差別解消法は基本法と同程度の「性別」という言及のみであった。これらを見るとそれぞれの部会の議論の根底にあるのは推進会議の議論及び基本法であることがわかるため、今回は主に推進会議の議論を使用する。3. 研究結果
①権利委員会総括所見 障害者権利条約(以下、権利条約)には第6条「障害のある女子」として、言及されている。それにより女性障害者の課題は権利員会の審査対象とされた。 審査の結果、女性障害者への言及は第6条以外でもされ、総括所見内で16か所でなされている。その中には保健サービスや性教育への包摂、優生手術の被害者の救済や強制不妊手術等の禁止と医療・手術の本人の同意、性的暴力や家庭内暴力について加害者の起訴及び処罰や被害者への救済策等が特に障害女性について勧告されている。また、藤原は総括所見に関して「あらゆるところに『当事者参画』が求められた」(藤原 2023, 26)と述べている。その一例が以下の勧告である。障害のある女性及び女児の全ての人権と基本的自由が等しく保護されることを確保すること、及びそれら措置の設計及び実施において効果的な参加を行うことを含め、障害のある女性及び女児の自律的な力を育成するための措置を講じること。(パラグラフ16(b))この勧告が示しているように法律の設計段階において女性障害者の参画がなければならないのである。さらに、「効果的な参加」と書かれているように、女性障害者の参加によって、その法律が女性障害者の処遇を改善する具体的な効果がなければならないとされている。 ②権利員会に提出されたパラレルレポートと総括所見 日本障害フォーラム(JDF)は権利員会に日本の障害者が置かれている現状をパラレルレポートにまとめて提出している。その他、日本弁護士連合会等、複数の団体がパラレルレポートを提出しているが、女性障害者の問題に長年携わり、自身も女性障害者である前述の藤原が作成に携わったため、JDFのパラレルレポートの内容を確認していく。パラレルレポートの女性障害者の独立した条文である第6条について見ていくと日本の女性障害者の現状が理解できる。 ・女性障害者が被る複合差別/交差的差別解消に向けた具体的な法制度上の措置や研修につながる対応が取られておらず、具体的な数値や措置を伴った計画が策定されていない。 ・女性障害者の複合差別/交差的差別の実態把握に資する性別統計が不足している。 ・特に暴力や虐待の被害女性や被害児童の中に女性障害者・障害児の割合も把握されていないが、相当数含まれているだろうと政府は述べている。 ・DV 被害を防ぐための教育や情報提供、支援機関についての情報提供が障害の女性にとってアクセシブルではないことが多い。 権利委員会の総括所見は以下の見解を示した。 ・保健・医療・福祉・教育・警察・司法等の関係者に対して、女性障害者の複合差別/交差的差別の実態と課題を認識するような訓練・研修が実施されていない。 ・障害女性への複合的/交差的差別を禁止する法規定がなく、差別解消に向けた措置が十分に取られていない。 ・障害のある女性が尊重されず、自らを価値の低い存在と位置づけることもあるなど、力を奪われている状況に留め置かれている現状にある。 ・女性障害者の現状を表すような調査が少ない。 ・にもかかわらず、虐待や暴力にさらされている女性障害者が多くいるという実態を現状できる範囲の調査の結果は物語っている。 ・しかし、虐待や暴力を防ぐための情報や支援等に女性障害者はアクセスしづらく、女性障害者に関わる全ての関係者に対する複合差別/交差的差別の実態や認識に関する訓練や研修が実施されていない。 ・法的に複合差別/交差的差別を禁止する規定がない。 ・政策や計画等への決定過程に女性障害者が参画できていない。 ③制度改革-構成員の偏りと女性障害者の困難についての討議 障がい者制度改革推進会議(以下、推進会議)の構成員で女性障害者は中西由紀子のみであった。その中西も自身が「専門は国際分野、特に途上国の障害者支援」と述べている通り、女性障害者の課題については専門ではなかった。 推進会議は14回までの議論で第一次意見を障がい者制度改革推進本部に提出し、本部はその中の第3「障害者制度改革の基本的方向と今後の進め方」を踏まえて閣議決定した。この閣議決定のために議論を急いだ結果として、その他のいくつかの課題とともに女性障害者は第一次意見の第3から漏れたため、閣議決定の項目にも入らなかった。15回会議の「今後検討すべき課題」議論で中西が女性障害者について言及したことがきっかけとなって16回会議で「障害のある女性」が議題の一つとなった。そして、第二次意見には女性障害者の項目は入っていたが、基本法の改正案や改正基本法には女性障害者の項目はなく、「性別」という言葉のみが入った。 この基本法は障害者の憲法という位置づけを持っている。もし、この改正で女性障害者の項目が入っていたら、後に続く総合支援法や差別解消法にも影響を与えられたかもしれず、異性介助の問題で悩みを抱える多くの女性障害者の身に降りかかる性的虐待の問題に一石を投じられ、のちに起こるALS嘱託殺人の結果も違っていたかもしれない。
4.考察
瀬山(2014)はこの課題について障害者白書等で示される統計データを男女別で取り、女性障害者の問題を可視化させることが必要であると述べる。データは研究のエビデンスとして一定の重要性があることは言うまでもない。また男女別にデータを取ることで女性障害者の問題にも関心が集まり、研究を広げるという効果も期待できるかもしれない。 しかし、最も重要なことは女性障害者自身が自らの生きづらさに気づき、声を上げていくことではないだろうか。統計データは生きづらさに気づくために重要な指標となるかもしれないが、教育から疎外された障害者にとって統計データをどのように読めばいいのか非常に分りづらく敬遠されると思われる。 また、2010年1月に開催された第1回推進会議に出席した当時の担当大臣の福島みずほは「ジェンダーバランスは男性も貴重なんですが、もっと女性を入れてもらいたいということもあり、有識者の半分が女性になったことを私は個人的には大変嬉しく思っております。」と述べたが、冒頭でも述べた通り、女性障害者は1名である。24名の構成員のうち11名が障害を持っているが10名の男性障害者構成員に対して1人の女性障害者構成員では、障害者構成員のジェンダーバランスはあまりにも悪かった。しかし福島はそのことに蓋をして免罪符とするかのようにこのような話を会議の冒頭に堂々と行い、抗議の声は一切上がらなかった。このことは、DPI女性障害者ネットワークの第1提言である女性障害者の参画が制度改革で検討されなかったということであり、今日に至るまで以下の課題を示し続けている。「私たちは障害女性の複合差別を解消し、他の者との平等を実現するための政策として、次のように提言します。あらゆる政策の検討・決定過程に障害当事者、とくに女性が関与できるよう、参画を促進することが求められます。」(DPI女性障害者ネットワーク, 2023, 89)
「障害者政策にはジェンダーの視点がなく、一方、ジェンダー平等を求めてきた施策には障害者の存在が想定されていない状況は今も続いています。制度の谷間に零れ落ちる障害女性の被る複合差別の解決を本書は強く訴えています。」(谷野隆, 2023, 66)複合差別は差別の内容の問題であるのに、複合差別の課題として別々の課題を議論していることは課題性を薄め、課題化を阻害していることにならないだろうか。複合差別にさらされる女性障害者の問題として、それを解決するための課題を設定するということが問われている。
引用文献・資料
- 瀬山紀子, 2014,「障害女性の複合差別の課題化はどこまで進んだか: 障害者権利条約批准にむけた障害者基本法改正の議論を中心に」『国際女性』28: 11-21.
- 谷野 隆, 2024,「資料紹介 障害のある女性の困難~複合差別実態調査とその後10年の活動から DPI女性障害者ネットワーク2023年6月」『アジェンダ―未来への課題―』2024年夏号: 66-67.
- DPI女性障害者ネットワーク, 2023,『障害のある女性の困難: 複合差別実態調査とその後10年の活動から』
- 藤原久美子, 2023,「障害のある女性の複合差別/交差差別」『賃金と社会保障』1817・1818: 21-27.
- 日本障害フォーラム事前質問事項用パラレルレポート https://jdf-hp.normanet.ne.jp/data/pr/jdf_report_for_lois_jp_r9d.pdf
- 日本障害フォーラム総括所見用パラレルレポート https://jdf-hp.normanet.ne.jp/data/pr/jdf_report_for_the_session_jp_v2.3c.pdf
- 障がい者制度改革推進会議第1回 https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/s_kaigi/k_1/pdf/gijiroku.pdf
- 障がい者制度改革推進会議第15回会議 https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/s_kaigi/k_15/pdf/gijiroku.pdf
- 障がい者制度改革推進会議第16回会議 https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/s_kaigi/k_16/pdf/gijiroku.pdf
- 第一次意見 https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/pdf/iken1-1.pdf
- 第一次意見閣議決定 https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/s_kaigi/k_16/pdf/ref.pdf
- 第二次意見① https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/pdf/iken2-1-1.pdf
- 第二次意見② https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/pdf/iken2-1-2.pdf