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2006




■2006.1.31 優生思想を問うネットワーク「習慣流産への受精卵診断適用についての日産婦学会へのパブリックコメント」


<2006.1.31 習慣流産への受精卵診断適用についての日産婦学会へのパブリックコメント>

2006年1月31日
着床前診断の適応について
優生思想を問うネットワーク
代表 矢野恵子
536-0023
大阪市城東区東中浜2-10-13
緑橋グリーンハイツ1Fアド企画内 
TEL/FAX 06-6965-7399
e-mail yunet@cat.zero.ad.jp

 このたび貴学会の「着床前診断の適応に関するワーキンググループ」(以下WGとします) がまとめられた「習慣流産(反復流産を含む)の染色体転座保因者を着床前診断の適応として認める」という内容の答申について、私たちの意見を申し述べます。

1. 習慣流産への受精卵診断(着床前診断)実施は「いのちの価値付け・選別」にほかなりません。
 受精卵診断は女性の体に多くの卵子をつくらせて多数の受精卵をつくり、子どもにするためにどれを子宮に戻し、どれを廃棄あるいは研究に用いるかなどを価値付け・選別するための技術です。
 貴学会は98年、重篤な遺伝性疾患に限り審査のうえでこの技術の臨床実施を認めるとする会告を出されました。そして2004年には、重篤さの定義を「成人に達する以前に日常生活を強く損なう症状が発現したり生存が危ぶまれる疾患」と定めて、デュシャンヌ型筋ジストロフィーを対象とする受精卵診断計画の申請を認可され、それをかわきりにその後も次々と認可を重ねておられます。
 当初より私たちは、何度も、なぜ「重篤な遺伝性疾患」なら受精卵の段階で選別をして生まれないようにしてよいのかその根拠を何度もお伺いしましたが、明確な回答を示されたことは一度もありません。
 貴会のこの度のWGでは、習慣流産(反復流産を含む)の染色体転座保因者への適応を承認するという答申を出されました。しかしこれは、染色体の数や構造を調べ、「異常」とされた受精卵を取り除き、「正常」とされたもののみを子宮に戻すというものであって、いのちの価値付け・選別以外のなにものでもありません。
 WGの議事録によれば、「習慣流産の転座保因者を対象とする出生前診断は優生思想とのかかわりが薄い」「流産回避の選択肢の一つ」とされ、あたかも倫理的問題が少ないかのような議論がされていますが、その実像は、染色体レベルでの検査によって選別の対象を一段と拡大し、生まれてくる可能性のあるものを根こそぎ排除しようというものです。
染色体の数や構造に違いのある受精卵が流産にいたることが多いとしても、そのことだけで、その1つ1つの受精卵がどこまで成長するかは誰にもわかりません。21トリソミーの場合をはじめさまざまな染色体に起因する症状を持って生まれ、実際に生活をしている人々が多く存在します。それぞれに精一杯の生を営み、人としての大切な一員です。
 日本では、かつて、障害や疾患をもつものへの強制不妊手術や、女性障害者への子宮摘出などが行われてきましたが、それらに対して今もって反省も謝罪もされていません。そして、現在実施されている、障害者への差別に基づいた出生前診断・障害胎児の中絶についても社会的な議論が行われていません。過去および現在の検証もされていない社会に、新たな受精卵診断といういのちの価値付け・選別のための技術を導入し、さらにその適応範囲を拡大されようとしていることを私たちは認めることはできません。

2.今回の答申はこれまでの私たちへの回答を根拠も不明なままに大きく覆すものです。
 現在の会告において貴学会は、「本法がさまざまな医学的、社会的、倫理的な問題を包含している」と認識され、「重篤な遺伝子疾患を診断する以外の目的に本法を用いてはならない。」とし、検査の手法も「疾患遺伝子の遺伝子診断が基本」とされてきました。
また、私たちの公開質問状(99年1月18日付)に対して、貴学会からいただいた回答(99年3月12日付、会長 佐藤和雄、副会長 青野敏博 診療・研究に関する倫理委員会委員長 藤本征一郎)には、「重篤な遺伝性疾患以外に本法は使用されませんので、遺伝性癌や高齢出産や不妊治療の際に受精卵の質を評価することには決して用いません」と明言されています。
 にもかかわらず、このたびの答申は、これまでおっしゃってきたことを大きく覆すものです。しかも、答申を読むかぎり、そのように転換される理由と思われるものは、「流産の反復による身体的・精神的苦痛の回避を強く望む気持ちや、着床前診断を流産回避の選択肢の一つとして利用したいと思う気持ちは十分に理解される。」という記述しか見当たりません。染色体転座保因者に子ができる率は受精卵診断をしてもしなくても同じという内容の記述もあり、要は、さしたる効果がなくても希望があれば実施を認めるとしか受け取れません。
 私たちは、「重篤な遺伝性疾患」を対象に受精卵診断を実施することに反対してきましたが、貴学会として定められてきたことや、私たちに回答されてきたことまでも、十分な説明や根拠も示さずに翻されることに強い不信を抱きます。

3.習慣流産への適応承認は、受精卵診断の歯止めなき拡大をまねく
 今回の習慣流産の染色体転座保因者への適応拡大は、染色体検査を用いた受精卵診断を認めること、不妊「治療」目的での受精卵診断を認めるという二つの意味で、歯止めなき拡大にむけた大きな契機となるものです。
 先述したように、染色体検査による受精卵診断によって、排除の対象となる疾患は一段と拡大します。また、染色体検査の導入を認めるならば、診断の簡便さとも相まって、大小を問わず多くの医療機関で実施可能となります。最初は転座保因者から始めるとしても、時をおかずして、あらゆる受精卵の染色体検査(染色体の異数性診断)開始に直結するのは火を見るより明らかです。
 また、今回の適応拡大は、受精卵診断を、流産を防ぐために「妊娠しやすい胚を選択する技術」として使うことであり、習慣流産の大半を占める原因不明の患者にも、さらには、体外受精・胚移植の成功率を上げるためとして、受精卵スクリーニング開始につながります。
 そして、これら受精卵診断の拡大・普及が、「あらゆる医療技術を駆使しても子どもをもつこと、しかも、障害児を避けて子どもを生むこと」を良しとする価値観をさらに強固なものにしていくに違いありません。
 
4.受精卵診断実施は、習慣流産の女性をさらに苦しめる可能性があります
 答申では、流産の反復による身体的・精神的苦痛の回避のために、受精卵診断を選択肢の一つとして認めるとしています。
しかしながら、答申も認めている体外受精・胚移植に伴う心身の負担や危険性に加えて、検査によって子宮に戻す受精卵がないとされたときの精神的ショック、移植したものの着床に至らなかったときや着床した胚が流産したときの落胆など、診断実施にともなう「身体的・精神的苦痛」は非常に大きいものです。
これでは、苦痛回避のために「新たな苦痛の選択肢」を差し出しているに過ぎません。
 しかしながら、習慣流産はそもそも「病気」ではないし、まして、それへの受精卵診断の適用は「治療」とはいえません。習慣流産は「妊娠しにくい」「流産しやすい」体質を持っているとしても、当人のいのちを脅かすものでもないし、妊娠・出産に直面しない限り何の不都合もないのですから。また、受精卵診断をしたからといって当人たちの体質が変わるわけでもありません。
 子どもを産まない・産めないものに対する根強い差別・偏見の中で、習慣流産の女性(カップル)は、苦しい立場に追い込まれています。その女性(カップル)を「患者」の位置に据え、「治療」と称して、危険や苦痛を伴う上に「いのちの価値付け・選別」につながる医療技術を差し出して更なる苦悩や負担を強いるよりも、なぜ不妊がそれほど切実なのか、不妊の患者を追い詰めている社会のありように変革を求めたいと考えます。

5.受精卵診断は「子宮に戻さない胚」を作り出し、受精卵の研究利用・遺伝子操作に結びつく
 冒頭にも述べたように、受精卵診断は多くの受精卵をつくりだし、その中からそのときどきの目的にあわせて遺伝子や染色体の違いを持った受精卵を振り分け選別する技術です。あらかじめ、「子宮に戻さない受精胚」が生じることが予定されています。従来、体外受精は、できた胚を子宮に戻すために行われてきましたが、受精卵診断はそこから大きく踏み出しでいるといえます。
 しかも、この技術によって、子宮に戻されず「排除」される胚は、遺伝子や染色体に特徴を持っており、事前にカップルの遺伝情報まで調べられています。これらの胚がその後どのように扱われるのかこれまでほとんど検討されたことがありません。
従来の不妊「治療」のために行われている体外受精・胚移植の場で生じた「子宮に戻されなかった受精胚」の扱いやそれを用いた研究の実態も十分明らかにされているとはいえないなかで、受精卵診断によってつくられた「子宮に戻さない受精胚」の扱いが懸念されます。
現在、ES細胞、クローン胚などを用いた再生医療研究が進められており、これら研究者にとって、「子宮に戻さない受精胚」は垂涎の的です。事実、アメリカでは、受精卵診断の結果、遺伝子変異ありとして子宮に戻されなかった受精卵をもとに18種類ものES細胞を作成したと報じられています。受精卵診断に伴って生じる受精胚が、研究や産業に利用されることで新たな問題をうみだす可能性があります。

6. ワーキンググループでの審議は全く不十分、構成メンバーにも大きな問題があります
 公表されているWGの議事は、はじめから「容認されるのではないか」「選択肢の一つ」とする意見がつぎつぎとだされ、いっきに「習慣流産をきたす転座保因者を、新たな適応として加えることは妥当」という整理のもと、ガイドラインの検討へと進められています。
これまでの会告や私たち市民への説明を根底から覆すものにもかかわらず、答申には習慣流産への適用拡大の確たる根拠が示されていないばかりか、どのような社会的・倫理的問題があるのかについての言及もなく、議事録を見ても全く検討されていません。
 さらに、WG構成員のひとり杉浦真弓委員(名古屋市立大学生殖・発生医学 助教授)は、なんと、WGの審議が始まったのと同時期に、自らが申請者となって「染色体均衡型相互転座が原因の習慣流産患者の着床前診断に関する臨床研究」の実施を所属大学の倫理審査委員会に申請しておられます。臨床研究の申請を行っている本人が、同時に、学会のWGメンバーとして議論をリードし、習慣性流産への適用拡大の答申に関与した事実は異様というほかなく、このようなWGで得られた結論は断じて認めることはできません。また、WGの人選に当たった学会理事会、倫理委員会の責任も問われるべきです。
 加えて、答申によれば、実施申請手続きに関して、「ただし、これまでの実績やクライエントへの配慮から、手続きの簡略化や審査の迅速化を図る必要がある。」とされています。しかし、このような社会的・倫理的検討をなおざりにしたままに適応範囲を拡大し、審査の迅速化まで進められれば、受精卵診断の歯止めなき拡大につながることが目に見えています。
 議事録によれば、習慣流産を対象とした受精卵診断の臨床実施をめぐって社会問題となっているということが、今回のWGでの検討を始められた理由だと説明されています。しかし一方で、一昨年、貴学会は、国の関係省庁に対して提出された要望書(7月23日付け)において、「着床前診断は受精卵が胚として生命をうる段階で、生命の選別を行う手技」だとされていたはずです。
 受精卵診断が社会的倫理的に大きな問題をはらむ技術であることを真に認識されているのならば、公正な委員構成のもと、不妊治療とくに体外受精・胚移植の実態を調査し、不妊女性のおかれている立場、障害をもつ人々の立場など社会的倫理的な問題を整理しなおし、いまいちど論点を明示した上で世に問われるべきだと考えます。

7、まとめ
 技術を利用しようとする人は「本人や家族の幸せを思えば、健康な子どもを願うのは当然の気持ち」という言葉で、技術を正当化しようとします。しかしながら、「出産」とは今も昔もかわらず、危険も含んでさまざまな出来事が伴います。
 子どもを産んでも、産まなくても、産めなくても、障害のある子どもを産んでも、障害を持っていても、病気になっても、元気でも、それらのさまざまな生とその暮らしがあるということが人間として当然なことです。そして、それぞれに苦楽があり、醍醐味があります。そのような人々と出会う中でこそ、豊かな社会を築けるのだと考えます。
 いのちの価値付けや選別のための技術の適応拡大が、このような生きるものとして当然の「多様な豊かさ」を「健康な子どもを産む」ことだけに矮小化させ、同時に、さまざまな有り様を認めない社会構造構築の後押しをしてしまっています。
 私たちはこのような状況を生み出す技術を認めることはできません。断固、受精卵診断に反対します。

 最後に、答申では社会的倫理的問題の検討が極めて不十分であることからも、2月の理事会で拙速な結論を下すことなく、再度、倫理委員会にて検討を重ねるとともに、広く社会的論議を続けられることを求めます。同時に私たちの意見をはじめ多くの意見がどのように検討されたのかを明らかにするため、寄せられた意見の公表と、審議過程の速やかな公表を求めます。

以上


採録:利光恵子(立命館大学大学院先端総合学術研究科
UP: 20070322 REV:
出産・出生とその前後  ◇生存学創成拠点
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