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1997



  採録:利光恵子(立命館大学大学院先端総合学術研究科

■受精卵の遺伝子診断臨床応用に反対する意見書

1997年2月18日
受精卵の遺伝子診断臨床応用に反対する意見書

日本産科婦人科学会会長       武田 佳彦 殿
日本産科婦人科学会倫理委員会委員長 佐藤 和雄 殿
日本産科婦人科学会倫理委員会    委 員 各 位
日本産科婦人科学会理事会      理 事 各 位

優生思想を問うネットワーク
                      代表  筒井 純子
                      〒536 大阪市城東区東中浜2丁目10-13全障連関西ブロック気付
                      TEL.06-969-2580 FAX.06-969-2544 

 さる2月11日付の新聞報道によれば、日本産科婦人科学会の診療・研究に関する倫理委員会(倫理委員会)は、受精卵の遺伝子診断の臨床応用を容認する見解(案)をまとめ、学会常務理事会にこれを提出して了承、今月22日の理事会で正式に決定される予定とのことである。
 私達ここに名を連ねるグループは、これまで受精卵の遺伝子診断がいのちの根幹を揺るがす重大な問題性をはらんでいること、にもかかわらず、この技術のそのものの内容・診断手順・学会内での審議内容について情報が全く公開されず、社会的な論議が一切なされていないことを理由に、臨床応用凍結を求めてさまざまな働きかけをしてきました。障害者や女性、障害児をもつ家族、そして医療現場に携わる多くの人達の反対の声を無視したこの度の受精卵の遺伝子診断の容認は、決して許されるものではありません。
 ここに断固抗議するとともに、再度私達の主張を述べて、次回理事会でこの倫理委員会案を安易に承認・決定することのないよう強く要望するものです。

1.受精卵の遺伝子診断は、障害者や疾病をもつ者に対する差別です。

 学会倫理委員会での論議の発端となった鹿児島大学の臨床応用計画では、「伴性劣性遺伝性疾患の子どもの出生防止を目的とする性別判定に限って行う」としてきました。新聞が伝えるところによれば、この度の倫理委員会見解はこれを更に一歩進め、「疾患に関係する遺伝子そのものの診断」を容認し、「異常がある受精卵を廃棄する方法も認めている」といいます。
これは、受精卵の段階で遺伝子の「不良」を理由に、「生きるに値しないいのち」として容赦なく廃棄することです。これを正当化しているのは、病や障害をもつ者は社会にとって不要であり、本人にとってもこの世に生をうけること自体不幸であるという著しい差別思想です。
 私達は、障害や病気をもつこと自体が不幸なのではない、障害者や疾病を持つ者を生き難くしているのは、むしろ社会的条件の不備であり、「障害」や「病」を当たり前のものとして受け入れ、共に生きる姿勢のない社会の側にこそ原因があると考えます。しかしながら、今回の見解は、障害や病を持つ者をより生き難くし、共に生きる社会を作ろうという方向に逆行するものです。

2.受精卵の遺伝子診断の範囲は、際限なく広がる可能性があります。

 報道によれば、見解では、診断の対象を重い遺伝病で適当な治療法がない病気とし、「デュシャンヌ型筋ジストロフィーや脆弱エックス症候群など」に対して行うとしています。
 しかし、本来この技術は、遺伝子が見つかった遺伝性疾患全ての診断が可能であり、現在すでに出生後や胎児に対して広範囲の遺伝子診断が行われていることを考えれば、診断範囲は次々に広がるに違いありません。今回の見解は、いわばそれを見越して、いつでも適応拡大を可能とする含みをもつものです。
 その適応は、保因者の出生防止、複数の遺伝子が関係すると思われるガンや成人病などや疾患以外の形質(例えば性別、知的・身体的優秀さなど)の選別にまで際限なく広がる可能性があります。
3.着床前診断は危険性も高く、女性の心身に過重な負担を強いるものです。

 報道によれば、受精卵の遺伝子診断の前提となる体外受精について、従来不妊治療に限り実施を認めていたものを、今回新たに遺伝子診断についても認めるとしています。
 着床前診断を受ける女性は、血液検査や超音波診断などさまざまな検査を何度も受け、多くの排卵誘発剤やホルモン剤を投与され、卵子を採取されることになります。この排卵誘発剤は、卵巣過剰刺激症候群という重い副作用を引き起こす事実がしだいに明らかになっています。卵巣腫大・腹水や胸水の貯留・肝臓や腎臓の障害・呼吸困難さらには血栓症・脳梗塞や死亡例も報告されていますが、いまだ因果関係不確定として隠蔽されている例も多数あると考えられ、発症の予想がつきにくいことともあいまって相当の危険性を伴うものです。
 しかも、着床前診断に際しては「受精卵のより分け」の手順が加わる分、より多くの卵子を取り出す必要があり、一般の不妊治療以上に危険性は高まると予想されます。現在、日本の体外受精の出産率が15%前後に過ぎぬことを考えれば、単純に計算しても、このような体外受精を6〜7回も受けなければならないのです。
 また、着床前診断はその技術の性格上、最終的に100%の精度が要求されており、妊娠成立後にも絨毛生検や臍帯血採取あるいは羊水検査によって診断の確かさを再確認することが必要とされています。女性は、着床前診断に伴うリスクと従来の出生前診断のリスクを二重に背負わされることになります。 女性にこのように過重な負担のある技術を強いてまで、「遺伝的に完全な子ども」を産ませることを許すことはできません。これは、この技術の適応対象なる女性だけでなく、全ての女性にとって、いやおうなく「完全な子ども」を産むことへと追い立てられる事を意味し、心理的にも著しい抑圧となります。

4.一切の情報が公開されず、社会的論議もなされていない現在、「臨床研究」を名目に臨床実施を認めるべきではありません。

 私達は、技術内容や診断手順についての具体的で正確な情報を公開すること、医学倫理委員会をはじめとする学会内部での審議過程や審議内容を明らかにすることを頻回にわたり要望してきました。しかしながら、「学会の独立性」を理由に一切の情報は公開されていません。
 また、先月20日に開催された学会とネットワークとの1時間ばかりの話し合いの場においても、「医者は検査するだけで、着床前診断の結果をどう使うかは本人ら当事者の判断。自分たちは優生思想には一切関係ない。」「女性の体に対する負担というのは理解できない。観血的な中絶の方が危険性が高い。」との佐藤倫理委員長の発言に明らかなように、学会側は私達市民の意見を聞こうともせず、真摯に答えようともしない態度に終始しました。話し合いとは名ばかり、単に反対意見も一応聞いたというアリバイ作りにすぎないものでした。
 報道によれば、今回の見解では受精卵の遺伝子診断を「臨床研究」として位置づけるとしています。しかしながら、学会は体外受精・胚移植を開始するに当たって、「不妊治療として行われる医療行為」だとして、さまざまな倫理的批判・議論を封じ、強引に臨床に持ち込んできました。そして、今回またもや「臨床研究」と言う名のもとに、遺伝子診断にこれを用いることを容認し、全ての問題提起や批判に蓋をし、しゃにむに医療の場に導入しようとしています。
 このような横暴は絶対に許されません。

 私達は以上の理由から貴学会に対して次のことを要望します。
1.次回理事会で倫理委員会案を安易に承認・決定することなく、医学的にも社会的にも十分論議がつくされるまで、受精卵の遺伝子診断の臨床応用を凍結すること。

2.技術内容、診断手順、学会内でのこれまでの審議内容など全ての情報を公開すること

3.この技術の受け手となる障害者・遺伝性疾患の患者・女性など当事者との話し合いの
場を早急にもつこと

        以上

UP:20070322 REV:
出産・出生とその前後  ◇生存学創成拠点
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