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山下 恒男
やました・つねお


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■著書・編書

◆山下 恒男 19770630 『反発達論――抑圧の人間学からの解放』,現代書館,278p. ISBN-10: 4768433316 ISBN-13: 978-4768433317 1600 [amazon] ※ d,→20020710 『反発達論――抑圧の人間学からの解放 新装版』,現代書館,286p. ISBN-10: 4768434290 ISBN-13: 978-4768434291 [amazon][kinokuniya] ※ d. e19.
◆山下 恒男 198411 『差別の心的世界』,現代書館,382p. ISBN-10: 4768433413 ISBN-13: 978-4768433416 2500 [amazon][kinokuniya] ※ d, d04,
◆山下 恒男 編 19801215 『知能神話』,JICC出版局,256p. ASIN: B000J82GU0  1200 [amazon] d, i02,
◆山下 恒男 19900815 『狭山自白・「不自然さ」の解明』,日本評論社,282p. ISBN-10:ISBN-10: 4535578915 ISBN-13: 978-4535578913 \2400 [amazon][kinokuniya] ※ c0111 mp
◆山下 恒男 20120315 『近代のまなざし――写真・指紋法・知能テストの発明』,現代書館,286p. ISBN-10: 4768435165 ISBN-13: 978-4768435168 2600+ [amazon][kinokuniya] ※ eg.


◆19781225 「異人認知(幻想)の心的根拠としての身体性と「動物性」」(差別の心的構造 第1回)
 『福祉労働』01:166-179  東社
◆19790325 「差別意識の表出と身体性」(差別の心的構造 第2回)
 『福祉労働』02:154-167 ※
◆19790625 「畏怖と蔑視をつなぐ心的回路」(差別の心的構造 第3回)
 『福祉労働』03:166- ※COPY
◆19791225 「近代化による差別の変質」(差別の心的構造 第5回)
 『福祉労働』05:175-
◆19800325 「古典落語の世界(1)」(差別の心的構造 第6回)
 『福祉労働』06:163-179 ※
◆19800925 「近代化の精神構造」(差別の心的構造 第8回)
 『福祉労働』08:165-179 ※
◆19801225 「差別・偏見研究と心理学――日本の場合」(差別の心的構造 第9回)
 『福祉労働』09:158-171 ※
◆1981 「新しい「優生思想」の危険性」
 『週刊読書人』1379:
◆19810325 「差別・偏見の心理学的研究の背景と流れ――アメリカの場合」(差別の心的構造 第10回)
 『福祉労働』10:164-179 ※
◆19810625 「当事者性の回復への願い――篠原さんの「方法」の独自性」(篠原論文「『障害児の教育権』思想批判」を読んで(1))
 『福祉労働』11:163-175 ※
◆19810925 「偏見と人種関係(上)」(差別の心的構造 第11回)
 『福祉労働』12:159-179 ※
◆19811215 「偏見と人種関係(下)」(差別の心的構造 第12回)
 『福祉労働』13:141-163 ※
◆19820325 「差別・偏見の心理学的研究――補足とまとめ」(差別の心的構造 第13回)
 『福祉労働』14:168-178 ※
◆19820625 「差別のコミニュケーション(1)――うわさ・流言・スキャンダル・宣伝」(差別の心的構造 第14回)
 『福祉労働』15:154-171 ※
◆19821225 「意識の共同性と個別性――吉本隆明『共同幻想論』と『心的現象論』から考える」(差別の心的構造 第15回(最終回))
 『福祉労働』17:165-179 ※
◆19870325 「障害者福祉・教育と情報化・国際化・ハイテク化」
 『福祉労働』34:078ー092 ※
◆19901208 「IQ論争,あるいは隠された悪意――知能は測れるのか,知能は遺伝するのか,そして人間の知能とは何か?」
 『別冊宝島』123:022-031 ※

■言及

◆立岩 真也 1997 『私的所有論』

 「◇31 「種の多様性が、人工物の意図的な増殖のなかで、性のみが保証する偶然の終りのなかで消滅するとき、おそらく人類の死がまっているだろう。」(Attali[1988=1994:520])この種の議論は多い。畦地豊彦[1987]について加藤秀一が次のように指摘する。
 「「類的種族としての人間存在の認識」(畦地[1987:187])といった全体主義(「種」主義というべきか)は反差別運動の射程を根本から堀り崩す倒錯であるように、私には思われる。女性も障害者も、その解放運動の出発点は、自らを、他に置き換えのきかない一人の人間=個人として認めよという叫びではなかったか。個人は種内の遺伝子の多様性を保存するプールとして価値があるのではない、という思いに立ち帰ること――障害者運動とフェミニズム運動は、個人の尊厳の擁護というこの出発点を徹底して共有するところから、生命の質を一元化する優生思想に反対するという、原理的な共存を獲得できるはずだ。」(加藤[1991a])この箇所に付された注には、「より典型的な表現は同じ論集の中の山下恒男の文章にみられる。そこでは「個体と種を二つにして一つのもの」とみる今西進化論の「おおらか」さが称揚されている」とある。ここで加藤が言及しているのは山下[1987:388-389]。著書(山下[1977])にも同様の主張が見られる。
 本書を通して言おうとしたのは、これらと別の立場である。」(第9章注31、p.442 この本の最後の注)


REV:.. 20060812, 20090204, 20121016
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