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山口 進一
やまぐち・しんいち
『今を生きる』
http://www.ne.jp/asahi/laconic/ikiru/index.htm



・福岡県宗像市在住
日本ALS協会福岡県支部副支部長

・まこさんズALS版(娘さんのホームページ)
 http://www.fsinet.or.jp/~makosanz/index.htm

・1996 ALSと診断される

◆2000/09/20 「本部総会に出席して」
 『JALSA』051号:25-27

◆2000/10/07 「あいだに在るもの」(講演)
 芸術とヘルスケア・パネルディスカッション 於:福岡アジア美術館・あじびホール
 http://www.kyushu-id.ac.jp/~tomotari/yamaguchi2.html

 「まず、ショッキングな写真をお見せすることになるのですが、この方はALSの重症患者さんです。 歩きにくくなったり話しにくくなったりと、ALSはいろんなところから進行しますが、最終的にはみんなこうなります。全身の筋肉がピクリとも動かない。見た感じは植物人間ですが、この方の頭脳は全く正常なのです。目はまぶたを誰かが開けてやれば見えるのです。耳も聞こえます。かゆさ、痛さもよくわかります。でも自分で掻けない。とまったハエをはらうことすらできない。誰かにはらってほしいと伝えたくても、一言も話せない。つらいですよね、やはり。
 皆さんもこの状態を体験することができます。一番楽な姿勢でベッドに横たわり、微動だにしないで一時間過ごしてください。たぶん10分も我慢できないと思います。10分もしないうちにどこかが痒くなる。それを訴えることができない。動けないということもつらいのですが、それを表現することができないというのが、一番つらいことなのです。しかし最近のデジタル機器の発達により、このような方でも、意思を伝えることができるようになってきました。これが我々の救いなのです。」

◆2001/01/27 「自分の声で生きたい。――ALS患者の挑戦」
 RKB毎日放送『電撃黒潮隊』(JNN系2001年1月27日放送)
 「パソコンで声を蘇生  ALS(筋萎縮性側索硬化症)は運動神経が侵されて、次第に全身が動かなる難病だ。患者は全国に約5000人いると言われる。原因は不明で治療法もない。 コンピュータ技術者だった福岡県宗像市の山口進一さんは発症して6年になる。現在、一人で立ち上がることはできないが、愛用のパソコンを携えて精力的に講演活動を続け、他の患者にパソコンを使うことを呼び掛けている。パソコンはALSに侵されない5感や知性を生かして人とコミュニケーションする機械であり、患者の生きる支えにもなると信じるからだ。 話すことも運動機能である以上、患者は必ず自分の声を失う。その時もパソコンは声の代役を果たしてくれる。ただ、山口さんには無味乾燥な合成音を自分の声として使いたくないという思いがあった。最新のテクノロジーはその希望にも応えてくれた。技術の力を信じて強く生きる山口さんの姿を追った。
RKB毎日放送 滝井弘一」
 ーTV番組紹介記事よりー(2001年1月25日付毎日新聞)
 *「まこさんズALS版」より
  http://www.fsinet.or.jp/~makosanz/index.htm

◆2001/02/26 「ALS国際シンポジウムに参加して」
 『JALSA』052号:09-10
 「今回私がこの会議に参加する目的は二つありました。ひとつは「発病してからずっと私が続けてきた講演活動を国際会議の場で実行すること」もうひとつは「呼吸器を装着して目的を持って生きている我々患者を世界中から集まった人達に見て貰い、気管切開・呼吸器装着を拒否して安楽死を選択することが多いという欧米の風潮に異議を唱えること」でした。」(p.9)

◆2002/08/09 「父と娘」(街百話)
 『毎日新聞』西部本社版夕刊

 「1996年、いきなり父のもとに神経難病がやってきた。その名もALS、日本名、筋委縮性側索硬化症。全身の運動神経が徐々になくなっていくという…」。福岡県宗像市の山口雅子さんが開設したホームページ(HP)「まこさんズ」は、こんな書き出しで始まる。
 父進一さんは福井市で生まれた。大学を出て旧八幡製鉄(現・新日鉄)に入社。技術者として中国、米国などを駆け巡った。異変が起きたのは、出向先の北九州市の専門学校でコンピューター制御システムの教べんを執っていた94年ごろ。授業中、チョークや教科書を頻繁に床に落とすようになり、96年にALSと診断された。雅子さんが医学書を繰ると「3年以内に死ぬ病気」とある。「なんで父なの?」。目の前が真っ暗になった。
 補助呼吸器が欠かせず、車いすでの生活。食べ物をのみ込む力が弱く、誤って気管支に入ると肺炎を引き起こす。自宅は車いすが通れるように改造した。
 そんな体で父は各地で講演を続け「生きること」の素晴らしさを訴える。不自由な手でも操作できる特別なマウスを使ってパソコンを駆使、全国の患者らとコミュニケーションする。「パソコンこそALS患者の意思を伝える道具」が口癖だ。
 99年3月に立ち上げたHPには父親の近況と併せ、講演への反響も褐載している。「人生頑張ろうという気持ちになった」「自分の生き方を恥ずかしく思った」。こんな声が続々と寄せられる。
 「父のおかげで生や死について真剣に考えるようになった」
 車が好きだった父。発病前『夏休みには母と妹も一緒に家族4人で、よく九重などにドライブに出掛けた。教育熱心で6歳から英会話教室に通わされた。あまりの厳しさに反発したこともあった。今でもささいなことでぶつかる時もある。でも、その気丈さが病気の進行を遅らせていると感じる。
 「気が弱いけど我が強い。プラス思考のところが父と私は似ている」と思う。
 「ALSを知らない人がまだまだ多い。もっと伝えていかないと」。輝きを失わない父の<生きざまを見て、雅子さんはそう思う。(毎日新聞 早田)
BR>  

◇『まこさんズALS版』(娘さん=雅子さんのホームページ)
 http://www.fsinet.or.jp/~makosanz/index.htm

Date: Tue, 14 Oct 2003 16:11:12 +0900
Subject: [maee:1366] ホームページを開設しました

福岡のALS患者、山口です。

私の家族が運営していた“まこさんズ”を引き継いで、
私自身によるホームページ“今を生きる”を開設しました。
http://www.ne.jp/asahi/laconic/ikiru/index.htm
“まこさんズ”は近日中に閉鎖します。

“今を生きる”の中でALS患者個人サイトへのリンクのページを設け
ましたが、実はその内容は故鎌田竹司氏のサイトからそのまま丸写しで
転用しました。リンクとしてお名前の挙がっている全国の患者さん方に
は無断で掲載したことになりますが、是非ご了解を戴きたいと思います。

また、今までご自分のホームページに“まこさんズ”へのリンクを貼っ
て下さっておられた方には、次回更新される際に新サイトへの書き換え
をお願いしたいと思います。


laconic@jul.email.ne.jp
http://www.ne.jp/asahi/laconic/ikiru/index.htm
http://www.arsvi.com/0w1/ymgcsnic.htm

 
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■立岩『ALS――不動の身体と息する機械』における引用・言及

 [295]山口進一(福岡県)は一九九六年にALSの診断を受けた人で、自分の声を用いた音声合成装置を使って話し、講演もする人だが、その講演の冒頭にも次のような部分がある。「まず、ショッキングな写真をお見せすることになるのですが、この方はALSの重症患者さんです。 歩きにくくなったり話しにくくなったりと、ALSはいろんなところから進行しますが、最終的にはみんなこうなります。全身の筋肉がピクリとも動かない。見た感じは植物人間ですが、この方の頭脳は全く正常なのです。目はまぶたを誰かが開けてやれば見えるのです。耳も聞こえます。かゆさ、痛さもよくわかります。でも自分で掻けない。とまったハエをはらうことすらできない。誰かにはらってほしいと伝えたくても、一言も話せない。つらいですよね、やはり。/皆さんもこの状態を体験することができます。一番楽な姿勢でベッドに横たわり、微動だにしないで一時間過ごしてください。たぶん一〇も我慢できないと思います。一〇分もしないうちにどこかが痒くなる。それを訴えることができない。動けないということもつらいのですが、それを表現することができないというのが、一番つらいことなのです。しかし最近のデジタル機器の発達により、このような方でも、意思を伝えることができるようになってきました。これが我々の救いなのです。」


※おことわり
・このページは、公開されている情報に基づいて作成された、人・組織「について」のページです。その人や組織「が」作成しているページではありません。
・このページは、文部科学省科学研究費補助金を受けている研究(基盤(C)・課題番号12610172)のための資料の一部でもあります。
・作成:立岩 真也
・更新:20011117,1206,20021028 20031116
ALS  ◇日本ALS協会福岡県支部  ◇WHO 

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