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吉田 おさみ
よしだ・おさみ


このHP経由で購入していただけたら感謝

 作成:樋澤吉彦*(立命館大学大学院先端総合学術研究科)+立岩真也
 *http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/g/hy01.htm

■著書

◆198101 『”狂気”からの反撃――精神医療解体運動への視点』,新泉社,276p. ISBN: 4787780085 1575 [品切] [amazon] b d

◆19831201 『「精神障害者」の解放と連帯』 ,新泉社,246p. 1500 ISBN-10: 4787783157 ISBN-13: 978-4787783158 [amazon][kinokuniya][boople] ※/杉並369 d m
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◇黒田 正則 19810325 「書評:吉田おさみ『狂気からの反撃』」
 『季刊福祉労働』10:123-125 
◇渡辺 雄三 1981 「吉田おさみ著『“狂気”からの反撃:精神医療解体運動への視点』書評」、『臨床心理学研究』、18(4)、1981:136-137.
◇佐藤 和喜雄 1984 「<書評1>「『精神障害者』の解放と連帯」(吉田おさみ著 新泉社)を読む」、『臨床心理学研究』、22(1)、1984:60-62.


■『臨床心理学研究』(日本臨床心理学会)関係
 調査:樋澤

●吉田おさみ氏 論文

◆「“きちがい”にとって“なおる”とは:「される側」の論理」、『臨床心理学研究』、14(1)、1976:26-31.
◆「“病識欠如”の意味するもの:患者の立場から」、『臨床心理学研究』、13(3)、1976:113-117.
◆「狂気・正気の連続-不連続性について:“妄想”体験から」『臨床心理学研究』、15(2)、1977:20-25.
◆「<発題T>患者の立場からの発題(<シンポジュウムU>治すということ:心理治療をめぐって(発題部分))」、『臨床心理学研究』、14(3)、 1977:36-41.
◆「現存在分析論の「精神障害」観について」『臨床心理学研究』15(1)、1977:32-37.
◆「運営委員会に質問する」『臨床心理学研究』、16(2)、1978:45-46.
◆「治療的要請と面会の自由」、『臨床心理学研究』、16(1)、1978:57-63.
◆「岡林春雄(臨心研15.2.)に抗議する」、『臨床心理学研究』、15(4)、1978:94-95.
◆「“患者”の“甘えと反抗”:対等関係をめざして」、『臨床心理学研究』、16(4)、1979:70-78.
◆「宮崎忠男さんの疑問(17巻1号)に答えて」、『臨床心理学研究』、17(2)、1979:50-52.
◆「『精神障害者福祉法案』批判」、『臨床心理学研究』、18(3)、1980:96-99.
◆「監獄法改『正』と精神医療」、『臨床心理学研究』、17(3・4)、1980:120-125.
◆「第4回 刑法理論の動向と保安処分:“病”者の立場から」、『臨床心理学研究』、19(2)、1981:58-68.
◆「“人間科学”について」、『臨床心理学研究』、18(4)、1981:134.
◆「国障年思想を超えて:「病」者の立場から」、『臨床心理学研究』、19(3)、1982:38-42.

●吉田おさみ氏を悼む特集

◆山下栄一「吉田おさみさんの解放思想に学ぶ」、『臨床心理学研究』、23(1)、1985:2-5.
◆大野萠子「差別社会の中の戦死」、『臨床心理学研究』、23(1)、1985:5-6.
◆渡辺雄三「吉田おさみさんのこと」、『臨床心理学研究』23(1)、1985:6.
◆菅原ぺて呂「共有の地点」、『臨床心理学研究』、23(1)、1985:6-8.
◆香川悟「吉田おさみ氏の晩年の思想に関して」、『臨床心理学研究』、23(1)、1985:8-9.
◆青木照武「否定の哲学」、『臨床心理学研究』、23(1)、1985:9-11.
◆赤松晶子「対等関係を求めて:吉田おさみ氏の批判にこたえ今なお語り合いたい」、『臨床心理学研究』、23(1)、1985:11-16.

●吉田氏論稿に言及しているもの

◆岡林春雄「<書評V>全障連結成大会報告集(全国障害者解放運動連絡会議編)」、『臨床心理学研究』、15(2)、1977:97-98.
 →論文15(4)にこれに対する吉田氏抗議
◆日本臨床心理学会第二期運営委員会「第二期運営委員会総括」、『臨床心理学研究』、15(3)、1977:20-31
 →論文16(2)吉田氏(上記)の疑問へ
◆渡辺雄三「<発題1>治すということ:吉田おさみさんとの「対話」を通して(<シンポU>「治療」観の再検討:かかわりあいの現実をふまえて(発題要 旨))」、『臨床心理学研究』、15(3)、1977:9-10.
◆「<シンポジュウムU>治すということ:心理治療をめぐって(討論部分)」、『臨床心理学研究』、14(3)、1977:56-74.
 →吉田氏参加の討論会報告
◆岡林春雄「泡沫(うたかた)」、『臨床心理学研究』、15(4)、1978:96-99.
 →15(4)吉田氏論文(上記)に対する文章
◆日本臨床心理学会第三期運営委員会委員長佐藤和喜雄「吉田おさみ氏の「質問」にこたえて:第二期運営委員会総括の自己批判的点検及び我々の姿勢の再確 認」、『臨床心理学研究』、16(2)、1978:47-50.
 →16(2)吉田氏(上記)の疑問に対して
◆宮崎忠男「吉田論文(16巻4号)を読んで」、『臨床心理学研究』、17(1)、1979:99-103.
 →吉田氏論文(上記)への疑問
◆渡辺雄三「吉田おさみ著『“狂気”からの反撃:精神医療解体運動への視点』書評」、『臨床心理学研究』、18(4)、1981:136-137.
◆佐藤和喜雄「<書評1>「『精神障害者』の解放と連帯」(吉田おさみ著 新泉社)を読む」、『臨床心理学研究』、22(1)、1984:60-62.


■その他

◆19801225 「最近の「精神障害」者対策に抗して――保安処分と精神障害者福祉法(案)」
 『季刊福祉労働』09:139-150
◆19831201 「「病」者にとって保安処分とは」


 
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■引用

◆1974? 「”病識”欠如の意味するもの――患者の立場から」
 『臨床心理学研究』13-3

 「問題は誰がなおしたいかということです。身体病の場合は主として本人がなおしたいのであり、精神病の場合は主として社会がなおしたいのです。」
 小沢牧子 200203 『「心の専門家」はいらない』(洋泉社、新書y057、218p.、 \700))p.89で引用

◆19831201 『「精神障害者」の解放と連帯』
 新泉社、246p. 1500 ※/杉並369
 *絶版になっていません。買えます。→

 
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■言及

◆渓さゆり

 1984年暮
 「臨心学会に唯一度語らいし吉田おさみ何故逝きし患者らの理論的支柱」(p.177)  その下に「レイノー病併発とか」とある

 渓 さゆり 19940807 『歌集 「火」以後』,六法出版社,225p. ISBN: 4897703468 2500 [boople][品 切] ※

◆立岩 2001
 「一つ、「なおる」(というより「なおされること」)に対する拒絶とでも言えるような強い提起があったのだが、これについて考えるのは後に回そう――こ こに書くことをまず書いてみて、それとの差分があるのかどうかを考えてみたらよいと思っている★04。」 「★04 吉田おさみが書いたこと ([1983]他)など。
 障害を個性とみる、肯定するとする主張については立岩[2001b]で(少し)検討する。」
 (立岩 真也 2001/07/30「なおすことについて」,野口裕二・大村英昭編『臨床 社会学の実践』,有斐閣 pp.171-196)

◆立岩 2002/12/25 「サバイバーの本の続き・2」(医療と社会 ブックガイド・22)
 『看護教育』43-11(2002-12):(医学書院)

立岩 真也 2003/01/01 「生存の争い――医療の現代史のために・9」,『現代思想』31-01(2002-01): ※資料
◇「「問題は誰がなおしたいかということです。身体病の場合は主として本人がなおしたいのであり、精神病の場合は主として社会がなおしたいのです。」(吉田[1974]、小沢[2002:89]に引用)★02
 極端な言い方ではあり、いくつか留保するところはあるが、大筋では外れてはいない。精神病・精神障害について起こる問題はこのことを巡るものだ。自分が してほしくないことをする。だからなにもしてほしくないこともあるが、生活も苦しいし病もつらいから、そうときっぱりとは言えない。
 そんな中で[…]」
◇「例えば「反精神医学」というものがあって、それは精神病は社会が貼った単なるラベルであるとして病の存在自体を認めなかった立場である、あるいはその病の原因として生理的な水準を否定しその原因として社会だけを名指した立場である、そして医療をすべて拒否した立場である、ということになっている。だがそんなことはない。例えば先にもその文章を引用した吉田おさみが、彼は論理明晰な精神障害者だったのだが、「従来の正統精神医学の構成的要素」として、1)狂気の患者帰属、2)ネガティブな狂気観、3)狂気の原因論としての身体因説(あるいは性格因説)、「いわゆる反精神医学の構成的要素」として、1)狂気の成立機制としてのラベリング論、2)狂気のポジティブな評価、3)原因論としての社会要因説(あるいは環境要因説)をあげて(吉田[1983:104])次のように言う。
 「正統精神医学の構成的要素のうち、まず3)に、その後に1)2)に異義申し立てがなされたのですが、注意しなければならないのは[…]原因論の前提には(身体因説、社会因説を問わず)「精神病」を患者に帰属する「病」と捉えるネガティブな狂気観があることです。したがって、いわゆる反精神医学は正統精神医学の反措定として成立したが故に、そこにはさまざまな契機がごちゃまぜに混入されていますが、そもそもラベリング論・狂気の肯定と社会因説は論理的に両立し得ないのです。何故なら、原因論それ自体が、いかにして「精神病」をなくするかという目的的実践的要請から出発しているのであり、社会因説を含めた原因論は正統精神医学の1)2)の構成的契機(狂気の患者帰属と狂気の否定)を前提しているのであって、反精神医学の1)2)の構成的契機を是認すれば、原因論を論じることじたいがおかしいことになるからです。」(吉田[1983:106])
 私なら少し違うように言いたいところはある。例えば狂気を肯定しなくてはならないわけではないだろう、病気は病気だと言えばよいのかもしれないと思う。この時期にこのように言われたことと、このごろのもう少し力の抜けた構えと違うところはあるように、しかし同時に、そう大きく違うことだろうかと、違うと言ってしまうのも乱暴だろうか、そんなことを考える★06。だがともかくはっきりしていることは、吉田が「原因」が一番の問題ではないのだと明言していることだ。だから、反精神医学が、というより当時の精神医療に対する批判が、社会因説をとり、それはその後の「医学の進歩」によって間違っていたことがわかったから命脈を断たれたのだという話は間違っている。この文章の第二回・第三回で[…]」


REV:..20050820 0923
精神障害  ◇障害者(の運動/史)のための資料・人  ◇障害学  ◇身体×世界:関連書籍  ◇WHO 

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