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吉田 おさみ

よしだ・おさみ
1931〜1984


このHP経由で購入すると寄付されます

・1931/01/02 奈良市に生まれる。
・1965頃? 大学院生(大阪大学)の時に統合失調症を発症(吉田[1975:60])
・1972頃? 退院(吉田[1975:60])
 信貴山病院に通院(吉田[1981:245])
・1974? 『鉄格子の中から――精神医療はこれでいいのか』(友の会編[1974])を買ったことをきっかけに、『友の会』会員になる
・1974? 「全国「精神病」者集団」に参加、『絆』の編集にも携わる
 「…『精神医療』全国『精神病』者集団や友の会を知り、その仲間に入れてもらうようになったからです。/私と友の会とのかかわりは『精神医療』の書評欄にのっていた『鉄格子の中から』をまず買い、そこに載っていた友の会の連絡先に手紙をだすことからはじまりました。…」(吉田[1981:246])
・1980 『"狂気"からの反撃』(吉田[1980])
・1983 『「精神障害者」の解放と連帯』(吉田[1983])
・1984/11/01没(享年52歳)
・1985 『臨床心理学研究』(日本臨床心理学界)23(1)で追悼特集

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E7%94%B0%E3%81%8A%E3%81%95%E3%81%BF#.E8.BF.BD.E6.82.BC.E7.89.B9.E9.9B.86

■著書

◆198101 『”狂気”からの反撃――精神医療解体運動への視点』,新泉社,276p. ISBN: 4787780085 1575 [品切] [amazon] m.

◇黒田 正則 19810325 「書評:吉田おさみ『狂気からの反撃』」,『季刊福祉労働』10:123-125 
◇渡辺 雄三 1981 「吉田おさみ著『“狂気”からの反撃――精神医療解体運動への視点』書評」,『臨床心理学研究』18-4:136-137

◆19831201 『「精神障害者」の解放と連帯』 ,新泉社,246p. 1500 ISBN-10: 4787783157 ISBN-13: 978-4787783158 [amazon][kinokuniya] ※/杉並369 m
 *まだ売ってます→BOOK

◇佐藤 和喜雄 1984 「<書評1>「『精神障害者』の解放と連帯」(吉田おさみ著 新泉社)を読む」,『臨床心理学研究』22-1:60-62


■『臨床心理学研究』(日本臨床心理学会)関係
 調査:樋澤

●吉田おさみ氏 論文

◆「“病識欠如”の意味するもの――患者の立場から」、『臨床心理学研究』、13(3)、1976:113-117.
◆「“きちがい”にとって“なおる”とは――「される側」の論理」、『臨床心理学研究』、14(1)、1976:26-31.
◆「<発題T>患者の立場からの発題(<シンポジュウムU>治すということ:心理治療をめぐって(発題部分))」、『臨床心理学研究』、14(3)、1977:36-41.
◆「現存在分析論の「精神障害」観について」『臨床心理学研究』15(1)、1977:32-37.
◆「狂気・正気の連続-不連続性について:“妄想”体験から」『臨床心理学研究』、15(2)、1977:20-25.
◆「運営委員会に質問する」『臨床心理学研究』、16(2)、1978:45-46.
◆「治療的要請と面会の自由」、『臨床心理学研究』、16(1)、1978:57-63.
◆「岡林春雄(臨心研15.2.)に抗議する」、『臨床心理学研究』、15(4)、1978:94-95.
◆「“患者”の“甘えと反抗”:対等関係をめざして」、『臨床心理学研究』、16(4)、1979:70-78.
◆「宮崎忠男さんの疑問(17巻1号)に答えて」、『臨床心理学研究』、17(2)、1979:50-52.
◆「『精神障害者福祉法案』批判」、『臨床心理学研究』、18(3)、1980:96-99.
◆「監獄法改『正』と精神医療」、『臨床心理学研究』、17(3・4)、1980:120-125.
◆「第4回 刑法理論の動向と保安処分:“病”者の立場から」、『臨床心理学研究』、19(2)、1981:58-68.
◆「“人間科学”について」、『臨床心理学研究』、18(4)、1981:134.
◆「国障年思想を超えて:「病」者の立場から」、『臨床心理学研究』、19(3)、1982:38-42.

■吉田おさみ氏を悼む特集

◆山下栄一「吉田おさみさんの解放思想に学ぶ」、『臨床心理学研究』、23(1)、1985:2-5.
◆大野萠子「差別社会の中の戦死」、『臨床心理学研究』、23(1)、1985:5-6.
◆渡辺雄三「吉田おさみさんのこと」、『臨床心理学研究』23(1)、1985:6.
◆菅原ぺて呂「共有の地点」、『臨床心理学研究』、23(1)、1985:6-8.
◆香川悟「吉田おさみ氏の晩年の思想に関して」、『臨床心理学研究』、23(1)、1985:8-9.
◆青木照武「否定の哲学」、『臨床心理学研究』、23(1)、1985:9-11.
◆赤松晶子「対等関係を求めて:吉田おさみ氏の批判にこたえ今なお語り合いたい」、『臨床心理学研究』、23(1)、1985:11-16.

■その他

◆19750512 「患者にとって治療とは何か」,『精神医療』第2次4-3(17):60-63
◆19750915 「保安処分反対論の盲点――患者の立場から」,『精神医療』第2次4-4(通巻18):60-62
◆19761112 「強制入院反対論ノート」,『精神医療』第2次5-2(20):60-66
◆19760425 「患者運動の視点――地域精神医療の対極にあるもの」,『精神医療』第2次5-1(19):89-92
◆19770916 「敵は誰か」,『精神医療』第2次6-3(24):121-124
◆19801225 「最近の「精神障害」者対策に抗して――保安処分と精神障害者福祉法(案)」,『季刊福祉労働』09:139-150
◆19831201 「「病」者にとって保安処分とは」

■引用

◆吉田 おさみ 19750512 「患者にとって治療とは何か」,『精神医療』第2次4-3(17):60-63

 「私は3年余り前に退院し、その後1週間に一度通院していますが、その体験を素材として、患者の立場から精神医療について考えてみたいと思います。[…]  大まかにいって、従来の精神医療を否定する考えの筋道に2つあります。ひとつは、狂気は病気でないから、当然、治療の対象は問題にならないという考え方。もうひとつは、狂気は病気だけれども、病気だからといって必ずしも治療(従来の意味での)する必要はないという考え方です。狂気が病気かどうかは難しい問題ですけれど、私は病気でないと簡単に割り切ることはできません。といいますのは、もう10年以上も前になりますが、私は分裂病の症候といわれる被害妄想、させられ行為、思考伝播、恐怖体験などを体験し、特に激しい恐怖感に襲われた時は本当に苦しく、医師に救いを求めるほかなかったのです。そういう意味で、医療を全面的に否定しきることは私にはできません。でも、完全に症候もとれ、苦痛もなくなった現在、生活の領域にまず医療が割りこんでくることは私は納得できません。」(吉田[1975:60])
 「もともと医療には本人の利益を保護する面と、国家・社会(いいかえれば支配者)の利益をまもる面との2つがあります。身体医療の場合には前者に重点があり、精神医療は後者に重点がおかれてきたといえるでしょう。そして身体医療においては、本人の利益をまもることがそのまま国家社会の利益につながるのに対し、精神医療の場合は両者は背馳する場合が多いということもいえるでしょう。
 以上のようなことから、私は治療は原則として身体的療法である薬物療法のみに、しかも、それは患者の要請がある場合にのみかぎられるべきだと考えます。精神療法や生活療法は医師の抱いている価値観に左右されることが多く、またこれらのめざす「社会への適応」ということが問題だからです。社会に適応すべききか、異議申し立て者に留まるべきかは本人の選択にまかすべきことです。精神療法や生活療法の生活指導は、いわば人間操作の技術にすぎず、そこでは患者の主体性は完全に圧殺されてしまいます。」(吉田[1975:61]) cf.薬についての言説

◆19750915 「保安処分反対論の盲点――患者の立場から」,『精神医療』第2次4-4(通巻18):60-62

 「周知の通り、精神病質の問題は単に保安処分と関連するだけでなく、精神衛生法の強制入院との関連においても問題になっています。その際言われることは、精神病質概念は価値概念であって、しかも全く虚構にみちたものであるということです。すなわち、精神病質判断は、ある人はについて周囲の人および鑑定人がくだす実践的=価値的評価をもとにくだされるものであり、その判断はある人が周囲の人および鑑定人にとってなじむかなじまないか、厄介か否かによって決められる。それは判定者の評価=主観があたかも被判定者の客観的属性であるかのようにすりかえられるための装置にほかならない、というのです。しかし、このように精神病質概念についていわれることは、そっくりそのまま精神病、特に分裂病についてもいえることです。伝統的な医学によれば、器質的な異常が認められないかぎり病気とはいえないのですから、原因のわからない分裂病などは、すくなくとも身体医学と同じ意味での医学的概念とはいえないはずです。分裂病が病気だというのも仮説に過ぎないのであり、その仮説の根拠がたとえば「了解不能」などにあるとすれば、それはたとえば肺炎などと同じような客観的概念とはいえないはずです。分裂病などの精神病もまた、精神病質と同じく周囲の人びと、ないしには医師による実践的=価値的評価をもとにしてくだされるのではないでしょうか。要するにある人間がある人間を気にくわないから排除するか矯正するという要請がでてきて、その要請を正当化するために病気という名がかぶせられるのです。その点においては精神病も精神病質も本質的に変りはないのです。
 もちろん、分裂病質などの内因性精神病には何らかの身体因があるとの想定がなされています。しかし、かりにその想定が正しくて器質的異常のあることが治療するための決定的要因ではないはずです。身体医療の場合を考えれば、私たちは器質的異常があるから治療するのではなく、日常生活に支障を来たすから、更にいえば本人がなおりたいから治療を受けるのです。これに対して精神医療の場合は、これまた器質的異常があるから治療するのではない点では同じですが、主として周囲の人が(本人がではなく)なおしたいから治療されているのです。だから精神病の場合も精神病質の場合も程度の差はたしかにありますが、まず周囲の人ないしは医療の実践的評価が先行している点では同じなのです。」(吉田[19750915:61])

◆1976 「“病識欠如”の意味するもの――患者の立場から」、『臨床心理学研究』、13(3):113-117

 「問題は誰がなおしたいかということです。身体病の場合は主として本人がなおしたいのであり、精神病の場合は主として社会がなおしたいのです。」

◆1976 「“きちがい”にとって“なおる”とは――「される側」の論理」、『臨床心理学研究』、14(1)、1976:26-31.

 「心理療法といいカウンセリングといい、やはり社会に合わせて個人を変えることのみが目標とされていて、そこには社会を変えていこうという意図は見られません。カウンセリングや心理療法は常識的生き方に患者を導くのであれば、それはやはり現状肯定的といわれても仕方ありません。問題は周囲社会と本人の間隙を、本人を治療することによってのみうずめるのではなく、本人が主体的に周囲を変え、その中で自分も変わっていくというダイナミックな変革形態こそが必要なのです。」
 *http://uramonken.at.webry.info/200508/article_13.htmlに引用

◆19761112 「強制入院反対論ノート」,『精神医療』第2次5-2(20):60-66

 「自傷他害のおそれにしても、広く解すると、そのおそれのまったくない人はいないでしょう。精神障害の有無の判断、入院が必要か否かの判断についても同じことがいえます。いいかえれば、誤診の可能性がきわめて大きいのです。措置入院の際の鑑定医の診断が、くい違う場合が多いのは、このことを証明しています。
 診断に際して客観的基準がないことは、単に誤診を招くだけでなく、故意の不法入院が行なわれるおそれがきわめて多くなります。むろん、いかなる制度もそれが不法に利用されることはあり得るのですが、強制入院の場合、むしろ不法な利用があたりまえのこととして通用しています。つまり、本人に入院に際しての拒否権が認められないことは、精神科医、行政官庁、家族に絶大な権力をもたせることになります。措置入院の場合は精神科医と家族との結託によって簡単に入院させられます。特に病歴者の場合、精神科医が入院の必要ありといえばたいていの家族は同意しますし、逆に家族が厄介払いのために入院させるケースもきわめて多くみられます。病歴者が精神科医、あるいは家族と対立関係に陥った場合、病気とは無関係に入院させられる危険が現行制度では防げません。」(吉田[19761112:64])

 「保安処分とたたかうことは必要でしょう。しかし精神科医は現在、みずから”強制入院”という保安処分にかかわっているのではないでしょうか。措置入院の本質は明らかに保安処分です。同意入院を保安処分と規定するのは言葉の意味の不当な拡大でしょうが、これとても、やられる本人にとっては保安処分と同じことです。すべての権力を権力たらしめているものとしての国家権力とのたたかいは大事でしょうが、まず治療者権力こそが否定されなければなりません。保安処分反対運動は、したがって、強制入院制度反対に連続すべきです。」(吉田[19761112:66])

◆1980a,「監獄法改『正』と精神医療」『臨床心理学研究』17(3・4): 120-125.

 「多くの治療者は治療を無前提に善とし、治療をすればするほど良いと考えているようですが、治療は患者に対する侵害という側面を持っているのであり、治療はその内容いかんにかかわらず最小限に留めるべきだ、というのが筆者の主張です。」
 *http://uramonken.at.webry.info/200508/article_13.htmlに引用

■吉田氏論稿に言及しているもの

◆岡林春雄「<書評V>全障連結成大会報告集(全国障害者解放運動連絡会議編)」、『臨床心理学研究』、15(2)、1977:97-98.
 →論文15(4)にこれに対する吉田氏抗議
◆日本臨床心理学会第二期運営委員会「第二期運営委員会総括」、『臨床心理学研究』、15(3)、1977:20-31
 →論文16(2)吉田氏(上記)の疑問へ
◆渡辺雄三「<発題1>治すということ:吉田おさみさんとの「対話」を通して(<シンポU>「治療」観の再検討:かかわりあいの現実をふまえて(発題要旨))」、『臨床心理学研究』、15(3)、1977:9-10.
◆「<シンポジュウムU>治すということ:心理治療をめぐって(討論部分)」、『臨床心理学研究』、14(3)、1977:56-74.
 →吉田氏参加の討論会報告
◆岡林春雄「泡沫(うたかた)」、『臨床心理学研究』、15(4)、1978:96-99.
 →15(4)吉田氏論文(上記)に対する文章
◆日本臨床心理学会第三期運営委員会委員長佐藤和喜雄「吉田おさみ氏の「質問」にこたえて:第二期運営委員会総括の自己批判的点検及び我々の姿勢の再確 認」、『臨床心理学研究』、16(2)、1978:47-50.
 →16(2)吉田氏(上記)の疑問に対して
◆宮崎忠男「吉田論文(16巻4号)を読んで」、『臨床心理学研究』、17(1)、1979:99-103.
 →吉田氏論文(上記)への疑問
◆渡辺雄三「吉田おさみ著『“狂気”からの反撃:精神医療解体運動への視点』書評」、『臨床心理学研究』、18(4)、1981:136-137.
◆佐藤和喜雄「<書評1>「『精神障害者』の解放と連帯」(吉田おさみ著 新泉社)を読む」、『臨床心理学研究』、22(1)、1984:60-62.
◆奥村 直史 19851125 「「狂気」のもつ意味――吉田おさみの「狂気」論に学ぶ」,日本臨床心理学会編[1985:170-186]* *日本臨床心理学会 編 19851125 『心理治療を問う』,現代書館,446p. ASIN: B000J6NKR0 3500 [amazon] ※ m.

 
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■言及

◆『全国「精神病」者集団ニュース』198101

 「奈良まどの会の吉田おさみ氏が「狂気からの反撃」を出版されました。「病」者集団事務局員として活動中の仲間である吉田さんの本を是非御一読下さい。
 「狂気からの反撃」新泉社(1500円)書店にない時は直接出版社に申し込んで下さい。」

◆渓 さゆり 19940807 『歌集 「火」以後』,六法出版社,225p. ISBN: 4897703468 2500 [kinokuniya][品切] ※

 1984年暮
 「臨心学会に唯一度語らいし吉田おさみ何故逝きし患者らの理論的支柱」(p.177)  その下に「レイノー病併発とか」とある

◆立岩 真也 1998/02/01 「一九七〇年」,『現代思想』26-2(1998-2):216-233→立岩[2000](『弱くある自由へ』

 「主体的人間観は近代市民社会において極限的にあらわれ人間の主体性こそが人間の尊厳のあかしだと、これまでいわれきました。しかし、ひるがえって考えれば、主体的人間はあくなき自己実現を追求するために、自然や他者を徹底的に支配し、そこから収奪しようとするものであり、それ自体として攻撃的、破壊的性格をもつものであり、それこそが人間の疎外態です。むしろ人間は単に能動的・主体的な存在でなく受動的・受苦的存在であり、ティピカルな「精神病」者は受動的・受苦的存在としての人間なのです。」(吉田[1983:95-96]、堀[1994:105]に引用)
*堀正嗣  1994 「人間にとっての自立と依存」,『ノーマライゼーション研究』1994:102-110

◆立岩 真也 2001/07/30「なおすことについて」,野口裕二・大村英昭編『臨床社会学の実践』,有斐閣 pp.171-196

 「一つ、「なおる」(というより「なおされること」)に対する拒絶とでも言えるような強い提起があったのだが、これについて考えるのは後に回そう――ここに書くことをまず書いてみて、それとの差分があるのかどうかを考えてみたらよいと思っている☆04。」
 「☆04 吉田おさみが書いたこと([1983]他)など。障害を個性とみる、肯定するとする主張については立岩[2001b]で(少し)検討する。」

◆小沢 牧子 20020321 『「心の専門家」はいらない』,洋泉社,新書y057,218p.,ISBN: 4896916158 735 [amazon][kinokuniya] ※ m.,

 p.89で「”病識”欠如の意味するもの――患者の立場から」(『臨床心理学研究』13-3)から以下を引用
 「問題は誰がなおしたいかということです。身体病の場合は主として本人がなおしたいのであり、精神病の場合は主として社会がなおしたいのです。」

◆立岩 真也 2002/12/25 「サバイバーの本の続き・2」(医療と社会ブックガイド・22),『看護教育』43-11(2002-12):(医学書院)

 「前回からの流れでは、本人の書いたものを取り上げるのだったはずなのに、脇に逸れている。けれど、私としてはつながっている。小沢の本を最初にもってきたのは、その中に吉田おさみのことが書かれていたからだ。彼は精神障害の本人で、すでに亡くなっている人で、私は文字を介してだけ知っている。小沢の本によれば、1984年に52歳で亡くなっている。
 彼には日本臨床心理学会の学会誌等に遺した文章の他、2冊の著書があって、1冊目の『”狂気”からの反撃』(新泉社、1980年)はもう品切だが、1983年刊行の『「精神障害者」の解放と連帯』はまだ買える。
 まずこれを買ってくださいとはなかなか言いづらい本ではあるが、言ってしまってもよいかなとも思う。
 一つには資料的な意味があって、70年代から80年代初めの(ごく一部の)精神障害の人たちの動きについて書かれている。もっと詳しい方がありがたいが、他により詳しく書いた本がそうあるわけでもなく、貴重な資料の一つではある。
 文章そのものも時代がかっている。「患者大衆の運動への結集」などと書かれると、そういえば昔こういうのってあったと思う人と、ただ漢字が多く使い方が妙だなと思う人と両方いるのかもしれない。たしかに時代の本ではある。それにも、今はこんな言い方はしないというのと、今ではこの主張はそれなりに一般的なものになってしまったというのと2つある。非常に稀な人だと思うが吉田の本を読んでいる精神科医(のすくなくとも資格はもっている人)がいて、その人が吉田おさみってすごい過激な奴だと思っていたけど、読み直したらすごい普通なことを書いていると思ったと、こないだ言っていた。それもそうだなと思う。
 同時に、私はひさしぶりに読んで、この人はきちんと考えているではないかと、あらためて思った。これは一人のまっとうな思想家・思想者の本でもある。
 精神病であることについて。「むしろ人間は単に能動的・主体的な存在でなく受動的・受苦的存在であり、ティピカルな「精神病」者は受動的・受苦的存在としての人間なのです」といった箇所は拙著『弱くある自由へ』(青土社)の「1970年」という章でも引いたことがある。これは、障害者も健常者と同じなんだ(同じになるんだ)という捉え方と異なる捉え方であり、できる/できないでいえば、「できない(と思われていた)人もできる(ようになる)」と言うのでなく「できないものはできない」と言う。この構えはとても重要だと思う。「障害学」について紹介するときにまた触れようと思う。
 さらに『臨床心理学研究』に掲載された文章には、「問題は誰がなおしたいかということです。身体病の場合は主として本人がなおしたいのであり、精神病の場合は主として社会がなおしたいのです」という文がある(小沢の本のp.89に引用)。極端と思われるかもしれず、たしかに極端だが、しかしことの本質を捉えていると言わざるをえない。
 ただそれでも本人が苦しいこともある。では治療をどう考えるのか、薬はどうか。医療も、薬も、カウンセラーもいらない、という一本気な主張にもなるし、苦しければ使えばいいさという話にもなる。また本人にはいらないかもしれない医療がなぜあるのか、という問いも続く。
 さらに鋭いのは例えば病因論についての言及。「反精神医学」として括られる批判は、身体生理的な要因論の否定、社会要因論の主張と捉えられた上で、それは科学的に否定されているからもはや命脈が尽きたとされるのが今は一般的だ。しかし吉田は、近代精神医学・医療/その批判という対立の中には、たしかに原因をどこに求めるかという対立が含まれており、生理/社会という対があるのだが、この原因論における対立は、またその対の一方の社会要因論をとることは、批判の核心でありえないこと、むしろそれは問題を逸らせてしまうことを『解放と連帯』の中ではっきりと述べている。
 こうして吉田はとても基本的なところから厳しく考えていく。ただそれは、その本人に即せば、そのまま下がっていけばよいのだと、「降りる生き方」を認めようという呼びかけでもある。楽であろうとするために、どうして楽できないのかを問うのだ。吉田が生きていたら、これはどういうことかと反問したいところもある。読めば考えてしまう。いつも過去を振り返らなければならないのではない。しかし知らないともったいないこともある。」

立岩 真也 2003/01/01 「生存の争い――医療の現代史のために・9」『現代思想』31-01(2002-01): ※資料

 「「問題は誰がなおしたいかということです。身体病の場合は主として本人がなおしたいのであり、精神病の場合は主として社会がなおしたいのです。」(吉田[1974]、小沢[2002:89]に引用)☆02
 極端な言い方ではあり、いくつか留保するところはあるが、大筋では外れてはいない。精神病・精神障害について起こる問題はこのことを巡るものだ。自分がしてほしくないことをする。だからなにもしてほしくないこともあるが、生活も苦しいし病もつらいから、そうときっぱりとは言えない。
 そんな中で[…]」
 「☆02 しかしこのことは精神障害に限らないかもしれない。障害は「ないにこしたことはない」のかについて、それは誰にとって言えることなのかについて立岩[2002]で考えた。また立岩[2001b]は、「なおす」ことを巡る現代史を調べて書いたらおもしろい、書くたらよいという、本稿と同趣旨の呼びかけの文書である。」

 「例えば「反精神医学」というものがあって、それは精神病は社会が貼った単なるラベルであるとして病の存在自体を認めなかった立場である、あるいはその病の原因として生理的な水準を否定しその原因として社会だけを名指した立場である、そして医療をすべて拒否した立場である、ということになっている。だがそんなことはない。例えば先にもその文章を引用した吉田おさみが、彼は論理明晰な精神障害者だったのだが、「従来の正統精神医学の構成的要素」として、1)狂気の患者帰属、2)ネガティブな狂気観、3)狂気の原因論としての身体因説(あるいは性格因説)、「いわゆる反精神医学の構成的要素」として、1)狂気の成立機制としてのラベリング論、2)狂気のポジティブな評価、3)原因論としての社会要因説(あるいは環境要因説)をあげて(吉田[1983:104])次のように言う。
 「正統精神医学の構成的要素のうち、まず3)に、その後に1)2)に異義申し立てがなされたのですが、注意しなければならないのは[…]原因論の前提には(身体因説、社会因説を問わず)「精神病」を患者に帰属する「病」と捉えるネガティブな狂気観があることです。したがって、いわゆる反精神医学は正統精神医学の反措定として成立したが故に、そこにはさまざまな契機がごちゃまぜに混入されていますが、そもそもラベリング論・狂気の肯定と社会因説は論理的に両立し得ないのです。何故なら、原因論それ自体が、いかにして「精神病」をなくするかという目的的実践的要請から出発しているのであり、社会因説を含めた原因論は正統精神医学の1)2)の構成的契機(狂気の患者帰属と狂気の否定)を前提しているのであって、反精神医学の1)2)の構成的契機を是認すれば、原因論を論じることじたいがおかしいことになるからです。」(吉田[1983:106])
 私なら少し違うように言いたいところはある。例えば狂気を肯定しなくてはならないわけではないだろう、病気は病気だと言えばよいのかもしれないと思う。この時期にこのように言われたことと、このごろのもう少し力の抜けた構えと違うところはあるように、しかし同時に、そう大きく違うことだろうかと、違うと言ってしまうのも乱暴だろうか、そんなことを考える☆06。だがともかくはっきりしていることは、吉田が「原因」が一番の問題ではないのだと明言していることだ。だから、反精神医学が、というより当時の精神医療に対する批判が、社会因説をとり、それはその後の「医学の進歩」によって間違っていたことがわかったから命脈を断たれたのだという話は間違っている。この文章の第二回・第三回で[…]」
 「☆06 注03にあげた本に描かれる場でもつねに破裂しそうな出来事は起こっているのではあるが、それでも「運動」としてなされてきたものと異なった力の抜け方がそこにはある。この本の編集を担当した白石正明はこれは反精神医学でなくて「非精神医学」だと言う。その異同について考えてみることはおもしろいことだと思う。思うに、楽ができる条件があるから楽ができているのであって、別の場面ではまた事情は異なる。例えばこの度の法案のようなものに関わってしまえば、どうしようもなく面倒事はついて来る。ただもちろん、楽しめる場面では楽しんだ方がよいのではあって、それがどんな条件のあるときに可能なのか、容易なのか、それを調べて考えてみることができるはずだ。」

◆北野 誉 2005 「吉田おさみ著『"狂気"からの反撃』――《運動の思想》を読む・16」,『ピープルズ・プラン』30(2005-Spr.)151-153

阿部 あかね 20090300 「精神障害者<反社会復帰><働かない権利>思想の形成過程――1960年〜1980年代の病者運動から」,立命館大学大学院先端総合学術研究科2008年度博士予備論文

「3章 吉田おさみの思想

 自ら病者の立場で、精神病者がおかれている問題に言及した吉田おさみという人がいる。昭和6年、奈良市出身。大学院時代に発病し、その後奈良を中心に精神科病院への入退院を繰り返す。『友の会』の『鉄格子の中から(1974)』を買ったことをきっかけに、『友の会』会員になり、『全国「精神病」者集団』にも参加、『全国「精神病」者集団』の機関紙である『絆』の編集にも携わっていた。『"狂気"からの反撃』(1980f)『「精神障害者」の解放と連帯』(1983)という2冊の単著の他、多数の論文を発表している。また病者運動に参加し、学会シンポジウム等を通して専門家集団への異議申し立ても活発に展開した。吉田の主張は病者運動にとって理論的要となったことは間違いない。病者が言葉を発するのが困難な中で、当事者としての吉田の明晰な理論は貴重といえる。本章では、その病者運動の理論的軸となった吉田の思想についてふまえておきたい。

1節 病気/狂気をどのようにとらえるか

(1)狂気とはなにか
 幻覚、妄想、通常では理解されない思考、感情の起伏など、精神医学でいうところのいわゆる「精神症状」というものが存在する。吉田はそれを「狂気」と呼ぶ。それは現象としての狂気といえよう。
 一方、狂気の本質を吉田は一貫して<市民社会構造の抑圧に対する抵抗>とする。吉田のいう市民社会とは、健常者中心の資本・生産性重視社会であり権力社会のことをさす。それは、能率がよければよいほど価値があり、その能率を上げるために社会の支配体系が構造化されている社会のことである。(吉田は具体的に、そのような支配階級システムのピラミッドの頂点にあるものが天皇で、最下位に位置づけられるのが精神障害者であるとしている(注10)。)すなわち、生産能力が劣り資本に貢献できない存在である精神障害者は、そうした市民社会の日常にそぐわず差別され排除されるというのである。そのような構造を内包した差別抑圧社会に抵抗するものとして吉田は狂気を位置づけた。たしかに、生産性至上主義があり、それが差別抑圧構造を生み出しているかもしない。しかし、それが個人の内部に「幻覚、妄想、理解できない思考」といった形で現れることとの結びつきについての言及はない。このことは発症の原因に関することであるが、吉田は原因論について問わない姿勢であることは後にのべる。
 また、吉田は、そのような精神障害者を<社会の疎外態ではない>ともいう。すなわち、少数で社会からのけものにされがちであるという意味では、精神障害者はもちろん健常者社会から疎外されている。しかし、「疎外態」の意味を別に取れば、すなわち<人間自身が作り出した社会構造や思想に、人間自らがからめとられ支配される状態、そしてその中で人間自らが本来あるべき姿を失った非人間的な状態>とすれば疎外態であるのはむしろ健常者の側だ、ということになる。したがって先にのべたように、狂気を<市民社会構造の抑圧に対する抵抗>や<健常者社会に対する反逆>ととらえたなら、そのような資本権力社会に違和感を呈しているほう(狂気の側)がまっとうであり、非人間状態におちいった方(健常者の側)こそが疎外状況にあり、疎外態であるのは精神障害者ではなくむしろ健常者のほうだとするのである。このように吉田は精神病を社会的な文脈でとらえている。だからこそその原因論として、精神障害の理由を問うても意味はなく、健常者である理由こそを問うことのほうが意味があるとするのである。
 では、そのような資本権力支配の社会であり、差別抑圧社会である社会構造の側に問題があるとするならば、そのような社会構造そのものの変革をめざすべきとするのか?そのように社会のありようが変われば、そもそも狂気/精神障害はうまれなくなるのではないだろうか?吉田はたしかに社会の変革を希求するのだが、それは狂気をうまないためにではないとする。狂気/病者がそのままで生活がおくれるような社会になるべきとするのである。その意味で吉田はこの原因論に関する問いには答えず、狂気を呈し続けることにこそ意味がある、<狂気は治す必要はない、そのままでよい>とし、それは<狂気であり続けることが社会と闘うことになる>というのである。吉田のいうところの<狂気の貫徹>である。これはどういうことか?人間個人内部であれ社会構造であれ、狂気の原因を追究する理由は、その見つかった原因に手を加え、狂気を矯正しようと意図するからにほかならない(現在そこは精神医学が引き受けることになっており、治療とはすなわち社会適応、社会化を目指すことになる)。このような考えは、狂気を「なおすべき」「社会に適合させるべき」とネガティブにとらえることが前提であるのだが、それ自体がすでに差別である。吉田にとって狂気は社会への抵抗の証としてポジティブなものとする。だから吉田は狂気の原因そのものに言及しても意味がないとするのである。

(2) 病気とはなにか
 幻覚、妄想、気分変動、独特の認知と思考など吉田が「狂気」と呼び、医学や社会が「精神症状」と呼ぶ状態があることは先にのべた。後者ではそれはイコール「病気」のことである。しかし、吉田にとっての「狂気/精神症状」は、ただたんにその人の特徴にすぎないといってよいものであろう。どんな疾患であれ原因が解明できそれを治療する、もしくはたとえ原因がわからずじまいでも、患者が「なおしてほしい、なんとかしてほしい」と治療を求める。そこではじめて治療者と患者の契約がなされ治療が行われる事が、すなわち医学なのだとする。吉田は狂気/精神症状になんら器質的な証拠もないのに「病気」とくくられることに納得しない。そのうえ、その狂気/精神症状を持つ本人が「なおしてほしい」といわないなら病気ではないとする――およそ精神病院へは本人自らではなく家族や他人が連れてくることがほとんどである――。吉田は<社会の側が「病気」のラベルを貼った>とする主張を採用している。<病気だからなおしたいのではなく、なおしたいから病気なのです><「なおし」たいのは本人ではなく社会の側である>という。だから、病者にとって病識をもつということ、自分を病気と認めることは<自己の全面的否定であり、健常者社会への屈服、降伏、敗北を意味する>ことになる。一方で医療者は、治療上「病識(自分が「病気である」と自覚すること)」があるかないかを問題にするのだが、吉田はそうではない。あくまで「精神病」を社会的なものだとするのである。

(3) なおす/なおるとはなにか
 では、なおす/なおるとはどういうことであるのか?「なおす」とは本人ではなく他者の立場での見方であろう。それは精神医学の世界が代表する。精神医学で言うところの「なおす」とはすなわち、精神病者を社会適応させるための治療のことである。逸脱せず、社会の規範におさまるよう矯正することである。それは社会からの要請――意味の理解しえない異常な言動は危険な行動に結びつきかねない、何をされるかわからないとする市民の危険意識――によっておこなわれており、その基盤に立っておこなわれる「なおす」ための医療行為とは、すなわち社会適合化であり社会防衛ということにつながる。
 一方、病者の立場から考えると「なおる」である。いくら器質的な証拠がないにせよ、現象としての苦しくわずらわしい狂気/精神症状を持つのだから、その苦しさをなんとかしてほしいと思うこともあるはずである。そのことは病者である吉田ももちろん体験している。その苦痛の軽減として、吉田自身はそのために<薬物>という生物学的な治療に限っては認めており、休息目的の<入院>もしている。ただし他者から強制されての入院や、精神療法や心理学的アプローチ、作業療法や生活療法などの治療者の主観に基づく治療法は否定する。
 吉田は本質としての「病者にとっての『なおる』」とはどういうことかを考える。それは<狂気の貫徹><狂人として自立する>ことだという。すなわち「『狂気』であり続けること、その狂人としての日々の営みこそが病者にとっての闘いであり、自己実現であり、自己の開放といえる」「正常社会と対決しうる人間になること、社会の矛盾を矛盾と指摘することができ、そのことからくる抑圧に耐えられるようになること」とする。それは実際にどのような生き方だと想像すればいいのだろうか?精神病者は狂気/精神症状をかかえながら、医学に依拠することなく、すなわち精神病院ではなく地域社会の中で生活を営み続けること、資本の生産至上主義やあらゆる権力に迎合することなく拒否すること、それはすなわち賃金労働を拒否することである。(極端にいえば、そこで得た賃金も消費して再び資本構造の循環の中に戻すことも拒否することなのだろうが、しかし現実にそれで生活することは不可能だ。)そして自分を管理し支配しようとする権力にしたがわず、抵抗する。警察や保健師や地域の隣人が、場合によっては家族や友人であっても、自分の自由が損なわれると感じたら彼らが関与してきてもはねつける・・・そのような生き方をイメージすればよいのか(もちろん、それはあくまで思想上のことで極端であり、実際にそれを貫徹しては現状では生活ができない)。

2節 社会との関係をどう考えるか

 吉田は社会復帰についても、精神障害者と社会とのとのつながり方という視点において次のようにのべている。

 「今までの治療なるものは"妄想"(狂気)へのとらわれから、日常へのとらわれへと移行することでした。治療者とは日常世界の住人であり代弁者でもあり、日常世界が問われることは全くありませんでした。社会復帰治療とは日常に絶対の価値を置いたものです。…つまり日常を絶対価値としてそこにのめりこんでしまうのでなく、それを相対化し、日常とかかわりながらも(そうでなければ生きてゆけない)自分を狂気に追い込んだ日常の抑圧・差別性を自由な視点から捉え返していくことが必要ではないか。"患者"であろうと健常者であろうと正気―狂気の二項対立を固定化することなく、両者を自在に往来することにより日常世界に生命力を吹き込むことができれば、というのは単なる空想にすぎないのでしょうか?」(吉田 1977c: 25)。

 ここで吉田は、狂気と正気の二つの世界があって、正気の世界がよきものであり狂気の世界にいる人を、正気の世界へ連れ戻そうとする社会復帰に違和をとなえる。入院している患者を退院させるという狭義の社会復帰ではなく、精神医学や治療全域にわたる「狂気→正気世界(日常社会)への同化」という社会化の過程を「社会復帰」ととらえており、それはここまでにのべたように吉田にとっては異論のあるものである。社会生活を営みながらも、その自らが生きる社会の差別構造に敏感に反応し、それを追及し抵抗していく生き方を望んでいる吉田は、例えば「妄想」も<自由な発想のひとつ>と、その狂気の世界と正気とされる精神世界との間に引かれている境界線の消滅を期待するというのである。
 吉田はその思想の理想のかたちとして「日常生活の中で『精神障害者』のあり様をそのまま認めさせていく闘いが必要・・・『精神障害』をなくすことによって差別をなくしていくという視点ではなく、『精神障害』をそのまま認めさせることこそが反差別だ・・・カオスや蒙昧が尊重される社会に一歩でも近づくことが求められています」(吉田 1983: 74-75)とする。吉田は病者運動の目標として、精神病者と健常者とのいずれも排除されない共存社会を終着点と考えている。精神障害者差別を許さない社会構造の仕組みを目指した吉田のこのような思想はその後の病者運動に影響を与える。精神障害者の社会からの排除と差別としての保安処分、精神衛生法改正(1965年)、島田事件の赤堀死刑囚無罪奪還などに取り組んだ『全国「精神病者」集団』と、地域生活において<狂気を貫徹する>日常生活を実践する『精神病者グループ ごかい』の活動の様子を例としてこの後のべてゆく。」

吉田おさみ,1976a,「"病識欠如"の意味するもの 患者の立場から」『臨床心理学研究』13(3): 113-117.
――――,1976b,「"きちがい"にとって"なおる"とは 『される側』の論理」『臨床心理学研究』14(1): 26-31.
――――,1977a,「<発題T>患者の立場からの発題(<シンポジュウムU>治すということ 心理治療をめぐって(発題部分)」『臨床心理学研究』14(3): 36-41.
――――,1977b,「現存在分析論の『精神障害』観について」『臨床心理学研究』15(1): 32-37.
――――,1977c,「狂気・正気の連続-不連続性について "妄想"体験から」『臨床心理学研究』15(2): 20-25.
――――,1977d,「保安処分反対論の問題点」『絆』1: 24-28.
――――,1978a,「岡林春雄(臨心研15.2.)に抗議する」『臨床心理学研究』15(4): 94-95.
――――,1978b,「治療的要請と面会の自由」『臨床心理学研究』16(1): 57-63.
――――,1978c,「運営委員会に質問する」『臨床心理学研究』16(2): 45-46.

――――,1979a「"患者"の"甘えと反抗" 対等関係をめざして」『臨床心理学研究』16(4):70‐78.
――――,1979b,「宮崎忠男さんの疑問(17巻1号)に答えて」『臨床心理学研究』17(2):50−52.
――――,1979c,「付録1 保安処分反対論の問題点再説」『絆』2: 25-28.
――――,1979d,「付録2 革新的精神医療について」『絆』2: 29-33.
――――,1980a,「監獄法改『正』と精神医療」『臨床心理学研究』17(3・4): 120-125.
――――,1980b,「『精神障害者福祉法案』批判」『臨床心理学研究』18(3): 96-99.
――――,1980c,「"社会復帰"思想を問う――監獄法と精神医療――」『絆』4: 36-42.
――――,1980d,「『精神障害』者は何故差別されるか」『福祉労働』7: 148-157.
――――,1980e,「最近の『精神障害』者対策に抗して――保安処分と精神障害者福祉法(案)」『福祉労働』9: 139-150.
――――,1980f,『"狂気"からの反撃』新泉社.
――――,1981a,「"人間科学"について」『臨床心理学研究』18(4): 134.
――――,1981b,「第4回 刑法理論の動向と保安処分 "病"者の立場から」『臨床心理学研究』19(2): 58-68.
――――,1981c,「精神衛生法体制解体にむけて」『絆』5: 15-26.
――――,1981d,「刑法理論の動向と保安処分」『絆』6: 27-39.
――――,1981e,「保安処分と近代的人間観」『絆』7: 39-44.
――――,1982a,「国障年思想を超えて 『病』者の立場から」『臨床心理学研究』19(3): 38-42.
――――,1982b,「『精神病』者に責任があるのか――「健常者」社会の倫理と『病』者の論理」『絆』8: 25-30.
――――,1983,『「精神障害者」の解放と連帯』新泉社.
――――,1984,「保安処分に関する若干の考察」『絆』9: 31-36.

◆立岩 真也 2009/04/01 「医療者にとっての「社会」――身体の現代・8」,『みすず』51-3(2009-4 no.570):- 資料

◆立岩 真也 2011/07/01 「社会派の行き先・9――連載 68」,『現代思想』39-10(2011-7):18-30 資料

 「その人がどんな人であったのか今のところよくわからない。阿部[2009]で紹介され検討されている。阿部・樋澤[2005-]に文献リストなどがある。ただその人がどんな人であったのか――はどうでもよいという考えもあるだろうし、私の立場も基本的にはそれとそう違わないが、知れるのなら知った方がよいだろうとも思い、このことを立岩・天田[2011]で話してもいる――よくわからない。
 一九三一年に奈良市に生まれ、一九八四年に五二歳で亡くなった。大学院生の時に統合失調症を発症(吉田[1975a]には「もう一〇年も前になりますかが」とあるから、一九六五年頃)、同じ文章には「三年余り前に退院し、その後一週間に一度通院しています」とあるから(最初の?)退院が一九七二年頃。『鉄格子の中から――精神医療はこれでいいのか』(友の会編[1974])を買ったことをきっかけに、『友の会』会員になる。一九七四年五月の第一回「全国精神障害者交流集会」(於:東京)のその場で結成された「全国「精神病」者集団」――この時の決議は「保安処分新設反対、精神外科を禁止せよ、電気ショック療法に対する患者の拒否権を与えよ、自由入院を拡大せよ、今日の精神衛生法体制に反対する、優生保護法に見られる精神障害者差別に反対する、通信・面会の自由権を承認せよ」――にも参加、その機関誌である『絆』の編集にも携わった。『"狂気"からの反撃』(吉田[1980])、『「精神障害者」の解放と連帯』(吉田[1983])の二冊の著書がある(前者は出版社品切)。
 当時やはり「改革」の時期にあった「日本臨床心理学会」の大会等に呼ばれて発言もし、その学会誌『臨床心理学研究』に多くの文章も書いており(一九七六年から八二年まで)、その学会員とのやりとりもその雑誌には掲載されている(阿部・樋澤[2005]にリストがある)。『精神医療』第2次(岩崎学術出版社発行の時期)に掲載されている文章として確認できているのは「患者にとって治療とは何か」(吉田[1975a])、「保安処分反対論の盲点――患者の立場から」(吉田[1975b])、「強制入院反対論ノート」(吉田[1976b])。吉田[1975a]には天理市丹波市市町一一二と自宅住所が記載されており、著者の所属を記すところには「現在失業中」となっている。
 渓さゆりの『歌集 「火」以後』には「一九八四年暮」の歌として「臨心学会に唯一度語らいし吉田おさみ何故逝きし患者らの理論的支柱」とありその下に「レイノー病併発とか」とある(渓[1994:177])――レイノー病は、ウィキペディアによれば「寒冷時や冷水につかったときに四肢末梢部、とくに両手指が対称的に痛み、しびれ感とともに蒼白、あるいはチアノーゼなどの虚血症状をきたす場合で、若年女子に多発する。原因は明らかでない。」『臨床心理学研究』二三巻一号に追悼特集がある。
 […]」

◆立岩 真也 2011/08/01 「社会派の行き先・10――連載 69」,『現代思想』39-(2011-8): 資料

◆立岩 真也 2011/10/01 「社会派の行き先・12――連載 71」,『現代思想』39-(2011-10): 資料

◆立岩 真也 2012/**/** 「これからのためにも、あまり立派でなくても、過去を知る」,『精神医療』67

◆立岩 真也 2013 『私的所有論 第2版』,生活書院・文庫版

◆立岩 真也 2013/11/** 『造反有理――身体の現代・1:精神医療改革/批判』(仮),青土社

◆樋澤 吉彦 2014 「治療/支援の暴力性の自覚、及び暴力性を内包した治療/支援の是認について――吉田おさみの狂気論を通して」,『現代思想』42-8(2014-5)


*作成:阿部 あかね樋澤 吉彦
REV:..20050820 0923, 20081104, 20090304, 08, 20100818, 20110516, 0611, 12, 0711, 0912, 20120610, 20160210 
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