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やぎした こういち 埼玉県川口市 19410918生 1967年、八木下浩一(当時26歳)が地域の小学校への就学運動を始め、1970年に埼玉県川口市立芝小学校に学籍を獲得し就学した。=29歳で小学校の学籍をとる。 全障連 (第3・4回:代表幹事 →顧問) 川口に「障害者」の生きる場をつくる会埼玉福祉研究会代表『福祉労働』編集委員、 「障害者の10年」研究会 *以下は立岩のデータベースに入っていたものだけ。 ●著書 *◆19800125 『街に生きる――ある脳性マヒ者の半生』 現代書館,210p. 1300 ※ ** ●エッセイ他 ◆八木下 浩一・吉野敬子 19790325 「「障害者」にとって地域に生きるとは」 『季刊福祉労働』02:037-046 ※ ◆19801225 「スウェーデンの障害児教育」 『季刊福祉労働』09:062-068 ※ ◆19810625 「本当の完全参加と平等とは」(時代の眼・少数異見) 『季刊福祉労働』11:093-094 ※ ◆19810925 「障害者を取り巻く親の最近の意識」(時代の眼・少数異見) 『季刊福祉労働』12:081-082 ※ ◆19811025 『障害者殺しの現在』 JCA出版,231p. 1500 神奈川A27-212 ◆19811215 「親は厚生省の回し者か」(時代の眼・少数異見) 『季刊福祉労働』13:070-071 ※ ◆19820325 「スウェーデンRBU埼玉をゆく」 『季刊福祉労働』14:044-054 ※ ◆19820325 「今こそ真の障害者運動を」(時代の眼・少数異見) 『季刊福祉労働』14:109-110 ※ ◆19820625 「障害者にとっての街づくり」(時代の眼・少数異見) 『季刊福祉労働』15:152-153 ※ ◆19820925 「便利さの落とし穴」(時代の眼・少数異見) 『季刊福祉労働』16:142-143 ※ ◆19821225 「堂々と性を語ろう」(時代の眼・少数異見) 『季刊福祉労働』17:163-164 ※ ◆19830325 「優生保護法をめぐって」(時代の眼・少数異見) 『季刊福祉労働』18:157-158 ※ ◆19830625 「あれだけ騒いだ普通学校に障害児が入った」(時代の眼・少数異見) 『季刊福祉労働』19:159-160 ※ ◆19830925 「戸塚ヨットスクールの問題点はどこにあるのか」(時代の眼・少数異見) 『季刊福祉労働』20:123-124 ※ ◆19831225 「精神衛生実態調査の実態」(時代の眼 少数異見) 『季刊福祉労働』21:159-160 ※ ◆19840325 「「よい血」とはなにか?」(時代の眼 少数異見) 『季刊福祉労働』22:125-126 ※ ◆19840625 「「不二愛育園」事件について」(時代の眼 少数異見) 『季刊福祉労働』23:141-142 ※ ◆19840925 「第九回全障連大会にあたって」(時代の眼 少数異見) 『季刊福祉労働』24:126-127 ※ ◆19850325 「全障連十年目をむかえて」(時代の眼 少数異見) 『季刊福祉労働』26:156-157 ※ ◆19850625 「かかえこみでない運動を!」(時代の眼 少数異見) 『季刊福祉労働』27:113-114 ※ ◆19850925 「あくまで実力闘争で」(時代の眼 少数異見) 『季刊福祉労働』28:089-090 ※ ◆19851225 「第二回DPIバハマ会議に参加して」(時代の眼 少数異見) 『季刊福祉労働』29:106-107 ※ ◆19860325 「最高裁の障害者差別は許せない」(時代の眼 少数異見) 『季刊福祉労働』30:145-146 ※ ◆19860625 「選抜制度からはみ出した障害児」(時代の眼 少数異見) 『季刊福祉労働』31:102-103 ※ ◆19860925 「普通学級でいじめられる障害児」(時代の眼 少数異見) 『季刊福祉労働』32:086-087 ※ ◆19861225 「おかしな世の中,障害者も生きていく」(時代の眼・少数異見 最終回) 『季刊福祉労働』33:084-085 ※ ※は生存学資料室にあり REV:...20050106(誤記訂正) ◇障害者(の運動/史)のための資料・人 ◇WHO |