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八木下 浩一

やぎした・こういち

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 埼玉県川口市 19410918生
 1967年、八木下浩一(当時26歳)が地域の小学校への就学運動を始め、1970年に埼玉県川口市立芝小学校に学籍を獲得し就学した。=29歳で小学校の学籍をとる。
 全障連 (第3・4回:代表幹事 →顧問) 川口に「障害者」の生きる場をつくる会埼玉福祉研究会代表 『福祉労働』編集委員、「障害者の10年」研究会 埼玉障害者自立生活協会

◆2015/01/24 「養護学校はあかんねん!」上映会&29歳で小学校に通った八木下浩一・一問一答
 http://yellow-room.at.webry.info/201501/article_1.html

この時が分かれ道!―学校に行くことは差別を知ること。なぜこれほど怒れたのか?
〈「養護学校はあかんねん!」上映会&29歳で小学校に通った八木下浩一・一問一答〉
日時:2015年1月24日(土)13:30〜
会場:川口市芝公民館ホール(蕨駅東口徒歩17分、川口芝小学校向い)〒川口市大字芝3905番地
参加費:500円
主催:埼玉障害者自立生活協会・埼玉障害者市民ネットワーク 048-737-1489

■著書

◆19800125 『街に生きる――ある脳性マヒ者の半生』,現代書館,210p. ISBN-10: 4768433340 ISBN-13: 978-4768433348 1300 [amazon][kinokuniya] ※ e19.
◆19811025  『障害者殺しの現在』,JCA出版,231p. ISBN-10: 9831305434 1500 [kinokuniya] 神奈川A27-212

■エッセイ他

◆19720401 「なぜ30歳で小学校に行くのか」
 『理想』(1972年4月号 通算467号) ※
◆八木下 浩一・吉野敬子 19790325 「「障害者」にとって地域に生きるとは」
 『季刊福祉労働』02:037-046 ※
◆19801225 「スウェーデンの障害児教育」
 『季刊福祉労働』09:062-068 ※
◆19810625 「本当の完全参加と平等とは」(時代の眼・少数異見)
 『季刊福祉労働』11:093-094 ※
◆19810925 「障害者を取り巻く親の最近の意識」(時代の眼・少数異見)
 『季刊福祉労働』12:081-082 ※
◆19811215 「親は厚生省の回し者か」(時代の眼・少数異見)
 『季刊福祉労働』13:070-071 ※
◆19820325 「スウェーデンRBU埼玉をゆく」
 『季刊福祉労働』14:044-054 ※
◆19820325 「今こそ真の障害者運動を」(時代の眼・少数異見)
 『季刊福祉労働』14:109-110 ※
◆19820625 「障害者にとっての街づくり」(時代の眼・少数異見)
 『季刊福祉労働』15:152-153 ※
◆19820925 「便利さの落とし穴」(時代の眼・少数異見)
 『季刊福祉労働』16:142-143 ※
◆19821225 「堂々と性を語ろう」(時代の眼・少数異見)
 『季刊福祉労働』17:163-164 ※
◆19830325 「優生保護法をめぐって」(時代の眼・少数異見)
 『季刊福祉労働』18:157-158 ※
◆19830625 「あれだけ騒いだ普通学校に障害児が入った」(時代の眼・少数異見)
 『季刊福祉労働』19:159-160 ※
◆19830925 「戸塚ヨットスクールの問題点はどこにあるのか」(時代の眼・少数異見)
 『季刊福祉労働』20:123-124 ※
◆19831225 「精神衛生実態調査の実態」(時代の眼 少数異見)
 『季刊福祉労働』21:159-160 ※
◆19840325 「「よい血」とはなにか?」(時代の眼 少数異見)
 『季刊福祉労働』22:125-126 ※
◆19840625 「「不二愛育園」事件について」(時代の眼 少数異見)
 『季刊福祉労働』23:141-142 ※
◆19840925 「第九回全障連大会にあたって」(時代の眼 少数異見)
 『季刊福祉労働』24:126-127 ※
◆19850325 「全障連十年目をむかえて」(時代の眼 少数異見)
 『季刊福祉労働』26:156-157 ※
◆19850625 「かかえこみでない運動を!」(時代の眼 少数異見)
 『季刊福祉労働』27:113-114 ※
◆19850925 「あくまで実力闘争で」(時代の眼 少数異見)
 『季刊福祉労働』28:089-090 ※
◆19851225 「第二回DPIバハマ会議に参加して」(時代の眼 少数異見)
 『季刊福祉労働』29:106-107 ※
◆19860325 「最高裁の障害者差別は許せない」(時代の眼 少数異見)
 『季刊福祉労働』30:145-146 ※
◆19860625 「選抜制度からはみ出した障害児」(時代の眼 少数異見)
 『季刊福祉労働』31:102-103 ※
◆19860925 「普通学級でいじめられる障害児」(時代の眼 少数異見)
 『季刊福祉労働』32:086-087 ※
◆19861225 「おかしな世の中,障害者も生きていく」(時代の眼・少数異見 最終回)
 『季刊福祉労働』33:084-085 ※

■関連

◆「障害者」の生きる場をつくる会 (発行年不明) 『川口市に生きる場をつくる運動――「障害者」が自ら創り、自ら運営する!』48p. ※
■言及

◆立岩 真也 2013/12/10 『造反有理――精神医療現代史へ』,青土社,433p. ISBN-10: 4791767446 ISBN-13: 978-4791767441 2800+ [amazon][kinokuniya] ※ m.

 「全日本港湾労働組合横浜支部京阪港湾分会(全港湾横浜分会)」がAの支援に当たったことは記した。その組合で働いていた伊藤彰信(七五年から全港湾中央本部書記局員)は「ロボトミー糾弾全国共闘会議(ロ全共)」の立ち上げに関わり、その議長になる。その機関誌『ロボトミー徹底糾弾』の何号かを桐原尚之が入手し、入手できた分については、そのガリ版刷り(をさらにコピーしたもの)の、時にひどく字の読み取りにくい全文を入力している。これまで記さなかった分だけ補足しておく。
 七八年に準備委員会、委員長は佐久間茂夫(A支会)★21、七九年九月三〇日正式結成。議長は先述した伊藤。機関誌『ロボトミー徹底糾弾』一号(七九年一〇月)によれば、結成大会に集まったのは百名近く。名古屋事件のM、横手事件のA(準備委員会の発起人でもあった)、弘前事件のSも参加、「決意表明」を行なった。午前には吉田哲雄(→◇頁)による講演があった。赤堀 政夫の――静岡県で少女が殺された島田事件で殺人罪で死刑宣告を受けた赤堀政夫は冤罪を訴え、氏を奪還しようとする闘争があった(事件があったのは一九五四年、六〇年に死刑確定、八六年再審開始、差し戻し審で無罪判決が出て獄から出るのは八九年、よって書面での――のアピール(右の機関誌に全文掲載)、「全国障害者解放運動連絡会議(全障連)」からは八木下浩一がアピールを行なったという。翌一〇月一日には厚生省に要求書を提出、その要求は「一、精神外科を公認してきたことを反省し、謝罪すること。二、治療指針から精神外科を削除すること。三、精神外科被術者の恒久的な医療・生活保障のための処置を講ずること。四、以上の点について、我々と継続的に交渉をおこなうこと。」厚生省では公衆衛生局精神衛生課総務係長が対応、直接要求書を渡し、六日までに返事を得られるとの確認をとったが、結局門前払いをくらうことになる。

◇八木下浩一(一九四一〜)。埼玉県川口市生、六七年(当時二六歳)に地域の小学校への就学運動を始め、七〇年に埼玉県川口市立芝小学校に学籍を獲得し就学。全障連の第三回・第四回大会で代表幹事に選出、後に顧問。他に、「川口に「障害者」の生きる場をつくる会」、「埼玉福祉研究会」で活動。著書に八木下[1980]。」

 ※は生存学資料室にあり


REV:...20050106(誤記訂正), 20140217, 20150124 
障害者(の運動/史)のための資料・人  ◇障害者と教育  ◇WHO 

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