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轟木 敏秀

とどろき・としひで

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http://homepage2.nifty.com/htakuro/todoroki/kousai/47.html
1962年 宮崎県えびの市に生まれる
1969年 えびの市立西内堅小学校入学,筋ジストロフィーと診断される
1972年 宮崎県立整肢学園入園
1974年 国立療養所南九州病院入院,鹿児島県立指宿養護学校,加治木分校転入
1986年 鹿児島県立加治木養護学校高等部卒業
1989年 KBマウスの入力を開始する
1990年 気管切開を受ける
1991年 NHK福祉の時間で「僕の気持ちを語りたい」が全国放映される
1993年 三十歳を記念して自分史(光彩)を出版する
1995年 電子書籍版自分史(光彩)を出版
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1998年8月3日 没(享年35歳)



◆轟木 敏秀 1993 『光彩』,轟木敏秀
◇『われら人間』 19931220 「筋ジストロフィーと闘う轟木敏秀さんの著書『光彩』の紹介」,『われら人間』067:25-25 ※

◆轟木 敏秀 199507 『光彩――輝き続けるために(電子書籍版)』,轟木敏秀 http://homepage2.nifty.com/htakuro/todoroki/kousai/kousai_top.html

◆清水 哲男 200706 『決してあきらめないあきらめさせない――障害者、難病患者の日常を克明に追いかけたドキュメント』,道出版,267p. ISBN-10:4860860381 ISBN-13:978-4860860387 1500+ [amazon][kinokuniya] ※ n02. dwn. v01

■言及

◆福永秀敏 20031113 「難病とともに生きてこられたのは患者さんから勇気とやさしさ、耐える心をもらったから。」,ドクターズマガジン編[2003:165-176]*
*ドクターズマガジン編 20031113 『日本の名医30人の肖像』,阪急コミュニケーションズ,373p. 1800+ ISBN-10: 4484032236 ISBN-13: 978-4484032238 [amazon]

 「難病とともに生きてこられたのは患者さんから勇気とやさしさ、耐える心をもらったから。」
 国立療養所南九州病院院長 福永秀敏 165-176

 「昔通に生まれて昔通に生きている。特別な目で見ないでほしい
 美しい人に会った。
 たぶん福永秀敏という人は、「難病に取り組む立派な医師」という紹介のされ方を望まない。実際、彼は悩みながらここまで来たし、現在し迷っている。筋ジストロフイーやALS(筋萎縮性側索硬化症)などの神経難病の治療を専門とする彼の患者に、完治して退院する者はいない。治せない患者への医師としての無力感、健常者の難病患若への誤解、両立し難い病院経営と満足度の高い医療……。しかし、悩みつづける人だからこそ、その姿は美しかった。
 […]▽167
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 患者たちの秀でた能力に自然界の公平の妙を屈じる
 […]▽168
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 たとえば、1998年にデュシェンヌ型筋ジストロフイーのため35歳で亡くなった轟木敏秀さん。[…]▽169
 筋無力症候群の病態解明で注目を浴びなからも臨床医に
 筋ジストロフイーをはじめとする難病患音とのかかわりをもとにした福永氏の著書『難病と生きる』(かごしま文庫)。難病の世界を一般人にもわかりやすく解説し、その対象についしても言及した秀逸の1冊だ。
 死について敏感だか、死を克服するカも患者たちは持っていた
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 ある家族との出会いをきっかけに、在宅医療をスタート
 […]▽172
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 「経営・管理といった分野は、私のいちばん苦手とするところ。病院長となったときも、井形はその方面をもっとも心配してくださいました。経営では収入を多く、支出を少なくが大前提です。今の出来高払いの保険制度で収入を多くするには、在院日数を短縮して1件当たりの収益を上げることが何より。しかし、そうなると、どうしても難病や手のかかる病人は後まわしにされます。難病医療はかなりの補助金でも出ない限り、今の状況では誰もがやりたがらない分野でしょう。だからこそ、いろいろなバランスをとりながら、当病院を地域の中で競争力のある病院にしていく意味は大きいと感じています」
 今の経営が順調なのは、「以前から取り組んでいた在宅医療が在院日数を短くするのもまた高齢化社会の到来という時代背景の中で、病院の収益に結びつくようになったから」と、福永氏は時流にうまく乗れた点を強調する。
 彼が在宅医療を始めたのは南九州病院に赴任してすぐのこと。ALSで呼吸が困難な父親の胸押しを2年間つづけている家族をなんとかしてはしいと相談が持ち込まれ、そのとき見せられた子どもの作文がきっかけとなった。
 […]▽173
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 最初はボランティアでスタートした在宅医療。その実績が評価され、1994年に厚生省(現厚生労働省)にできた「在宅医療推進の研究班」の班長への福永氏の指名を機に、南九州病院でも組織的に取り組むこととなる。結果、在宅医療が今の病院経営に大きく貢献するようになったのは、時代の流れに乗ったと言うより、患者やその家族の意思を尊重した医療を行う福永氏に、やっと時代が追いついたと言うべきであろう。
 […]
 難病と闘う将には、鹿児島出身の勇将たちとの共通点が
 […]▽174

◆立岩真也 2014- 「身体の現代のために」,『現代思想』 文献表


◆立岩 真也 2018 『(題名未定 2018b3)』,青土社 文献表


UP:2016 REV: 201601113
筋ジストロフィー  ◇病者障害者運動史研究  ◇障害者(の運動)史のための資料・人  ◇WHO
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