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田中 正洋
たなか・まさひろ
〜2009/01
こくりょう(旧国立療養所)を&から動かす
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last update: 20210414
■新着
◆2020/09/19
「動かなかったものを動かす――「筋ジス病棟の未来を考えるプロジェクト」」【全記録】
,
障害学会第17回大会・2020
・オンラインシンボジウム
「
井上〔武史〕
:で、田中くんが2007年に兵庫県の三田市の兵庫中央病院から自立してきて。「自立してきて」って言うんですけども、当時は介助者不足で「待ってくれ、待ってくれ」とメインストリーム協会に言われながらも、アパート借りて出てきちゃった。で、お母さんに介助をしてもらいながらも出てきたような状態で、「もう、ちょっとお前ら自立生活センターとして恥ずかしくないんか」っていうふうに代表から言われて、もう男の人はこう時間数マックスでみんな入って、田中くんの介助に入るような状況でした。で、けっこう病院とあんまりよくなく、無理やり出てきた感じになって、そういう活動家気質を持って「出たら何かしたい」っていう気持ちマックスで出てきました。
で、僕はまあ普通に介助に入って、横に行って、何か言われればそれにもとづいて何かするっていうことをしてたんですけども、当時その後に田中くんと共同研究をすることになった伊藤佳代子さんとほんっとによく電話をしてて。ずーっと電話してる感じ。なんかこう、どこどこの病院に伊藤さんが行った話を聞いて、それを聞いてるみたいな、田中くんが聞いてる横で僕も聞いてるみたいなことが1年ぐらい続いたんですかね。
で、障害学会があって※。田中くんていうのは後にスタッフになるんですけど、それまで「田中正洋」って書いて、電話番号とメアドしかない名刺を持ってて、それを持ちながら誰にでも電話して会いに行くし、みたいなことをしてて。「あ、こういうことしていいんや」って僕は、もう今でもおっさんですけど、既に当時けっこうおっさんだったんですけども、思って。そういうことを僕は真似するようになって今に繋がってると思ってて。僕の活動家としての師匠は田中くんっていうことを常々言っています。
※
伊藤 佳世子
・田中 正洋 20070916-17
「筋ジストロフィーの「脱ターミナル化」に向けて――筋ジストロフィー患者の国立病院機構筋ジス病棟の生活と自立生活の比較から」
障害学会第4回大会
,於:立命館大学
で、えっと、こんなんでよかったんですかね?
立岩:もうちょい。もうちょいいきましょうか。
井上:あ、そうだ。言わないといけなかったのは、田中くんの活動で一番特筆すべきなのは、「呼吸器ユーザーのネットワークをつくりたい」っていうことを、もう出てきたときから言ってて。おそらくそれを日々してたのが田中くんの活動で。勉強しに北海道に行き、
佐藤きみよ
さん◇とこで「ベンチレーター・ユーザーズ・ネットワーク」のことを勉強したりして。で、関西の頚損連絡会の人のとこに会いに行って、頚損一級みたいな人で呼吸器つけてる人を誘いいの、京都行ってアクスぺ〔アーク・スぺクトラム〕の岡田くんに会いにいって誘いいの、みたいなことをして。ちょっと正確に、何年かメモするの忘れたんですけど、2008年かな、秋だったと思うんですけど、西宮の市民福祉センターで第1回の関西の呼吸器ユーザーの交流会みたいなのを立ち上げました。残念ながらその翌年に亡くなったので、それ以降ちょっとその活動自体が途切れてしまって。
田中くんは当時東京の
海老原〔宏美〕
さん◇とも繋がりかけてて、海老原さんがそういうのをたぶんモデルにして今の「呼ネット」とかをつくったと思います。という田中正洋くん。田中正洋のページを立岩さん作ってくださってるんで、そこにいろいろ当時のビデオとかも載っけてあるので、ご覧になってもらったら。
立岩:はいそうなんです。田中さん、僕は生前ほとんどお会いすることなかった人ですけれども、井上さんが撮ったビデオであるとかそういうものも見れるようになっていますので、見ていただきたいと思います★。それから井上さんにもインタビューしてあって、あんまり筋ジスのこと出てこないんですけど、けっこう長いインタビューが載ったりしますので、ご覧ください★。
★井上 武史 i2018
インタビュー
2018/05/18 聞き手:立岩真也 於:京都
2007 「田中正洋 呼吸器ユーザーネットワークを組織する」
https://vimeo.com/338825751
そうですね、2000年越えてからの日本の運動のおもしろいところの一つは、そういう何を使ってるか、たとえば呼吸器使ってる人たちのネットワークができていく。
「JVUN」
〔1990〜〕、ユーザーズネットですけれども、それが一時期活動していたり、今は
「呼ネット」
っていう、その継承関係は僕はよくわからない、直接にはないんじゃないかと思うんですけれども、組織があります。そうしたことに関する研究っていうのもほぼほぼなされてなくて、でも大切なことだと思うんですよね。そういう活動がこの時期あります。藤原さんたち、それで2000年越えて、2010年も越えてずっと活動を継続されてきたんだろうと思いますけれども、それはまた時間があればというか、そういう機会になったらそちらに移っていただくとして、少し時間を飛ばすことにします。」
◆中西 竜也 i2020
インタビュー
2020/01/22 聞き手:
立岩 真也
於:京都市・日本自立生活センター事務所
■著作
雑誌
田中 正洋 200708 「ドキュメント 地域での自立生活をはじめるには――病院から自立、そして地域活動へ」
[外部リンク]
『難病と在宅ケア』
13(5):47-49
■関連ファイル
組織
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メインストリーム協会
文献・資料
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伊藤 佳世子
・田中 正洋 20070916-17
「筋ジストロフィーの「脱ターミナル化」に向けて――筋ジストロフィー患者の国立病院機構筋ジス病棟の生活と自立生活の比較から」
障害学会第4回大会
,於:立命館大学
◆2007 「田中正洋 呼吸器ユーザーネットワークを組織する」
https://vimeo.com/338825751
「田中正洋は湯村温泉で有名な兵庫県温泉町出身。筋ジストロフィーデュジェンヌ型で、2006年9月に兵庫県三田市にある兵庫中央病院を退院し西宮で自立生活を始めた。2009年1月に神戸大学病院で亡くなるまで、短い期間だったが精力的に数多くの活動を行った。童話作家でもあり賞も受賞している。
この映像の冒頭は、2007年8月5日西宮市内の田中の自宅で撮影された。この年に企画していた「人工呼吸器ユーザー交流会」に向けてどう進めていくかが話されている。田中が自立してからの大きな目標は、関西の呼吸器ユーザーのネットワークを作ることであった。後半はその第一回交流会の当日(2007年11月13日)の模様である。場所は西宮市の福祉センター内の会議室。参加者には、主催のメインストリーム協会の廉田、佐藤、玉木などのスタッフの他、大阪頚椎損傷連絡会、兵庫頚椎損傷連絡会、バクバクの会など現在も活躍中の関西の障害者団体に幅広く声をかけて回っていたことがわかる。
この交流会で記念の講演を行ったのは、岐阜の旧国立療養所長良病院、現在の独立行政法人国立病院機構長良医療センターから退院し自立生活を行なっていた今井隆裕氏である。すでに当時はインターネットも発達していて、田中がそれを活用して入院中から多くの人脈を築いていた。
cf.
伊藤 佳世子
・田中 正洋「筋ジストロフィーの「脱ターミナル化」に向けて」
http://www.arsvi.com/2000/0709ik.htm
」(
井上 武史
)
■言及
◆中西 竜也 i2020
インタビュー
2020/01/22 聞き手:
立岩 真也
於:京都市・日本自立生活センター事務所
作成:
安田 智博
・
立岩 真也
UP: 20200222 REV:20201228, 20210414
◇
こくりょう(旧国立療養所)を&から動かす
◇
メインストリーム協会
◇
筋ジストロフィー
◇
中西 竜也
◇
生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築
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自立・自立生活(運動)
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HOME (http://www.arsvi.com)
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