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竹中 文良

たけなか・ふみよし


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◆竹中 文良 19910325 『医者が癌にかかったとき』,文藝春秋,293p. ASIN: 4163450602 1400 [amazon][kinokuniya][kinokuniya] ※ b y/c01
 →19940510 文藝春秋,文春文庫,333p. ASIN: 4167343029 500 [amazon][kinokuniya][kinokuniya] ※,

◆竹中 文良 19920825 『癌にかかった医者の選択――残りのいのちは自分で決める』 ,法研,225p. ASIN: 4879540072 1600 [amazon][kinokuniya] ※, b y/c01

◆竹中 文良 19951030 『続・医者が癌にかかったとき』 ,文藝春秋,267p. ASIN: 4163507701 1500 [amazon][kinokuniya][kinokuniya] ※, b c09

◆竹中 文良 19970520 『がんの常識』,講談社新書,221p. ASIN: 4061493566 693 [amazon][kinokuniya][kinokuniya] ※, c09

◆竹中 文良 19981110 『癌になって考えたこと』,文藝春秋,264p. ISBN-10: 4167343037 ISBN-13: 978-4167343033 \470 [amazon][kinokuniya] ※ c09


◆竹中 文良 199703 「『医』と『死』――21世紀の「医」を考える・3」(インタビュー),『鉄門だより』(5521)1997年3月号
 「―――先生は、厚生省の外郭団体である長寿社会開発センターの「福祉のターミナルケア研究会」に参加されているそうですが、どういう活動をされているのですか。
 国内外の様々な施設を視察し、ターミナルケアが病院以外の介護施設でどのくらいまでできるのかを調査しています。昨年末には、帯広の「とよころ荘」という養護老人ホームをケア訪問したのですが、ここは、老人ホームでありながら、入所者ががんの末期になったり、死期が迫ったりしても、病院に送ったりせず、嘱託医の協力を得ながら、そのままターミナルケアを行っているのです。今まで医師がやっていた最期の看取りに、過度に医師が関与するのではなく、あるところまできたら、医師は、治るか治らないかの見極めだけをきちんとして、あとはそれほど医療がタッチせずに自然に任せるのがいいのではないかと私は思いました。個人の考え方にもよりますが、80すぎた人で10%くらいしか治る可能性のない治療を強いてやる必要はないでしょう。公的介護保険など、医療よりも介護の方でみるという方向に世の中動いていますので、老人ホームでのターミナルケアの取り組みは重要だと思います。とよころ荘の人は、「私たちはターミナルケアというのを特別に考えていない。自然に、他の人たちと同じような態度で接しているうちに、自然に亡くなっていく。そういう形が理想ではないか」とおっしゃっていました。ターミナルだからといって、勢いづいてケアをする必要はないわけです。北海道の原野のど真ん中にあって、外で馬が駆け、花もいっぱいある素晴らしい環境で、介護者や看護婦は実に自然にやっていました。
 ―――ターミナルケアは大きく取り上げられるようになって、大変そうなイメージが広がったように思いますが、もっと自然体でやるべきだということですね。
 ええ。同じ研究会で、今年一月には、イギリスとスウェーデンのターミナル事情を視察してきましたが、ここでも「医療での死」から「自然な死」への方向転換を実感できました。末期がん患者では苦痛を与える治療行為は行わず、自然の成りゆきに任せているのです。
 私は、治せないがんが見つかったときが人間の天寿だと思っています。そうなったら、「がんと対決」するのではなく、「がんと対話」するべきなのです。これからの医療においては、がん死を自然死と認めるような考え方が広まることが必要だと思います。人間というのは、がんで死んだというと「かわいそう」となりますが、老衰というとほっとします。でも、ある年齢以上になれば、老衰もがん死も一緒ですよ。がん死も自然の成りゆきだと思えばいいんです。「がんは病気ではなく、老化現象の一つの形にすぎない」と言う人もいます。[…]」


UP:20061212 REV:20061213, 20080203
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