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天畠 大輔

てんばた・だいすけ
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http://tennohatakenimihanarunoka.com/

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last update: 20180910

■はじめに

 まず、私と障害学の出会いは私自身が障がい者となったことから始まります。私は14歳の時、急性糖尿病で倒れ、その際の医療ミスにより四肢麻痺になってしまいました。視覚にも障害が現れ、立体や色、人の顔はなんとか認識できますが、文字の認識がほとんど出来ない状態です。また、発語はほとんど不可能で、アウトプットには人の何倍もの時間を要します。コミュニケーションの方法は、介助者に自分自身の手を握ってもらい、介助者が五十音で一字一字を確認していく、「拡大代替コミュニケーション」といわれる、私が腕を引くサインによるコミュニケーションです。
 前述した私のコミュニケーション方法は聴覚走査法と呼ばれています。聴覚走査法とは、例えば聞き手が「あ、か、さ、、、」と読上げていき、「た」で「Yes」のサインがあれば、今度は「た、ち、つ、、、」と読上げ、「Yes」のサインのあったところで文字を確定する方法です。このように、私の場合は介助者が一字一字解読をしていきます。長文を作成する際は、一人の介助者がメインとなり、作成します。作成方法は、私が単語を挙げていき、介助者がその単語をうまくつなぎ合わせて大まかに文章化していきます。私は介助者が作成した短文を組替えていき、筋道が立った文章になるように整えます。介助者に前後を流して読んでもらいながら、ニュアンスや前後関係、口調などが整合するように私が言葉を選び直していきます。
 自らが障害を負ったことで、障害について研究することが私の生活そのものになりました。

■研究テーマ

 大学院での研究テーマは「コミュニケーションが極めて難しい重度障がい者の「通訳者」、その重要性と社会的意義」です。この研究を通じて、将来的にはロックドインシンドロームの方を支援する財団を設立したいと考えています。
また、事業所の経営という実践を通して、障がい者のために介護政策についても考察していきたいと考えています。

■経歴

・1981年12月・・・広島県呉市安芸津町にて生まれる。
・1994年4月・・・千葉大学教育学部付属小学校を卒業後、同中学校入学。
・1996年2月・・・イギリス留学中に体調不良(ドクターストップ)により帰国。
・1996年4月・・・ストレスによる精神疾患および過換気症候群と誤診される。
 再度救急搬送後、若年性急性糖尿病と診断され、急遽インシュリン投与を受けるが、処置が悪く、心停止(約20分)を起こす。ICUに搬送され、生死の境を迷う。
・1996年5月・・・ICUにて約3週間の昏睡。
 気管切開。横隔膜麻痺の疑いあり。意識は戻らない日々。
・―― 8月・・・ICUを出て、一般病棟に入る。
 四肢麻痺、発語不能、嚥下障害、視覚障害等多くの障がいを抱える。
はじめて「あかさたなコミュニケーション」で、自身の意思を母に伝えることができた。この年、一種一級最重度の障がい者と認定され、常時車椅子生活で、24時間介助を必要とする。
・―― 12月・・・千葉県立リハビリテーションセンターに転院。
 併設の千葉市袖ヶ浦養護学校中等部に入学し、病院から学校に通う。
・1997年4月・・・高等部に進学。
・2000年3月・・・袖ヶ浦養護学校高等部卒業。
 その後平日は、千葉大の家庭教師による勉強、およびドーマン法によるリハビリ、日曜日もリハビリという生活。
・2003年2月・・・ルーテル学院大学を特別な配慮で受験したが不合格。
 しかし大学は、1年間の聴講を勧めてくれた。来年再受験することを期して、1年間の徹底的な受験モードに。
・2004年4月・・・ルーテル学院大学総合人間学部神学科合格。
 念願の大学入学を果たす。
・2005年4月・・・大学2年。社会福祉学科に編入。
 社会福祉、介護等の勉強を本格的に始める。
・2006年4月・・・大学3年。LSS(ルーテル・サポート・サービス)を設立。
 障がい学生の大学生活をサポートする団体。後に、大学の公認団体に成長。
・2008年9月・・・卒論完成、大学卒業。
・2009年4月…ルーテル学院大学総合人間学部臨床心理学科3年次編入。
・2009年7月…東京都武蔵野市にヘルパー派遣事業所を立ち上げる。
・2010年3月…ルーテル学院大学退学。
・2010年4月…立命館大学大学院先端総合学術研究科入学
・2015年10月 一般社団法人 日本脳損傷者ケアリング・コミュニティ学会 理事就任

■著書・論文

・2012/05/10…自伝『声に出さない あ・か・さ・た・な――世界にたった一つのコミュニケーション』生活書院

・2017年 天畠 大輔 , 嶋田 拓郎「発話困難な重度身体障がい者における「他者性を含めた自己決定」のあり方――天畠大輔を事例として」,障害学研究 (12), 30-57, 2017
・2014年3月・・・天畠大輔、黒田宗矢、「発話困難な重度身体障がい者における通訳者の「専門性」と「個別性」について : 天畠大輔の事例を通して」、Core Ethics 10、155-166
・2013年10月・・・天畠大輔、村田桂一、嶋田拓郎、井上恵梨子、「発話障がいを伴う重度身体障がい者のSkype 利用 : 選択肢のもてる社会を目指して」、立命館人間科学研究28、13-26
・2013年3月 天畠大輔、「天畠大輔におけるコミュニケーションの拡大と通訳者の変遷――「通訳者」と「介助者」の「分離二元システム」に向けて――」、Core Ethics Vol,9、163-174 【PDF】

■執筆・賞与等

・2000年4月・・・一筆啓上賞(日本一短い手紙)佳作入選。
・2008年9月…全国障害学生支援センター機関誌『情報誌 障害をもつ人々の現在』61号
 「先輩からのメッセージ」内コラム『「あ・か・さ・た・な」で大学へ』執筆
・2008年9月…ルーテル学院大学卒業論文。
『肢体不自由養護学校高等部における進路支援のあり方について〜障がい者の大学進学を進めるためには〜』
・2008年12月…第43回NHK障害福祉賞・優秀賞受賞。
 『「あ・か・さ・た・な」で大学に行く』
・2008年12月…ルーテル学院大学第一回パイオニア学長賞受賞。
・2010/08/25…「『あ・か・さ・た・な』で大学に行く」
 NHK厚生文化事業団編『雨のち曇り、そして晴れ――障害を生きる13の物語』日本放送出版協会,pp.180-196.
・2010年7月…全国障害学生支援センター機関誌『情報誌 障害をもつ人々の現在』68号
 「先輩からのメッセージ」内にコラム『「あ・か・さ・た・な」で大学院へ』執筆 
・2010年7月…DPI日本会議機関誌『DPI 我ら自身の声』26-2号
 「書籍紹介」内に書籍『障害があるからこそ普通学級がいい〜「障害」児を普通学級で受け入れてきた一教師の記録〜』紹介文執筆 
・2011年7月…全国障害学生支援センター機関誌『情報誌 障害をもつ人々の現在』70号
 連載企画「地域で活躍する当事者団体」にて記事執筆 
・『月刊地域保健』6月号(東京法規出版)、「言葉が伝わると、すごくうれしい――意思疎通ができずに悩んでいる人を救いたい」、2012年6月
・2013年8月・・・「学びはやめられない」執筆、ノーマライゼーション(日本障害者リハビリテーション協会)、18
・2014年1月・・・「第10回 私の生き方」執筆、すべての人の社会(日本障害者協議会)、14
・2014年3月・・・天畠大輔、黒田宗矢、「発話困難な重度身体障がい者における通訳者の「専門性」と「個別性」について : 天畠大輔の事例を通して」、Core Ethics 10、155-166
・2014年6月・・・図書紹介:中村尚樹著「最重度の障害児たちが語りはじめるとき」執筆、リハビリテーション(鉄道身障者協議会)、32
2014年6月・・・DPI日本会議機関誌「われら自身の声」内の「言葉の力―障害女性の複合差別調査報告について―」にて書評執筆、vol30-1、47
・2014年7月・・・「「あ・か・さ・た・な」で学び続ける(特集 さらなる学問のススメ(2))」執筆、リハビリテーション565(鉄道身障者福祉協会)、25-28
2014年12月・・・ノーマライゼーション「私が選んだ今年の五大ニュース」執筆、日本障害者リハビリテーション協会、36
・2015年4月・・・「World Now ロックトインシンドローム患者3人へのインタビューを通して : 天畠大輔inフランス」執筆、ノーマライゼーション:障害者の福祉35(日本障害者リハビリテーション協会)、48-50
・2015年7月・・・「ダレと行く?からはじまる私の外出 (特集 おでかけ : 私の外出紹介(2))」執筆、リハビリテーション575(鉄道身障者福祉協会)、29-32
・2015年12月・・・NHK厚生文化事業団「私の生きてきた道50のものがたり」サイト内にて『「あ・か・さ・た・な」より「喋りたい!」』執筆、http://www.npwo.or.jp/50stories/0006/

■発表・講演等

◇2008年2月…東京都ボランティア市民活動センターでの講演。
◇2009/09/26-27 韓 星民・天畠 大輔・川口 有美子 ポスター報告「情報コミュニケーションと障害の分類」
 障害学会第6回大会 於:立命館大学
◇2010/02/17 「「あ・か・さ・た・な」コミュニケーションと私の生活」講演 重度訪問介護従業者養成研修 主催:川崎市社会福祉協議会
◇2010/06/13 「「あ・か・さ・た・な」コミュニケーションと私の移動・外出時の様子」講演 全身性ガイドヘルパー講座 主催:すぎなみ地域大学
◇2010/08/19 「しょうがいをもつ人と共に生きるを感じよう連続講座−ヘルパーフォローアップ研修−」
 主催:CILくにたち援助為センター
◇2012/03/20 「skypeを使った生活―ビデオレンタルと買い物の事例から」講演 ITパラリンピック 主催:ICT救援隊 於:秋葉原ダイビル
◇2012/11/23-24 第3回障害学国際研究セミナー(2012年韓日障害学国際フォーラム)、「重度身体障がいのある大学院生の学習と生活〜日本における重度障がい者の在宅生活の一例として〜」、ポスター発表
◇2012/08/01 チャレンジセミナー2012 in都立光明特別支援学校、「肢体不自由学生の大学進学について」、講演
◇2012年6月25日・・・「聖徳学園小学校 交流教室〜障がいのある人と小学生が出会う場所〜」NHK厚生文化事業団主催 於:聖徳学園小学校
◇2012年8月1日・・・「聖徳学園小学校 交流教室〜障がいのある人と小学生が出会う場所〜」NHK厚生文化事業団主催 於:聖徳学園小学校
◇2013年8月19日・・・「2013年度 障害のある学生の修学支援に関する講演会」九州ルーテル学院大学主催。 熊本県教育委員会、熊本市教育委員会後援。 於:九州ルーテル学院大学
◇2014年1月10日・・・「日野第八小学校 国語科研究課題 伝えるって嬉しいね」 日野第八小学校国語科主催 於:日野市立日野第八小学校
◇2014年1月10日・・・「日野第八小学校 国語科研究課題 伝えるって嬉しいね」日野第八小学校国語科主催 於:日野市立日野第八小学校
◇2014年1月22日・・・「桃井第三小学校 交流教室〜障がいのある人と小学生が出会う場所〜」  NHK厚生文化事業団主催  於:杉並区立桃井第三小学校
◇2014年1月30日・・・「桃井第三小学校 交流教室〜障がいのある人と小学生が出会う場所〜」 NHK厚生文化事業団主催  於:杉並区立桃井第三小学校
◇2015年10月26日・・・立教大学社会学部「フィールド実習」授業内にてゲストスピーカー(テーマ:家族について)

■紹介・言及等

◇柳田邦男 2010/11/20 『人生やり直し読本――心の涸れた大人のために』「第1章 自分の地平を拓くことが他者をも変える」9p~26p.
◇今川敢士 2010/04/07 「意思疎通方法 自ら研究――視力や発語能力失い大学院へ」 『京都新聞』夕刊:1p
原 昌平  2012/03/31  「1字1字紡いだ16万字」,『読売新聞』(夕刊 大阪本社版) 11p. [PDF]
◇読売新聞 東京本社版、「独自『話法』で16万字 障害抱え『修士論文』」2012年4月10日
◇朝日新聞朝刊 東京本社版社会面「まひの病床、涙のサイン 武蔵野の天畠さん、意思疎通の研究者へ」、2013年3月17日
◇朝日新聞朝刊 東京本社版社会面「話せずとも、通じた気持ち 東京・台湾、重度障害の2人の対面 互いの「話法」で」、2013年3月25日
◇朝日新聞朝刊 東京本社版地域面「(生きる 天畠大輔さんの台湾訪問記:上)文字紡ぐ、声なき会話」、2013年4月9日
◇朝日新聞朝刊 東京本社版地域面「(生きる 天畠大輔さんの台湾訪問記:下)24時間体制で介助を受ける生活」、2013年4月10日
◇毎日新聞夕刊 東京版「読書日記:上野千鶴子さん「コミュニケーション保障」が重要」にて拙著の書評
◇朝日新聞朝刊 熊本版「わがまま言っていいよ 重度障害の大学院生 天畠さん講演」、2013年8月20日
◇朝日新聞朝刊 「ひと」欄、2013年10月23日
◇ノーマライゼーション2014年4月号 「HOPE!!:立命館大学大学院生 天畠大輔さん」
◇日経新聞朝刊 「「当事者研究」広がる」、2014年7月28日
◇ブックガイド 天畠大輔著『声に出せないあ・か・さ・た・な:世界にたった一つのコミュニケーション』前田拓也書評、2014年

■研究・活動助成

◆2010/**/** 2010年度立命館大学大学院特別奨励奨学金B 採用
◆コミュニケーション・通訳研究会 2010/**/**~2011/03/** 立命館大学大学院 2010年度先端総合学術研究科調査研究プロジェクト支援助成
◆天畠大輔(代表)2010/07/**~2011/08/**「インターネットテレビ電話を活用した在宅療養者の社会参加について――高等教育における重度障害学生への支援の取り組みから」
 勇美記念財団2010年度在宅医療助成
◆2011/06/** 2011年度立命館大学大学院特別育英奨学金A 採用
◆2012/04/**~現在 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員DC-1(社会科学領域)

◆立岩 真也 2018 『不如意の身体――病障害とある社会』,青土社 文献表

 ■3 存在証明という方角もあるが
 このように見ていくと、それと対照的な方向であると気づくのだが、もう一つ、自分が作ったと言いたい思いが(すくなくとも一方では)あることがある。そしてそれも言われればもっともな思いではある。天畠大輔がそういう思いの人である(自伝として天畠[2012]、論文として天畠[2013]、天畠・村田・嶋田・井上[2013]、天畠・黒田[2014、天畠・嶋田[2017])。彼は、世界で一番?、かもしれない身体障害の重い大学院生で、発話できず、身体の細かな動きはできないので、通訳者が「あかさたな」と唱えるのを聞いて身体を揺するのを通訳者が読み取り、次にあ行なら「あいうえお」と唱え、「う」で確定といった具合に話す。想像するよりはずっと早く進むが、しかし時間はかかる。視覚障害もある。長い文章、とくに博士論文といった長く面倒な文章を書こうとなると、どうするか。
 彼には長い時間をかけて育ってきたきわめて優秀な通訳者が複数いる。普通の意味での通訳にも熟達しているが、長年付き合ってきて、何を天畠が考えているかもわかっているし、この通訳という仕事がどんなものであるかもよくわかっている。だから、このコミュニケーションを主題に書かれるその博士論文について、本人の意を察するという以上のことができることがある。それで天畠はかなり助かっていて、それがないよりはるかに楽ができていると思うとともに、そして依存する気持ちの△088 よさを味わうとともに、自分の仕事が自分の仕事として認められたいと思う。そういうジレンマを抱えているのだと書く。
 それをジレンマと言えるのかどうか。自分でやっていると言いたいが、手伝ってもらってもいる。そしてそれはそれで心地よく、楽でもある。他方、彼自身が寄与しているのも間違いない。そもそものアイディアを出すということもあるし、そのチームを作ったのも、彼、彼の身体である。どれだけと確定はできないが、彼は寄与している。同時に手伝ってもらってよくなっている。それだけのことである。だから共著ということにしたいのであれば、すればよい。論文も学会報告も、ほとんどすべてがそのようにして発表可能である。
 ただ学位は個人に対して与えられる。個人を評価したその結果が学位であって、その成果には、もちろん環境があり、人との関係があったうえであること等々を承知しつつ、一人に一つ出すというものである。その合理性はあるか。例えば職を得る/与えるための指標であるとしたらどうか。普通は、人は一人採用するということになるから、その際の指標は、一人について一つということになりそうだ。このように一人につき一つが必要とされる場合があり、そのように求められることにつきあってもよいという人はその世界の流儀に従うことになる。これ以上つついても仕方がない。他方、同時に、仕事は共同で行なったといって何も問題はない。
 ときに自分がやっているか誰がやっているかが曖昧になる。それは当然のことであり、それ自体はよいことでもわるいことでもない。主体性が常に大切であると決まったものではない。本人と介助者の間のそんな、自律であるとか依存であるとかのマイクロな部分を記述することがなされてきたが、もうだいたいのことはわかっているように思う。たいがいのことはまかせてなんとかはなる。その範囲で支障なく生活が成り立っているなら、問題はない――ということは他方では、自分の身体の痛みが他人には△089 看過されやすいといった看過すべきでないことがあることも認めるということだ。それをさらに繰り返すことにどれほどの意味があるだろうか。
 ただ天畠の場合は、言語が関係しているから一定の複雑さがあり、種々の工夫もなされているだろう。それは十分に稀少な珍しいできごとではある。それを調べて書き出すことにまず意義はあるだろう。それをきちんと行なえば、それはそれでよい。
 そこでいったんこの話は終わり、止まるだろう★15。ただ、仕組みをどのようにしていくかという問題は残るはずだ。誰かと組むことによって仕事ができるという場合はある。教員の場合であれば、客である学生に伝わるものとしては一人分のものである。学位取得においては、仕方なく一人が取り出されるとしても、二人で一人分なのであれば、二人を一人分の仕事をする二人として雇ってもよいはずだ。それは二人でいっしょの方が、他の一人ずつの人たちよりも勝っているからだと言うことになるか。そこまでがんばって言う必要はないだろう。一人分ができればそれでよしとする。すると、二人なら雇う費用が倍かかることになる。それを雇用主の側が支出することになると、そうした場合の雇用差別を禁じても、密かに、差別は実行されるだろう。とするとどうするか。一つには、もう一人分の給料は雇い主が支出しなくてすむように別途公金から支出するといったやり方だ。するとこの場合には、本人がいて誰かがその介助者でいる――すると、介助に対する費用は、現在の制度はとても不十分にしか対応していないが、出させることはありうる――というより、二人(以上)で一つであることを十全に示せた方が説得力が増すということになる。そしてその時、天畠(たち)の論文で示される、その仕事の製造過程の記述は人々の理解を助けることになり、再び意味を有することになる。それは、天畠が(一方で)望んだ自らの名誉と自尊心を獲得するという方角とは少々異なるかもしれない。その気持ちはわからないではないが、それは自分で言いたいように言えばよい。わかってくれる人はいるだろう。それも言いな△090 がら、傍目からは不思議に見える共働を詳細に描いた方がまずおもしろいし、職に結びつくかもしれない。ではこのような仕事の仕方、させ方は、あらゆる職種に及んでよいことであるのか。簡単にはそうは思えないとするとどうしてか。次にそうした問いを考えていくことになる。

★15 「(介助者)手足論」がしばしば取り上げられてきた。まず、この言葉がどんな文脈にあったかについて小林敏昭[2011]。そして、後藤吉彦[2009]、熊谷晋一郎[2014]、石島健太郎[2018]、等。日常の生活において自律をどれほど求めるかと、社会運動において誰が主体となるべきかはまずは分けられる。後者について、あくまで本人たちが主体であるべきだという主張と行動がなされる由縁は理解できるしあってよいだろうし、同時に、それと異なる方針の組織・運動もあってよいとまず言えるだろう。前者については、専ら手段として位置づける場合とそうでない場合と、これも両方があってよいとまずは言える。そして一つ、いちいち細かに指図すること自体がとりわけ大切だというわけではない。また天畠のように、そんなことをしていたら手間がかかってよくないという場合もある。その上で、一つ、介助者自身が人であり、手段に徹することが困難であること、またそのように振る舞うことを求めてはならないこともある。△096


UP: 20100318 REV: 20100416, 0519, 0728, 0905, 20110412, 0912, 0503, 0518, 20120521 1115, 20130416, 20151215, 20180910, 1107
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