菅原百合子
すがわら・ゆりこ
・小平市
・あさやけ作業所(http://www.asayake.or.jp/)→
・亡くなられたと聞きます。ご存知の方教えてください。
◆菅原 百合子 i1986 インタビュー 1986/07/15 聞き手:安積遊歩・石川准・尾中文哉・立岩真也・好井裕明 於:菅原氏宅
■言及
◆立岩 真也 2021/03/11 『介助の仕事――街で暮らす/を支える 補注・文献』,Kyoto Books
「十時由紀子(196?〜)は一橋大学在学時、小平に住んでいた菅原百合子の、国立では秋山家で介助。大学卒業後岩波書店に就職、長く務めた後、出版舎ジグを立ち上げる(https://www.facebook.com/yukiko.totoki/)。
◆安積 遊歩・立岩 真也 2022/**/** 『(題未定)』,生活書院
以下、そのもとになる対談より。
「立岩:この頃、ほんとに毎月ぐらい話を聞いてんだよ。〔新井→境屋〕純子さんは〔1986年〕5月。6月は菅原百合子さん。
安積:一番先に亡くなった。百合子さんがさ、ものすごい毎日毎日毎日電話をかけまくって。それでもおしっことかさ、もう自分のおしっこの海にまみれながらさ、亡くなっていったんだよね。もう、つらい。
だからね、本当にね、今、サービスでね、「介助者のいるのが当たり前で介助者クビにする」っていう人たちが本当に許せないなって今一瞬思った。百合子さんのあの苦労。ほんとに介助者の仕事もさ、介助に行くじゃん、でも基本的なこともね、そのトイレとか行って終わったらさ、ずっと電話かけたからね。
立岩:ああ、俺もそうだったよ。それは、今度の『介助の仕事』って本の中にちょっと書いたけどさ★、僕の場合は、勝又って僕より4つ上、たぶん安積さんと同じ歳だ★。
安積:国立のときにね。「大学に行く会」じゃなくて、何かね、やってるよね。
立岩:それで、彼のとこの一番の仕事って電話かけること。▽そうそうそう。みんなそうだったよね。△ 菅原さんもそうだったの? けっきょくかなり、介助が厳しかったんだ。
安積:だよ。ものすごい厳しかったと思う。」
■言及
◆安積 遊歩・立岩 真也 2022/**/** 『(題未定)』,生活書院
◆https://twitter.com/ShinyaTateiwa 20220714