|
>HOME >WHO
すぎもと・たかこ 和歌山県出身、1953年生まれ。 夫と息子の3人暮らし 1977年からALSと闘病中 存在感ある絵を描くことが目標 (下記連載の著者紹介による) ◆19971001 「出産した頃」(夢) 『難病と在宅ケア』03-07(1997-10):26 ◆19971201 「木枯らしと一緒に飛んでいった」(夢・2) 『難病と在宅ケア』03-09(1997-12):31 ◆19980101 「「母」という言葉の重さ」」(夢・3) 『難病と在宅ケア』03-10(1998-01):30 ◆19980201 「迷子の坊やを捜す夢」(夢・4) 『難病と在宅ケア』03-11(1998-02):28 ◆19980301 「いのちなき砂のかなしさよ」(夢・5) 『難病と在宅ケア』03-12(1998-03):28-31 ◆19980501 「いのちなき砂のかなしさよ」(夢・6) 『難病と在宅ケア』04-01(1998-04):22 ◆19980501 「ひとひらの雪のような命」(夢・7) 『難病と在宅ケア』04-02(1998-05):32 ◆19980601 「涙の跡をいくたびも数えて…」(夢・8) 『難病と在宅ケア』04-03(1998-06):40 ◆19980701 「「臆病」という壁を乗り越えて」(夢・9) 『難病と在宅ケア』04-04(1998-07):13 ◆19981001 「コツ、コツ、と遠ざかるハイヒールの音」(夢) 『難病と在宅ケア』04-07(1998-10):35 ◆19981201 「歩むべき道をもとめて」(夢) 『難病と在宅ケア』04-09(1998-12):30 ◆19990101 「夢中でキャンバスに向かって…」(夢) 『難病と在宅ケア』04-10(1999-01):51 ◆19990201 「ちょっぴりおめかしして女性復活」(夢) 『難病と在宅ケア』04-11(1999-02):19 ◆19990301 「ちょっと手ごわい”車椅子”の私」(夢) 『難病と在宅ケア』04-12(1999-03):64 ◆20000101 「パソコンが入手できると胸ときめかせ」(夢) 『難病と在宅ケア』05-10(2000-01):36-38 ◆20000201 「「ボランティア」を初めて見てただく驚く」(夢) 『難病と在宅ケア』05-11(2000-02):53 ◆20000301 「CGは夢の夢だけど……」(夢) 『難病と在宅ケア』05-12(2000-03):67 ◆20000401 「初めて投函したワープロの手紙」(夢) 『難病と在宅ケア』06-01(2000-04):29 ◆20000501 「お母さんは もう分かってはる きっと だいじょうぶや」(夢) 『難病と在宅ケア』06-02(2000-05):50 ◆20000601 「個展を開いたら観に来るよとエール」(夢) 『難病と在宅ケア』06-03(2000-06):54 ◆20000701 「楽しそうに趣味の魚釣りの話ばかり」(夢) 『難病と在宅ケア』06-04(2000-07):61 ◆20000801 「奈良から大阪へのドライブを予行演習」(夢) 『難病と在宅ケア』06-05(2000-08):59 ◆20001001 「ドライブをかねて患者会にお初の出席」(夢) 『難病と在宅ケア』06-07(2000-10):57 ◆20010201 「とてつもなく長いトンネルをようやく抜け出た」(夢・最終回) 『難病と在宅ケア』06-11(2001-02):68 [31]杉本孝子(奈良県)は一九七七年に発症している。三年ほどは進行が早かったが、その後はゆっくりになる。人工呼吸器は使わずに暮らす、発症から十九年後の記録として豊浦[1996:172-179]、二三年後に書かれた文章に杉本[2000]。◆ UP:20040625 REV:0626 ◇ALS |