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Sontag, Susan

[スーザン・ソンタグ]
1933〜2004

last update:20130129

■関連著作

◆Rieff, David 2008 Swiming in a Sea of Death: A Son's Memoir, Simon & Schuster, Inc.=20090324 上岡 伸雄 訳,『死の海を泳いで――スーザン・ソンタグ最期の日々』,岩波書店,178p. ISBN-10: 4000234625 ISBN-13: 978-4000234627 1800+ [amazon][kinokuniya] ※ d01.

■著作

◆1966 in Against Interpretation and Otheri Essays,New York: Farrar, Straus & Giroux=199603 高橋 康也・由良 君美・河村 錠一郎・出淵 博・海老根 宏・喜志 哲雄 訳 『反解釈』,ちくま学芸文庫,501p. ISBN-10: 4480082522 ISBN-13: 978-4480082527 1575 〔amazon〕 ※

◆1977 On photography =197901 近藤 耕人 訳 『写真論』,晶文社,221p. ISBN-10: 4794958668 ISBN-13: 978-4794958662 1680 〔amazon〕 ※

◆1978 Illness as Metaphor,Farrar, Straus and Giroux=198201 富山 太佳夫 訳 『隠喩としての病い』,みすず書房,157p. ISBN-10: 4622010828 ISBN-13: 978-4622010821 [amazon][kinokuniya] ※ →1978,1989 Illness as Metaphor ; Aids and Its Metaphor, Farrar, Straus and Giroux=19921028 富山 太佳夫 訳,『隠喩としての病い エイズとその隠喩』 みすず書房.

◆1989 Aids and Its Metaphor,Farrar, Straus and Giroux=199005 富山 太佳夫 訳 『エイズとその隠喩』,みすず書房,152p. ISBN-10: 4622030446 ISBN-13: 978-4622030447 [amazon][kinokuniya]
 ※→1978,1989 Illness as Metaphor ; Aids and Its Metaphor, Farrar, Straus and Giroux=19921028 富山 太佳夫 訳,『隠喩としての病い エイズとその隠喩』 みすず書房.

◆1978, 1989 Illness as Metaphor ; Aids and Its Metaphor,Farrar, Straus and Giroux=19921028 富山 太佳夫 訳 『隠喩としての病い エイズとその隠喩』,みすず書房,304p. ISBN-10: 4622045559 ISBN-13: 978-4622045557 [amazon][kinokuniya] ※

◆2003 Regarding the Pain of Others, Farrar, Straus and Giroux=20030708 北条 文緒 訳,『他者の苦痛へのまなざし』,みすず書房,155p. ISBN:4-622-07047-2 1800 ※ b02. cf.暴力

◆20040330 木幡 和枝 訳,『良心の領界』(The Territory of Conscience),NTT出版,293p. ISBN:4-7571-4069-X 2310 [amazon][kinokuniya] ※


■報道

◆2013/01/19 https://twitter.com/tanajun009/status/292400166965760000

 TANAKA Jun ?@tanajun009「パティ・スミスがスーザン・ソンタグの死にあたって寄せた弔辞「美しい旅を、スーザン。粉砕しながら行くのです。あなたの新しい道にあまたの問いの破片が散らばっていますように。あなたの答えが星々を震撼させますように。さらば。」

◆「米国の批評家・作家、スーザン・ソンタグさんが死去」
 朝日新聞 2004/12/29 17:08

 「約40年間にわたり米国を代表する知識人の一人と目されてきた批評家・作家のスーザン・ソンタグさんが28日朝(日本時間同日夜)、ニューヨーク市内のがん病院で死去した。病院当局が確認した。71歳だった。病院側は死因を公表していないが、長男がニューヨーク・タイムズ紙に語ったとろによると急性骨髄性白血病だという。
 60年代のサブカルチャーを扱った「キャンプ論」(64年)や、作品の内容よりも形式やスタイルを重視する芸術論を展開した「反解釈」(66年)などで注目を集めた。他に評論集「写真論」(77年)、「隠喩(いんゆ)としての病い」(78年)など。小説では「火山に恋して」(92年)や全米図書賞を受けた「アメリカで」(00年)などの作品がある。
 60〜70年代はベトナム戦争反対の活動で知られた。その後、99年に朝日新聞紙上で行った作家、大江健三郎氏との往復書簡では、北大西洋条約機構(NATO)によるコソボ空爆を支持した。虐殺などの危険がある場合は、武力の早期行使もやむを得ないという、いま主流になりつつある考え方に沿ったものだ。
 01年の9・11同時多発テロ直後には「これは文明や自由や人間性に対する攻撃ではない。自称『超大国』への攻撃だ」と断じたうえで、ハイジャック犯より「反撃されない高い空から攻撃する者(米兵)の方が卑劣」と書いて物議をかもした。
 9・11に起因するアフガニスタンへの武力行使は支持したが、イラク戦争には反対。こうした時代への考察をまとめた「この時代に想う/テロへの眼差し」(02年)は、日本のみで出版された。
 ニューヨーク生まれ。早くに父を亡くし、母はアルコール中毒だったという。3学年飛び級し15歳で高校を卒業、シカゴ大学、ハーバード大学、英オックスフォード大学で学んでいる。硬派の批評家には珍しく、社交界の花形でもあった。」

■言及

◆立岩 真也 2013 『私的所有論 第2版』,生活書院・文庫版

・補章1より
「☆14 「[…]そうした中で、スーザン・ソンタグの『他者の苦痛へのまなざし』(Sontag[2003=2003])がある。やはりそこでも苦痛についてではなく、苦痛を見ることや描くことが語られているのではあるが(『良い死』第2章・注25([2008:●])他に、水俣病者の表象を巡ってあった、関連するできごとについての記述がある)。その人は病に意味が付与されることを拒絶した(Sontag[1978=1982])。その時もがんに罹ったのだがそれはなおって、そしてまた罹って――「死生学」的には「往生際」のわるい死に方をした。その最期についてその人の息子であった人が書いた本(Rieff[2008=2009])がある。」

◆立岩 真也 2013 『分かること逃れることなど――身体の現代・1』(仮題),みすず書房

「例えば、結核や癌やエイズについて、象徴としての病の捉えられ方◆を記述し、そして批判するものとしてソンタグの著作がよく知られている(Sonntag[1978=1982][1989=1992])。もっと「即物的」に病を捉えたらよいという主張がなされる。そうかもしれないと思うが、事実と事実を飾る観念、という具合にそう簡単に分かたれるものだろうか。こうしたことごとについて、すこし次の次の節に記す。
 そして、分かたれるとして、病に観念を付着させることはどのように好ましくないことか。例えばソンタグは次のように言う人でもあった。

 「自分自身について、あるいは自分が欲すること、必要とすること、失望していることについて考えるのは、なるべくしないこと。自分についてはまったく、または、少なくとももてる時間の半分は、考えないこと。」(Sontag[2004])

 私はよいことだと思うが、そうは思わない人もいるかもしれない。」(立岩[→2012])

◆Turner, B. S., 1996, The Body and Society: Exploration in Socail Theory [second edition], Sage.(=1999 小口信吉・藤田弘人・泉田渡・小口孝司『身体と文化――身体社会学試論』文化書房博文社).
(p175)

 「ここでは、食事管理の変化を分析して、ウェーバーとフーコーの見解を比較して説明しよう。ウェーバーの説明には二つの面がある。第一に、食事規制は、資本主義の発展に伴い次第に世俗化されて、フーコーが指摘するように、拒否から利用に変わった。第二に、上流階級の身体管理から労働者の身体管理への移行であって、長命から実用へと、目的の変化と一致してもいる。この見解は、資本主義社会の規律に関する議論を主に問題にしているけれども、食事規制は医療のうちでも最も古いものの一つであることを念頭におかねばならない。「食事」という言葉は、生活法を意味するギリシア語のdiatiaに由来する。生活の規制として、定められた規則に従って食べることには、もっと具体的な医療的な意味がある。「食事」の第二の意味は、立法と行政のために諸侯が開く政治集会のことである。この第二の意味は、ラテン語のdies、つまり「日」に由来する。政治集会は、特定の日に開かれ、それゆえ日程に左右されたからである。食事は、個人の身体の規制でもあり、政治体の規制でもある。「規制」という言葉もまたこの二つの意味がある。一つは、regere つまり「規則」に由来し、医学用語としては、治療方法を意味し、一般的には食事規制を含む。もう一つは、「組織化」あるいは「体制」に見られるように管理方式である。だから「食事規制」と「摂生」の両方とも、身体の管理と市民の管理に当てはまることがわかる。この語の由来から考えると、健康と病気の比喩が、社会組織の根強い比喩となっていると考えざるをえない(Sontag,1979)。」

◆Barnes, Colin ; Mercer, Geoffrey ; Shakespeare, Tom 1999 Exploring Disability : A Sociological Introduction, Polity Press(=20040331, 杉野昭博・松波めぐみ・山下幸子訳『ディスアビリティ・スタディーズ――イギリス障害学概論』明石書店.
(pp.x-x)

(3章 2 「病気という地位の再考」)
 「しかしながら、“スティグマ”の相互作用論やラベリング論が、逸脱は社会的に構成されると強調したことは、パーソンズ派の立地点への本質的な批判を生み出してきた。エリオット・フリードソン(Freidson, 1970a)は病気への社会的反応の複雑さを指摘する。以下の3点によって、病気や障害を分類するにしても社会的集団ごとに違ってくるというのだ。つまり、その人が自分の病状に責任があるかどうか、責任を負わされる場合、それがどれだけ深刻か、原因がどこにあるかを決定することの正当性、である。これら三つの側面は互いに重なり合う部分をもちつつ分類されたものであるが、ある人が逸脱者としてラベリングされるかどうか、そして当人の役割義務や、保健・社会サービスを受ける正当性に何らかの影響があるのか否かを示している。フリードソンは、公的な判断というものが医学的診断から直接なされるというよりもむしろ、社会によってなされることを強調した。したがって性感染症のようなある種の病気は、その人個人の責任という観点から見られ、重大な「モラル失墜」のしるしとも見なされるのだ。それどころか、病気というラベル(レッテル)を貼られた人は、その生物学的な兆候のみならず、その病気に社会が与えた意味に対しても反応するように義務づけられているのだ。「今日まで常に恐ろしげなメタファーによって彩られてきた“病の王国”が、そうした偏見から解放されることなど、ありえないでしょう」(Sontag, 1991: 3)。」
(pp.x-x)

(3章 3)
 「バリーが明らかにした病気に関わる第二の意味と関心は、病気の“含意”である。それは、病気やインペアメントが、いかに文化や社会集団によって異なる反応を引き起こすか、ということに注目するものだ。この点を鮮やかに描いているのが、スーザン・ソンタグの“恐ろしい疾病”についての研究である(Sontag, 1991)。ソンタグは西洋社会における結核や癌、HIV/AIDSなどの病状に伴う特有の象徴体系を調べた。インペアメントの種類は違っても、その社会的認識には類似性があり、恐怖や哀れみや侮辱の感情を表現するために障害のイメージが用いられる点も共通している。しかしながら、すでに述べたように、“主観的”スティグマと“人々に明示された”スティグマの間には重大な違いがあるわけだが、そのような区別のあり方が示唆するのは、なんらかのインペアメントに関わる世間での否定的な評判は、ただでさえ緊張に満ちた経験をさらに悪いものにするということだ(West, 1979; Schneider & Conrad, 1983; Scambler & Hopkins, 1986)。」

◆芹沢一也・高桑和巳編, 20070910, 『フーコーの後で――統治・セキュリティ・闘争』慶應義塾大学出版会.

(p164)
 フーコーのイラン反体制運動との関わりは一九七〇年代前半に遡る。フーコーは七〇年代前半に監獄情報グループ(GIP)で主導的な役割を果たしたが、その時に共に活動した弁護士の要請に応えて支援に加わり、七六年二月にはフランス政府がイランの人権侵害を座視していることを批判する宣言に賛同している。その後もパリに亡命する反体制活動家との接触があり、七七年一二月にはマオイストのイラン人学生から、反政府運動の機運が高まりつつあることを知らされてもいた(*10)。フーコーが、知識人による世界情勢のリポートの連載企画「理念のルポルタージュ」を考え、イタリアの大手日刊紙『コッリエレ・デッラ・セーラ』紙の担当者と内容を協議していたのはちょうどこの頃である(*11)。
 (*11)なお当初はスーザン・ソンタグらの寄稿も予定されていたが、実際に掲載されたのはフーコーを含めて五人の記事に留まった。詳しくは、Foucault, Dits ecrits, 3, p.706 〔『ミシェル・フーコー思考集成』第七巻、三四四頁〕の編者による注記と、邦訳三四七頁の訳注2を参照。

◆2010/04/25 身体論研究会 第3回研究会「『他者の苦痛へのまなざし』を読む」



UP:UP:20040316 REV:20050109,11 20080518,20100506, 0602, 20120526, 20130119, 20130329
WHO  ◇暴力
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