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佐藤 きみよ

さとう・きみよ
1962〜2021/07/29

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 ・人口呼吸器使用者ネットワーク
 ・自立生活センターさっぽろ
 ・全国自立生活センター協議会副代表(2001〜)

◆2021/07/29逝去 渡辺一史さんより cf.物故者

Subject: [plhn:1694] 佐藤きみよさんのこと
Date: Fri, 30 Jul 2021 12:59:45 +0900
To: plhn@googlegroups.com

みなさまへ

ノンフィクションライターの渡辺一史です。
このMLにご参加のかたの中には、ご存じのかたも多いと思いますが、まだ投稿がないようですので、僭越ながら私からご報告いたします。

昨日7月29日の13時30分に、自立生活センターさっぽろ代表の佐藤きみよさんがお亡くなりになりました。

1962年、札幌生まれのきみよさん(SMA-II型で12歳から呼吸器使用)は、1990年に日本で初めて人工呼吸器使用者として自立生活をスタートさせた、文字通りの第一人者です。
今さらながら制度面を振り返っても、きみよさんが札幌市の天使病院を退院した1990年といえば、在宅人工呼吸の医療保険適用が認められた初年度にあたります。その第1号の自立生活者がきみよさんでした。
さらに、人工呼吸器のレンタル制度ができたのが、その4年後の1994年のことですから、きみよさんの自立生活への挑戦は、数百万円もする呼吸器を自費で購入し、退院しても医療保険で医療的ケアを受けられるかどうかという、とてつもない荒野に立たされるか否かの選択のなかで行われたことでした。
もちろん、呼吸器使用者を訪問診療してくれる在宅医なども皆無だった時代のことです。

きみよさんは、見かけは本当に小柄でかわいらしい女性ですが、その芯の強さと前向きな意志に、私も強く魅せられ大きな影響を受けてきました。
私は、『こんな夜更けにバナナかよ』の鹿野靖明さんの取材のため、2000年にきみよさんと、パートナーの安岡菊之進さんからお話をうかがったのが最初でしたが、振り返ると鹿野さんの人生も、きみよさんの自立生活の前例なしにはありえませんでした。
鹿野さんは、自立生活の開始自体は1984年と早かったのですが、その後、呼吸筋の低下で1995年に呼吸器を装着後も自立生活を持続できたのは、きみよさんの前例があったからこそです。きみよさんの存在なくしては、鹿野さんの人生も大きく変わっていたでしょうし、今の私があるのはお二人の大きな足跡のおかげと、あらためて痛感しています。

また、きみよさんは、1990年に呼吸器ユーザーとしては初の全国組織である「ベンチレーター使用者ネットワーク(JVUN)」を設立し、1996年には「札幌いちご会」に次ぎ道内2番目のCILである「自立生活センターさっぽろ」を設立しました。
さらに、1997年にはアメリカ・セントルイスで開催された「国際自立生活会議」に参加、2001年から2004年までは、全国自立生活センター協議会(JIL)の副代表を務めました。
それまで、日本の障害者運動を引っ張ってきたのが、どちらかというと、脳性まひや脊髄損傷を中心とする当事者であったのに対し、常時の医療的ケアを必要とする難病系の当事者の権利運動を大きく進展させた貢献を考えると、このMLに参加されているみなさん、並びにこのプロジェクト自体も、きみよさんの人生から有形無形の支援を受けてきたことになるでしょう。

きみよさんの遺してくれた大きな財産に感謝するとともに、心よりご冥福をお祈りし、今後もその遺志を引き継いでいくことを誓いたいと思っています。

なお、お通夜と葬儀は近親者のみで行われますが、明日7/31の16時30分〜18時に、やわらぎ斎場 月寒(札幌市豊平区月寒中央通7丁目6-1)において一般焼香の会が開かれます。
https://www.yawaragisaijyo.com/hall/tukisamu/
参加できるかたはぜひどうぞ。

じつはこんなことを書いている私も、今月は相模原殺傷事件から5年目の節目であることからずっと関東に滞在中です。明日あさっても神奈川でトークイベントと講演があり、それらをキャンセルして札幌に戻ることがどうしてもかないません。
昨日、きみよさんのパートーナーの安岡菊之進さんを通して、きみよさんの御霊前に心よりのお詫びとお礼を申し上げたところです。

きみよさんは、2016年に『雨にうたれてみたくて』というタイトルの自伝を現代書館より出版しています。
http://www.gendaishokan.co.jp/goods/ISBN978-4-7684-3551-9.htm
ご興味のあるかたは、ぜひお手にとってください。


長々と申し訳ありませんでした。
きみよさんとの20年以上のおつき合いのなかで本当にたくさんのことを学ばせていただきました。
なんだか、昨日から力が抜けたような状態なっています。。。

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渡辺一史

〒064-0811
札幌市中央区南11条西1丁目2-7-802

Tel/ Fax : 011-513-6687
iPhone : 090-9515-0958
E - mail : w.k@ever.ocn.ne.jp


◆2016 『雨にうたれてみたくて』,現代書館
 http://www.gendaishokan.co.jp/goods/ISBN978-4-7684-3551-9.htm

◆『朝日新聞』 2007年4月24夕刊 「ニッポン人脈記」〈ありのまま生きて〉 F

 *「ニッポン人脈記」は、『朝日新聞』夕刊に連載。下記のWEBサイトより各シリーズの1回目の閲覧可能
 http://www.asahi.com/jinmyakuki/

 「札幌市の佐藤きみよ(44)は難病の進行性の脊椎性筋萎縮症で、人工呼吸器がかかせない。12歳のある日、息苦しくなり、目覚めたら大型冷蔵庫のような装置につながれていた。20歳のとき医師から「一生、病室の中でしか生きられない」と告げられ、絶望する。
 ベッドから手鏡で窓の外の空をながめた。「あの雨に打たれてみたい。3日でいい、自由に自分らしく生きたい」。友達とおしゃべりしたい。恋愛も。ふつうの生活にあこがれた。そのころカウンセリング講師として札幌を訪れた安積からいわれた。「あなたの夢、きっとできる。自分を信じて」
 介助のボランティアにきたパートナー(42)と恋をして、27歳で病院を出てアパートで暮らし始める。「恋が一番のエネルギーになって、がけから飛おりるような気持ちで街に出たんです。もう死んでもいいって」
 彼が車いすを寝台式に改装してくれた。街のお店に出かける。のどに1aほどの穴をあけ管から空気を取りこむ。「ピアスみたいなものよ」。人工呼吸器を使う人たちのネットワークをつくった。
 4年前、安積から「子育てしてみない?」と誘われ、フィリピンから1歳の女の子を養子に迎えた。名前は「モニカ」の響きを移し「森(もり)香(か)」に。抱っこやおむつ替えはできなかったけれど、たくさん話しかけた。「ママ」と呼んでくれた。私の人生に子どもがいるなんて。「森香は天からの贈り物かもしれない」」(安積は安積遊歩


◆2005/07/23

●NHK教育テレビ「きらっと生きる」
●7月23日 PM8:00~8:29 再放送は、25日(月)朝5:30〜5:59

 札幌市の佐藤喜美代さん(42歳)は、脊髄性進行性筋萎縮症で、動かせるのは
顔と手だけだ。自力呼吸ができなくなり人工呼吸器を使い始めたのは11歳の時。
当時の人工呼吸器は大型の冷蔵庫ほどの大きさがあり、以来病院のベッドの上だ
けの生活が続いた。窓から見える風景の移り変わりにだけ季節を感じる生活の中
で、「窓の向こうに降る、あの雨に濡れてみたい」と病院の外で暮らすことにあ
こがれ続けた。1990年、アメリカから小型の人工呼吸器を取り寄せて病院を飛び
出した。以来15年間、札幌市の自宅で暮らし、自分の生活を切り開いてきた。電
動で動くベッドに人工呼吸器を積み込み、買い物や旅行など毎日の生活を楽しむ
。2年前からは両親が面倒を見られなくなったフィリピン人の女の子を引き受け、
子育てにも取り組んでいる。
 現在、佐藤さんは障害者の自立を支援する活動を行っている。特に力を入れて
いるのは、人工呼吸器への理解を深めてもらうことだ。「人工呼吸器をつけると
、一生病院から出られなくなる」、「声が出なくなる」といった人工呼吸器に関
する誤解や偏見をなくすため、全国各地に自ら直接出向いて、訴えている。
 「人工呼吸器は人生のパートナー」を信念に、人工呼吸器への理解を深める活
動を続ける佐藤喜美代さんの姿を紹介する。
[番組ホームページ] http://www.nhk.or.jp/kira/

●Yahoo!テレビより
「人工呼吸器で開く未来」
きらっといきる◇札幌市の佐藤喜美代さんは、脊髄(せきずい)性進行性筋委縮
症で動かせるのは顔と手だけだ。自力呼吸ができなくなって人工呼吸器を使い始
めたのは11歳の時で、当時の物は大型の冷蔵庫ほどの大きさがあり、病院のベッ
ドの上だけの生活が続いた。1990年にアメリカから小型の人工呼吸器を取り寄せ
て以来、佐藤さんは自宅で自分の生活を切り開いてきた。現在、彼女は障害者の
自立を支援する活動を行っている。"人工呼吸器は人生のパートナー"を信念に人
工呼吸器への誤解や偏見をなくすため、全国各地に自ら出向き、理解を深める活
動を続ける佐藤さんの姿を紹介する。


◆20010501 「自立生活センターさっぽろのあゆみとこれから」
 全国自立生活センター協議会編[2001:074-080]*
*全国自立生活センター協議会 編 20010501 『自立生活運動と障害文化――当事者からの福祉論』,発行:全国自立生活センター協議会,:発売:現代書館,480p.

◆19910710 「地域医療の現実」(アナザ ボイス 03)
 『いちご通信』090:07-10
◆19911225 「ベンチレーター(人工呼吸器)を地域の中へ――ベンチレーター使用者の自立生活」
 『季刊福祉労働』53:142-149
◆19920301 「カニューレはピアス――ベンチレーター使用者の自立生活」
 『障害者の福祉』12-03(128):15-17
◆19940625 「ベンチレーターと共に出歩く旅」
 『季刊福祉労働』63:064-067(特集:もっと楽しく,自由に−ハンディをもつ人の旅)
◆20000211 「ベンチレーター(人工呼吸器)と共に自立生活」
 『JALSA』049(2000/02/11):36-42

◆「花もようのカルテ」(リカバリーショット)
 「作業療法ジャーナル」35巻2号
◆「クリスマスの贈りもの 」(リカバリーショット)
 「作業療法ジャーナル」35巻3号
◆「たくさんの手」(リカバリーショット)
 「作業療法ジャーナル」35巻4号
◆「気持ちがいいが大事」(リカバリーショット)
 「作業療法ジャーナル」35巻5号

※おことわり
・このページは、公開されている情報に基づいて作成された、人・組織「について」のページです。その人や組織「が」作成しているページではありません。
・このページは、文部科学省科学研究費補助金を受けている研究(基盤(C)・課題番号12610172)のための資料の一部でもあります。
製作:吉田知恵子(立命館大学大学院先端総合学術研究科)・立岩 真也

REV:… 20050724 20070502, 20101018, 20210730
脊髄性筋萎縮症(SMA)  ◇障害  ◇障害者(の運動)史のための資料・人  ◇人口呼吸器使用者ネットワーク  ◇人口呼吸器  ◇WHO  ◇物故者 
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