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Roemer, John E.

ジョン・ローマー


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●翻訳が出ている著書

◆Roemer, John E. 1994 A Future for Socialism Harvard University Press=19970225 伊藤 誠 訳 『これからの社会主義――市場社会主義の可能性』,青木書店,206+8p. 2400 ※
◆Roemer, John E. 1996 Theories of Distributive Justice Harvard University Press=20010320 木谷 忍・川本 隆史 訳 『分配的正義の理論――経済学と倫理学の対話』 木鐸社,388p. 4000 ※
 cf.
 ・木谷忍さんのホームページ
 http://www.agri.tohoku.ac.jp/agriecon/japanese/kankyo/kitani/index.htm
◆薮下 史郎 (監修)・須賀 晃一・若田部 昌澄 (著) 20060323 『再分配とデモクラシーの政治経済学』,東洋経済新報社,280p. ISBN-10:4492313613 ISBN-13:978-4492313619 \3780 [amazon][kinokuniya]

●著書/論文

Roemer, John E. 1981 Analytical Foundation of Marxian Economic Theory Cambridge University Press
Roemer, John E. 1982 A General Theory of Exploitation and Class Harvard University Press
Roemer, John E. 1985 "Equality of Talent" Economics and Philosophy 1:151-181→Roemer [1994]
Roemer, John E. 1986 "Equality of Resources Implies Equality of Welfare" Quarterly Journal of Economics 101:751-784
Roemer, John E. 1986 "The Missmarriage of Bargaining Theory and Distributive Justice" Ethics 97:88-110
Roemer, John E. 1986 Value, Exploitation, and Class Harwood Academic Publishers
Roemer, John E. ed. 1986 Analytical Marxism Cambridge University Press ※
Roemer, John E. 1987 "A Pubic Ownership Resolution of the Tragedy of Commons" Department of Economics Working Paper No. 295, University of California, Davis
Roemer, John E. 1987 "Egalitarianism, Responsibility, and Information" Economics and Philosophy 3:215-244→Roemer [1994]
Roemer, John E. 1988 "Axiomatic Bargaining Theory on Economic Environments" Journalof Economic Theory 45:1-31
Roemer, John E. 1988 Free to Lose: An Introduciton to Marxist Economic Philosophy Harvard University Press
Roemer, John E. 1989 "A Pubic Ownership Resolution of the Tragedy of Commons" Social Philosophy and Policy 6:74-92
Roemer, John E. & Silvestre, J. 1989 "Public Ownership: Three Proposala for Resource Allocation" Department of Economics Working Paper No. 307, University of California, Davis
Roemer, John E. & Silvestre, J. 1993 "The Proportional Solution for Economics with Both Private and Public Ownership" Journalof Economic Theory 59:426-444
Roemer, John E. 1993 "Distributing Health: The Allocation of Resolution of Resources by an International Agency" Nussbaum and Sen eds.[1993]
Roemer, John E. 1993 "A Pragmatic Theory of Responsibility for the Egalitarian Planner" Philosophy & Public Affairs 22:146-166
Roemer, John E. & Bardhan, P. eds. 1993 Market Socialism Oxford University Press
Roemer, John E. 1994 Egalitarian Perspective: Essays in Philosophical Economics Cambridge University Press, 356p. ※
Roemer, John E. 1998 Equality of Opportunity, Cambridge: Harvard University Press. ※
後藤 玲子・吉原 直毅 訳で勁草書房より近刊(遠刊?)予定
Roemer, John E. 200601 『Democracy, Education, and Equality: Graz-Schumpeter Lectures』,Cambridge University Press,188p.  ISBN-10:0521609135 ISBN-13: 978-0521609135 3831 [amazon]

後藤 玲子 20020325 「ジョン・ローマー:機会の平等アプローチと社会保障」,『海外社会保障研究』138:43-54

 

●機会の平等/幸福の平等

 「かりに幸福を求める機会の均等でなく、幸福の平等が目的であるとすれば、とてつもなく費用のかかる非現実的な目的を採用した人びとに、社会は巨額な基本財源を提供するようせまられるであろう。たとえばわたくしが、ひ弱なスポーツマンなのに、徒歩でエベレスト山頂にゆかなければ自分の人生は無価値であると信じるにいたったとしよう。それには、その登山旅行を可能とするために十分なシェルパやその他の支援の人びとを雇うのに、大量の資金を要するであろう。他方、幸福への機会の均等を求めることは、幸福をひきだす穏当な諸目的を選定する責任をわたくしに課すことになる。」(『これからの社会主義』p.24)

 「かり(p.24)に、人びとが自由意志を働かせることがなく、すべての行為は個人の統御のおよばない諸要因に起因するのだとすれば、幸福への機会の均等は幸福の均等へと堕する。しかし、大部分の社会主義者もその他の人びとも、意志を発揮する領域はあるものだと信じており、それゆえまた「社会主義者が望むもの」のリストのどこにも機会という箇条を挿入しておくことが大切なのである。」(『これからの社会主義』pp.24-25)

●センについて

 「(選択によって最も選好しているものを手に入れることができるという)道具的価値にとどまらず、センにとって複数の選択肢から選べる能力そのものも価値をもつ。そ(p.219)してこの価値は潜在能力(生き方の幅)の中での選択肢の範囲に反映される。したがって、選択は人々にとって非道具的価値(選択の「論証的」かつ「象徴的」な価値)を有するというスキャンロン(Scanlon[1988])の議論とセンの立場は似ている。人の潜在能力への関心と達成された機能ベクトルとの違いを示すために、断食中の裕福な人と食物を買う金のない飢えた貧しい人を比べてみよう。この二人は栄養状態の点では同じレベルにあるが、前者の潜在能力は後者より大きい。ここで重要なのは潜在能力の違いである。」(Roemer[1996=2001:119-220])

Scanlon, T.  1988 "The Significance of choice", S. McMurrin ed. The Tanner Lectures on Human Values. Vol 8, University of Utah Press.

 「分配的正義に関する処方箋として厚生の平等には少なくとも二つの重大な問題が存在する。それは「安価な嗜好」の問題(センの例では「虐待を受けてきた奴隷」や「飼い慣らされた主婦」の問題)および高価な嗜好である。この二つの問題は、同じ対象を二つの側面から捉えたものではない。なぜなら、安価な嗜好はそれが非自発的に陶冶されたときにのみ、そして高価な嗜好は自発的に陶冶したときにのみ問題になるからである。」(Roemer[1996=2001:274])

 「ここでセンの理論に対する五つの批判を挙げておこう。(1)幸福を機能の一つとして含めることは、機能指数と自己が描いていた厚生の観念との独立性の度合を弱めてしまう。」(Roemer[1996=2001:221-222])

 「分配的正義にとって重要となる優位の尺度の中に、人のおかれた状態を示す何らかの客観的尺度を考慮に入れるべきであるのは確かであろう。というのは、純粋な主観的尺度だけでは「飼い慣らされた主婦」の問題を解決できそうもないからである。こうした見通しの下では、センの機能概念がもっとも期待できると思われる。ただし5章で述べたように、センとは違って「幸福」のような主観的な特徴をもつものを機能に含めない方がよいと私は考えている」(Roemer[1996=2001:355])

 「ある種の難問には正解がないと書くとき、センは苦境に耐えようとしているのだと感じられてならない。科学におけるもう一つの見方は、答はあるがまだ見つけ出していないという仮説を認めることである。私は、分配的正義の理論がこの仮説を棄却すべきほど進展してはいないと考えている。」(Roemer[1996=2001:223])

●ドゥオーキンについて

 「無知のベールの下での保険市場に関するドゥオーキンの入り組んだ議論は、賢明ではあるが経済学の訓練を受けていない哲学者が苦しみながら巧妙な経済学的着想、つまり仮想的要求の市場をもつ経済での均衡点を再発見したことによる産物である。ドゥオーキンが「無知のベール」という用語を使わず、それに反論していることも付け加えておくべきだろう。しかし、私はこの用語は彼の提案を伝えるのに都合の良いものと考えている」(Roemer[1996=2001:300])
 *ドゥオーキンのファイルでも引用

 

■言及

◆立岩真也「自由の平等・4」での引用・言及

□注
☆01ホームページ(http://www.arsvi.com)「立岩」→「自由の平等」に文献リストやここで切り詰めて引用した部分よりは長い引用がある。
 以下では、アナリティカル・マルキシズムの陣営に属する人についても言及するが、それはその全体を批判することではない。この学派には非常に興味深い多くの提起、主張があると私は思う。訳書としてRoemer[1994a=1997][1996=2001]、その主張を紹介し検討している論集として高増・松井編[1999](巻末に外国語文献・日本語文献表がある)、他に紹介として松井[2000]等。
☆02(3)(八月号)3「自分のために、が届くところ」。(1)(三月号)注11も関連する。なお、ロールズの立論を批判してドゥオーキンが示す「仮想的保険市場」も基本的な発想は似ており、ローマーはそこに想定される初期状態を「薄い無知のヴェール」と呼ぶ(Roemer[1996=2001:284ff]、また吉原[1999:165-166]がRoemer[1994b]をあげて紹介)。
☆03Dworkin[1981a]。Roemer[1996=2001:273ff]でも紹介され検討されている。「厚生主義(welfarism)」の問題を松井は三つあげ、「安価な嗜好」と「高価な嗜好」とを第二・第三にあげて解説している(松井[1999:142-143])。また吉原も二つ以外に「攻撃的嗜好」を例示しており(吉原[1999:173・注8])、松井・吉原ともにセンの文献(Sen[1979]等)をあげている。他者を貶めることで満足を得るといった嗜好をどう考えるかについて、本稿では主題的に論じないが、それに対する基本的な方向は示したと考える。
☆04「手段は、究極的には何か他のものによって評価されるから、手段の評価をその目的から全く独立に行うことは容易ではない。ジョン・ローマー…は、この関係を巧みに利用した数学的な帰結を導き、それを…「資源の平等は厚生の平等を意味する」と解釈した。この結果は精巧な公理の集合に基づいているが、その背後にあるアイデアは、資源の価値をその資源が生み出すものから求めようとするところにある。資源は、それ自体で価値をつけられるものではないので、このような関係に目を付けるのはもっともなことである。最終的な目的が厚生だけであるようなモデルを作って、「資源の平等は厚生の平等を生み出さなければならない」というローマーの定理が導き出される。」(Sen[1992=1999:124]、言及されている論文はRoemer[1986]。ドゥオーキンの主張とローマーの批判の紹介として吉原[1999:167])
☆06ローマーはセンが幸福を機能に含めていることを指摘して次のように言う。「分配的正義にとって重要となる優位の尺度の中に、人のおかれた状態を示す何らかの客観的尺度を考慮に入れるべきであるのは確かであろう。というのは、純粋な主観的尺度だけでは「飼い慣らされた主婦」の問題を解決できそうもないからである。こうした見通しの下では、センの機能概念がもっとも期待できると思われる。ただし……センとは違って「幸福」のような主観的な特徴をもつものを機能に含めない方がよいと私は考えている」(Roemer[1996=2001:355]、この点を含むセンに対する批判の紹介としてRoemer[1996=2001:220-223])。
 つまりローマーはセンの方向を徹底しようとする。しかしこの方向をそのまま肯定できないことを本文で述べた。
☆09「分配的正義に関する処方箋として厚生の平等には少なくとも二つの重大な問題が存在する。それは「安価な嗜好」の問題(センの例では「虐待を受けてきた奴隷」や「飼い慣らされた主婦」の問題)および高価な嗜好である。この二つの問題は、同じ対象を二つの側面から捉えたものではない。なぜなら、安価な嗜好はそれが非自発的に陶冶されたときにのみ、そして高価な嗜好は自発的に陶冶したときにのみ問題になるからである。」(Roemer[1996=2001:274])
☆11人にある資源・能力も、個人ではどうにもできない部分だけではない。自分が意図的に、あるいは不注意で起こした事故によって障害を負うことがある。またその原因はともかく、なおすこともできるかもしれない。あるいはなおらなくとも、人よりたくさん苦労すれば、同じだけでないにしても、それなりにできるようになることもある。ではそれはすべて自己責任ということになるだろうか。そんなことはない。寄与や過失の度合いに応じて徴収や給付の率を違えることは、事故を招くような不摂生や不注意を抑止するため等の手段としてはある程度有効であるかもしれず、あってよいにしても、できることはなんでもすべきだとはならず、選べることについては自分で負うべきだとはならないはずだ(cf.立岩[2001a])。ところが今みてきた議論ではそうならない。
 例えばローマーの議論の行く先が、結局、一つには機会の平等と教育であることもこのことに関わる。2で引用した部分に続く文章は以下。「かりに、人びとが自由意志を働かせることがなく、すべての行為は個人の統御のおよばない諸要因に起因するのだとすれば、幸福への機会の均等は幸福の均等へと堕する。しかし、大部分の社会主義者もその他の人びとも、意志を発揮する領域はあるものだと信じており、それゆえまた「社会主義者が望むもの」のリストのどこにも機会という箇条を挿入しておくことが大切なのである。」(Roemer[1994a=1997:24-25])
 「機会の平等」と「結果の平等」については(5)(最終回)で検討するが、問題は「機会」と「結果」の間に何があるのかである。この登山の場合、結果が登山できることであるとして、登山のための機会の平等とはいったいどういうことだろう。登山は禁じられてはいないかもしれない。しかし資源がなければ実際には登山することはできない。それは機会が与えられていないということと違うのだろうか。
☆14ではローマーがあげた登山の場合はどうか。まずこの例があまり現実的でないように思われる。それは一つに自分で行うことの意味に関わる。こんなことにまで社会は応ずるだろうかと多くの人が思うのは、登山というものはやはり自分の力で登ることに意味があると私たちが思っていることにもよるだろう。マラソンにしても、自分の足でどれほどを走れるかがその意味とされる。別の手段によっても走行することはできるが、そのときにはそれは別の遊びあるいは競技となる。山に登るのも同様で、例えば山からの景色を見るのが望みなら、ヘリコプターを使った方が楽で、そしていくらかは安くもあるかもしれない。cf.(2)(五月号)115頁。

◆立岩 真也 2004 『自由の平等』,岩波書店

1986 "Equality of Resources Implies Equality of Welfare", Quarterly Journal of Economics 101:751-784 <328>
1994a A Future for Socialism,Harvard Univ. Press=1997 伊藤誠訳,『これからの社会主義──市場社会主義の可能性』,青木書店 <168,327,331>
1994b Egalitarian Perspective: Essays in Philosophical Economics, Cambridge Univ. Press <327>
1996 Theories of Distributive Justice, Harvard University Press=2001 木谷忍・川本隆史訳『分配的正義の理論──経済学と倫理学の対話』,木鐸社 <327,328,329,330,332,333,340>
1998 Equality of Opportunity, Harvard University Press <337>


UP:? REV:20030623,1217 20080915
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