HOME > WHO >

重田 園江

おもだ・そのえ



■略歴(訳書奥付より)
1968年、兵庫県西宮市生。東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。現在、明治大学政治経済学部助教授。専攻、政治・社会思想。訳書、イア ン・ハッキング『偶然を飼いならす』(共訳)木鐸社、1999年。

■本
◆重田 園江 20030915 『フーコーの穴――統計学と統治の現在』,木鐸社.281p. ISBN-10: 4833223376 ISBN-13: 978-4833223379 4891 [amazon]

■論文
◆重田園江,2007,「連帯の哲学」『現代思想』35-11(2007年9月号): 100-117.

■引用
◇「連帯の哲学」
重田園江2007 『現代思想』35-11(2007年9月号):,100-117.

フランスの思想史家で、労働組合運動や福祉国家の研究者でもあるピエール・ロザンヴァロンは、『連帯の新たなる哲学』(1995)の中で、福祉国家が現在 直面する困難を、次のように語っている。/彼はまず、従来の福祉国家が「無知のヴェール」のもとで機能してきたとする。……/前提として彼が無知のヴェー ルを、近年のフランス社会保障史研究をもとに「保険社会成立の条件」と捉えていることを押さえておく必要がある。こうした研究は、大きく二つのテーマを軸 に進められてきた。まず、「危険のリスク化」「責任の集合化」「リスクの社会化」などの鍵概念を用いてフランス福祉国家成立史を捉え返すフランソワ・エワ ルド『福祉国家』(1986)に代表される、労災。民法典・社会権成立を中心テーマとする研究である。もうひとつは、「連帯」をキーワードに現代福祉国家 の成立基盤を確認する、ジャック・ドンズロ『社会的なものの発明』(1984)に見られるような、19世紀末社会連帯思想を焦点とするものである。ロザン ヴァロンはこれらの研究動向を念頭において、福祉国家の保険の原理がこれまで機能してきた理由を、次のように示している。/まず社会保険においては、各人 がリスクに応じて保険料を負担するわけではない。負担は加入者一律の場合もあれば所得に応じての場合もある。……ある意味で「不公平感」をもたらしかねな いこうした制度が存立しえたのは、ロザンヴァロンによると「社会的なもののもつ不透明性」による。というのは、病気・老齢・失業といった不幸においては、 市民は同質のリスク集団と見なされ、さらにそれは、各人がこうした不幸について予測を立てるのが困難なことを根拠としていた。誰がいつ災難に遭うか分から ないという意味で、保険加入者の平等が認められ、それに加入者がある程度納得しているからこそ、広範な保険社会が成立しえたのである。/こうした前提、つ まりロザンヴァロンが「無知のヴェール」と呼ぶ、極端な予測不可能性による平等は、リスク情報が精緻になることで成立しなくなるという。……/つまり、皆 が大体同じリスクに晒されており、その程度を予測できないからこそ成り立ってきた「連帯 solidarit?」が、その基盤を失いつつあるということである。……/ロザンヴァロンが提起した問題は、福祉国家の根幹に関わるもののように見え る。というのは、リスクが各構成員にとって等しく見積もられず、さらに各人のリスクに応じた保険が制度化されるべきだという意見が多くなれば、保険は個人 主義化・市場化されることで、連帯の装置から自己責任の道具に変わるからである。/私が考えたいのは、こうした流れがはたして不可避なのかということであ る。さらにその原因は、遺伝情報に見られるようなある意味で技術的な次元での保険の前提変化や、失業問題におけるような社会構成員の当初予想されなかった 生活スタイルによるのだろうか。というのは、原因をこれらに帰すことは、連帯の基盤喪失がその思想や哲学の外部にあり、科学技術の進展や社会変動といっ た、ある意味不可避の社会変化によるということになるからである。/私自身は、福祉国家の危機の問題は、連帯の哲学のレベルで論じられるべきだと考える。 というのは、まずリスクを知りえないが故に皆が等しい負担を受け入れるという前提自体、フランスの社会保険成立期にも部分的にしかあてはまらない。……む しろ高リスクの職業の存在が、労災の成立を促し社会保険への道を拓いたのである。議論の焦点は、社会に必ずしも均等に分布しないそれらのリスクを、どのよ うに負担するのが「公正」であるかにあった。そしてこの問題は、「リスクに応じた負担が公正である」という等価交換(矯正的正義?)の思想とは対立する、 連帯の思想を生み、発展させるきっかけとなった。つまり、確率とリスクについてのテクニックの未熟による不可知の共有が、連帯のただひとつの、あるいは主 要な理由ではなかったということである。では、連帯思想において「公正」はどのように考えられていたのか。そしてそれはどんな社会観に基礎づけられていた のか。/さらに、引用したロザンヴァロンの文章には、もうひとつ大きな問題がある。「自分自身最も恵まれない者になりうると個人が予期するにちがいないか らこそ、この原理(格差原理)は用いられる」という、格差原理の理解である。……そもそも格差原理は、自分が最も恵まれない者になりうるという、自己利益 に基礎を置く理由によって選択されるのだろうか。そして無知のヴェールは、不可知性の原則の導入によって、自己利益と他者の利益を置き換えることで正義原 理に合意するための条件として理解されるべきなのか。私は、ロールズの原初状態、そして格差原理はこのような解釈とは全く別個の思想によるものであり、彼 の思想は「連帯の哲学」と重なる部分を持つと考える。


UP:20080108
WHO

TOP HOME (http://www.arsvi.com)