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大塚宣夫

おおつか・のぶお


last update:20100825
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◆青梅慶友病院理事長
 http://www.keiyu-hp.or.jp/outline/target.php

◆大塚 宣夫 19900928 『老後・昨日、今日、明日――家族とお年寄りのための老人病院案内』,主婦の友社,225p. ASIN: 4079340109 1400 [amazon][kinokuniya] ※, b a06

◆厚生省大臣官房老人保健福祉部老人保健課 19900331 『寝たきりゼロをめざして――寝たきり老人の現状分析並びに諸外国との比較に関する研究 第2版』,中央法規出版,160p. ASIN:4805806818 1100 [amazon][kinokuniya] ※, b a06
 研究班長 竹中治(社会福祉・医療事業団)
 研究班員 大塚宣夫(青梅慶友病院)/木下康仁(日本老人福祉財団)/中田まゆみ(川崎市立井田病院)/七田恵子(東京老人総合研究所)/松田鈴夫(時事通信社)/山口明(国立精神・神経センター)/米本恭三(東京慈恵医科大学)

◆大塚 宣夫・黒川 由紀子・桑田 美代子・草壁 孝治 20020820 「座談会」,黒川編[2002:207-239]*
*黒川 由紀子 編 20020820 『老人病院――青梅慶友病院のこころとからだのトータルケア』,昭和堂,243p. ASIN: 4812202256 1575 [amazon][kinokuniya] ※

◆新福 尚武 監修 20040521  『老いと死を生きる――老人病院医師へのインタビュー』 ,老人病院情報センター ,223p. ISBN-10: 4990198301 ISBN-13: 978-4990198305 2100 [amazon][kinokuniya] b a06

■調査

◆1988 『昭和63年度厚生科学研究特別研究事業・寝たきり老人の現状分析並びに諸外国との比較に関する研究・研究報告書』
 厚生省大臣官房老人保健福祉部老人保健課[1990:1-54]
  研究班長 竹中治(社会福祉・医療事業団)
  研究班員 大塚宣夫(青梅慶友病院)/木下康仁(日本老人福祉財団)/中田まゆみ(川崎市立井田病院)/七田恵子(東京老人総合研究所)/松田鈴夫(時事通信社)/山口明(国立精神・神経センター)/米本恭三(東京慈恵医科大学)

■引用・言及

◆立岩 真也 2009/03/25 『唯の生』,筑摩書房,424p. ISBN-10: 4480867201 ISBN-13: 978-4480867209 [amazon][kinokuniya] ※ et.,
 第3章「有限でもあるから控えることについて――その時代に起こったこと」

「『朝日新聞』の連載がもとになった『ルポ・精神病棟』(大熊[1973])の著者、大熊一夫もこの病院の取材を含む本『あなたの「老い」をだれがみる』(大熊[1986])を書く。またその後、より「普通」の老人病院を取材して、その現状を報告する『ルポ 老人病棟』(大熊[1988])を発表する◆6。
 こうした現状、批判は、きちんとした仕事をしようとする医療者にとっては辛いものだった。青梅慶友病院院長の大塚宣夫へのインタビューより。

「病院の開設は一九八〇年、昭和五五年です。この頃っていうのはね、老人病院花盛りなんですよ。あちこちにたくさんできたけど、行き場のないお年寄りを預かってベッドに縛りつけて点滴する、大量の薬を服ませる。介護といえば、家族が直接雇った付き添いまかせの状態でした。今朝までご飯を食べていたお年寄りが、入院した途端に突然点滴されて、しばらくすると動けなくなって、それで床ずれができて、一ヶ月もすると肺炎を起こして死んじゃう。これがお決まりだったんですよ。[…]ある新聞が告発記事を書いたこともあって、それで老人病院=悪徳病院という図式ができてしまいました。だから私が老人病院を建てるといった時は、「お前ねぇ、そんなにしてまでお金儲けがしたいのか」っていわれましたよ。」(大塚[2004 : 141-142])

 そんな人たちによって、もっとよい老人病院を作って運営しようという動きが起こることになる。一九八三年五月に「老人の専門医療を考える会」が設立される。最初の会長を天本宏、その後大塚宣夫、平井基陽が務める(大熊[2004-(12)])。

 他方、制度が変更される。」

「「一九八五年に『老人の専門医療を考える会』は、できました。僕や青梅慶友病院の大塚先生が、病院を建てたのは一九八〇年です。その頃は、悪徳老人病院の告発記事が新聞に掲載されて、老人病院バッシングの時代です。我われのやっていることすべてが否定されました。/お世話料の問題もそうですし、付き添いもつけないでやってるとか、痴呆症の人にリハビリさせているとか。必要な治療としての点滴注射もぜんぶカットされ、仲間の医者からも否定された。我われは現場で医療、ケア、リハビリも必要だと思うからしているんだけど、学問的にも誰も肯定しないし、いろんなことで叩かれた。/それに憤りを感じた人達が集まってきた。なんとなく集まってというふうにしていたら、そこに青梅慶友病院の大塚宣夫先生がいて僕がいた。老人病院の中でも真剣に取り組んでいる姿を、当時の厚生省の人がみていて、中核になるような人に声をかけたんじゃないでしょうか。」(天本[2004 : 35-36])◇7」

 「後にも起こること、起こり続けること、「社会的入院の解消」などとしてなされることが現実にどんなことなのか。いたい場所でないとしても他にいる場所がないその場所が失われる。病気をなおし障害を取り去ることはないとしても必要と思われたことができなくなる。そのことが繰り返され、続けられ、同じ嘆きと批判がなされることになる。ただ同じ時期について、同じ会に属し、その中心的なメンバーでもあり、天本と思いを共有してもいる青梅慶友病院の大塚は次のようにも記している。

「実際にはいってくる人は寝たきりに加えて脱水状態であったり、低栄養状態であったりする。あるいは大声を出すとか、徘徊する、暴力をふるうといった、活発な問題行動を伴う痴呆老人が大部分でした。ところが、対応する方法といえば、我われが知っているのは医療技術だけですから、それを駆使して、なんとかこの人の状態をコントロールしようと思う。そうすると、落ち着く先は点滴だったり、強い鎮静剤という話になるわけですよ。  ある時、気がついたら、私は一生懸命やっているのに、よその悪徳病院といわれるところと結果はそんなに違わなかった。これが結構ショックだったんです。ほどなく医療保険の支払い機関から、お前の病院は医療費がかかりすぎて怪しからんと呼びだしを受けたんです。私としては治療でお金を稼ぐためにやっているわけじゃなかったのに。そこで、もうそんなにいわれるなら、点滴もなにもしないで様子をみてやるよとばかりに、ぜんぶやめてしまったんですよ。医師や看護師はやることがないから、患者さんの傍に行って遊んだり、寝ている患者さんを起こしてレクリエーションなんかするでしょ。それまでは入院してだいたい一ヶ月もすると寝たきりになっていたのが、寝たきりにならなくなってきた。痴呆の人なんかも薬を使わなくても結構落ち着いてきた。
 この体験でケアの大切さを知り、今までの医療を中心とした対応が、いかに無力かというよりも、有害かを思い知らされた。」(大塚[2004 : 142-144])

 事態は、それをもたらしてもいる個々の要因は単純でありながら、いささか微妙でもある。何をしたらよかったのか、何をしたらよいものなのか。それは問われるべきだっただろう。問題は、それがどのようにまとめられていくのかである。」

 「それとともに――文献によって触れられない場合と触れられる場合とに分かれるのだが――高齢者のケアが充実した国々では――国々でさえも、あるいはそうした国々であることができるために――高齢者に対して積極的な医療・治療を行なわないことがあることが、そうした国々の状況を見に行った人たちによって発見あるいは確認される。ここまで二度その文章を引いた大塚宣夫の文章。

「昭和六十三年六月、老人病院の管理運営に当たっている仲間とともにヨーロッパへ出かけました。目的はヨーロッパの平均的な老人病院や介護施設を見ることでしたが、特に関心があったのは、当時わが国の新聞、雑誌、テレビなどで散見されていた次の二点の真偽でした。/第一は、ヨーロッパの老人施設にはわが国でいういわゆる「寝たきり老人」がきわめて少ないこと、第二は、ヨーロッパの国々では高齢者に延命のための医療行為はほとんどなされないということについてでした。」(大塚[1990 : 114])

 このことに言及していない人たちもいる。論議を呼びそうなことであったからかもしれない。そこではもっぱらよいことがなされていることが言われる。そして日本の現状の改善が主張される。しかし、その改善・改革の道筋と「さしひかえ」とがまったく切れているわけではない。つまり、さきにあげたB「個人主義」「本人本位」とC「自立」の肯定によって、医療を行なわないことが肯定される(肯定されている)とされるのだが、それはまた福祉の機構・処遇の改良・改革を導く理念でもあるのだ。
 ただ「現場」においてはそうすっきり行かない、すっきり言えないようにも思われる。二つのことの真偽を確かめようとヨーロッパに行って、それが真であることを見てきた大塚の文章の続き。

「ヨーロッパの施設で見てきたもう一つの大きな違い、老人のいわゆるいちばん最後の部分の対応については、今日までのところヨーロッパ流のやり方を本格的に導入するところまでは踏み切れません。/[…]一日を横になって過ごすことへの評価にも、畳の文化といすの文化の違いを感じます。これは、どちらがすぐれているというよりも、文化の違いというべきなのでしょう。いすの文化の国々では、生きるということは、頭を地面より少しでも高い所におくことであり、頭の位置が高ければ高いほど、質の高い生き方をしていると思っているフシがあります。/これに対してわが国では、横になることは最も安楽な、くつろぎの姿勢ととらえて、けっして恥ずべき姿とはとらえられていないのです。」(大塚[1990 : 133-137])

 そして、同じく老人医療の改革・改善を志す天本の文章。

「例えば、摂食嚥下障害、高齢者に対する栄養摂取のあり方は大きな問題である。西洋では食べられなくなったら死ぬのが当たり前という考え方であるが、日本人は、高齢者が、「どうして食べないんですか。鼻腔栄養しても死ぬんですか」と質問される場合が非常に多い。」(天本[1999 : 89])
「"we"(年齢、障害に区別なく人間として一緒に生きる)現在のノーマライゼーションという考え方で、障害者も年寄りも同じく、「自立」をキーワードに、できないことだけを助けることにした。ある意味では、冷たい位に徹底的に、合理的な生活支援スタイルをとることである。[…]/いまの日本のお年寄りにとって、自我はむしろ否定されてきたわけで、自我の抑制こそ、三世代が仲良く同居生活する基本原則であった。急に「自立」が目標と言われても困ってしまうことは理解できる。/我々も「寝たきりゼロ作戦」で、お年寄りをどんどん起こすようにしたが、評判は良くなかった。「起きて、私は何をするんでしょう」ということで、お年寄り自身の方向性がはっきりせず、何をしたいという意思がないことに、一番困っているのが実態である。」(天本[1999 : 92-93])

 こうした書きものの中では、彼の地との差異の指摘とその上での実際の困難についての言及はあるものの、彼の地でのあり方が必ずしもよいものだという捉え方はなされていない。ただ、それは別の場ではよりすっきりとした筋の話に整理される。
 一九八九年、『昭和六三年度厚生科学研究特別研究事業・寝たきり老人の現状分析並びに諸外国との比較に関する研究・研究報告書』が出される(竹中他[1989]、厚生省大臣官房老人保健福祉部老人保健課[1989][1990]に収録)。研究班長は竹中治(社会福祉・医療事業団)、研究班員には大塚宣夫も入っている。ここに表16「日本と欧米の文化的背景の違い」があって、「日本/欧米」が対比されている。

「社会の人権観:まだ人権観は確立されていない/戦後のノーマライゼーション運動の結果人権観が確立された」、「自己意識:依存「お世話になります」/自立「自分のことは自分でする」」、「家庭での老人観:古希をあがめる/自立を援助する」、「長期ケアの理想的あり方:そっとしておく/できるだけ自立を助ける」、「住宅環境:畳生活「横にならせて下さい」車椅子は入りにくい/椅子、ベッド生活「腰をかけさせて下さい」ベッドは寝るところであり日常的に寝食分離している」

 そして、平成二年(一九九〇年)版の『厚生白書』。

「寝たきり老人を作らないためには、自立に向けての「生活意欲」を各老人が持つこと、さらに、社会全体がそれを支援していくことがまず出発点である。具体的な予防の方策は、まず「寝たきり」に導く原因疾患の発生を予防すること、原因疾患が発生したらそれによる障害を予防すること、不幸にして障害が発生したら障害の悪化を予防するため、逆に積極的にあらゆる方策を用いて「動かす」ことが重要である。これらの諸方策は数多くあり、種々のレベルで複雑にからみ合っている。」(厚生省編[1991 : 23])

 そして、人々は日本の家族を語り、経済を語る。医療の側からの声は大きくも小さくもなる。」


UP:20071225 REV:1230 20080329, 20111227
老い  ◇老人の専門医療を考える会  ◇WHO 

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