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落合 恵子

おちあい・けいこ


□落合恵子 略歴とプロフィール → http://www.crayonhouse.co.jp/home/ochiai.html


 落合恵子は、今もっとも自覚的にフェミニズムの立場にたって執筆活動をすすめている作家である。彼女ほどセクショナリズムに陥らずに、女性全体を視野に入れ、愛をこめてメッセージをおくっているフェミニストを、私は他に知らない。たとえばそれは、同じセクシュアリティをもった女たちの分断を危惧する文章に、よくあらわれている。未婚か既婚かとか、子供を持っているか否か、仕事の上でデスクワークか現場かなどと女たちを二分し、目覚めた女と標榜する働く女と専業主婦が互いに軽蔑し合う状況が、いかに女同士の中に差別を生み出すかを指摘して、「仕事を持とうが持つまいが、結婚しようがすまいが、子を産もうが産むまいが、それは、それぞれの女の自由であって、その自由の保障の上に、それぞれの女が、彼女なりの選択、創造をすればいいことだ」と優しい連帯を説いている。女の解放や平等を論じる時、無名の女の痛みがそっくり抜け、エリート女性たちの女性論ばかりが幅をきかす傾向を戒めながら、「歴史の流れを、徐々にではあるが、大きく変えていくのは、一部の選ばれた女だけではなく、清々しく、ひそやかに、自分の価値観で“自分を生きる”女たちの、底力」だと語っているのである。複眼と包容力を合わ >245> せもつ、実にゆたかな考え方だが、そればかりではない。
 女権拡張を願うあまりに、男性を敵視・排除しがちだったこれまでのフェミニズム思想とは違って、「女権だけがパワーをもった世の中は、男権だけが先行する、いまの世の中と同様に歪だ。男権、女権にかかわらず、ひとりひとりの人権、個人がより生き生きと生きる権利と責任が、充分にいかされる社会こそ、理想だ。そういった意味において、私はフェミニズムを、人間性の復権運動の、個人の尊厳を回復し、拡張し、実現する運動だと思っている」と、広やかで新しい地平を見つめているのである。女が抱える問題は男の問題でもあるとして、性差別を生み出す男性社会を撃ついっぽうで、「女と男が、対立し合い、敵対し合う時代を越えて今、互いの個性を尊重し合い、生かし合っていくことこそ、私たちが目指すものだ」と展望するほど、しなやかな思考の持主である。
(長谷川啓「解説」,落合[1991:244-245])
*落合恵子 198804 『センチメンタル・シティ』,角川書店 → 19910310 角川文庫

■論文ほか

◆1975/06 落合恵子・川崎洋「若者の心とのふれあい――無関心とか冷淡さはラクチンだな……」(川崎洋の連続対談-6完-)
 『現代詩手帖』18(6):158-165,思潮社
◆1977/05 「われら厄年大行進」
 『文芸春秋』55(5):456-460,文芸春秋
◆1979/03 「プレヴェールとゴロワーズとスノッビスムと」
 『現代詩手帖』22(3):98-99,思潮社
◆19810717 落合恵子・五十嵐文生「私はなぜ性差別にこだわり続けるか――“レモン”の仮装を捨てたフェミニスト――落合恵子さん」(人ひとヒト)
 『朝日ジャーナル』23(29):88-93,朝日新聞社
◆1981/11 落合恵子・青木雨彦「推理小説で衝いた性の偏見」(青木雨彦のインタビュー対談-16-)
 『潮』270:300-307,潮出版社
◆1981/12 「<絵本との出会い>私が子どもだった頃」
 『学校図書館』374:43,全国学校図書館協議会
◆1982/01 「最近の恋愛事情」
 『思想の科学』第7次(12):45-50,思想の科学社
◆19830520 落合恵子・山本哲士「男性社会を突き崩せるか――性差別の根源と行方を探る」
 『朝日ジャーナル』25(21):22-27,朝日新聞社
◆19840302 「パイドパイパー(魔の笛の吹き手)が奏でるファシズムのうた」
 『朝日ジャーナル』26(9):11-15,朝日新聞社
◆19840518 落合恵子・渡辺圭・宮淑子「ヒューマンリブ宣言――性的暴力(レイプ)は女を犯し男を犯す」
 『朝日ジャーナル』26(21):86-91,朝日新聞社
◆1984/07 落合恵子・村上義雄「マス・メディア、ザ・レイプ、そしてクレヨン・ハウス」(いま、子どもの教育を語ろう-4-)
 『児童心理』38(8):1125-1139,児童研究会編/金子書房
◆19840720 樋口恵子・落合恵子「マスメディアに踊らされる明日なき“エリート”たち――女子大生症候群を診断する」
 『朝日ジャーナル』26(31):6-9,朝日新聞社
◆1985/01 落合恵子・村上龍「セックスと戦争」
 『世界』470:217-229,岩波書店
◆1986/02 「男が駆けこむ『人生相談』」
 『文芸春秋』64(2):282-289,文芸春秋
◆19860505 落合恵子・別役実「公教育幻想なんてもう捨てちゃいませんか」
 『朝日ジャーナル』28(19):10-15,朝日新聞社
◆1989/02 落合恵子・藤川正信・真鍋博「提言 私と図書館」
 『文部時報』1345:28-30,文部省編/ぎょうせい
◆19890203 「天皇報道 メディアは『国民』を映したか」
 『朝日ジャーナル』31(6):14-19,朝日新聞社
◆1989/09 俵萠子・落合恵子・三井マリ子「『女の時代を!』ではなく…」
 『世界』532:48-59,岩波書店
◆1989/11 落合恵子・鶴見俊輔「今、常識を問いなおす」
 『思想の科学』第7次(122):4-13,思想の科学社
◆1989/12 「黒人として、女性として――ふたつの「ノー」を結ぶ」
 『世界』535:173-182,岩波書店
◆1990 「女性と家族の変容」
 『近代家族と日本文化』,学陽書房
◆19900425 「『それぞれ(女と男)の第1章』が始まるとき――『女性と仕事』がニュースにならなくなって初めて夢見られる男女の対等な関係性」
 『朝日ジャーナル』32(16):16-19,朝日新聞社
◆1992/04 「Click! 女と男、子どもと大人-1-」
 『教育評論』539:62-67,アドバンテージサーバー
◆1992/05 「Click! 女と男、子どもと大人-2-」
 『教育評論』540:50-55,アドバンテージサーバー
◆1992/06 「Click! 女と男、子どもと大人-3-」
 『教育評論』541:64-69,アドバンテージサーバー
◆1992/07 「Click! 女と男、子どもと大人-4-」
 『教育評論』542:74-79,アドバンテージサーバー
◆1992/08 「Click! 女と男、子どもと大人-5-」
 『教育評論』543:96-101,アドバンテージサーバー
◆1992/09 「Click! 女と男、子どもと大人-6-」
 『教育評論』544:92-97,アドバンテージサーバー
◆1992/10 「Click! 女と男、子どもと大人-7-」
 『教育評論』545:84-89,アドバンテージサーバー
◆1992/11 「Click! 女と男、子どもと大人-8-」
 『教育評論』546:88-93,アドバンテージサーバー
◆1992/12 「Click! 女と男、子どもと大人-9-」
 『教育評論』547:74-79,アドバンテージサーバー
◆1993/01 「Click! 女と男、子どもと大人-10-」
 『教育評論』548:60-65,アドバンテージサーバー
◆1993/02 「Click! 女と男、子どもと大人-11-」
 『教育評論』549:50-55,アドバンテージサーバー
◆1992/03 「Click! 女と男、子どもと大人-12-」
 『教育評論』550:66-71,アドバンテージサーバー
◆1994/01 「本を巡る冒険」
 『図書館雑誌』88(1):14-16,日本図書館協会
◆19960621 道浦母都子・落合恵子・佐高信「(座談会)短歌という表現法」(佐高信編集のページ)
 『週刊金曜日』4(23):45-49,金曜日
◆1996/08 「ペンティメント――Y子への手紙」
 『ちくま』305:8-11,筑摩書房
◆1996/08 落合恵子+コレット・ダウリング「(対談)更年期は“幸年期”」
 『婦人公論』81(9):244-249,中央公論新社
◆1996/09 樋口恵子・落合恵子「『シングル』からの家族再構築」(対談 これからの家族像 樋口恵子の追求 シリーズ-2-)
 『エイジング』14(2):44-49,エイジング総合研究センター
◆1996/09 落合恵子・太田政男「インタビュー 『女・子ども』の視点から」
 『人間と教育』11:4-20,民主教育研究所編/旬報社
◆1996/10 「ある日――アンジュールPART2」
 『婦人之友』90(10):178-185,婦人之友社
◆1996/10 「子どもの権利、大人の権利」
 『刑政』107(10):84-88,矯正協会
◆1996/10/25 Poirier, Anne Claire+落合恵子「(対談)『声にならなかった声』を描き続けて」
 『週刊金曜日』4(40):16-20,金曜日
◆1996/11 「ある日――アンジュール PART2」
 『婦人之友』90(11):184-192,婦人之友社
◆19961115 落合恵子・久野収「私イズムで楽しくかかわる市民運動」
 『週刊金曜日』4(43):26-29,金曜日
◆1996/12 ローリー・エディソン+デビー・ノトキン+落合恵子「(シンポジウム)女性の身体政治学――ファット・フェミニズムの挑戦」
 『イマーゴ』7(13):30-43,青土社
◆1997/03 「タフな女の元気疲れ」
 『婦人公論』82(3):84-89,中央公論新社
◆1997/03 落合恵子・樋口恵子・松原惇子「(てい談)元気に老いる心構え」
 『潮』457:238-247,潮出版社
◆19970801 Ammelrooy, Willeke van+落合恵子「映画『アントニア』から (対談)ヴィレケ・ファン・アメローイ+落合恵子 違いを認めあう社会の豊饒なイメージを探る」
 『週刊金曜日』5(29):68-71,金曜日
◆19970926 「再び、沈黙を破り、そしてこれから」
 『週刊金曜日』5(36):18-19,金曜日
◆19971010 伊藤悟・落合恵子「(対談)私たちをしばるもの私たちを結ぶもの――異性愛強制社会の中で」
 『週刊金曜日』5(38):50-53,金曜日
◆1998/04 落合恵子・砂田弘「(インタビュー)落合恵子さんに聞く」
 『日本児童文学』44(2):6-12,日本児童文学者協会
◆1998/04/24 田中秀征・落合恵子・佐高信「(鼎談)『ことば』について」
 『週刊金曜日』6(17):18-21,金曜日
◆19980605 Sirota Gordon, Beate+落合恵子「(対談)『男女平等憲法』日本女性への贈り物」
 『週刊金曜日』6(22):20-23,金曜日
◆19980807 有森裕子・落合恵子「(対談)自分の生き方にこだわりたい」
 『週刊金曜日』6(31):19-23,金曜日
◆1998/12 「朝の儀式」
 『茶道の研究』43(12):12-15,茶道之研究社
◆19990115 「子どもの『いま』。声なき叫び」
 『婦人公論』84(2):410-415,中央公論新社
◆19990416 落合恵子・佐高信・椎名誠「(編集委員特集)こんな時代だからこそ『冒険』をしよう」
 『週刊金曜日』7(14)=268:9-19,金曜日
◆19991222 小林千登勢・阿部絢子・落合恵子「更年期、私の場合」
 『婦人公論』84(26)=1051:28-33,中央公論新社
◆2000・01/12・1/22・5 落合恵子・佐高信・椎名誠「年末年始に見るならこの作品 編集委員オススメのビデオ」
 『週刊金曜日』8(48)=352:40-45,金曜日
◆20000204 三浦友和・落合恵子「被写体からの風景」
 『週刊金曜日』8(4)=308:9-16,金曜日
◆2000/03 「更年期後の人生を快適に生きるために」
 『よみがえる』12(3)=128:12-15,経済界
◆20000331 「誕生日の手紙」
 『C&G = シー&ジイ』4,11,廃棄物学会誌市民編集
◆2000/05 「こころの居場所」
 『人権のひろば』3(1)=13:1-3,人権擁護協力会
◆2000/07 志茂田景樹・落合恵子「(対談)一緒に楽しむ読み聞かせ」
 『新刊展望』44(7)=656:7-16,日本出版販売
◆2000/09 落合恵子・ねじめ正一「(対談)『子どもの本』を考える」
 『本の話』6(9)=64:46-53,文芸春秋
◆20001015 「母一人娘一人、それぞれの老いの中で――母と私の午後の居場所」
 『婦人公論』85(18)=1069別冊:15-17,中央公論新社
◆2000/11 佐高信・落合恵子「佐高信の日本国憲法の逆襲(11) ゲスト・落合恵子(作家)――やわらかく手をつないで」
 『世界』681:49-56,岩波書店
◆20010112 落合恵子・佐高信・筑紫哲也「(新年特別企画 編集委員座談会)21世紀を考えるヒント――新しい生き方のために」
 『週刊金曜日』9(1)=353:9-17,金曜日
◆2001/05 青木生子・永井路子・落合恵子「今なお輝きつづける女性たち(1) らいてうと私」
 『女性&運動』(74)=225:34-39,新日本婦人の会
◆2001/05 「私が語るフェミニズム」
 『女たちの21世紀』26:79-83,アジア女性資料センター
◆2001/07 「(インタビュー)『クレヨンハウス』でやってきたこと 自分で好きな本を選べる場所――落合恵子」
 『東京人』16(8)=168:50-53,都市出版
◆2001/09 「(巻頭インタビュー)この人この世界(6) 時代の奔流に流されぬ『目』を!――落合恵子」
 『望星』32(9)=378:10-16,東海教育研究所
◆20011019 三浦友和・落合恵子「(対談)結婚から20年 被写体からの風景」
 『週刊金曜日』9(40)=392増刊:72-85,金曜日
◆2001/11 落合恵子・深田未来生・奈良本英佑「アメリカのテロ事件に思う」
 『婦人之友』95(12):52-56,婦人之友社
◆2001/12 「随想 母のカレンダー」
 『更生保護』52(12):2-6,法務省保護局編/日本更生保護協会
◆2002・03/12・1/20・3 石坂啓・落合恵子・金子勝「映画・本・ビデオ 寝正月を楽しむ」
 『週刊金曜日』10(50)=451:33-37,金曜日
◆2002 「(講演)生命(いのち)の感受性」
 『今日の学校図書館』33回:58-72,全国学校図書館研究大会事務局
◆20020111 池澤夏樹・落合恵子「(新春二大対談)池澤夏樹・落合恵子――米国を抑え込む言葉の包囲網を」
 『週刊金曜日』10(1)=402:10-17,金曜日
◆2002/02 「クイールから贈られたもの」
 『本の話』8(2)=81:2-5,文芸春秋
◆2002/05 「立ち止まる瞬間」
 『本』27(5)=310:24-26,講談社
◆2002/07 落合恵子・土井たか子「(対談)平和と平等は手をたずさえてやってくる」,第3期「女性と政治スクール」(第1回)講座
 『社会民主』566:10-15,社会民主党全国連合機関紙宣伝局
◆20021122 落合恵子・小森陽一「教育基本法『見直し』“改正”派が描く子どもの未来」
 『週刊金曜日』10(45)=446:16-19,金曜日
◆2003/01 「人権インタビュー 落合恵子(作家)」
 『人権のひろば』5(5)=29:18-22,人権擁護協力会
◆2003/06 岡田美里・落合恵子「(対談)絵本のある空間」
 『本の話』9(6)=97:34-39,文芸春秋
◆2003/08 落合恵子・飯島裕子「(特別インタビュー)落合恵子――27年目のクレヨンハウス」
 『Web&publishing 編集会議』29:58-61,宣伝会議
◆20031122 安藤和津+落合恵子「(共感対談)わが母は要介護度5、涙と怒りで月日は過ぎゆく」
 『婦人公論』88(22)=1142:24-27,中央公論新社
◆2004/3・4 「2003・一二月一九日の夜から朝まで」
 『日本児童文学』50(2)=550:40-43,日本児童文学者協会
◆20040827 落合恵子・鎌田實「(対談)愛する人の介護にどう向き合えばいい?」
 『週刊朝日』109(39)=4638:127-131,朝日新聞社
◆2004/10 落合恵子・長谷部恭男「(対談)『曲がりなり』にも民主的な、この社会を守るために」
 『世界』732増刊:32-39,岩波書店
◆2004/10 「介護の母が教えてくれた『今を生きる大切さ』。」
 『潮』548:140-145,潮出版社
◆20050107 落合恵子・佐高信・椎名誠「〔金曜日〕編集委員が語るこの国の60年」
 『週刊金曜日』13(1)=551増刊:40-44,金曜日

■訳書

◆Norwood, Robin 1985 Women Who Love Too Much: When You Keep Wishing and Hoping He'll Change, Jeremy P. Tarcher, Inc.
=19881100 落合恵子訳,『愛しすぎる女たち』,読売新聞社 → 20000410 中公文庫

■著書
(一覧はこれから作成)

▼198503 『週末の恋』,集英社 → 19870625 『ウィークエンド・ラブ』,集英社文庫
*以下、『ウィークエンド・ラブ』集英社文庫、より

[紹介文]
ラジオ局の花形アナウンサー、仁木晶子はキャリア4年目の25歳。現実の厚い壁にぶつかりながらも前向きな姿勢で仕事に取り組んでいる。学生時代からの恋人直樹との馴れすぎた恋に終止符を打って、取材で知り合った若き陶芸家、凌の純朴な人柄に惹かれ始めている……。仕事と恋の転機を迎えて、自分らしい人生を力強く生きようとする晶子の揺れる季節を爽やかに描く長編。 解説・吉武輝子


 晶子はふと、自分の生活がひどく中途半端で、根の無いもののように思われた。 / 決して低くはないサラリーを毎月手にし、たとえ片隅であろうと志望者も少なくないマスメディアで働き、学生時代からの恋人もいて……。数え上げれば、何ひとつ不満のない、むしろ恵まれた二十五歳の女の肖像が出来上がる。 / しかし、どこかが違う、このままでいいのかと叫ぶ声が、晶子の心に今あった。 (p.63)


「[……]結婚をするのは易しいことだと思いますよ。ただ、長続きさせるのは、とても難しい。私のゼミの女子学生たちも、結婚、結婚、と騒いでいるが、なぜ結婚したいのかと尋ねると、納得のいく答えができる生徒はなかなかいない。みんながするから、ひとりでは孤独だからなどと言ってますが。切実にこれだといった理由は見当たらない」
「でも、女子学生のそういう気持ち、私にはよくわかるような気がするな。キャリア・ウーマンがもてはやされても、本当に生きがいと言えるほどの仕事を持ってる女性がどれくらいいるかしら。だったら、人並みにと思うのを一概に否定できないと思うんですよ」 (p.101)


 女性三人のヴォーカルグループの『サムデイ』が流れてきた。

  いつもと同じ朝
  いつものようにコーヒーを二杯
  いつものように溜息をひとつ
  いつものコートを片手に
  いつもの角を曲って
  いつもの駅へ
  満員電車に揺られて
  いつものオフィスへ
  いつものようでない“いつか”を夢見ながら、
  いつもの一日がこうしてはじまる……

[……]会社勤めの女たちのほとんどは、いつものようではない、もうひとつの明日を夢見ながら、昨日の続きの今日を迎え、トーストのかけらを牛乳で流し込んで、ラッシュの電車に飛び乗るのだ。 / 自分で作らない限り、『サムデイ(いつか)』なんて来やしない。 / 自分から飛び降りない限り、回転木馬は同じ風景の中を回り続けるだろう。 / [……]微熱のような憂鬱さだと晶子は思う。 / 女が一日の終りに、コーヒー二杯分ほどのお金で季節の花を買っていける店を開きたいという加代子の夢も、こんな朝の憂鬱の中から輪郭を整えていったものに違いない。夏美も典子も加代子も、間もなく起きる時間だろう。そして昨日のシッポを引きずった朝の中で、欠伸を洩らすのだろう。仄白い朝の日射しとどこか似ている、まだ輪郭も曖昧な明日の夢を追いながら。 (pp.116-118)


「銀行に入った時点で、すでに今の夢を持ってたわ。もっと漠然としてたけど。つまり銀行は腰かけってわけ。私のような、就職腰かけ論の女がいるから、いつまでたっても女子社員の地位があがらないんだなんてお説教は、この際なしね。結婚まで就職でも、という、まででも組と一緒にされたくはないわ。どうしても自分の店が欲しかったの。毎日、同じ時間に起きて同じ道を辿って銀行に行き、同じ作業を繰り返し、そして同じ道を辿って家に戻る……。そんなの、うんざりよ。私と同じように昨日の続きに溜息を洩らしているOLたちが気楽に立ち寄れる花屋をやりたい!……ひと抱えもあるバラの花束でなくていいのよ。片手で持てる五、六本の小菊やひと枝のミモザを買える店でいいの」 (p.127) * 下線部は原文の傍点部


「そりゃ、既婚の女子アナは、仕事をしていても頭の半分は家庭に向いているとか、もっともらしいことを言う人はいるわよ。でも本音は違うと思うな。若くて可愛い子と組んだほうが、単に楽しいということだけだけじゃないかしら。職場に私情を持ち込むな、女子社員は公の場にプライベートな感情を持ち込みやすいとか言いながら、低俗な私情を混えて仕事をしてる男もいるんだわ」 (p.145)


「キャリアと若さは二律背反するものよ。ある時期まで、会社はキャリアを磨けと言うわ。これからの女性はキャリアが勝負だと、バラ色の飴玉をばらまくのよ。そして、ある日突然こう言われるんだわ。やっぱり若さだよって」
 真理子の言っていることは一面の真理かもしれなかったが、晶子は、淋しすぎるという声を心に聞いていた。 (p.146)


 不思議なことに、仕事が忙しくなればなるほど、家事が面白くなる。家事だけで毎日を過ごす生活は考えただけでも溜息がでるが、仕事一辺倒の日々も息が詰まりそうな気がした。仕事と、ごくあたり前の日常の生活、そのどちらもが私は欲しい。両方が必要なのだと晶子は思う。 (p.153)


「晶子にはたぶん、わからないのよ。銀行にしろ、デパートにしろ、ルーティンワークって気が遠くなるほど退屈よ。私だって、猛烈に焦っているわ。こんなふうに日常に埋没したまま私の二十代が過ぎてしまっていいのかってね。……加代子も、そんな思いがあったからこそ、早く花屋をやりたいとバイトを始めたんだと思うわ。わかるのよ、彼女の焦燥が。だから余計危なっかしく見えるの。彼女の行動を見てると、まるで合わせ鏡で自分を見てるようで……」
 夏美はそう言うと、加代子が忘れていったパッケージから煙草を一本引き抜いて銜[くわ]えた。
「あなたや典子と、私たちとの間に、能力的な差はないと思うのよ。でも歴然とした格差はあるわ。第一に給料が違う。あなたや典子は大卒だもの。どんなに必死で働いても、その格差は縮まらないのよ。能力とか適性とか以前の問題として、差があるの。同じルーティンワークでも、私や加代子が焦る気持ち、わかるでしょう?」
「私も、このままでいいのかって、いつも思ってるわ。本当にそう思う。……給料などの面で格差があるのは、確かにおかしいと思うけど。ごめんね。あなたの質問の答えにはなってないわね」 (pp.202-203)

□吉竹解説:
吉屋信子と落合恵子は同じ系譜でつながっている
落合恵子は吉屋文学の正統な後継者
「吉屋信子自身は、あるいは、女性解放の思想家であることを、終生、自覚することがなかったのかもしれません。しかし、もって生まれた、信子のとぎすまされた感性が、女を卑くつな存在におとしめていた父権社会にたいする理屈抜きの生理的嫌悪感を信子に抱かせ、意識せずして、女性解放の道を歩ゆみつづけさせることとなったのでした。とぎすまされた感性のみちびくままに生きた吉屋信子と違って、落合恵子は、自らの意志をもってフェミニズムの道を選び、フェミニストであることを最大の誇りともしているだけに、女から女へのメッセージは、きわめて論理的であり、その思想性のゆるぎのなさという点で、はるかにはるかにまさっているといっていいでしょう。 / 彼女の小説には、常に差別する者への怒りが燃えたぎっています。その怒りが、ただたんに目の前の男にむけられたものではなく、こうした男の存在を許す社会構造、政治構造にむけられているところにフェミニストとしての落合恵子の思想性のゆるぎのなさを、わたくしは感じとっているのです」(p.278)
「作者の底知れぬ女へのやさしさは、媚よりも自尊心を選びとった、ある意味では美意識につらぬかれた人生を選んだ女の生きがたさを知りぬいているからでしょう」(p.279)

▼197604 『愛のコラージュ』,学習研究社 → 19800925 集英社文庫
*以下、集英社文庫版より

[紹介文]
“季節の扉を、後手に閉めて飛び立つ日、昨日は終わった……明日はまだ来ない……女の羅針盤は今を指さす”
 自由な愛に魅せられ、流されながらも真実の愛と自立を求め続ける由有子。マスコミの虚像の中に深海魚のように生きる男や女の微妙なゆらめきを、幻想的に描く。 解説・恩田紀子


 いつだったか由有子は、デザイン事務所の女社長に言われたことがあった。
「今のマスコミ界、見てごらんよ。私は自立した女でございって標榜している女だって、なんらかの引きがあって、成功しているのがほとんどじゃないさ。いくら、私は才能がございますって言ったって、仕事が来なけりゃ、話になんないじゃないのさ。政治家は落選したら、ただの人だけどさ、私ら、仕事が回ってこなきゃ、ただの人以下だよ。利用するもんは、どんどん利用すべしよ。私だって、ここ一番ってぇ時は、鼻声のひとつも出すからねぇ。もっとも私が鼻声だしても、おや、風邪ですか、と言われるのがおちだけどさ。そんな薄穢いことはできませんって言うなら、コピーライターなんてやめて、さっさと結婚しちまったらいいのよ」 (pp.15-16)


 由有子も週に二、三回は外食だった。
 一人前の食事を整えることにそんな時間はかからなかったし、料理も嫌いなほうではなかった。
 しかし、料理ができあがり、ひとり分の茶碗、ひとり分の皿、一ぜんの箸をテーブルの上に並べる時、“ひとり”であることを、だめ押しされるような淡い寂寥感に襲われることもあった。
 いつだったか、ふと気が向いて、由有子は故郷にいた頃、よく母の手伝いをさせられて作ったふろふき大根と、きんぴらごぼうを作ったことがあった。
 味見をしてみると、うまくできていた。
 しかし皿に盛ってテーブルに並べたとたん、急に箸をつけるのが嫌になって、そのままポリバケツに投げ棄てて、同じようにひとり暮しをしている女友だちを呼び出し外食してしまったこともあった。 (pp.91-92)


 由有子も朝がつらいと思うことがある。夜は日中の疲れでそのまま眠りにひきずり込まれればよかった。
 仲間たちと、酒を飲んで冗談冗談と馬鹿騒ぎしてもいい。
 しかし、朝は、ことに晴れ渡った朝、たったひとりで目覚め、ベッドを抜け出しガスに火をつける時の孤独感は、何をもって埋めればいいのだろう。
 その孤独感は愛する男と共に朝を迎えたとしても、癒されるたぐいのものではなかった。 (p.93)


 もと子のかさかさに乾いてけばだった唇を見つめながら、由有子はせつなかった。
 たぶん、もと子よりは重症でないにしても、今、もと子が抱えているであろう焦燥感に似たものは、由有子の身体の芯においてもまた、くすぶっているものかもしれない。
 ひとつの仕事に夢中になっている時は、それでもなんとか、ごまかすことはできた。
 だが、仕事と仕事のあいだに生じた一日二日のエアポケットのような空き時間に、その焦燥感は、堰を切ったように吹き出るのだ。
 どこにも行く気にならず、誰とも会う気にもならず、一日中ベッドに横になりうつらうつらとしながら、……このままでいいのか……と、答えの出ない問いを繰り返すうつろな瞬間が、由有子にもあった。
 そんな瞬間を持つのが嫌さに、無理を承知で仕事をとり、そして悪循環を続けていくことになるのだった。 (p.97)


 この写真を見、エッセイを読んだ若い娘たちは、もと子の周辺に漂う自立した女の少し気怠げな雰囲気に、あこがれめいたものを感じるだろう。
 富と名声、美貌と才気、そしてプレイめいた恋にも充たされた自由な大人の女、それがもと子に貼られたレッテルだった。
 しかし、その自由な女は、今、豪華なマンションの一室で、店屋物の皿に囲まれ、うす汚れたシーツの中で小さくなって眠っているのだ。 (p.98)

□恩田解説:
「女が仕事をもって一人で生きてゆくことの必然性を、時折熱っぽく語るときがあるが、彼女(=落合恵子〔作成者注〕)のことばには、やさしさと強さがこもっていて「女の自立」という旗を、権利意識だけで振りまわしている人たちとは、違った説得力があり、共感を覚える」(p.162) * 下線部は原文の傍点部

▼198301 『シングルガール』,集英社 → 19860325 集英社文庫
*以下、集英社文庫版より

[紹介文]
郷里に帰って家業を継ぐ佐和子の送別会を兼ね、泊りがけで集まった美奈、初美、由衣子。三年ぶりに顔を揃えたホテルでの一夜、それぞれの場所で、それぞれのやり方に揺れ惑いながらも歩いてきた道をふり返る……。愛に傷つきながらも自分を見失わず生きる四人のさまざまな新しい出発[たびだち]を爽やかに描く長編ロマン。 解説・権田萬治


「自立だ、キャリアだと肩肘張って頑張ったところで、ダウンしてしまったら、元も子もなくなってしまうわよ」
[……]
「別に肩肘張ってるつもりはないけど、昨日はテニススクール、今日はお菓子の作り方教室、明日はゴルフのレッスンって具合に優雅に暮らしている奥様とは違うのよ。働いてる女の現実は、非常にシビアにしてハードなのであります」
 お道化た調子でそう言って、由衣子は慌てて別に主婦業が楽だと言うわけではないのよ、とつけたした。 (p.11)


「ひと昔前なら、幸福な奥様というのは百パーセント誉め言葉だったと思うのよ、たしかに」
「で、今はどうなの?」
「無能な専業主婦って含みもなきにしもあらずって気がする」
「それは被害妄想というものよ。幸福な奥様は、そんなに屈折してはいけないわ」
「だって、あなたのところの雑誌だって、よくそういう特集をやっているわよ。キャリア・ウーマンの代表でございますって感じの女が、主婦を軽ろんじるような発言をしたりして……」
[……]
「働いている女か主婦かというように、女をふたつのグループに分断するなんて、ナンセンスなことよ。初美には、初美が選んだ人生があって、私には私が選んだ暮らしがある、ただそれだけの違いじゃない? 私は初美にはなれないし……」
「なれないんじゃなくて、なりたくないんでしょう」 (pp.13-14)


「すべてとは言わないけど、私こそキャリア・ウーマンの代表でござい、とか、自立的女の見本ですって感じで女性誌に登場する女性の中には、とても頑張って個性派ぶってる人がいるような気がする時もある」
「それを必要以上に持ち上げてるのが、女性誌だと言いたいんでしょ。確かに、そういう面がある、ある。そんなふうにしか女を見ることができないのが、女性誌的月並みな発想ってわけ。月並みであってはいけないと思うあまり、かえって、どんどん月並みになっていっちゃうのよ」 (p.138)


「とにかく、仕事のキャリアも暮らしのキャリアも、両方磨いていかなくちゃ」 (p.146)


 自分を生きる女たちは、それぞれの場所で、それぞれのやりかたで、これからもひたすらに自分を生きていくだろう。
 ひとりの男の百の唇を知るほうが幸せか……。百人の男の百の唇を知るほうが幸せか……。はっきり答えるには、二十五歳というのは、あるいは早すぎる年齢かもしれない。
 しかし、唇を選ぶ権利は、いつだって、それぞれの私たちの側にある。そして人生もまた……。
 由衣子は、三人の親友を思いながら、
「心は いつも シングル」と、声にならない声で言った。 (p.190)

□権田解説:

 千野境子編の『あなたもシングル?』のインタビュー「シングル感覚を見つめたい」の中で、落合恵子は、こんなふうに語っている。
「私自身、これまでに書いてきた小説や女性論の大きなテーマのひとつに、結婚しようとすまいと、人は最終的にシングルであるということがありました。人間の最小限の単位は当然シングルですし、独身だからとか、離婚をしたからとか、夫を亡くしたから、だからシングルであるという状況的な事実以上に、人はそもそもシングルの存在であるという考えなのですね、私は」
「シングルということをもっと狭義でとらえれば、あえて婚姻制度に入らぬ女、という言い方もできるけれど、私はむしろ先に言ったような広い意味でのシングルをまず基本に、それから個々のシングル状況を見ていきたいと思っています」
 こういう言葉からもうかがえるように、落合恵子は、シングルという意味を、他人によりかからずに、自分で主体的に判断し自由に行動できる、自立した個人というふうに考えているようである。結婚してもそういうシングル感覚を失なわない限り、やはりシングルだというわけだ。 (pp.193-194)


 『シングルガール』に登場する二十五歳の女性は、初美を除くと、広告、翻訳、出版などの会社で働く、いわゆるキャリア・ウーマンで、多くの女性の中では数少ない、エリートである。
 落合恵子の小説の登場人物の多くが、いかにも知的で、さっそうとして見えるのも、こういう現代風な職業についていることと、その世界の都会性にあると思う。 (p.197)

▼198804 『センチメンタル・シティ』,角川書店 → 19910310 角川文庫
*以下、角川文庫版より
□長谷川啓「解説」

 落合文学の核になっているものは、ラブチャイルドとして、あるいは女として生を受けたことによるさまざまな体験であるといえようか。理知的で都会的な感性によって、そこからくる湿りを打ち消してはいるが、作家になるべくしてなった落合の原風景はまさにその点にこそあろう。これら両原点の痛みを、個人的問題を越えて普遍化したところに、落合文学は成立したといっても過言ではない。 (p.246)


 愛と別離は背中合わせにあるものだ、とは作者の言葉だが、八話からなるこの短編連作集は、文字通り女と男の愛と別れを描き、理知のスパイスと軽快なタッチによって、都会的で洒落た味わいの作品となっている。職場内風景が多々出てくるとおり、登場する女たちのほとんどが職業を持ち、どこかの街角でふと出会いそうな現代の女たちだ。しかも情緒過多ではなく適度に抑制がきき、ひとりで生きることを自明として生きる女たちでもある。 (p.247)


「いかにも現代的で風通しのいい女の意識」 (p.248)


*作成:村上 潔(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
UP:20050802 REV:20050803,0901,1218,20060621,20070625
WHO ◇女性の労働・家事労働・性別分業 ◇フェミニズム (feminism)/家族/性…

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