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にしかわ・ゆうこ (購入額の3〜5%が、またHP内の[boople]からその本を買っていただけると5〜7%が、寄付されます。) ◆20031105 「特集にあたって」 『思想』955(2003-11):008-009 ◆20031105 「ポスト近代家族とニュータウンの現在」 『思想』955(2003-11):237-260 ◆ 『高群逸枝――森の家の巫女』 ◆1985 「ひとつの系譜――平塚らいてう,高群逸枝,石牟礼道子」 脇田晴子編『母性を問う――歴史的変遷(下)』,人文書院 ◆19910525 「カミーユ・クローデルの部屋にて」,『ニュー・フェミニズム・レビュー』02:096-111 千葉社5011-2/千葉367.2 ◆19911007 「借家の文学史」(家族の日本文化史 3),上野他編『システムとしての家族』(シリーズ変貌する家族 3):251-273" ※ ◆20001020 『近代国家と家族モデル』,吉川弘文館,257+18p. 2800 ※ ※は生存学資料室にあり ◆引用(橋口昌治による) 「「家庭」ということばが大衆化したのは、むしろ次にくる商業的な婦人雑誌の時代であった。一九一六年に創刊された『主婦の友』はその年のうちに二万部、一九二三年には三〇万部、一九三二年には八〇万部と発行部数を伸ばしていった。『主婦の友』を代表とする商業的な婦人雑誌は「家庭」を消費と再生産の場と位置づけており、「家庭」の主婦に家事育児のための実用的な記事を提供し、とくに家計簿をつけることを奨励した。(…) ところがこのような商業的婦人雑誌によって頻繁に「家庭」という語が使われるにつれて「家庭」は「家」との対立をしだいに曖昧にしていった。夫婦関係中心の「家庭」であったはずであるのに、雑誌の身の上相談に載る家庭婦人の最大の悩みは姑との葛藤であった。(…) (…)当時、長男は故郷の家に両親と同居し、次男、三男は都市あるいは植民地において小家族を構成することが多かった。だが都市で結婚して「家庭」を築いた次男、三男も分家をしないかぎりは戸籍のうえでは「家」に属し、長兄が住む故郷の家にたいする帰属意識を抱きつづけていた。長男が弟たちや姉妹あるいはその家族までを扶養する、あるいは給料生活者となった次男、三男が自分の妻子を養うだけでなく故郷の「家」のために仕送りを続けることがまれではなかった。(…)」(西川祐子「日本近代家族と住いの変遷」、西川長夫・松宮秀治編著『幕末・明治期の国民国家形成と文化変容』p.197-198) UP:20031028 REV:20050523 ◇家族 ◇WHO |