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西尾 友三郎

にしお・ともさぶろう

・精神科医
生活療法
・烏山病院院長

◆20080316 「西尾友三郎氏死去 元昭和大教授」
 http://www.47news.jp/CN/200803/CN2008031601000207.html

 「西尾 友三郎氏(にしお・ともさぶろう=元昭和大教授、精神医学)15日午後0時50分、肝臓がんのため東京都調布市仙川町1の35の2の自宅で死去、90歳。東京都出身。葬儀・告別式は17日午後1時から東京都港区赤坂1の14の3、日本キリスト教団霊南坂教会で。喪主は長男正人(まさと)氏。」

◆昭和大学医学部精神医学教室編 198407 『西尾友三郎教授退職記念誌』,昭和大学医学部精神医学教室
 http://ci.nii.ac.jp/ncid/BA91097632

◆西尾友三郎 1963 「分裂病のリハビリテーション」,『精神医学』l5-8:3-9
 cf.http://serve.seigakuin-univ.ac.jp/reps/modules/xoonips/download.php?item_id=908

◆西尾友三郎・後藤彰夫・菅修・台弘・元吉功・立津政順・加藤伸勝・長坂 1972 「戦中・戦後の精神病院の歩み(第1部)」(座談会),『精神医学』14:688
 http://web.kyoto-inet.or.jp/people/bankyu/Reha.htm

◆西尾友三郎 「書評:岩佐金次郎著『精神病院管理の問題点』」,『精神医学』15-7(175):805-806(医学書院)
 http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/book/24980913.html

◆西尾 友三郎 1978 「精神科医療の現状と将来――とくに他科との関連について」,『昭和医学会雑誌』38-4:355-362
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsma1939/38/4/38_4_355/_article/-char/ja/

■言及

◆富田 三樹生 19920630 『精神病院の底流』 ,青弓社,307p. ISBN-10: 4787230549 ISBN-13: 978-4787230546 [amazon][kinokuniya] ※

 「また西尾友三郎がショック療法について次のように述べている。電気ショック療法は薬物療法とともに分裂病およびその治療の核心にせまるものではないとして、林・秋元・佐野らの見解を踏襲しながら、次のように述べる。「ただここで精神科の治療の実情を考えれぱ、ショックにしろ、薬物にしろ患者を扱う人々の数や病棟の構造やその時々の病棟の状況など狭い意味での精神科治療以前の諸条件により治療の種類が規制されることが多い」。そして最後に、「結論にならない結論を敢えていうならば、本日作業療法などの項目が除外されていることなどが暗示するように、精神科における精神医学的治療の範囲や限界はどこであろうかという根本的難問が今後長期にわたり論じられるべきである」という。西尾の発言の背景には次のような事情がある。第一回薬物療法シンポジウムのあった一九五九年に、病院精神医学懇話会が発足し、薬物療法に伴った生活療法を中心とした病院における臨床重視の実践が行われ、このシンポジウムが行われた一九六七年には病院精神医<0285<学会として「発展」をとげたのである。他方一九六五年の精神衛生法一部改正による政策的な地域管理体制の展開にみあった形で群馬大学の生活臨床グループを中心に地域精神医学会が発足した。一九六七年当時精神病床数は二十一万床を越え、過密拘禁下の矛盾はその極限に達しつつあった。西尾は烏山病院院長として生活療法の実践をふまえながら病院精神医学の主要なメンバーとして活動してきており、しかも後に述べるようにその生活療法は全く形骸化して「合理的」拘禁システムに堕していた。西尾のここでの発言は、病院という収容構造そのものがもつ精神科治療によける規定性や集団療法としての作業療法をぬきに精神科特殊療法のみにうつつをぬかす精神神経学会に対するいらだちとしてもみることができよう。しかしこの直後に噴出する六九年金沢学会以降の批判にみられるように、当時の身体主義−生物学主義的精神医学と生活療法−生活臨床は収容主義的精神医療構造が要請する相互に互いを必要とする患者処遇技法に他ならなかった。」(富田[1992:285-286])


UP: 20110402 REV:201300410, 14
精神障害/精神医療  ◇WHO

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