HOME > WHO >

中嶌(中島)貴祐

なかむら・ただし
なかじま・たかすけ


『24年目のALS』(19981221〜)
http://www.d1.dion.ne.jp/~takasuke/index.html

・山梨県
・『24年目のALS』(19981221〜)
 http://www.d1.dion.ne.jp/~takasuke/index.html

◆2006/11/28 「希望を捨てずに」,「生きる力」編集委員会編[2006:104]*
*「生きる力」編集委員会編 20061128 『生きる力――神経難病ALS患者たちからのメッセージ』,岩波書店,岩波ブックレットNo.689,144p. ASIN: 4000093894 840 [amazon][kinokuniya] ※,

* 以下、上掲ホームページより。ぜひ中島さんのホームページを直接ご覧ください。

「このホームページは、難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)が発病して24年目になる患者からのメッセージです。現在、私は四肢麻痺で、人工呼吸器を装着して寝たっきりです。わずかに動く足先でこのホームページを作成しました。」

● ALS(筋萎縮性側索硬化症)について
● 私の病状 20010624
 http://www.d1.dion.ne.jp/~takasuke/byo.htm
● 人工呼吸器について 200105
 http://www.d1.dion.ne.jp/~takasuke/jink.htm
● 人工鼻について
● タンを止める方法
● 意思伝達装置(キネックス)について
● 環境制御装置(ECS)について
● カニューレバンドと読書スタンドについて
● 食事とストローについて
● 告知について 200105
 http://www.d1.dion.ne.jp/~takasuke/koku.htm
■ 関連情報(リンクとメーリングリストと資料)
■ む す び
Ver.17.01.11.11

● 人工呼吸器について
 http://www.d1.dion.ne.jp/~takasuke/jink.htm

 「平成3年8月に、パンが気管に詰まって呼吸困難になり、この病院へ入院しました。意識が回復したら人工呼吸器(左の写真)を装着していました。
 人工呼吸器を装着する前は、息苦しくて、ぐっすり眠れませんでしたが、装着してからは、熟睡できる様になりました。
 私が使用している人工呼吸器はベネット2801です。
主な設定は、換気量:655ml、呼吸回数:19回/分、回路内圧:15位、コキ比:1:1.5です。[…]」

● 告知について 200105
 http://www.d1.dion.ne.jp/~takasuke/koku.htm
 「私は病名を告知していただけませんでした。私が病名を知ったのは、発病して四年目に入院の診察の時に、カルテの表紙にALSと書いてあったのを見たからです。
 それから、テレビでこの病気のドキュメンタリーやドラマを見て、病気の進行が分かりました。
  私は病気のことが徐々に分かり、とてもとてもショックでした。自殺の方法を考えたりしていました。
 患者には病名を知る権利があります。どうか、患者が希望したら告知して下さい。お願いします。

  尊厳死と安楽死について

 尊厳死は日本でも認められているので、私に適応できる症状がでた時にお願いしたいです。
 安楽死は日本では認められていませんが、外国では何ヶ国で認められています。
 以前、テレビのドキュメンタリー番組で、オランダ?のALSの患者が、手続きから安楽死するまでの一部始終を放映しました。
 人間には誰でも死ぬ権利がありますから、日本でも安楽死を認めて欲しです。私がこれをするかどうかは、まだ決めていません。」

 
>TOP

■立岩『ALS――不動の身体と息する機械』における言及・引用

 [34]「先生が私の様に二五才の若さで発病して、二四年も生存している患者はめずらしく、現在も、病気がほとんど進行していないそうです。」(中島[2001])
 [102]中島貴祐は一九七七年に発病。「私は病名を告知していただけませんでした。私が病名を知ったのは、発病して四年目に入院の診察の時に、カルテの表紙にALSと書いてあったのを見たからです。/それから、テレビでこの病気のドキュメンタリーやドラマを見て、病気の進行が分かりました。/ 私は病気のことが徐々に分かり、とてもとてもショックでした。自殺の方法を考えたりしていました。/患者には病名を知る権利があります。どうか、患者が希望したら告知して下さい。お願いします。」(中島[2001])
 [149]中島貴祐[102]は告知はされなかった。「私が病名を知ったのは、発病して四年目に入院の診察の時に、カルテの表紙にALSと書いてあったのを見たからです。/それから、テレビでこの病気のドキュメンタリーやドラマを見て、病気の進行が分かりました。/ 私は病気のことが徐々に分かり、とてもとてもショックでした。自殺の方法を考えたりしていました。」(中島[2001]、[102]と同じ文)  [151]中島の[149]の直後は次のように続く。「患者には病名を知る権利があります。どうか、患者が希望したら告知して下さい。お願いします。」(中島[2001]、[102]の末尾と同文)
 [318]中島貴祐[151]「尊厳死と安楽死について/尊厳死は日本でも認められているので、私に適応できる症状がでた時にお願いしたいです。/安楽死は日本では認められていませんが、外国では何ヶ国で認められています。/以前、テレビのドキュメンタリー番組で、オランダ?のALSの患者が、手続きから安楽死するまでの一部始終を放映しました。/人間には誰でも死ぬ権利がありますから、日本でも安楽死を認めて欲しいです。私がこれをするかどうかは、まだ決めていません。」(中島[2001])


※おことわり
・このページは、公開されている情報に基づいて作成された、人・組織「について」のページです。その人や組織「が」作成しているページではありません。
・このページは、文部科学省科学研究費補助金を受けている研究(基盤(C)・課題番号12610172)のための資料の一部でもあります。
・作成:立岩 真也
・20020803 更新:0911,1003,20030714 20061203
ALS

TOP HOME (http://www.arsvi.com)