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Nozick, Robert

ロバート・ノージック


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〜2002/01/23(享年63歳)

■主著

1974 Anarchy, State, and Utopia, Basic Books.
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=1985,1989 嶋津格訳,『アナーキー・国家・ユートピア』,木鐸社,上256p.下280p.,
=1992 嶋津格訳,木鐸社,564p. <32,35,58,170> ※

1981 Philosophical Explanation, Harvard University Press ※ <58>
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=19971224 坂本百大他訳,『考えることを考える』,青土社,上:472p.・下:550+8p. 4200 4200 ※※

1989 The Examined Life, Simon and Schuster, New York
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=1993 井上章子訳,『生のなかの螺旋――自己と人生のダイアローグ』,青土社,479+2p. <58> ※

1990 The Normative Theory of Individual Choice. (Harvard Dissertations in Philosophy) Garland.

1993 The Nature of Rationality. Princeton University Press.
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1997 Socratic Puzzles. Harvard University Press.
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[既発表論文を集めた論文集]

2001 Invariances: The Structure of the Objective World. Harvard University Press.
・目次を見てみる→http://www.hup.harvard.edu/contents/NOZINV_toc.html

■論文など

 1997年までのかなり網羅的な著作目録は、Lacay [2001](「☆ 二次文献(英語)」の項参照) にあり。
 1980年代までのかなり網羅的な著作目録は、川本[1990](「☆ 二次文献(日本語で読めるもの)」の項参照)にあり。

1983 "About Mammals and People", New York Times Book Review, November 27, 1983:11-12 <183>

■二次文献(日本語で読めるもの)

◆Barry, Norman 1986 On Classical Liberalism and Libertarianism, Macmillan=1990 足立幸男監訳,『自由の正当性――古典的自由主義とリバタニアニズム』,木鐸社,272p. <59>
稲葉 振一郎(link to arsvi.com) 19960801 「メタ・ユートピアの構図──ロバート・ノージック『アナーキー・国家・ユートピア』再読」 『情況』第II期7-8(1996-7・8):045-064 
 http://www.meijigakuin.ac.jp/~inaba/nozick~1.htm
稲葉 振一郎 1999 『リベラリズムの存在証明』,紀伊國屋書店,430+7p. 4200
◆石山 文彦 198608 「ロバート・ノージック――ラディカルな自由尊重主義者」,『法学セミナー』380(1986年8月)
 1.法哲学者ノージック/2.最小国家の正当化と拡大国家の批判
 3.ノージックの理論の問題点/4.ノージックの魅力
川本 隆史  1997 『ロールズ』,講談社
 1990 「国家はなぜ、どこまで必要なものなのか −ロバート・ノージック」(藤原 保信・千葉 眞 編)『政治思想の現在』所収 早稲田大学出版部
◆森村 進   1994 「訳者あとがき」,Wolff[1991=1994:257-307] <58>
大庭 健 19891015 『他者とは誰のことか──自己組織システムの倫理学』
 勁草書房,367p. 2884 ※
◆若松 良樹 1991 「ノージック『アナーキー・国家・ユートピア』」,足立幸男編著『現代政治理論入門』,ミネルヴァ書房
 0.プロフィルと原典抜粋/1.国家は必要か/2.最小国家をめぐる攻防
 3.ノージックはどこまで個人主義的か
◆Wolff, Jonathan 1991 Robert Nozick: Property, Justice, and the Minimal State. (Key Contemporary Thinkers) Basil Blackwell
・内容を見てみる→amazon
=1994 森村進・森村たまき訳,『ノージック──所有・正義・最小国家』,勁草書房,307+18p.
◆Wright, R. George 1994 「ロバート・ノージックと政治的個人主義の基礎づけ」
 Wolfe ; Hittinger eds.[1994=1999:097-117]*
 *Wolfe, Christopher ; Hittinger, John 1994 Liberalism at the Crossroads, Rowman & Littlefield=19990420 菊池理夫・石川晃司・有賀誠・向山恭一訳,『岐路に立つ自由主義──現代自由主義理論とその批判』,ナカニシヤ出版,297 3400
◆八島 隆之  2006 「リバタリアニズム国家論についての一考察【ロバート・ノージックの政治哲学を手掛かりに】」『社会思想史研究』,藤原書店,pp.131-148. ISBN-10:489434534X ISBN-13:978-4894345348 \2100 [amazon][kinokuniya] nr03

 日本語文献については、
 ◆http://www5b.biglobe.ne.jp/~biblio/modern.htm#nozick
 からhttp://www5b.biglobe.ne.jp/~biblio/nozick.htm
 井上一夫さんの「自由主義に関する文献案内」参照
 http://www5b.biglobe.ne.jp/~biblio/

■二次文献(英語)
 書籍の形になっているもののみ。

Corlett, J. Angelo. Ed. 1991 Equality and Liberty : Analyzing Rawls and Nozick. Macmillan.
[Rawls, Nozick を扱った二次文献の文献表が付されている]
・目次を見てみる→book-contents

Lacey, A. R. 2001 Robert Nozick. Princeton University Press.
・目次を見てみる→amazon

Paul, Jeffrey. Ed. 1981 Reading Nozick: Essays on Anarchy, State, and Utopia. Rowman & Littlefield.
[1982 にはBlackwell から刊。Nozick を扱った二次文献の文献表が付されている]

Schmidtz, David. Ed. 2002 Robert Nozick. Cambridge University Press.
・目次を見てみる→amazon

 
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■Nozick, Robert 1974 Anarchy, State, and Utopia

 “(Our main conclusions about the state are that) a minimal state, limited to the narrow functions of protection against force, theft, fraud, enforcement of contracts, and so on, is justified; that any more extensive state will violate person's rights not to be forced to do certain things, and is unjustifed; and that the minimal state is inspiring as well as right.”(Nozick[1974:ix=1985:i])

 以下は訳文
 「暴力・盗み・詐欺からの保護、契約の執行などに限定される最小国家は正当とみなされる。それ以上の拡張国家はすべて、特定のことを行うよう強制されないという人々の権利を侵害し、不当であるとみなされる。」(Nozick[1974:ix=1985:i])

◇19 See ... “The Experience Machine”... Nozick (1972=1974=1992:62-67) and Glover (1984=1986). “. . . there were an experience machine that would give you any experience you desired.” (Nozick 1974:42) Why people do not wish to use this machine is argued in their books. My explanation of the answer is not exactly the same as theirs, but similar to the questions they have raised. From the types of these arguments, with presupposition of Nozick's confirmation on not to confirm the experience machine, I think it is possible to explore theories of Nozick and others.

●Barry[1986=1990]

 「ノージックの『アナーキー・国家・ユートピア』(一九七四年)のもつ重要性はまさしく次の点にあった。つまり、(集産主義的体制と比較して)自由市場の方が資源配分の点で効率的だという観点に立って自由主義的個人主義を擁護することから、集産主的な介入が一群の自明と仮定されている資源権や人権に対して加える「暴力」を考察し批判することへと、注意を転じた点である。」(:13])

大庭 健 1989

 「彼のいうentitlementとは、”いちはやく西部に行ってインディアンの土地を侵略すれば、ひとかどの権利を持てる”という”開拓者”の自立と、彼ら・侵略地主たちのローカル・コミュニティを「理論」化した以上のものではない。もし、それ、倫理を問題にしている学徒が、ロールズに感銘を受けるならまだしも、かかるノジックの発想を紹介するに、もって「彼も六〇年代末期に運動していたのであって、その総括として……」などとという言辞をもってする、などということがあれば、これは棄ててはおけない重大事である。」(大庭[1989:318])

●稲葉 振一郎 1999

 「ノージックは超最小国家までは「みえざる手」過程、すなわち、人々の間の自発的な相互行為、市場的交換の過程の結果として生じうる、と考えている。そしてそこから最小国家への移行は、道徳的に要請されるのである。支配的保護機関が領域内の暴力行使の事実上の独占に達した結果、自力救済を行なえなくなった独立人に対して、賠償措置が講じられねばならず、そのもっとも適切な手段が独立人に対する保護差の提供である、というわけである。こうした賠償措置は独立人の侵害された権利を回復し、かつ超最小国家のメンバーの権利を侵害することもないため、その超最小国家から最小国家への移行は道徳的に正当化される。
 ……
 しかし私は、まず支配的保護機関から超最小国家への移行が「見えざる手」過程として起こりうるか、について疑問を抱く。さらに、もし仮にそれが「見えざる手」過程としては起こらないのだとしたら、その移行が道徳的正当化が可能かどうかが別の問題として論じられなければならないことになるが、それについても疑念を抱いている。」(稲葉[1999:241])

 「以上の考察の結論としては、ノージックの主張とは異なり、厳密な意味で最小国家は「みえざる手」によって形成されうることになる。もし仮に自力救済の禁止への賠償が保護サービスの提供によってよくなされうるのだとしたら、それは誰の権利も侵害することのない過程であると言える。ただしそのためには、複数の国家の併存と個人の移住の自由が前提となっていなければならない。」(稲葉[1999:246)

 稲葉振一郎のファイルでも引用



 「普通の人間の特性(理性を持ち、自律的であり、内面的に豊かな生活を送る、等)は、ケンタウルス座の主星の住人を含むすべての人によって尊重されねばならない。しかしおそらく、もっとも重度の知恵遅れの人さえ持つような、単に人間であるという種としての裸の特性が、他の人間からだけ特別の敬意を受けるということが分かるであろう。このことは、いかなる種の一員も他の種の一員にたいしてよりも自分の仲間を重視するのが正当であるという一般的原則の一適用例である。ライオンの場合でも、もしライオンが道徳的主体であるなら、そのときには他のライオンの利害を最優先したからといって、批判されることはないであろう。」(Nozick[1983])
 *立岩『私的所有論』第5章「線引き問題という問題」で引用


〇「観客は入場券を買う際、毎回入場料のうち二五セントを別にして、チェンバレンの名前が表示してある特製の箱にそれを入れる。人々はチェンバレンのプレイを見ることに興奮を感じており、彼らにとってはそれは入場料全額を払うだけの価値がある。一シーズンで百人万人が彼のホーム・ゲームを見に来て、ウィルト・チェンバレンは二五万ドルを手にしたが、……彼にはこの収入を得る資格〔権原〕があるだろうか。」(Nozick[1974=1992:272])。

 「チェンバレンのケースを用いたロールズ批判は、一見もっともらしく思え、それで鬼の首をとったような錯覚にとらわれるが、よく考えてみると的外れの非難以外の何物でもない。そもそもロールズの二原理が「社会の基礎構造」を主題とするものであることをあえて無視して、スポーツ選手と雇用(p.176)主、観客とのミクロな交渉の結果にその原理を押しつけようとしているからだ。しかもチェンバレンが実際に一九七〇年代初頭、所得格差の激しいフィラデルフィアでプレーしている人物である以上、ドゥウォーキンも言うように、二十五万ドルがたとえ手続きにかなった所得であるとしても、これがそのまま正義にかなっているとにわかに断定することはできない(ドゥウォーキン「平等とは何か」一九八一年)。」(川本隆史[  ])

〇強制労働

 「勤労収入への課税は、強制労働と変わりがない。この主張を自明の真理と考える者もいる。n時間の労働の収入を奪うことは、その者からn時間を奪うようなものであり、それは彼を、他の者の目的のためにn時間強制的に働かせるようなものである。他の人々はこの主張をばかげたものである。しかし、そのような人々も、もし[「もし」に傍点]彼らが強制労働に反対なら、失業中のヒッピー達を困窮者(the needy)の利益のために強制的に働かせるのには反対するはずである。しかし彼らには、五時間分の賃金を税金に取るシステムは、誰かを五時間強制的に働かせるシステムと類似しているようには見えない。その理由は、このシステムが、特定された個別の労働を伴う現物税の制度よりも広(p.284)い活動の範囲を、強制される者に与えるからである。」(Nozick[1974=1992:284-285])

Rawls批判

 「人々の能力と才能を他人のための資源として扱うようなカントの再構成などというものが適切でありうるだろうか……これは、人々とその才能、能力、特徴との間の区別をごく(「ごく」に傍点)強く推し進める場合にのみ、言えることにすぎない。……我々の内の…純化された人格(のみ)が手段とみなされないからといって、様々な特徴でいっぱいの我々がなぜそれを歓迎せねばならないのか、もまた明らかではない。」(Nozick[1974=1992:376-377])

 *「格差原理は、実際には生来の才能の分配をある点で共通の資産とみなし、この分配を補整することによって可能となるより大きな社会的、経済的便益を分け合うことに、同意することを表している。」(Rawls[1971:101=1977:77])「…格差原理を受け入れることによって、彼らは、より大きな能力を共同の有利性のために用いられる社会的資産とみなす。」(Rawls[1971=1977:82])といった記述に対応する。(この部分に注目したサンデルの議論を紹介しながら、Kukathas & Pettit[1990=1996:155]で検討されている。)

〇嫉妬

 「自然資産の場合に、厳密には何が念頭にあるのか。もし人々の資産や才(p.377)能を、他の人々に奉仕するようそれに引き具をつけて利用することができない(・・・・)なら、これらの稀な資産や才能を取り除くか、その者自身やその者の選んだ誰かの利益のためにそれらが活用されることを禁じるよう、何かがなされるのだろうか。後の場合、この禁止によって他人の才能と能力を自分の利益のために利用することが何らかの理由でできない人々の絶対的な地位が改善されることがなくとも、ということなのか。嫉妬がこの正義観の底にあり、その根本概念の一部をなしている、という主張はそんなにおかしいだろうか。」(Nozick[1974=1992:377-378])

 「平等を自尊心と結びつけるのはもっともなことである。嫉妬深い人は、もし自分が(同じように)他の誰かがもっている物(才能など)を所有できないなら、相手もそれをもたない方がよいと思う。(p.393)嫉妬深い人は、相手がそれをもち自分がそれをもたない状態よりも、どちらももたない方がよいと思うのである。」(Nozick[1974=1992:393-394])
 「あなたと、もう一人の人と、ある種の対象または属性とに関して四つの可能性がある。
      彼            あなた
  1 それをもつ         それをもつ
  2 それをもつ         それをもたない
  3 それをもたない       それをもつ
  4 それをもたない       それをもたない
 もしあなたが、4より3を選好する一方で、2より4を選好するなら、あなたは……嫉妬深いenvious)。……もしあなたが、3と4とは無差別な[同じだと思う]のに、2より1の方がよいと思うなら、あなたは羨ましがりjealous)である。……(p.394)
 競争好きな人は出し惜しみ屋である。意地悪な人は出し惜しみ屋である。嫉妬深いが(弱い方の条件の意味で)羨ましがり屋でない人はいる。これは定理ではないが、ほとんどの羨ましがり屋は嫉妬深いと考えるのは、心理学上の推論として、おかしくはない。また意地悪な人が嫉妬深いというのは、明らかに心理学的な法則である。」(Nozick[1974=1992:394-395])

 「人々はよく、平等主義の底には嫉妬がある、と主張してきた。他の人々は、平等主義の原理はそれと独立に正当化でき、平等主義者はその正しい原理の実現を望んでいるだけだから、彼に不名誉な心理を帰する必要はない、と答えてきた。人々が感情の合理化のための原理を創作する際の発明の才を考慮に入れ、なおかつ平等がそれ自体価値であるとする議論(・・)を見つけるのがこれほど難しいとすれば、少なくとも、この答は証明されていないのである。」(Nozick[1974=1992:396])

 「人々は一般に、他人とは差のある最重要次元について自分が何処に位置するか、によって自分を判断する。人に共通の諸能力を欠く動物達と自分とを比較する事によって、それらの能力から人が自尊心を得ることはない。(「私はかなり出来の良い方だ。私には他の指と向き合う親指があり、言葉を話すこともできるのだから。」)(Nozick[1974=1992:401])

cf.
◇Wolff, Jonathan 1991 Nozick : Property, Justice and Minimal State, Basil Blackwell=1994 森村進・森村たまき訳,『ノージック――所有・正義・最小国家』,勁草書房,307+18p. より

 「ノージックは触れていないが、嫉妬なき社会の望ましさを説く議論として明らかなものは、嫉妬深い人々が大きな層を占める社会は、分裂し、不安定で、社会不安や革命すら引きおこされるだろう、というものである。したがって平和という共通の利益に鑑み、嫉妬の源は除去され、平等が確立されるべきである。しかし社会内の嫉妬を軽減させるためには、平等の確立以外の手段も取りうる。……更に、社会不安を防止するためには平等が望まれるとしても、この主張自体は道徳的(・・・)主張ではなく、何かもっと無理強いに近いもののように思われる。人々が反乱を起こすのを止めさせるという、まさにその理由で、他の人々を強制して彼らの物を放棄させたり破壊したりすることは、極端な場合には実利的な正当性をもつかもしれないが、正義への関心によって要請されるものとは到底思えない。」(Wolff[1991=1994:207])

 「社会が自尊心の格差の普及を回避するもっとも見込みのある方法は、諸次元の共通のウェイトづけを持たないことであり、その場合その社会は、様々な次元とウェイトづけの多様に異なったいくつものリストを持つことになろう。……一つの共通の社会的ウェイトづけのこのような分散化は、いくつかの特定次元の重要性を除去しようとする何らかの中央集権化された努力によっては、達成することができない。その努力が中央化され広く支持されればされるほど、その努力に対する貢献度が、一般に合意された人々の自尊心の基礎となる次元として、ますます前面に出ることになるからである。」(Nozick[1974=1992:405])


〇「自主管理」

〇「自由と平等」

 「社会制度に関する主要な倫理理論はそれぞれ異なった「焦点変数」を選択しているが、いずれの理論もその理論が「焦点変数」と見なすものについての「平等」を支持するという共通点を持っている。反平等的な理論であると広く認められ、またその理論を唱える人たち自身によってもしばしば反平等的であるとみなされている理論でさえも、別の焦点から眺めてみると平等主義的であることを示すことができる。ある理論について、ひとつの「焦点変数」について見れば反平等主義的であったとしても、他の焦点変数から眺めれば平等を指向していると捉えることができる。
 例えばロバート・ノージックが『アナーキー・国家・ユートピア』で力強く展開したエンタイトルメント理論のようなリバータリアン的アプローチは広範な自由を各人に等しく保証するこどう優先し、所得分配や幸福など結果の平等(あるいは「パターン化」)を否定することを求めている。」(Sen[1992=1999:4])

 

Harvard Gazette: Philosopher Nozick dies at 63

Philosopher Nozick dies at 63
University professor was major intellectual figure of 20th century
By Ken Gewertz
Gazette Staff

Professor Robert Nozick
University Professor Robert Nozick, one of the late 20th century's
most influential thinkers, died on the morning of Jan. 23 at the age of 63.
He had been diagnosed with stomach cancer in 1994.
Nozick, known for his wide-ranging intellect and engaging style as
both writer and teacher, had taught a course on the Russian Revolution
during the fall semester and was planning to teach again in the spring. His
last major book, "Invariances: The Structure of the Objective World," was
published by Harvard University Press in October 2001.
According to Alan Dershowitz, the Felix Frankfurter Professor of Law
and a longtime friend, Nozick had been talking with colleagues and
critiquing their work until a week before his death.
"His mind remained brilliant and sharp to the very end," Dershowitz
said.
He added that Nozick was "constantly probing, always learning new
subjects. He was a University Professor in the best sense of the term. He
taught everybody in every discipline. He was a wonderful teacher, constantly
rethinking his own views and sharing his new ideas with students and
colleagues. His unique philosophy has influenced generations of readers and
will continue to influence people for generations to come."
Harvard President Lawrence H. Summers said of Nozick's passing, "I was
deeply saddened to learn of the death of Robert Nozick. Harvard and the
entire world of ideas have lost a brilliant and provocative scholar,
profoundly influential within his own field of philosophy and well beyond.
All of us will greatly miss his lively mind and spirited presence, but his
ideas and example will continue to enrich us for years to come."
Dean of the Faculty of Arts and Sciences Jeremy R. Knowles said, "Bob
Nozick was a luminous and wide-ranging philosopher who engaged students and
colleagues from across the University and beyond. The loss to philosophy and
to Harvard is grievous."
Philosophy Department Chair Christine Korsgaard described Nozick as "a
brilliant and fearless thinker, very fast on his feet in discussion, and
apparently interested in everything. Both in his teaching and in his
writing, he did not stay within the confines of any traditional field, but
rather followed his interests into many areas of philosophy. His works throw
light on a broad range of philosophical issues, and on their connection with
other disciplines. The courage with which he faced the last years of
illness, and the irrepressible energy with which he continued to work, made
a very deep impression on all of us."
Nozick's controversial and challenging views gained him considerable
attention and influence in the world beyond the academy.
His first book, "Anarchy, State, and Utopia" (1974), transformed him
from a young philosophy professor known only within his profession to the
reluctant theoretician of a national political movement.
He wrote the book as a critique of "Theory of Justice" (1971), by his
Harvard colleague John Rawls, the James Bryant Conant University Professor
Emeritus. Rawls' book provided a philosophical underpinning for the
bureaucratic welfare state, a methodically reasoned argument for why it was
right for the state to redistribute wealth in order to help the poor and
disadvantaged.
Nozick's book argued that the rights of the individual are primary and
that nothing more than a minimal state - sufficient to protect against
violence and theft, and to ensure the enforcement of contracts - is
justified. "Anarchy, State, and Utopia" won the National Book Award and was
named by The Times Literary Supplement as one of "The Hundred Most
Influential Books Since the War."
A former member of the radical left who was converted to a libertarian
perspective as a graduate student, largely through his reading of
conservative economists Friedrich Hayek and Milton Friedman, Nozick was
never comfortable with his putative status as an ideologue of the right.
In a 1978 article in The New York Times Magazine he said that
"right-wing people like the pro-free-market argument, but don't like the
arguments for individual liberty in cases like gay rights - although I view
them as an interconnecting whole. ..."
Whether they agreed or disagreed with the political implication of the
book, critics were nearly unanimous in their appreciation for Nozick's
lively, accessible writing style. In a discipline known for arduous writing,
Nozick's approach was hailed as a breath of fresh air.
He explained his approach in the article cited above: "It is as though
what philosophers want is a way of saying something that will leave the
person they're talking to no escape. Well, why should they be bludgeoning
people like that? It's not a nice way to behave."
Despite the notoriety and influence that his first book brought him,
Nozick moved on to explore very different territory in his second book,
"Philosophical Explanations" (1981). This need to be intellectually on the
move at all times characterized his career. He once told an interviewer, "I
didn't want to spend my life writing 'The Son of Anarchy, State, and
Utopia.'"
In "Philosophical Explanations," Nozick took on subjects that many
academic philosophers had dismissed as irrelevant or meaningless, such as
free will versus determinism and the nature of subjective experience, and
why there is something rather than nothing. In dealing with these questions,
he rejected the idea of strict philosophical proof, adopting instead a
notion of philosophical pluralism.
"There are various philosophical views, mutually incompatible, which
cannot be dismissed or simply rejected," he wrote in "Philosophical
Explanations." "Philosophy's output is the basketful of these admissible
views, all together." Nozick suggested that this basketful of views could be
ordered according to criteria of coherence and adequacy and that even
second- and third-ranked views might offer valuable truths and insights.
Nozick continued to develop his theory of philosophical pluralism in
his next book, "The Examined Life" (1989), an exploration of the
individual's relation to reality that, once again, emphasized explanation
rather than proof.
In his book, "The Nature of Rationality" (1995), Nozick asked what
function principles serve in our daily life and why we don't simply act on
whim or out of self-interest. "Socratic Puzzles" (1997) was a collection of
essays, articles, and reviews, plus several examples of Nozick's
philosophical short fiction.
His next work, "Invariances: The Structure of the Objective World,"
(2001) looks at the nature of truth and objectivity and examines the
function of subjective consciousness in an objective world. It also
scrutinizes truth in ethics and discusses whether truth in general is
relative to culture and social factors.
Nozick's teaching followed the same lively, unorthodox, heterogeneous
pattern as his writing. With one exception, he never taught the same course
twice. The exception was "The Best Things in Life," which he presented in
1982 and '83, attempting to derive from the class discussion a general
theory of values. The course description called it an exploration of "the
nature and value of those things deemed best, such as friendship, love,
intellectual understanding, sexual pleasure, achievement, adventure, play,
luxury, fame, power, enlightenment, and ice cream."
Speaking without notes, Nozick would pace restlessly back and forth,
an ever-present can of Tab in his hand, drawing his students into a
free-ranging discussion of the topic at hand.
He once defended his "thinking out loud" approach by comparing it with
the more traditional method of giving students finished views of the great
philosophical ideas.
"Presenting a completely polished and worked-out view doesn't give
students a feel for what it's like to do original work in philosophy and to
see it happen, to catch on to doing it."
He also used his teaching as a way of working out his ideas, often
leading to views that he would later present in book form. "If somebody
wants to know what I'm going to do next, what they ought to do is keep an
eye on the Harvard course catalogue," he once told an interviewer.
Nozick, who grew up in Brooklyn and attended public school there, came
to philosophy via a paperback version of Plato's "Republic," which he found
intellectually thrilling. Nozick described the experience in his 1989 book,
"The Examined Life" - "When I was 15 years old, or 16, I carried around on
the streets of Brooklyn a paperback copy of Plato's +erZvDw-epublic'; front cover
facing outward. I had read only some of it and understood less, but I was
excited by it and knew it was something wonderful."
Nozick obtained an A.B. degree from Columbia College in 1959, and M.A.
and Ph.D. degrees from Princeton in 1961 and 1963, respectively. After
stints at Princeton and the Rockefeller University, Nozick came to Harvard
as a full professor in 1969, at the age of 30. He became Arthur Kingsley
Porter Professor of Philosophy in 1985 and in 1998 was named the Joseph
Pellegrino University Professor.
Nozick was the recipient of many awards and honors, among them the
Presidential Citation from the American Psychological Association in 1998,
which described him as "one of the most brilliant and original living
philosophers."
Nozick was also a fellow of the American Academy of Arts and Sciences,
a member of the Council of Scholars of the Library of Congress, a
corresponding fellow of the British Academy, and a senior fellow of the
Society of Fellows at Harvard. He served as the president of the American
Philosophical Association's Eastern Division from 1997 to 1998, was a
Christensen visiting fellow at St. Catherine's College, Oxford University,
1997, and a cultural adviser to the U.S. Delegation to the UNESCO Conference
on World Cultural Policy in 1982.
In the spring of 1997, he delivered the six John Locke Lectures at
Oxford University. He held fellowships from the Guggenheim Foundation, the
Rockefeller Foundation, the National Endowment for the Humanities, and the
Center for Advanced Study in the Behavioral Sciences.
He is survived by his wife, Gjertrud Schnackenberg, and his two
children, Emily Sarah Nozick and David Joshua Nozick.
Nozick will be buried in a private ceremony. A memorial service is
being planned for sometime in February.

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Copyright 2002 by the President and Fellows of Harvard College


■八島 隆之  2006 「リバタリアニズム国家論についての一考察【ロバート・ノージックの政治哲学を手掛かりに】」『社会思想史研究』,藤原書店,pp.131-148. ISBN-10:489434534X ISBN-13:978-4894345348 \2100 [amazon][kinokuniya] nr03

■引用

「ノージックは、『アナーキー・国家・ユートピア』において自然状態の理論から出発して自らの国家論を展開させているが、その際、自然状態としては社会契約論者であるジョン・ロックのそれを採用している。しかしながら、ノージックは、国家の道徳的正当性を示すにあたっては社会契約論を斥け、彼自身が「見えざる手説明」と名づけるものに依拠しているのである。ただし、自然状態から複数の保護協会(protective associations)を経て支配的保護協会(機関)(dominant protective associations [agency])=最小国家(minimal state)へ至る各段階における移行自体は人々の間で合意を得たものとなっている。>132>したがって、ノージックは、国家の「政治的支配の正統性を契約論的に論証している」と言えるのである。その意味で、ノージックの理論はリバタリアニズムの中では自然権論に分類されるものではあるが、決して社会契約論と無縁ではないのである。」(131-132)

「それでは、ノージックの国家論の一体どこがどういう意味で社会契約論とは異なるのであろうか。(中略)ノージックの国家論が社会契約論とは異なると言う時、それは、リバタリアニズムにおける合意や契約といったものが「政治権力を規定するものではなく」、また市民として全ての人々に適用する共通の公共的法律体系を「そうした合意や契約によって樹立するものではない」という点に求められる。(中略)最小国家自体は自生的に生じたものであり、初めから政治権力を規定し、これに基づいて法律を定めようという意図はないのである。」(133)

「(前略)伝統的な社会契約論では、自然状態において存在する耐え難いほどの利害衝突を回避する際の共通利害の結果として社会契約を捉えていたのに対し、ロールズはそうした利害衝突を解決するための方法として社会契約論を適用したのである。」(134)

「(前略)自然状態から出発して国家を創設する契約を行う伝統的な社会契約論も、それ自体は規範理論であることには違いないが、契約自体は、物語の中に出てくる当事者たちが自然状態における不都合を回避するために、結果として社会契約を取り交わし国家を創設するという説明を行う際に登場する概念にすぎない。>134>(中略)これに対して、現代の社会契約論者は、社会契約論における契約概念をゲーム理論などで用いられる概念を用いて現代的に再構成することによって、望ましい社会状態、社会制度、社会規範とはいかなるものか、ということを分析している。すなわち、現実の私たちが、実際に生じている諸問題に対する解決策を得るために、社会契約という概念自体を価値装置として規範的に適用して分析しているのである。」(134-135)

「ノージックの国家論は、確かに無政府主義を論駁して(最小)国家の正当性を積極的に擁護してはいるが、国家成立の必然性を一般的に示したもの>135>ではなく、無政府状態から個人の権利を侵害することなく国家が成立「しうる(would, could)」(ASU, p. xi, 5,7,9,119などを参照)ことを示すことによって、国家の存在それ自体が必ずしも道徳的に不正なものとは言えないことを論証したのである。(中略)議論の出発点であり、かつ仮定でもある自然状態をどのようにモデル化するかによって、導出される国家というものも当然変わってくるのである。(中略)ノージックの国家論は、必ずしも国家が必要であることを論じているわけではないのだが、論理的には道徳的に正当な国家が必然的に生成する形で論証を行っている、という複雑な構造を有しているのである。そこでノージックは(中略)論理的に最小国家を導出する際には、国家の必要性がなるべく生じにくい状態を想定して議論を出発させ、そこから最小国家を導いている」(135-136)

「国家を創設させて維持させるには、これを運営するための何らかの元手が必要となるが、その元手は通常租税という形で賄われる。したがって、国家の正当性を議論する際には税の問題は避けて通れないものである。しかし、租税を巡っては、リバタリアニズム(契約論的リバタリアニズムを除いた、自然権論的または帰結主義的リバタリアニズム)と社会契約論とでは、以下のような二点で衝突するという問題点が発生する。(中略)第一に、社会契約論を基礎として租税の根拠を主張する場合、国家の目的は市民の身体と財産を保護することにあり、租税はその対価である、とする利益説が用いられている。>137>(中略)現実の課税は本人の意思とは無関係に財産を奪い、経済的自由を侵害する性格を有するものなのである。(中略)リバタリアンは、国家の活動はその本質として我々の合意に基づいたものではなく強制的なものだと判断しているのである。したがって、リバタリアニズムの立場からすると、利益説の基礎となっている社会契約論はそもそも議論の前提として否定されていると言える。」(137-138)

「第二に、伝統的な社会契約論のように人々が合意して国家を創設させたという状況が仮に実際にあったとしても、それは最初の一回だけに限定されている。>138>(中略)確かに当社の人たちは国家の創設に合意したかもしれないが、後世代の人々は原始契約をした当初の人々と同じように考え、当該国家の創設に合意するとは限らないのである。」(138-139)

「そこで、改めて、国家が提供すべきサービスとその規模、そしてこれに照応した租税とその負担割合に関する取り決めを行うことによって、租税が強制的なものとならないよにする」(140)

「個人の自由を尊重するならばいかなる国家が正当なのか。言い換えれば、一体いかなる国家が自由というものを守るものであるのか。(中略)だが、理論的にも複数の異なった種類の共同体が全て共存できるとは考えにくい。」(141)

「この場合、その個人の居住している共同体がS1を提供する共同体のままだったなら、S2を提供する共同体に移ることによって、自らの選好する社会に住むことが可能である。もし気が変わってS1を提供する社会の方が良いと思い直したならば、その時はまたS1を提供する共同体に移動し直せば済むことである。」(144)

■言及

◆立岩 真也 2003/02/01 「二〇〇二年読書アンケート」
 『みすず』45-1(502)(2003-1・2):56-57


*作成:
UP:? REV:20030605, 30, 20090114, 20100704
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