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成田 薫

なりた・かおる


◆2010/3/27 「成田薫・元名古屋高裁判事が死去」  「成田 薫氏(なりた・かおる=元名古屋高裁判事)26日、急性腎不全のため死去、100歳。連絡先は名古屋市の成田・長谷川法律事務所。告別式は29日正午から名古屋市東区久屋町8の6の日本キリスト教団名古屋中央教会。喪主は次男、清氏。
 1962年、名古屋高裁判事として「安楽死の6要件」を示した。日本尊厳死協会の初代理事長も務めた。」

◆成田 薫 編 1996 『年表が語る協会20年の歩み』,日本尊厳死協会

◆成田 薫 編 1996 『そこが聞きたい知りたい尊厳死問答集』,日本尊厳死協会

日本尊厳死協会会長 成田薫 19980110 「尊厳死思想とその根底にあるもの」,日本ホスピス・在宅ケア研究会編[1998:41-51]*
*日本ホスピス・在宅ケア研究会 編 19980110 『徹底討論 安楽死 尊厳死 リビング・ウイル――豊かな生を求めて』,岐阜新聞社出版局,198p. ISBN-10: 4905958547 ISBN-13: 978-4905958543 952+ [amazon] ※ d01.et.

 尊厳死と安楽死の概念 41
 「尊厳死の場合、患者が不治かつ末期状態のため医師は治療義務から解放されていることになります。このため、医師が治療しなかったことで患者が死亡しても、何ら法的責任は問われません。」([44])
 世界初の安楽死判決
 「この安楽死の合法性を認める特別用件を定めた世界初の判例が、十九六二年の山内事件に対する名古屋高等裁判所判決です。当時、名古屋高等裁判所の判事であった私が、主任判事として関与し、次の六要件が定められました。」(成田[1998:44])
 尊厳死思想が台頭した背景
 人生最後の唯一の願い


◆斎藤 義彦 20021225 『死は誰のものか――高齢者の安楽死とターミナルケア』,ミネルヴァ書房,MINERVA21世紀福祉ライブラリー11,240p. ISBN:4-623-03658-8 2000 [amazon][kinokuniya][bk1] ※ d01.et.

 「同協会は理事会で対応を検討。一九九六年七月、リビング・ウィル修正を「時期尚早」と見送った。この問題はそこで終了しているはずだった。しかし、議論はその後もくすぶり続ける。協会の理事長は当時、成田薫弁護士がつとめていた。成田弁護士は一九六二年、寝たきりの父親に殺虫剤入りの牛乳を飲ませ、死なせた男性に、嘱託殺人の有罪判決を下した名古屋高裁の裁判官の一人だった。元々、より刑の重い尊属殺人で起訴された事件だったが、裁判所の主導で、訴因が嘱託殺人に変更された。この判決は安楽死が許される六つの要件を示し、それは、東海大病院事件の判決で出された積極的安楽死を認める四要件の基礎になった。
 成田理事長は、同年九月、「家族の会」に申し入れの回答を送った。回答は議論の打ち切りを知らせてはいたが、「痴呆症の尊厳死」への強いこだわりを示していた。「議論の中心は、助かる見込みのない重度老年期痴呆に限られており、しかもその人の人生最後の、唯一の願(事前の自己決定)を容れて、延命措置だけをやめるなら、法的にも人道的にも、それがむしろ当然の措置でなんら問題はないはず。どうしてこれが世間の一部の人が言うように、弱者の切り捨てになるのか、どうして福祉の充実に逆行するというのか全く理解しがたく、誤解も甚だしいと評する外ない」。「家族の会」との認識のズレは一向に埋まっていないことを示す内容だった。<150<
 成田弁護士は一九九七年、毎日新聞のインタビューに応じ、「重度老年期痴呆は尊厳があるとは言えない。理性も知性も失われた動物に近い状態で生き恥をさらしたくない、という会員の願い強い。痴呆条項について、時期尚早として議論を打ち切ったが、否決したわけではない。数年後に、議論する時期がくる」と、協会が議論を蒸し返す可能性を示唆した。
 (中略)<152<」


UP:20080411 REV:
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