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毛利 子来

もうり・たねき
(1929/11/27 - 2017/10/26)

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last update: 20180509

・小児科医
・岡山医科大学(現・岡山大学医学部)卒業
・原宿で小児科医院を開業

安楽死・尊厳死法制化反対に賛同(2005)

『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』元編集代表

 小児科医・毛利子来さんが2017年10月26日、87歳にて逝去されました。[…]
 たくさんのお母さんお父さん、そしてこどもたちの味方となって、多くの著作を生み出された毛利さん。「ち・お」では、1993年の創刊時より編集代表、111号からは編集協力人を務めてこられました。
 4月刊行の「Chio通信」05号より、編集協力人を中心に、リレー連載「小児科医・毛利子来がのこしたもの」(仮)を始めます。毛利さんを偲び、そしてあらためていま、毛利さんから学び直したいと思っています。
「ち・お」編集人 奥田直美
(『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』118: 175)

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■HP

◆『たぬき先生のお部屋』
 http://www.tanuki.gr.jp/

 ▼http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%9B%E5%88%A9%E5%AD%90%E6%9D%A5
 千葉県生まれ。父は内科医、名前は、詩経の中の「霊台」の箇所に出てくる成語から取られたもの。帝が民の楽しみのために霊台の建設を企てて、呼びかけたところ、女子どもまでもがやってきた、というくだりから取られたもので、「子どももやって来る」の意。ふつう、「子来」を「たねき」と読んでもらえないので、自ら「たぬき先生」と称している。父親は、第二次世界大戦の終了3日前に戦場で拳銃自決。戦時中、岡山県の母方の祖父母に預けられるが、祖父は病死し、祖母も重症の火傷。苦労して、岡山医科大学(現・岡山大学医学部)を卒業。医師になってからは、大阪の社会的に底辺にある人たちの診療所などで勤務。そうした診療所の看護婦をしていた女性と結婚。その後東京に移り、原宿で小児科医院を開業。
 幼児・子どもの見方、援助の仕方などについての世間の考え方を正し、そのための啓蒙に力を注ぐ。同様の活動に殉じたヤヌシュ・コルチャックを尊敬しており、NHK・BS「わが心の旅」という番組で、1996年コルチャック先生の足跡を追って、ポーランド、ワルシャワを訪れた彼の旅の記録が放送された。雑誌「小さい・おおきい・よわい・つよい」(ジャパンマシニスト社)の編集者代表、「ワクチントーク・全国」のアドバイザー的存在でもある。友人で、同様の活動を展開している人物に山田真がいる。1987年、『ひとりひとりのお産と育児の本』で毎日出版文化賞受賞。
 ルソーの『エミール』に倣った『新エミール』と、その続編で小説仕立ての『エミールとソフィ』なども書いている。
 2005年3月、九条の会傘下の「マガジン9条」発起人となった[1]。

■著書

◆19721125 『現代日本小児保健史』,ドメス出版,381p. ASIN: B000J9OWY2 [amazon]
◆19830531 『赤ちゃんのいる暮らし』,筑摩書房,196p. ISBN-10: 4480851976 ISBN-13: 978-4480851970 1200 [amazon][kinokuniya] ※/連雀599/三鷹8
◆19840425 『幼い子のいる暮らし』,筑摩書房,247p. 1300 連雀599
◆19861020 『子どもとの関係,変えてみませんか』,筑摩書房,174p. 950 連雀599
◆19870425 『ひとりひとりのお産と育児の本』,平凡社,775p. ISBN-10: 4582513042 ISBN-13: 9784582513042 3263 [amazon][kinokuniya] c10. 連雀599
◆19871205 『毛利子来のこんにちはSweet Babies』,主婦と生活社,149p. 1200 ※
◆19880325 『毛利子来の子育てストーリー』,筑摩書房,242p. 1200 ※
◆19900530 『新版 赤ちゃんのいる暮らし』,筑摩書房,197+11p. ISBN-10: 4480855513 ISBN-13: 978-4480855510 1575 [amazon][kinokuniya] ※
◆19921120 『ひとりひとりのお産と育児の本 改訂版』,平凡社,775p. ISBN-10: 4582513107 ISBN-13:9784582513103 3263 [amazon][kinokuniya] c10.
◆19950420 『子どもの病気――その見かた・対しかた』,岩波書店,岩波ブックレット371,62p. 400 ※
◆毛利 子来・山田 真・野辺 明子 編 19951025 『障害をもつ子のいる暮らし』,筑摩書房,373p. ISBN-10: 4480857214 ISBN-13: 978-4480857217 2625 [amazon][kinokuniya] ※ c10.d.
◆19970201 『ひとりひとりのお産と育児の本 三訂版』,平凡社,775p. ISBN-10: 4582513190 ISBN-13:9784582513196 3262 [amazon][kinokuniya] c10.
◆19990715 『生きにくさの抜け道――子どもと大人の黙示録』 ,岩波書店,287p. ISBN-10: 4000027972 ISBN-13: 978-4000027977 1800 [amazon] ※

◆ 『毛利子来の子育てストーリー』,筑摩書房 杉並599
◆ 『新エミール』,筑摩書房

■論文等

◆岡本 正・高橋 晄正毛利 子来大熊 由紀子(司会) 19731015 「日本医師会のタテマエとホンネ」(座談会),朝日新聞社編[19731015:161-217]*
*朝日新聞社 編 19731015 『荒廃をつくる構造』,朝日新聞社,朝日市民教室・日本の医療5,254p. ASIN: B000J9NNZG 500 [amazon] ※ b
◆19830625 「情報と運動を交流し,支え合うために――「障害児を普通学校へ・全国連絡会」,『季刊福祉労働』19:24-28
◆19870520 「新生児モニタリング・システム」という名の障害児調査――母子保健法改悪に反対するなかから」,広田・暉峻編[1987:286-299](U部第10章)*
*広田 伊蘇夫・暉峻 淑子 編 19870520 『調査と人権』,現代書館,305p. ISBN-10: 4768455557 ISBN-13: 978-4768455555 2500 [amazon][kinokuniya] 杉並/立川/三鷹316 

■言及

石川憲彦 20180425 「[リレーエッセイ:小児科医・毛利子来がのこしたもの 第1回]荒野で呼ばわる声(1)」『Chio通信』05: 2-3
「私がはじめて毛利さんの声を聞いたのは、四十数年前。マスコミが「荒れる小児科学会。一部若手医師が演壇を占拠」などと報じていた学会の総会会場でのことです。
 「一部若手」とは、大学闘争の影響を受け、当時横行していた大腿四頭筋短縮症や未熟(児)網膜症(いまならRLF)に対する醜悪な医療を告発していた数十人の小児科医のことで、私もそのなかの一人でした([…])。
 それほど圧倒的多数の小児科医、とりわけベテランの医者たちは結束し、「注射程度で訴えられたら、医療が委縮する」と大合唱。患者さんらの必死の訴えをはねつけようとする防衛的で排他的な姿勢を、頑なにとりつづけて私たちと相対峙していました。
 当時の学会は、医師会ほどではなかったものの、学問の場というよりは医師の権益を守る政治団体的なところがあったのです。
 […]
 折しもそんなとき、いかにも敵と思しき年恰好の医者が指名され、悠然とマイクを握りました。
 「渋谷区で開業医をしている毛利です」
 あー、またあの大合唱に加担する発言か。そんなくやしさをこめて遠くから睨みつけていた私の前で、マイクから聞こえてきたのは耳を疑うような言葉でした。△2/3▽
 […]小児科医にとって、いやあらゆる大人にとって、いちばん大切なことはなにかを問う発言でした。医療の本質に立って議論を進めないといけないとして学会執行部を糾弾し、温かみのなかに、じつに迫力のこもった内容でした。さすがに、ずっと騒然となっていた会場が、一瞬シーンと静まり返ったことは鮮明に覚えています。」(pp.2-3)

◆立岩 真也 2013/11/** 『造反有理――精神医療現代史へ』,青土社

◆立岩真也 「生の現代のために・5 連載・114」『現代思想』

 「★04 人がたくさん死んでいく場にいる人たちがそのことに慣れてしまうことは、とくに誰かに教えられなくともわかることではあるが、Sudnow[1967=1992]という古典的な著作に描かれている。またChambliss[1996=2002]には「不幸のルーチン化」という章があったりする。以前紹介した本を紹介する連載中の「摩耗と不惑についての本」と題した回でこの二冊をとりあげている。
 ただそれでも、人は子のことは相対的には気にはなるのかもしれない。伝聞としてではあるが、大学闘争の時期からそれ以後、医学系の学会が全般に平穏であったあるいは騒動が短期に終息したのに比して、精神科と小児科ではいくらかの動揺が続いたという――前回紹介した山田真の回顧によれば、森永ミルク中毒の被害者である石川雅夫の発言に罵声を浴びせたのも日本小児学会の七〇年の大会の参加者たちだったのだが。こういった辺りも誰か研究してくれたらよいのに思う。ちなみに私が幾度か取り上げたきた毛利子来、石川憲彦、山田真も小児科の医者。」

◆立岩真也 20110301 「社会派の行き先・4――連載・63」,『現代思想』

 「最後に、その人たちは、出版等、医療関係者そして/あるいは病者・関係者その他、人々に向けて知らせる活動を行なってきた。今回多くの文献をそこからあげている――ゆえに偏りも出てくるのだが――『精神医療』(藤沢・中川編[2001]、精神医療編集委員会編[2010]はその別冊――は一九七〇年に「東大精神科医師連合」の機関紙として創刊された(浅野[2010:81])。島はその刊行に関わり、表紙は島の妻の島博子がデザインした(中川[2001:17])。精神医療編集委員会の独自発行(第一次)、岩崎学術出版から刊行の時期(第二次)、悠久書房の時期(第三次)、そして現在の批評社からの刊行(第四次)と移ってきたこの雑誌(松本[2010:127])で、広田・藤澤・森山はその編集委員を務めてきた。また浜田もこの雑誌に連載をしている(後述)。そしてその浜田は先にその一部を紹介した「一般読者」向けの多数の著作を発表した。小児科の領域の毛利子来(一九二九〜)や山田真(一九三三〜)の著作が果たしてきた役割が大きいのと似て、浜田の精神障害・疾患・医療や老いを巡る著作が与えたものもあった。一九七〇年代の共編の教科書『精神医学と看護――症例を通して』(浜田・広田他編[1973])等もある。後にふれるかもしれない。」

◆立岩真也 20100816 『人間の条件――そんなものない』 2010/08/16 よりみちパン!セ,392p. ISBN-10: 4652078552 ISBN-13: 978-4652078556 1500+ [amazon][kinokuniya] ※

 「<補・2 三人の人と話してみた>
 […]
 二つ目は、東京都八王子市の小児科医の山田真さんとの対談。二〇〇四年四月出版の『子育て未来視点BOOK・上巻』に収録された。この本を出版したのはジャパンマシニスト社。不思議な名前だが、『知りたいプレス加工』とか『歯車』といった本を出しているのを知ると、なるほどと思う。そこがどういういきさつなのか、『ちいさい・おおきい・よわい・つよい』、ついで『おそい・はやい・ひくい・たかい』という雑誌を出している。『ち・お』(と略される)は小さい子どもの身体とか病気とか障害とかそんなことについての雑誌、『お・は』は小学生ぐらいの子どもをもつ親が読んだりする雑誌。両方ともとてもよくて、しかもそこそこ売れているというのがすばらしい。その『ち・お』の十周年記念ということで、上巻・下巻に分けた本が出たのだった。山田さんは、その編集委員を務めてもきた人で、たくさん著書もある―他にたくさん本を書いている人で編集委員をしている人だとやはり小児科医の毛利子来さんとか。山田さんは、お名前は以前から知っていて、本もいくつか読んでいたのだが、お会いしたのはこの対談の時が初めてだったと思う。一九四一年生で、私より十九歳上ということになる(毛利さんはもっと上で一九二九年生)。本書に出てきた「団塊の世代」よりは少し上の人なのだが、他の大学生より大学に長くいる医学部生だったこともあって、「大学闘争」(101ページ〜)に関わり、その後いろいろ、「「障害児」を普通学校へ・全国連絡会」の活動等に参加してきた―このあたりのことは『闘う小児科医―ワハハ先生の青春』(ジャパンマシニスト社 、二〇〇五年)、そして、303ページで紹介した――おもしろいのに売れてなくて残念な――『流儀』をどうぞ。」

◆稲場 雅紀・山田 真・立岩 真也 2008/11/30 『流儀――アフリカと世界に向い我が邦の来し方を振り返り今後を考える二つの対話』,生活書院,272p. ISBN:10 490369030X ISBN:13 9784903690308 2310 [amazon][kinokuniya] ※

◆立岩真也 2008/01/01 「有限でもあるから控えることについて――家族・性・市場 29」,『現代思想』36-2(2008-2):48-60
 →立岩真也 2009/03/10 『唯の生』,筑摩書房,424p. ISBN-10: 4480867201 ISBN-13: 978-4480867209 [amazon][kinokuniya] d01.et.,

 「さらに、既にその当時、起こりうる事態は予見されている。
 「朝日市民教室・日本の医療」という全七冊のシリーズがある。これから幾度か名前を出すことになる大熊由紀子も朝日新聞社の記者としてこのシリーズに関わっている。いくつもの薬害など当時の様々な事件があり、大学その他における騒動があり、医療、近代医療に対する反省・批判がなされ、改革への提言がなされる。当時、そしてその後、様々な活動を展開する人たちの文章や座談会その他が収録されているのだが、第5巻『荒廃をつくる構造』(朝日新聞社編[1973])には、患者の視点からということで岡本正、様々な薬の害を告発し「医療の社会化」を主張する高橋晄正、この時『現代日本小児保健史』(毛利[1972])の著書がある毛利子来、そして大熊由紀子が司会の座談会が掲載されている。
 「岡本 国民皆保険の実施でも、老人医療の無料化にしても、すべて政府の虚栄(ヴァニティ)が生んだ、みせかけの社会福祉政策ですよ。そういう世間をとりつくろう政策がでると、日本医師会はかならず乗っかっていきますね。そして、もうける。
高橋 老人医療の無料化は、空きベッドをうまく操作するのに役立つ。看護婦不足なら、なるべく手のかからない老人でも入れときゃいい。家族は養老院へやったとなると世間体が悪いが、老人ならたいていどこかぐあいが悪い、病院に入れておけば、安くすむし、かっこうもいい。ほんとうの意味での老人対策の欠陥を全部医療の中へほうりこんだだけだ。医者もそれでもうかる。で、根本の薬の科学性を問わないまま膨大な薬をのませるから、結局あれば安楽死への道へつながりますよ。
毛利 まったくそのとおりで、このままでいったら水俣病の二の舞で、スモンだけでなく第二、第三、第四ときりのないほどの薬害が明らかになるときが意外に近くなるような気がしますね。」(岡本他[1973:187])
 高齢者のための施設は、救貧的な性格のものとして始まったこともあり、抵抗感もある。そして在宅福祉の仕組みはないに等しかった。他方、病院では、利用者の側(むしろ、費用を負担するなり介護をするといった負担を負う側)の(当座の、利用に応じた)負担が他に比して少ないなら、そして何がなされるのかを知らず、あるいは知らないことにでき、不平不満を言わないあるいは言えないなら、その場に置かれる。そして医療の供給者が供給したいだけ供給することができ、それに応じて収入を得られなら、不要な処置、不要であるだけならよいとして加害的な処置がなされるだろう。このことが言わる。そして実際はそのとおりになったということだ。
 それから約十年して、マスメディアにおいて、批判がなされる。批判がなされるだけの現実が積み上がっている。」

岡本 正・高橋 晄正・毛利 子来・大熊 由紀子(司会) 1973 「日本医師会のタテマエとホンネ」、朝日新聞社編[1973:161-217]
朝日新聞社 編 1973 『荒廃をつくる構造』、朝日新聞社、朝日市民教室・日本の医療5


 ※は生存学資料室にあり


REV:.....20071228 20080830,31 0901, 20180217, 0509
子・育児  ◇産・生  ◇病者障害者運動史研究  ◇WHO
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