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増田 英明



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■講演「自薦ヘルパーと共に 自立への一歩」
 増田英明(京都市・在宅人工呼吸療養)
 http://www011.upp.so-net.ne.jp/alsosaka/Kaihou_00/k_74/5_Jyouhou/k74Kouen2Masuda.html
 ※上記には写真も掲載されています。ご覧ください。

○司会 それでは次に、増田英明さん。「自薦ヘルパーと共に私の自立生活」というテーマで、パワーポイントも増田さんご本人が作られたものを、これからご紹介いただきます。よろしくお願いします。

○坂井さん(代読) まず増田さんが作られたご挨拶の文章を初めに読ませていただきます。
「京都から来た増田英明です。私がどうしてここにいるかと言えば、事務局長の水町さんから『なんでもいいから話をして』と言われまして、私のパーソナルアシスタントと共に過ごす在宅生活と活動をパワーポイントにしてみました。これを作るのに2週間もかかりました。おかげでスイッチを押す左手が疲れて痙攣しています。人づかいの荒い近畿ブロックです(笑)。
冗談はそれくらいにして、私の自己紹介はパワーポイントでしていますので、私のパーソナルアシスタントの坂井哲子さんと冨田博子さんに紹介してもらいます」
ということで、私は増田さんのパーソナルアシスタントをさせていただいています坂井と言います。よろしくお願いします。
      自己紹介
 
増田英明 出身 名古屋市
 昭和18年10月26日生 69歳
 同居 妻一人。
 2004年   60歳でALS発症(会社定年退職してまもなく)
        進行が速く、約1年で四肢が動かなくなる
 2006年 2月 バイパップ導入、胃ろう増設
     5月 気管切開 人工呼吸器装着
     8月 呼吸器をつけ在宅生活始まる
 
人工呼吸器につながれて、「これからは24時間、天井ばかり見て過ごすのか……」。散歩すらできず、どん底の気分だった。
そんな時、リハビリ診療所の医師に出会う。
「車いすに座る練習をしよう。そうしたら散歩ができるようになる」
その言葉に励まされ、私の第二の人生が始まりました。
そして難病リハのデイケアに週3日通う。リハに通い始めたころ、青白く精気のない表情だった。リハビリ当初は本当に辛かった。半年寝たきりだったので、身体のどこを触られても痛くてたまらなかった。しかし、1か月後には、車いすに乗っても血圧が下がらなくなり、座れるようになってきた。
リハビリ風景。最初は痛みで辛かった。リハビリ診療所で約1時間リハビリを受けているところです。ここで散髪もしてもらいました。真ん中からバリカンを入れるので「落ち武者カット」になりました。
 
リハビリのおかげで1か月後には念願の散歩へ。近くの平安神宮までだったが、私は達成感で気持ちが満たされた。そして明るい理学療法士の先生や看護師スタッフに支えられ、少しずつ気力も戻ってきた。
だんだん遠くに出かけられるようになってくると、欲が出て、名古屋、那智、淡路島と出かけていきました。長時間車いすに乗り、旅行、遊びに行く。那智の青岸渡寺では西国33か所の最後の御朱印をもらって感動しました。
元カノの結婚式(元カノと増田さんは言っていますが、実は片思いの看護師さんらしいです)。祇園祭やジャズライブにも行かれています。
 在宅での医療
 ・訪問看護:週4回(4.5時間)
 ・往診:週1回
 ・カニューレ交換:2週間に1回
 ・バルーン交換:1か月に1回
 ・胃ろう交換:2か月に1回
 ・呼吸器の回路交換:2週間に1回
 ・訪問リハビリ:週2回(2時間)
 ・訪問入浴:週2回
 
3年前には妻の介護の負担を減らすため、低量自動吸引器アモレを導入する。自動吸引器は吸引の苦痛が全くない。カテーテルを使った吸引は多くても1日に3回程度に激減した。
カンファレンス(担当者会議)に出席するときは文字盤を使います。私からの要望はパソコンで文書にして主治医に提出してきました。例えば「低量自動吸引器を導入したいのでカニューレの変更のお願い」「呼吸器の設定変更のお願い」などです。結果、検討していただき、変更する。
 
難病リハ卒業へ
難病リハは拘束時間が6時間あります。無為な時間も多くなり、退屈になってきたころ、院長にリハ卒業を言われる。理学療法は訪問リハに移行する。
家にじっとしているのが嫌で外に出たい性分。何かできることがないか模索。これまでは介護保険だけ利用していたので外出時間も限られていた。ここで重度訪問介護の制度を知り、利用したいと思った。
同じ頃、自薦ヘルパーのことを知る。
 
自薦ヘルパーのシステム
 全国ホームヘルパー広域自薦登録協会に連絡。
 広域協会から
 ・同居人や家族はヘルパーになれない
 ・頼める友人、知人がいれば登録できる
 ・いなければ自分でヘルパー募集して面接する
 ・ヘルパーに重度訪問介護ヘルパーの資格がないときは養成講座研修(3
  日間)を受講させてから稼働
 ・ヘルパーへの給与支払いは広域協会の事業所がする(利用者の負担はな
  い)
 ・利用者はヘルパーの教育をする。
・自分専属のヘルパーがいたら、行きたいときに行きたいところに行ける
・自分に合わせたケアを覚えてくれる
・妻の負担も減る
利用したい→自薦ヘルパーの募集を始める。
最初はなかなかヘルパーが見つからず、また採用しても続かなかったりしたが、1人2人と少しずつ増えてきました。
私は自薦ヘルパーのことを「パーソナルアシスタント」と呼んでいます。私の日常だけでなく、活動全般にもかかわってもらうからです。
募集は
・身近な人に声かけして紹介してもらう
・求人広告に掲載する
・チラシをパソコンで作って貼らせてもらう
これは実際に私がパソコンで作った募集チラシです(図省略)。
応募してきた人の面接は私と妻がします。採用し、育てていくのも私たちです。人材を生かすも殺すも自分にかかっているので責任重大です。教育する側になって初めてわかることも多く、これまでの自分を反省しきりです。
 
パーソナルアシスタントとの ある1日
・朝起きたらパソコンスイッチを手から外し、体位変換(運動)を入念に
・文字盤使用
・朝食(胃ろう)片付け、定時の水分補給
・口の吸引など
・口腔ケア、洗顔
・着替えて車いすに移乗
・外出
・戻ったら着替え、体位変換
・パソコンとスイッチの設置
・夕食(胃ろう)
・オムツの交換

私はときどき、学校や重度訪問介護研修の講義などを頼まれますが、それもパーソナルアシスタント抜きでは出来ません。私が作成したパワーポイントをパーソナルアシスタントに代読してもらい、進行します。質疑応答は文字盤です。講義の中には必ず文字盤体験を入れます(一番大事です)。これは昨年行った活動の一部です。看護学校や高校、医療の専門学校に講義に行っています。パーソナルアシスタントと一緒に呼ばれればどこへでも行きます。
このような活動をしているうち、重度訪問介護の時間数も足りなくなってきました。初めは100時間程度の利用だったが、全然足りないので、重度訪問介護の時間数を増やす申請をしました。
私はパソコンで請願書を作成した。何度も書類を書き直したり足したりして4〜5か月かかったが、最後は役所の人に自宅まで来てもらい、実態を見てもらった。987.5時間を認定された。
現在自薦ヘルパー登録は9人。稼働しているのは6人。他は留学や就活で休職中。学生や未経験者を一から育てている。学生が多いので卒業と同時に終了になるが、パソコン操作やフェイスブックのやり方など、学生から教えてもらうことも多い。パワーポイントを知ったときの驚きは今でも忘れません。楽しいです。
大変なところは、学生は卒業するので常に募集が必要なこと。
今は夜間(22時から朝の9時)に入れる人材が育っていないので、500から600時間の利用に留まっている。
パーソナルアシスタントの週間スケジュール(表省略)。黄色い分が重度訪問介護の時間です。青い色は訪問看護や介護保険の時間です。
 
私は自薦ヘルパーを利用してまだ3年です。24時間利用には至っていませんが、これからも前進あるのみ。今後の目標は事業所をやることです。私が受けた多くのご恩を少しでも他の人に返せるよう、気力ある限り頑張っていきたい。ご縁に感謝。
本編は増田個人の体験です。自薦ヘルパーに関する質問は事務局にお願いします。以上です。ありがとうございました。(拍手)
 
(注)増田さんは、自薦ヘルパーの支援により講義に出かけられる場合は、社会活動の一環として謝礼は辞退されています。
*自薦ヘルパー制度について、全国障害者介護保障協議会・全国ホームヘルパー広域自薦登録協会(略称・全国広域協会)・推進協会の大野直之さんにお話をうかがい、まとめました。     (文責 近畿ブロック事務局)
 
 
 
自薦介助者とトラブルを起こす障害者が多い(違法な解雇をしたがったり、自薦介護者への暴言、人間扱いしない、育てるつもりがない、めんどいことはやりたがらない、責任を取らない、その他、さまざまな問題を起こす)。
本人が自薦の管理をせず、同居や別居の家族や親戚が自薦の管理を行う場合は、感情的な解雇などが減るので、自薦の介護者の労働環境としては少しましになる。その分、当事者主体の良さは失われる。当事者の細かい意見が通りにくくなる。
そして全国広域協会(自薦介護を30年前からやってきたノウハウを持つ障害当事者団体によって作られています)の受け入れキャパの問題。自薦利用者にはいろいろな障害者がいますが、ALSの場合、管理の手間暇が平均して多くかかっている。問題を起こす人が多く、全国広域協会に、介護者から次々にグチや相談電話がかかり、対応に時間をとられることが多い。全国的にALSの自薦利用者が増えており、ベテラン職員でないと対応が難しいため、全国広域協会のスタッフの受け入れ能力が一杯一杯の状態。このため、利用開始の審査は、ALSで困っているから、少々問題がある人でも受け入れようということはできない。
事業所が見つからず、ほんとうに困っていて、命にかかわる方、自薦しか生きるすべがないと思うのであれば、「死ぬくらいならなんでもできる」と考えていただき、主義主張を真っ白にしていただき、初心に帰って柔軟になっていただくことが必要。
全国広域協会のやり方をきちんと聞き、きちんと従っていただく方だけを受け入れることになります。
さらに、請求事務や給与事務を行う事業所のキャパの問題もあります。関西では全国広域協会の事業委託先の介護事業所が、過去は大阪2か所と兵庫1か所の3か所ありましたが、大阪の1か所のCIL(自立生活センター)は手一杯で新規受け入れはしておらず、もう1か所は指導監査が厳しいということで全国広域協会との契約を返上。兵庫のCILも運動性のある人のみの支援をしたいと契約返上。去年、奈良の小さなCILに代わりに契約をお願いしている状況です。これ以上増やすのは多くは難しい(契約事業所がない)状況です。
 
 
近畿ブロックからの手紙
 大野様 ご返事をいただき、ありがとうございました。ほんとによくわかります。ALS患者・家族にとっての普通の要求は、介護や看護の関係者には普通ではない要求であることが多いです。そのために、ALS当事者が自分で介護者を養成しなければ、お互いのミゾはいつまでたっても埋まりません。
全国広域協会ホームページの「介護制度情報」を読ませていただいていると、契約事業所が手いっぱいという実情までは見えず、全国組織なら可能なのかと思っていました。しかし、
・申込みがあっても厳重な審査があること
・当事者の脳みそを初期化するほどの覚悟と学習が必要なこと
そのとおりです。しかし現状は「自分のケアがちゃんとできるように事業所で育ててから派遣せよ」と、自分でヘルパーを育てることをしない。それなのに、簡単に「二度と来るな」と言ったりする。介護保険の行政指導は厳しくて、その対策を考えると、私でもALS患者は受けたくないと思います。
 介護保険を使った上で、障害福祉の上乗せ時間を使いこなす能力のある当事者は限られています。ALSは60歳代以上の患者が7割を占める高齢化の疾患です。家族の介護力も乏しいのに、家族に介護させたがる患者さんが多いのが現実です。人工呼吸器を装着して長い闘病を続けていくうちに、家族が病気になり、在宅療養が破綻して行き場所がなくなったら意に沿わなくても入院するしかなく、入院先は選べるほど多くはありません。
患者自身が自分のケアを専門にやってくれるヘルパーを育てることができれば、家族が病気になっても在宅で生活できます。ご自分のケアだけを専門にやってくれる介護者を複数育てるシステム(自薦登録システム)を、京都市の増田英明さんがどのように使いこなして現状の生活を送られているか、総会で実践経験をお話しいただいて、学習する機会にしていきたいと思います。               (事務局 水町真知子)

http://www.jcil.jp/teiden.htmbr>


UP:20150111 REV:
ALS  ◇WHO 

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