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金澤貴之

かなざわ・たかゆき)
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last update:20150407


群馬大学

◆20071231 「書評:亀井伸孝著『アフリカのろう者と手話の歴史』」,『社会学評論』58-3(2007):386-387
◆金澤貴之 編 200108 『聾教育の脱構築』  明石書店,352p 4750314560 \3200 [amazon][kinokuniya]
◆金澤 貴之 20130810 『手話の社会学―教育現場への手話導入における当事者性をめぐって』,生活書院,378p. ISBN-10:4865000127 ISBN-13:978-4865000122 3000+ [amazon][kinokuniya]

◆20010317 「インクルージョンと聾教育」(↓)
 障害学研究会関東部会 第14回研究会

◆2001
 「コミュニケーションと抑圧」

◆19990331 「聾教育における「障害」の構築」
 石川准・長瀬修編 『障害学への招待――社会、文化、ディスアビリティ』 ,明石書店,第7章

◆199604  「聴者による、聾者のための学校」
 『現代思想』1996年4月臨時増刊・ろう文化総特集
 →2000 現代思想編集部編『ろう文化』
◆1998   「聾文化の社会的構成」
 『解放社会学研究』 vol.12,43-562頁


 
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◆インクルージョンと聾教育
群馬大学 金澤貴之

 20010317
 障害学研究会関東部会 第14回研究会

1.インクルージョンとは?
インクルージョンをめぐる誤解。
1)インクルージョンは,十分にサポートが用意された,「理想的なインテグレーショ
ン」である。
2)福祉の進んだ,先進国だから実現できる。
3)障害関係者の「統合化」への運動の成果である。

1)について。インテグレーションとインクルージョンは概念が根本的に異なる。
インテグレーションだからサービスが用意されない,という問題ではない。インテグ
レーションは,「障害児」と「健常児」の関係性について二元論的に論じたもの。イ
ンクルージョンは,多様化への対応としての一元論。「特別なニーズ」は多様であり,
その程度に応じて,インクルージョン学校において,「特別なサポート」を用意する。
ハードを一本化させ,ソフト的に多様化に対応するということ。
2)について。国連で採択されているということに注目すべき。まだ教育が行われ
ていない発展途上国で,これから学校を作る場合,通常学校とその他のニーズに応じ
た学校を別々に作るよりは,最初から1つのハコで教育をすることを前提とする。→
インクルージョンだからサポートが充実しているという保障はない。
3)「特別なニーズ」概念は,障害児の問題よりもむしろ,通常学級に在籍してい
る「学習困難児」への対応から。「共生」を求める障害関係者の運動とは別次元。ま
た,「特別なニーズ」の対象は,「障害児」だけでなく,さまざま。例えば,ストリー
トチルドレンや遊牧民なども。

2.聾教育とインクルージョン
サラマンカ宣言の21条。聾児については,分離教育が望ましい場合があり,母語
としての手話を保障することが明言されている。→しかし,意外にこの条文は,日本
でのインクルージョン議論では,重視されていない。…というか,ほとんど扱われて
いない。

・教育制度を論じる研究者のほとんどが,聾について専門としていない。聾コミュニ
ティの望む要求については,「当事者の話にも耳を傾けなければ」と感じながらも,
聴者との分離を望むことについては,理解を示しにくい。手話の重要性については,
一定程度理解を示しながらも,分離教育については,否定的になる。→聴児が手話を
覚えて,みんなが一緒に楽しもう!…という主張になる。(「インクルーシヴ教育促
進法(案)」国民教育文化総合研究所)

・聾教育関係者の場合,専門機関としての聾学校の重要性は理解するし,十分なサポー
トが与えられないインテグレーションについては懸念する。しかしそれは聾者がイン
テグレーションに反対する主張とは全く意味が異なる。聾教育関係者は,(聴覚活用
を中心とした)専門性の必要性を主張しているのであり,母語としての手話の必要性
について理解しているわけではない。

→どちらにしても,教育関係者の間で,サラマンカ宣言の21条の持つ意味につい
ては,十分に咀嚼されて論じられていない。

3.聾児にとってのインテグレーション
・親の期待…聞こえる人たちの中で「社会性を身につけさせる」→数が多ければ,社
会性は身に付くのか?
40人クラスであったとしても,仲良くなれるのは,せいぜい2〜3人。その2〜
3人の子どもの気まぐれで情報が左右されてしまう。つねに人より一歩遅れて,伝達
者のフィルターを通してしか情報が入ってこない。「今何話しているの?」「いや,
別につまらない話だから…」
逆に,「聾学校に転校してから,社会性を身につけられた」と語る聾者もいる。通
常学級ではいつも「おミソ」だったが,聾学校では,全体の集団の数は少ないながら
も,その分先輩,後輩の関係は密であるし,主体性を発揮できる。
実際は,両者を十分に比較する以前に,聴者の先入観で通常学級が選択される。裏
を返せば,聾児のリアリティへの接近が極めて難しいということ。インテグレーショ
ンのまっただ中にいる聾児に聞いても問題の本質はつかめない。→「わからない」こ
とがわからない。「わかる」ことを経験して初めて,「わからない」状況について語
ることができる。
インテグレーション経験者にとっての「手話」…「わからない」ことがわかる。
インテグレーション状況…「わからない」ことがわからない。

・聴児との関係の難しさ
聾児が一生懸命頑張れば頑張るほど,「やなヤツ」になる。「わからないことをき
ちんと聞く」と,「うざったいヤツ」になる。頑張って予習復習をしっかりして,授
業に望むと,補助的な情報もあり,聞き取れてしまったりする。しかし休み時間の騒
がしさでは,補聴器は役に立たなかったりする。すると,「先生の前だけ,いいかっ
こして…」となる。こうした不快感は,その場その場で感じるものである以上,教師
が理屈で諭しても通じるものではない。「それは(一般論としては)そうだけど,あ
いつはやっぱし,変なヤツだ。」

・専門家の想定するサポート…「聴覚障害者」としての聾児。「一人前の聾者」とい
う概念はない,→「少しでも,わかる手段を」→補助手段としての板書の多様,指文
字,手話の使用。言い換えれば,完全にわかる方法を,想定していない。

4.「聾」の社会的構成…聴者が作る「聾」
なぜ聾者の主張が聾教育に反映されないのか?…鍵を握るのが,90%ルール
・90%ルール
・聾者の約9割は聴者の親のもとに生まれる。
・聾者の約9割は聾者同士で結婚する(Shein & Delk(1974)によれば,正確には
8割)。
・聾者の約9割は聴者の子どもをもつ。

・聾児の親の9割は聴者であり,さらに教員の圧倒的多数は聴者。
→聴者の親及び教育者は,聾児を聴者に近づけようとして教育し,手話からできるだ
け遠ざけようとする。
・しかし聾コミュニティは血縁関係を離れて結束し,そこで手話や聾文化が継承され
る。
・親や周囲の聴者は,結婚相手は聴者であってほしいと願ったとしても,多くは聾者
同士で結婚する。
・聾者同士の強い結びつきの中でも,生まれてくる子どもはといえば,たいていは聴
児。
・聾の子どもをもった1割の親で,自分の子どもには手話で教育をしてほしいと願い,
そのことを学校に訴えても,学校からすれば,その親は全体の1割の意見でしかない
ため,「一部の親」の願いの域をでない。

聾児は聴者のもとに生まれた時点では,文化的には聾ではない。聾者同士のコミュ
ニティにつかることで,「聾者」になっていく。だからこそ,インテグレーションこ
そが聾者にとって最大の脅威となる。聴者にとっては,「障害を持った子どもを分け
隔てせずに,普通の子どもと一緒に過ごさせる」ものであるが,聾者にしてみれば意
味が逆であり,聾の子どもを他の聾児から分離させ,聴児集団の中で孤立させる方法
となる。
聾というコミュニティが血縁関係を離れて構成され,そこに90%ルールが存在す
るがゆえに,聾者の主張は聾学校という言説空間において常に少数意見に押しとどめ
られてしまう。
「望ましい」教育について語ろうとするとき,語る者の望ましさが,語られる者の
望ましさと一致しているとは限らない。そして聾の場合,聾者は常に語る場において
マイノリティでしかなく,常に語られる場に置かれ続ける構造がある。


UP:20101030 REV:20150407
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