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神谷 美恵子

かみや・みえこ


last update:20110207


■著作

◆神谷 美恵子 19780920 『精神医学と人間――精神医学論文集』,ルガール社,338p. ASIN: B000J8JB9Y [amazon] ※:[広田氏蔵書] m. lep.
◆神谷 美恵子 19800625 『生きがいについて』(神谷美恵子著作集 1),みすず書房,288p. ISBN-10: 4622006316 ASIN: B000J87N80 \1575 [amazon][kinokuniya]
◆神谷 美恵子 19801212 『人間をみつめて』(神谷美恵子著作集 2),みすず書房,310p. ASIN: B000J82286 \1890 [amazon][kinokuniya]
◆神谷 美恵子 19820630 『こころの旅』(神谷美恵子著作集 3),みすず書房,281p. ISBN-10: 4622006332 ISBN-13: 978-4622006336 \1890 [amazon][kinokuniya]
◆神谷 美恵子 19810320 『ヴァジニア・ウルフ研究』(神谷美恵子著作集 4),みすず書房,282p. ISBN-10: 4622006340 \ [amazon][kinokuniya]
◆神谷 美恵子 19810630 『旅の手帖より――エッセイ集1』(神谷恵美子著作集 5),みすず書房,277p. ISBN-10: 4622006359 ISBN-13: 978-4622006350 \2940 [amazon][kinokuniya]
◆神谷 美恵子 19811224 『存在の重み――エッセイ集2』(神谷美恵子著作集 6),みすず書房,285p. ISBN-10: 4622006367 ISBN-13: 978-4622006367 \2800 [amazon][kinokuniya]
◆神谷 美恵子 19810930 『精神医学研究 1』(神谷美恵子著作集 7),みすず書房,267p. ISBN-10: 4622006375 ISBN-13: 978-4622006374 \2940 [amazon][kinokuniya]
◆神谷 美恵子 19820330 『精神医学研究2』(神谷美恵子著作集 8),みすず書房,299p. ISBN-10: 4622006383 ISBN-13: 978-4622006381 \2940 [amazon][kinokuniya]
◆神谷 美恵子 19800926 『遍歴』(神谷美恵子著作集 9),みすず書房,286p. ISBN-10: 4622006391 ISBN-13: 978-4622006398 \2940 [amazon][kinokuniya]
◆神谷 美恵子 19821028 『日記・書簡集』(神谷美恵子著作集 10),みすず書房,334p. ISBN-10: 4622006405 ISBN-13: 978-4622006404 \2940 [amazon][kinokuniya]
◆神谷 美恵子 19830411 『人と仕事』(神谷美恵子著作集 別巻),みすず書房,201p. ISBN-10: 4622006413 ISBN-13: 978-4622006411 \2940 [amazon][kinokuniya]
◆神谷 美恵子 19841220 『若き日の日記』(神谷美恵子著作集 補巻1),みすず書房,334p. ISBN-10: 4622006421 ISBN-13: 978-4622006428 \2,940 [amazon][kinokuniya]
◆神谷 美恵子 19851216 『神谷美恵子・浦口真左往復書簡集』(神谷美恵子著作集 補巻2),みすず書房,287p. ISBN-10: 462200643X ISBN-13: 978-4622006435 \1,995 [amazon][kinokuniya]
◆みすず書房編集部 編 20040924 『神谷美恵子の世界』,みすず書房,222p. ISBN-10: 4622081865 ISBN-13: 978-4622081869 \1,575 [amazon][kinokuniya]

■翻訳

Foucault, Michel 1962 Maladie mentale et psychologie, Presses universitaires de France, 104p. =19700205 神谷 美恵子訳 『精神疾患と心理学』,みすず書房,173p. ISBN-10:4622023407 ISBN-13: 978-4622023401 品切
Foucault, Michel 1963 Naissance de la clinique : une archéologie du regard médical, Presses universitarires de France. =19691230 神谷 美恵子 訳 『臨床医学の誕生』,みすず書房,322p. ISBN-10: 4622022176 ISBN-13: 9784622022176 \5000 [amazon][kinokuniya] ※ →(改訂版)Foucault, Michel 1971, Naissance de la clinique: une archéologie du regard médical, Presses Universitaires de France.
Foucault, Michel [1970] 1994 "La foile et société", Dits et écrits 1954-1988, Édition établie sous la direction de Daniel Defert et François Ewald, Éditions Gallimard, Bibliothèque des sciences humaines, 4 volumes
=197012 神谷 美恵子訳 「狂気と社会」 『みすず』,pp.16-22.→19990710 神谷美恵子訳 「狂気と社会」 蓮實重彦・渡辺守章 監修/小林康夫・石田英敬・松浦寿輝 編 『ミシェル・フーコー思考集成III 1968-1970 歴史学/系譜学/考古学』,筑摩書房,484p. ISBN-10:4480790233 ISBN-13:978-4480790231 \6090 [amazon][kinokuniya]

■言及

杉山 博昭 199907 「キリスト教と障害者」 アファーマティブやまぐち21編集委員会編 199907 『アファーマティブやまぐち21』アファーマティブやまぐち21刊行委員会,pp.3-20
◆寺田 篤弘 20031030 『死を生きるということ』,武田書店,159p. ISBN-10: 4886890512 ISBN-13: 978-4886890511 \1260 [amazon][kinokuniya] ※ d01

■年表

1914年(大正3年)0歳 岡山から長崎へ
 前田多門・房子の第2子として岡山で誕生
2男3女の長女として育つ

1915年(大正4年)1歳 東京

1919年(大正8年)5歳 横浜
 両親不在の半年間、兄陽一は、父方祖母宅、美恵子は、2歳下の妹と一緒に
母方祖母と叔父の家で預けられる。

1920年(大正9年)6歳 下落合小学校入学
 
1923年(大正12年)9歳 ジャン=ジャック・ルソー研究所付属小学校に編入(スイス)
 当時、国際連盟事務局次長であった新戸部稲造と交流する機会があった

1925年(大正14年)11歳 ジュネーブ国際学校中等部入学

1926年(大正15年)12歳 東中野中学に編入
 帰国

1927年(昭和2年)13歳 成城高等女学校に編入
 帰国後通っていた自由学園になじめず、登校拒否をおこし、転校する

1932年(昭和3年)18歳 高校卒業 津田英学塾(現・津田塾大学)入学
 
1933年(昭和8年)19歳
 叔父に伴われ、ハンセン病療養所多摩全生園へオルガン奏者として同行
 初めて見る患者の姿に衝撃を受ける

 らいという病気について何も知らなかったものにとって、患者さんたちの姿は、大きなショックであった。自分と同じ世を享けてこのような病におそわれなくてはならない人々があるとは。
 これはどういうことなのか。どういうことなのか。
 弾いている讃美歌の音も、叔父が語った聖書の話も、患者さんたちが述べた感話も、何もなかもこころの耳には達しないほど深いところで私の存在そのものが揺さぶられたようであった。(「らいと私」)

 医師となることを考えても廻りの人の反対にあう

1935年(昭和10年)21歳 津田英学塾 卒業
 肺結核 発病

1936年(昭和11年)22歳 結核の転地療養
 病床にて、ギリシア語を独習して、新約聖書、プラトン、ホメーロスを読む
 マルクス・アウレリウスの「自省録」など世界の名著を原語で読んでいく

1937年(昭和12年)23歳 結核治癒
 津田梅子奨学金にて、渡米 専攻は、ギリシア文学

1938年(昭和13年)24歳 プリンマー大学に籍をおき、クエーカーの学寮に住む

1939年(昭和14年)25歳 コロンビア大学理学部・医学進学コース
 何度、念を押しても父上は、確かにこれが私のいくべき道だろうと信じると言われる。「これほど好きじゃ駄目だと思ったよ。何しろもう顔色が変わるんだもの」と。
 母上も「らい病のところへいきさえしなければ」と言われる。らいのことは何とも約束できないけれど自ら奇矯なことを選ぶことはしないといっておいた。今更、何を選ぶ事ができるか。私は、もっとも自然な結核患者のことを頭において予防医学に進もうと思う。(5月14日の日記)

1940年(昭和15年)26歳 帰国
 医師として働くためには日本で医師免許を取得しなくてはならない事情があった。

1941年(昭和16年)27歳 東京女子医学専門学校(現・東京女子医科大学)本科に入学

1943年(昭和18年)29歳 長嶋愛生園に12日間滞在し、実習を行う。
 長嶋愛生園行きについては父親の反対にあい、卒業後の進路を精神医学と定める

1944年(昭和19年)30歳 東京女子医専を主席で卒業
 精神科医師として歩み始める

1945年(昭和20年)31歳 GUQと日本との翻訳・通訳の仕事に従事
 結婚

1947年(昭和22年)33歳 長男律氏誕生
 英語、フランス語、ドイツ語の家庭教師のアルバイトをする

1949年(昭和24年)35歳 次男徹氏誕生
 訳書 マルクス・アウレリウス『自省録』(創元社)
1950年(昭和25年)36歳 アテネ・フランセでフランス語を教え始める

1951年(昭和26年)37歳 芦屋に転居
 将来医学へと復帰する志を抱きながら、家計を支えるために神戸女学院大学英文
 学科非常勤講師となる。自宅にてフランス語を教える

1952年(昭和27年)38歳 大阪大学医学部神経科に研究生として入局
 
1953年(昭和28年)39歳 次男 徹 粟粒結核発病
 薬購入のための収入源として、フランス語を自宅で教える

1954年(昭和29年)40歳 神戸女学院英文科助教授

1955年(昭和30年)41歳 母親死去
 初期の子宮癌(ラジウム照射で進行を食い止める)
 神戸女学院助教授を退き、非常勤講師としてフランス語を教える

1956年(昭和31年)42歳 
 神戸女学院にて精神衛生の講義を始める。専任の教職を断り、医学、ハンセン病への思いを新たにする

 夫の勧めで、ハンセン病をテーマにした精神医学的研究を行うために長嶋愛生園へと行くことになる。
  
 13年ぶりに長嶋愛生園へ訪れる

1957年(昭和32年)43歳 長嶋愛生園非常勤職員となる
 週末を中心に、自宅から5時間あまりかけて通い、診療の傍ら、面接、アンケート、 心理テスト、統計等、ハンセン病の精神医学的調査を行う。
1958年(昭和33年)44歳
 学位論文『らいに関する精神医学的研究』
 訳書  『医学的心理学史』
1959年(昭和34年)45歳
 『生きがいについて』の構想を始める

1960年(昭和35年)46歳  神戸女学院大学社会学部教授
 神戸女学院にて「精神医学」の講義を行う
 大阪大学より博士学位授与

1961年(昭和36年)47歳
 『生きがいについて』第一回草稿を書き上げる

1962年(昭和37年)48歳
 父死去(胃がん)
 大阪大学助産婦学校で「精神医学」を教える

1963年(昭和38年)49歳 津田塾教授、神戸女学院非常勤講師
 四国学院大学非常勤にて「精神医学」の講義を集中にて行う
 フランスパリにて、ミッシェル・フーコー氏と出会う

1964年(昭和39年)50歳 神戸女学院を辞任

1965年(昭和40年)51歳 長嶋愛生園精神科医長
 月に2度、水曜日から土曜日にかけて島で過ごす
 津田塾大学は、非常勤となり、年に一度の集中講義
 ウルフ研究の論文『ヴァジ二アウルフの病誌素描』を発表
 『生きがいについて』をかきあげる

1966年(昭和41年)52歳
 『生きがいについて』出版
 『異常心理学講座』第七巻「精神医学の歴史」分担執筆
 ヴアジニアウルフの夫レナド・ウルフを訪ねる

1967年(昭和42年)53歳 長嶋愛生園精神科医長を退き非常勤となる

1968年(昭和43年)54歳 津田塾大学教授に就任
 800〜900名の学生を対象に「精神医学」の講座を集中講義にて行う

1969年(昭和44年)55歳 
 訳書、フーコー『臨床医学の誕生』(みすず書房)

1970年(昭和45年)56歳
 訳書、フーコー『神経疾患と心理学』(みすず書房)
 朝日新聞大阪本社の依頼で、「主婦の生きがいについてのアンケート」を行う
 『人間をみつめて』
(京阪神の30代。40代の主婦110人に対して行ったアンケート結果から、人間の一生を精神医学・生物学・社会学・哲学的な視野から考察した著作)

1971年(昭和46年)57歳
 『人間を見つめて』出版
 最初の狭心症発作がおきる

1972年(昭和47年)58歳 健康上の理由により長嶋愛生園を辞任
 
1973年(昭和48年)59歳
 『極限の人』(ルガール社)出版
 最初の入院

1974年(昭和49年)60歳 
 一過性虚血性発作により入院
 『こころの旅』出版

1975年(昭和50年)61歳 
 4回の入退院を繰り返す
 ハリール・ジブラーンの詩の翻訳『婦人の友』誌に連載

1976年(昭和51年)62歳  津田塾大学教授辞任
 膀胱ポリープ・一過性虚血性発作・狭心症で入院
 訳書ヴアジニア・ウルフ『ある作家の日記』(みすず書房)

1977年(昭和52年) 63歳
 3回入院
 『神谷美恵子・エッセイ集』(ルガール社)出版

1978年(昭和53年) 64歳 
  2回入院
 『精神医学と人間』(ルガール社)刊行
 『ヴァジニアウルフ病跡おぼえがき』を連載

1979年(昭和54年)65歳
 14回にわたる入院
 自伝『遍歴』を執筆

 10月22日 一時帰宅中に急性心不全の発作にて死去

◇参考文献
◆みすず書房編集部 編 20040924 『神谷美恵子の世界』,みすず書房,222p. ISBN-10: 4622081865 ISBN-13: 978-4622081869 \1,575 [amazon][kinokuniya]


■関連する事項

精神障害/精神医療/…・文献
ハンセン病 leprosy

■関連リンク

◇「らい文献目録」(皓星社)
 http://www.libro-koseisha.co.jp/cgi-bin/libro/raisch/raisch.cgi
 (長島愛生園編の目録から「社会科学編」をデータベース化)



*作成:田中 まみ・中倉 智徳箱田 徹
UP:20100616 REV:20100630, 20110207
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