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・岡山県 ◆19870415 「再出発」 日本ALS協会編[1987:023-032]* *日本ALS協会 編 19870415 『いのち燃やさん』,静山社,278p. 1200 ※ 「昭和五十六年は、忘れることのできないあらたな運命の始まりだった。この年九月に入院、検査の繰り返しであった日々もCTスキャナーで終わりとなり、病名判明、即退院と決まった。翌日、迎えに来た夫と一緒に、不安と期待を込めて主治医の説明を聞く。 「病名は運動ニューロン症、投薬を続けながら様子を見、月一度の診察をします。残念ながら原因がわからず、はっきりした治療法が確立されていませんが、今わからなくても、研究が進んでいるので必ず判明します。気を落とさないでください。当分は仕事を続けてもいいが、無理をしないで、次の日に疲れを残さない程度にしなさい。身体の機能も体力も老人のように衰えていきますので……。頑張ってください」 と、あたたかい励ましを受けた。(p.24) 自宅に戻った私は、入院の疲れをいやす間もなく、普段の生活に追われ、先生の言葉も深く考えずに聞き流してしまって、わが身を返り見る余裕もなくすごした。 フッと気がついた時、階段をはって昇っていた。退院後一年、病魔は確実に身体を蝕んでいたのである。[…] 打ち消しても浮かんでくる不安から、近くに来ていた健康器具の試用会に行ってみた。意外にも、販売員から病気の内容と行く末を聞かされるとは……。 「これは治らん、早くて一年そこそこ、二〜三年で死亡と書いてある。奥さん若んで何とかせんと大変だ」 家事と育児に専念しつつも、どこか心は別のところにいた。先行きに対する不安は、いつか私を泥沼の中へ引きずりこんでいた。ぎりぎりの状態の中で何かをつかもうと専門書(p.24)をあさる。ウソであって欲しいと。運動ニューロン症で調べたから出ていないので、脊髄性筋萎縮症が病名だったのだ。症状もピッタリ一致する。難病に侵されていたとは……。先生にはっきり問いたださなくてはならない。 後日、病院で主治医にうかがう。が、あくまでもニューロン(神経)症であり、似ているのは、同じような症状を引き起こしているからだ、難病には違いないので、医療費免除の手続きをする、というご返事だった。 頭の上に馬鹿がつくほどお人好しの私も、さすがにこの解答は鵜呑みできなかった。しばらくして保健所から送られてきた特定疾患医療受給者票には[…]筋萎縮性側索硬化症という、聞いたことのない病名のゴム印が押されていた。すぐさまこの病名をさぐってみると、なんのことはない、田舎の本屋の医学書にも載っていた。 そこには、死に至るまでの経過が赤裸々に解説してあった。その一字一句が、言い表せないほど胸に刺さった。」(亀山[1987:23-25]) 特定疾患医療受給者票→特定疾患医療受給者証(引用では「特定疾患医療受給者証」とした) ※おことわり ・このページは、公開されている情報に基づいて作成された、人・組織「について」のページです。その人や組織「が」作成しているページではありません。 ・このページは、文部科学省科学研究費補助金を受けている研究(基盤(C)・課題番号12610172)のための資料の一部でもあります。(〜2004.03) ・作成:立岩 真也 ・UP:20021010 ◇ALS TOP(http://www.arsvi.com/0w1/kmymhrm.htm) HOME(http://www.arsvi.com)◇ |