HOME > WHO >

桑名 敦子

くわな・あつこ

Tweet
last update: 20190901

■新着

◆桑名 敦子 i2019 インタビュー 2019/11/12 聞き手:立岩真也 於:京都

◆桑名 敦子 i2018 インタビュー 2018/10/09 聞き手:田中恵美子 於:東京

◆桑名 敦子 i2018 インタビュー 2018/12/02 聞き手:田中恵美子 於:東京

◇青木 千帆子・瀬山 紀子・立岩 真也・田中 恵美子・土屋 葉 2019/09/10 『往き還り繋ぐ――障害者運動於&発福島の50年』,生活書院

青木千帆子・瀬山紀子・立岩真也・田中恵美子・土屋葉『往き還り繋ぐ――障害者運動於&発福島の50年』表紙

[表紙写真クリックで紹介頁へ]

◆Atsuko Kuwana: Jumping in at the deep end
BY LOUISE GEORGE KITTAKA The Japan Times AUG 24, 2019
https://www.japantimes.co.jp/life/2019/08/24/people/atsuko-kuwana-jumping-deep-end/?fbclid=IwAR0QvBKPAvnuP2enOjLBvBUbo0KT7oGcbYRxZ1nh7V6m2eDM1fioIHeak4U#.XWs-wij7TD7



1959 生

父 教師 のちに養護学校校長
母 専業主婦 妹二人 夫はマイケル・ウィンター(1951年生) 

1959 0 生誕 出生時の事故で脊髄損傷 車椅子利用
1963 4 療育施設(肢体不自由児施設?)に入所 親元を離れる(10歳まで)教育を子どもに与えたいという強い思い 
  知能指数が高かった 4歳半入園時母の教えで手紙が読める、書けるレベルに 文通で直接やり取りできるように 
  療育園の収容人数は100名 年上のお兄さん・お姉さんに可愛がられた 年齢的にも障害的にも様々な子が周りにいた 
  郡山市内だったため、しょっちゅう来ていて、自粛してほしいといわれたほど ただし、帰宅は夏と冬 半月ぐらい 
1966 7 養護学校入学 
1969 10 施設から自宅に帰る 親子関係、姉妹関係、家族がうまくいかなくなるのではないかという親の心配があったよう 
  親の送迎(主に母) スクールバスの通う地域に家を建てたが、バスは使わなかった 送迎はほぼいなかった 
1972 13 中学時代に「障害があるからこそ、教育が一番大事」教育さえあればどうにでもなる、と父に言われる 
   クラスの人数は十数人 ずっと一緒兄弟みたい  
   英語が好きだった 他の教科はすでにトップが決まっているがスタートが中1 1番になるチャンスがある 
1975 16 高校生で教育に不満「大学に行きたい」がレベルが違う 
   奉仕活動で出会う同年齢の健常者・社会に興味 でも下に見られている 教師からも偏った情報 
   「何もできない」と思わされつつあったが、反発する思い 確かめたい 怖いけど外の世界に飛び込んでやってみたい 
    アメリカに憧れ 映画、音楽、英語のサウンド、先生 「英語ができれば外とつながりが持てる」 
   ラジオ講座を毎日聞いた 社会にすぐ出るのは怖い 同学年の人たちと一緒に勉強して英語をマスターしたい 
1976 17 高等部教師3人学生運動経験 差別など知る 学生運動に興味 大学進学の思いが強くなった 教員も応援 
   「桑名敦子を福島大学にれる会」結成 成田闘争に関わっていた福島大学+福島県立医大学生 
   試験要綱に「障害者は認められない、試験も受けられない」撤廃 四年生・共学「社会に一番近いところで勉強したい」 
   待っていられない  
1977 18 養護学校高等部卒業 短期大学・英語科入学  
   学長が「障害のあるなしは関係ない。学力」「それなりの処置は責任をもってします」と受入表明 
1979 20 短期大学卒業 
1980 21 カリフォルニア州に短期語学研修 
   アメリカでは桑名敦子、日本では障害者 アメリカの人権意識を知る 
1982 23 ミスタードーナッツリーダー研修 第1期生としてバークレー自立生活センターに派遣 
1984 25 Micheal Winter 氏と結婚 バークレーCILで日本人留学生コーディネーターとして勤務 
1989 30 カリフォルニア大学バークレー校に編入 人生のハイライト! 差別という問題について考えたかった 「東大に入る」ぐらい 
  卒業  
1991 32 日本から養子を迎える 
1993 34 バークレーCILに福島県知事が見学 県人会を通じて 93年ごろ 
1994 35 夫の仕事のため、Washington D.C.近郊に引っ越す 
1997 38 福島県庁で臨時に働く(2年契約) 
2003 44 日本語教師として語学学校勤務 
2006 47 乳がん発症 完治(5年?) 
2013 54 夫を亡くす 
2015 56 ハワイに移住 
  日本語教師として語学学校勤務、ハワイ報知翻訳 
  ボランティア活動、ダイビング、サーフィン、カヌーバドリングなど 
2018 59  


19★ 就学年齢からは隣接の養護学校に施設から通った

19★ 一〇歳になると近隣に居を構えた自宅から養護学校に通った。
1976 「桑名敦子を福島大学に入れる会」結成設立

19★ 高等部卒業後、短期大学に入学し、本格的に英語を勉強。
19★ 奨学金を得てアメリカに留学。マイケル・ウィンター(Michael Winter)と知り合う。

1984 マイケル・ウィンター(Michael Winter)と結婚

199410 「福祉のまちづくりの会」がマイケル・ウィンターを招聘。桑名は通訳として同行。

1993 福島県知事佐藤栄佐久が福島県人会を通じて桑名を訪ねる。夫のマイケルが障害者の自立生活センターの視察と自立生活を送る障害者の訪問をコーディネート。

1995 福島県(知事佐藤栄佐久)自治体で初めて障害者自立生活センターに300万円の助成金を支給する制度を作る

1997〜1999 福島県庁で臨時職員として働く



◆桑名 敦子 i20181009 インタビュー 2018/10/09 聞き手:田中恵美子

◆―――― i20181220 インタビュー 2018/12/20 聞き手:田中恵美子


UP: 20190619 REV:20190901
福島本頁  ◇WHO  ◇生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築  ◇病者障害者運動史研究 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)