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石川 憲彦
いしかわ・のりひこ



・小児科医
・1946年生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。1987年まで東大病院を中心とした小児科臨床、とりわけ障害児医療に携わり、共生・共学の運動に関与。患児らが成人に達し、東大病院精神神経科に移る。1994年、マルタ大学で社会医学的調査を開始し、1996年から静岡大学保健管理センターで大学生の精神保健を担当。同所長を経て、現在は林試の森クリニック院長(石川・高岡[2006]より)

■著書

◆石川 憲彦 1985 『子育ての社会学』,朝日新聞社,241p. 1000→1990 朝日文庫,268p.
◆石川 憲彦 19880225 『治療という幻想――障害の治療からみえること』,現代書館,269p. ISBN-10: 4768433618 ISBN-13: 978-4768433614 2060 [amazon] ※ b
◆石川 憲彦 20050520 『こども、こころ学――寄添う人になれるはず』,ジャパンマシニスト社,198p. ISBN-10: 4880491756 ISBN-13: 978-4880491752 1575 [amazon] ※ b m d07d
◆石川 憲彦・高岡 健 20060625 『心の病いはこうしてつくられる――児童青年精神医学の深渕から』,批評社,メンタルヘルス・ライブラリー,172p. ISBN-10: 4826504454 ISBN-13: 978-4826504454 1890 [amazon][kinokuniya] ※ b m


◆19990909木  「障害者の性を考える」 於:横浜市

◆石川 憲彦 他 1983 『心身障害児の療育を考える』
  母子衛生研究会
◆19841115 『影と向きあう教育と医療』
  光村図書出版,朝日カルチャー叢書,228p. 1200
◆1985 『子育ての社会学』,
  朝日新聞社,241p. 1000→1990 朝日文庫,268p. <431>
◆石川 憲彦 他 1987 『お医者さんは神さまではない』
  筑摩書房
◆19880225 『治療という幻想――障害の治療からみえること』
  現代書館,269p. 2060 <432> ※
◆石川 憲彦・内田 良子・山下 英三郎 編 19930215
  『子どもたちが語る登校拒否――402人のメッセージ』 世織書房,1062p. 3914

◆19810625 「欧米の統合教育」
  『福祉労働』11:033-042 ※
◆19810925 「障害者教育と近代」
 (篠原論文「『障害児の教育権』思想批判」を読んで(2))
  『福祉労働』12:125-138 ※
◆19811215 「人間管理に対する批判のあり方をめぐって」
 (篠原論文「『障害児の教育権』思想批判」を読んで(3))
  『福祉労働』13:119-136 ※
◆19820325 「障害者ぬきの障害者教育」(障害者年・現場からの声)
  『福祉労働』14:069-071 ※
◆19830625 「直すこと・直ること」(「障害」と治療 その1)
  『福祉労働』19:161-174 ※
◆19830925 「てんかん――その1」(「障害」と治療 その2)
  『福祉労働』20:157-171 ※
◆19831225 「てんかん その2」(「障害」と治療 第3回)
  『福祉労働』21:165-178 ※
◆19840325 「てんかん その3」(「障害」と治療 第4回)
  『福祉労働』22:150-162 ※
◆19840625 「先天異常と予防医学 その1」(「障害」と治療 第5回)
  『福祉労働』23:162-175 ※
◆19840925 「先天異常と予防医学 その2」(「障害」と治療 第6回)
  『福祉労働』24:143-154 ※
◆19850325 「脳性麻痺――(1)」(「障害」と治療 第7回)
  『福祉労働』26:158-171 ※
◆19850625 「脳性麻痺――(2)」(「障害」と治療 第8回)
  『福祉労働』27:159-171 ※
◆19850925 「脳性麻痺――(3)」(「障害」と治療 第9回)
  『福祉労働』28:148-160 ※
◆19851225 「脳性麻痺言(4)」(「障害」と治療 第10回)
  『福祉労働』29:158-169 ※
◆19860325 「言語治療(1)」(「障害」と治療 第11回)
  『福祉労働』30:161-175 ※
◆19860625 「言語治療(2)」(「障害」と治療 第12回)
  『福祉労働』31:142-154 ※
◆19860925 「言語治療(3)」(「障害」と治療 第13回)
  『福祉労働』32:139-155 ※
◆19870325 「言語治療(4)」(「障害」と治療 最終回)
  『福祉労働』34:140-155 ※
◆19920210 「脳死・臓器移植を考える」(脳死・臓器移植――私はこう思う
  九一年七月二十日・「脳死・臓器移植に反対する緊急市民集会」より)
  『技術と人間』21-02(222):021-024 ※


◆石川 憲彦 19880225 『治療という幻想――障害の治療からみえること』,現代書館,269p. 2060 <432> ※

 「戦後四十年。脳性麻痺の治療学は、古典的医学の治療という発想の下では、まったく進歩がなかったといってよい。なぜなら「一度破壊された脳細胞は再生しない」という、医学の命題はまだ解決されていないからである。
 にもかかわらず、映画「さようならCP」がその内容をよそに表題のみが社会的に利用されたように、相次いで日本に上陸した早期療法(2)の宣伝によって、一九七〇年代は「脳性麻痺は直る」「紀元二千年に脳性マヒ故に歩けない人は存在しなくなるであろう」といった宣伝が公然と登場してきた。これは、…(p.140)…”戦後の人権意識”に強く支えられた”療育”の立場から語られ始めた。筆者もボイタ法の講習会に参加して、何カ月かこの熱狂的叫びにとらわれ、心揺さぶられた体験がある。
 しかし、この数年、次第にその熱気は冷めつつある。日本脳性麻痺研究会のこの二年の記録は、それを物語っている。同記録『脳性麻痺研究』のNo.3(一九八三年)及びNo.4(一九八四年)は各々、「早期療育」「脳性麻痺は減ったか」のテーマにおいて、リハビリテーションへの基本的な疑問を投げかけている。一言でいえば、「脳性麻痺は減ったが、その主役は胎児新生児病学における治療技術の進歩であり、領域によって減ったといえるのだろうか」という内容の疑問である。(p.141)」(石川[1988])

「「『障害』は病気ではない。だから直す対象として『障害』をとらえることが誤っている」という障害者からの指摘は正しいと思う。しかし、病気と「障害」との差異を強調することだけで(p.35)は不十分である。それは、たちまち「障害」だけを孤立させることになる」(石川[1988])

 cf.脳性麻痺



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