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糸賀 一雄

いとが・かずお

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びわこ学園

重症心身障害児施設 
高谷 清 20050420 『異質の光――糸賀一雄の魂と思想』,大月書店,332p. ISBN-10: 4272360515 ISBN-13: 978-4272360512 2,200+ [amazon] [kinokuniya]

◆糸賀 一雄 20031220 『この子らを世の光に――近江学園二十年の願い』,日本放送出版協会,315p. ISBN-10:4140808365 ISBN-13:978-4140808368 1900+ [amazon][kinokuniya] ※ j01. i05

◆糸賀一雄生誕100年記念事業実行委員会研究事業部会 編 20140329 『糸賀一雄生誕100年記念論文集――生きることが光になる』,糸賀一雄生誕100年記念事業実行委員会,350p. 1,500+ ※ j01.

■言及

◆立岩 真也・杉田 俊介 2017/01/05 『相模原障碍者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』,青土社 ISBN-10: 4791769651 ISBN-13: 978-4791769650 [amazon][kinokuniya] ※

 討議:生の線引きを拒絶し、暴力に線を引く 立岩真也+杉田俊介

 杉田「僕は自分がNPOで支援者をやってましたから、小さな制度がいかに大事かということは本当に痛感してきました。そして制度はいかに動かないか、ほんのわずかな一歩、一ミリを刻むことがいかに難しく、ゆえにいかに大事か。そういう現場の困難や折衝、条件闘争の苛酷さをあまり知らない人たちが、抽象的な理念ばかりを主張して――「左翼」や「学生運動崩れ」にそれは多いという気が正直しましたが――現実をなし崩しにしていくことには、強い違和感を覚えていました。ただ一方では、かつての障害者運動などで綱領化されてきたラディカルな理念の力を、日々の中で実感することもありました。そういう理念のラディカリズムが、根本的に現場の疲弊や苦しさを支えてくれているのだ、という感じがあったんです。たとえば青い芝の綱領もそうですが、僕らのような重症児関連のNPOの場合、それこそ糸賀一夫の「この子らを世の光に」とか「重症心身障害児を守る会」の親たちの三原則とかですね。
 しかしグローバリゼーション全盛の時代にあって、マジョリティとマイノリティの境界線に落っこちた、構造的には加害者であり同時に被害者のような、マジョリティのようなマイノリティのような、何かができるようなできないような、そうしたキメラ的な存在や身体に立ちながら、そこから出てくる理念性みたいなものも同時に必要ではないか、と思えるわけです。」

 立岩「「この子らを世の光に」とか言わんきゃならないのかということです。糸賀一雄はじゅうぶん立派な人だと思いますけど。そして「守る会」の三原則の一番めは「決して争ってはいけない 争いの中に弱いものの生きる場はない」で、二番目は「親個人がいかなる主義主張があっても重症児運動に参加する者は党派を超えること」ですよ。それでよいのですかと。その青年やその主張の支持者とも争わないんですか、と。そしてこの原則は、一九六四年にできたその親の会がどういう道を行ったか、行かざるをえなかったかということに深く関わっている。そういったことを明らかにし考えよう、考えてもらおうと思って「病者障害者運動史研究」とか言い(立岩[2016/11/07])、「生の現代のために」という、あまり落ち着きのよくない題の連載をしているということはあります。」

◆立岩 真也 2017/01/01 「『相模原障害者殺傷事件』補遺」 連載・129」,『現代思想』45-1(2017-1):22-33

◇2016/12/27 「杉田俊介「この子らを世の光に」(補遺・10)――「身体の現代」計画補足・285」
◇2016/12/28 「杉田俊介「この子らを世の光に」続(補遺・11)――「身体の現代」計画補足・286」
 cf.◇病者障害者運動史研究

 「杉田俊介:「この子らを世の光に」
 本の第2部は杉田が本誌一〇月号の特集に寄せた文章に大幅に加筆した部分。そして本の第3部には杉田俊介と私の対談(本では討議となっている)を加えた。対談は一一月八日に行なわれた。こんなできごとについて何をどのように言ったものか、双方あまりあてのないまま話は始まって、やがて堂々めぐりぽくなり、時間は経ち、疲れもしたから、なんとか終わりまで行ったように思えた時、始まって二時間ほどで終わった。そしてそれを素早くまとめた原稿が一一月一三日に送られてきた。その後、幾度か原稿をやりとりするなかで、双方が自らの発言を補うことになった。前後の相手の発言と矛盾は来たさないように、削ることもないではないのが、主には加える。それは私たちが、すくなくとも私はよく行なうことである。
 杉田の発言。

 「僕は自分がNPOで支援者をやってましたから、小さな制度がいかに大事かということは本当に痛感してきました。そして制度はいかに動かないか、ほんのわずかな一歩、一ミリを刻むことがいかに難しく、ゆえにいかに大事か。そういう現場の困難や折衝、条件闘争の苛酷さをあまり知らない人たちが、抽象的な理念ばかりを主張して――「左翼」や「学生運動崩れ」にそれは多いという気が正直しましたが――現実をなし崩しにしていくことには、強い違和感を覚えていました。ただ一方では、かつての障害者運動などで綱領化されてきたラディカルな理念の力を、日々の中で実感することもありました。そういう理念のラディカリズムが、根本的に現場の疲弊や苦しさを支えてくれているのだ、という感じがあったんです。たとえば青い芝の綱領もそうですが、僕らのような重症児関連のNPOの場合、それこそ糸賀一夫の「この子らを世の光に」とか「重症心身障害児を守る会」の親たちの三原則とかですね。
 しかしグローバリゼーション全盛の時代にあって、マジョリティとマイノリティの境界線に落っこちた、構造的には加害者であり同時に被害者のような、マジョリティのようなマイノリティのような、何かができるようなできないような、そうしたキメラ的な存在や身体に立ちながら、そこから出てくる理念性みたいなものも同時に必要ではないか、と思えるわけです。」

 いくつかのことが言われている。それに対して私はいくつか応じているのだが、ここでは一つ。糸賀一夫、「重症心身障害児を守る会」の箇所は最初はなかった部分だから、私の以下の発言もその場でのものではない。いったん私の部分のなおしを送った後、二〇日の杉田最終版が送られてきて、そこにいま引用した部分があって、それで急ぎ加えて二一日に私の最終版とした。

 「「この子らを世の光に」とか言わんきゃならないのかということです。糸賀一雄はじゅうぶん立派な人だと思いますけど。そして「守る会」の三原則の一番めは「決して争ってはいけない 争いの中に弱いものの生きる場はない」で、二番目は「親個人がいかなる主義主張があっても重症児運動に参加する者は党派を超えること」ですよ。それでよいのですかと。その青年やその主張の支持者とも争わないんですか、と。そしてこの原則は、一九六四年にできたその親の会がどういう道を行ったか、行かざるをえなかったかということに深く関わっている。そういったことを明らかにし考えよう、考えてもらおうと思って「病者障害者運動史研究」とか言い(立岩[2016/11/07])、「生の現代のために」という、あまり落ち着きのよくない題の連載をしているということはあります。」

 事実についてだけ確認する。糸賀一雄は、東京の島田療育園とともに重症心身障害児――大雑把には知的にも身体的にも重い障害のある子ども(やがて大きくなり、今は高齢者となっている人たちも多い)――施設として先駆的な施設である滋賀県のびわこ学園の創設他に関わった人である。(その後、連載で長く扱っている国立療養所が、結核療養者の次のお客として多くの「重心」の子を受け入れ収容していく。)
 この言葉は社会福祉の業界では広く知られている言葉で、「この子らに世の光を」ではなく、「この子らを世の光に」と言ったところがよいのだと言われている。重症心身障害児「を」「が」世の光「にする」「となる」というのだ。そしてこの事件の際にも、例えばこの事件のすぐ後に組まれたNHKの朝の座談会のような番組で親の会の人が――他には犯罪社会学者と精神科医などがいた――この言葉を持ち出したことを記憶している。
 すぐ後に記すように六〇年代前半・中盤はかわいそうな子(と親)を救ってくださいということであった時期であり、その時にこの言葉は、いったんそうした姿勢とは異なるように思われる。しかし両立もしうるし、実際両立したのではある。さらに、糸賀と「発達保障論」はしばしば結びつけられ、そしてその――説明を省く――発達保障論は、一九七〇年代(以降)において、青い芝の会や(その会はすぐに脱退してしまう)「(全障連)」によって強く批判されたのでもあった。そしてその「発達」と「世の光」もまた異なる方向を向いているようでしかし両立しないわけではない。こうしてこれは単純な主張なのではあるが、しかし置かれている場所はすこし複雑である。
 そして、こうしたややこしいことをいったん措くとしても、前節に紹介した松山善三の映画と同じく、これがこの事件に、その容疑者に「効く」だろうかということだ。効かないと思う。例えばその容疑者(のような人)は「そのように言いたい気持ちはわかるが…」と言うかもしれず、「あなたがそう思うことは否定しないが…」と言うかもしれない。「世の光」と思う人にもさらに言い分はあるだろうが、話は平行線を辿ることになるだろう。
 実際「世の光」であることはあり、それを否定する必要はないと私は思う。ただ、「この子ら」が「世の光」であると言わねばならないかということである。そんな必要はなく、そのものを賭けて争うべきではない。この本でそのことを言った人たちを私は紹介し、そしてそちらを私は支持すると述べた。」


UP:20160814 REV:20161228
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