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いだ・ひろゆき ・〜2005? 大阪経済大学教員 ・立命館大学非常勤講師 立命館大学大学院先端総合学術研究科非常勤講師(2006年度) (購入額の3〜5%が、[boople]のところその本を買うと5〜7%が、寄付されます。) ■著書 ◆伊田 広行 19950228 『性差別と資本制』,啓文社,473p. 3400 ※, ◆伊田 広行・ただ えみこ・森島 明美・伊藤 悟・蔦森 樹・やなせ りゅうた 199712 『セックス・性・世界観―新しい関係性を探る』,法律文化社,205p. ISBN: 4589020475 1995 [boople] ◆伊田 広行 19980220 『21世紀労働論――規制緩和へのジェンダー的対抗』,青木書店,324p. ISBN: 4250980030 2800 [boople] ※, ◆伊田 広行 19980420 『シングル単位の社会論――ジェンダー・フリーな社会へ』,世界思想社,280p. ISBN: 4790706982 2300 [boople] ※, 内容(「BOOK」データベースより) 家族単位から個人単位へ。差別的な社会秩序の変革を目標に、われわれの常識、法律・福祉など具体的諸制度を考察する。男女両性にとっての解放論。 内容(「MARC」データベースより) 家族単位制度のどこが差別的なのか。その問題点を明らかにし、差別的な社会秩序の変革を目標に、われわれの常識、法律・福祉など具体的諸制度を考察した上で、家族単位から個人単位への変革の必要性を説く。 ◆伊田 広行 199804 『シングル単位の恋愛・家族論――ジェンダー・フリーな関係へ』,世界思想社,SEKAISHISO SEMINAR,288p. ISBN: 4790706990 2415 [boople] ◆伊田 広行・堀口 悦子・石橋 富士子 200104 『いろんな国、いろんな生き方 ジェンダー・フリーの絵本』,大月書店,37p. ISBN: 4272404458 1890 [boople] ◆20030420 『スピリチュアル・シングル宣言――生き方と社会運動の新しい原理を求めて』,明石書店,328p. ISBN: 4750317179 2400 [boople] ※ ◆伊田 広行 200304 『シングル化する日本』,洋泉社,新書y,203p. ISBN: 4896917189 756 [boople] ◆伊田 広行 200405 『はじめて学ぶジェンダー論』,大月書店,223p. ISBN: 4272350188 1995 [boople] ■ ◆19911101 「カップル単位からシングル単位へ――家父長制的調整概念によるマルクス主義フェミニズムの一展開」 『情況』02-10(16):073-089 ※ ◆199503 「『介護保険構想』と当事者主体」, 『ジョンフル・ビギン』3 ※ ※は生存学資料室にあり ■伊田 広行 19950228 『性差別と資本制』,啓文社,473p. 3400 ※, 「たしかに常に総資本と個々の資本の利害が一致する訳ではなく、<0416<しばしば矛盾を引き起こす。しかし、一見個別企業は自由に活動できるように見えようとも、その活動枠組みが、その時々の総資本の政策の指導下にあること、国家が諸階級の妥協の場でありつつも、体制維持の代理人として、総資本と基本的には利害を一(いつ)にしていることは、国独資論争を待つまでもなく政治経済学の常識である。 しかも、個別資本の運動の総体による資本の蓄積運動は、個別資本の意志を越えた、独自の発展法則を持っており、この資本蓄積こそが再生産過程のあり方、その変化をも究極的に規定していくのである。」(416-417) ここで言及しているのは上野の『思想の科学』での連載→ 『家父長制と資本制』では以下の箇所(伊田の引用[416]よりも長く引用) 「「自由市場の原則から言えば、個々の資本家はただ自己の経済合理性にしたがって利潤極大化をはかるべく行動すれば、それが最終的には「予定調和」に達するはずであった。それが私的資本が「私的」である理由である。個々の私的資本は、労働者の再生産に関与しない。労働者<0179<の供給は、資源の供給同様、市場の<外部>に、つまり「自然」に属している。しかも労働市場の成立は、商品市場と同じく、その<外部>からの供給に限界がないことを前提しなければならない。総資本は労働市場の再生産に関心を持つが、個々の資本の利害は、総資本の利害と一致するわけではない。」(上野[1990:179-180]) 「人口政策はしたがって、<近代>国民国家 nation state の成立当初から重要な政治課題だった。市場と個々の資本は労働力の再生産に不関与・無関心を示したが、国家はそうではなかった。」(上野[1990:234]) 以下は上野の(もとになった伊田の未発表論文に対する)応答 「ここでの眼目は、竹中氏同様、資本制は「自己完結的システム」であり、したがって「自己運動」するということ、そのドライブが「資本蓄積」過程であって、上野は「資本蓄積論に無知」だということである。資本制は市場を超えており、その「自己完結的システム」は、総資本=国家独占資本であるという、絵に描いたように予定調和的な古典マルクス主義的資本制理解である。」(上野[1990:137]) >TOP ■言及 ◆立岩 真也 1999/01/15 「一九九八年読書アンケート」 『みすず』41-1(454)(1999-1):34 ◆立岩 真也 2005/03/20 「<公共>から零れるもの」 第59回公共哲学京都フォーラム「ジェンダーと公共世界」 「さらに考えるべきことは、私の考えはほとんどはしょりますけれど、例えば伊田広行さんが『シングル単位の社会論』を出していますが(伊田[1998])、私は基本的にそれに賛成です。でも、そのシングル単位というのは、生活の保障は別に存在することが込みになります。このように言うと、よく言い返されるのは、そのような政策や社会潮流が、麗しいかどうかは知りませんが、家族なるものを破壊するのではないかという懸念あるいは疑問です。私は、そういうものを、たんなる妄説ではなくて、何かしらのリアリティを持った話だとして受け止めながら、しかしそれを否定するというしかたをすべきだろうと思います。言えることは幾つもあります。例えば先ほどの話で、一人一人が持っている愛情なり、家族という関係と、財の出入りがセットになることによって、かえってその間の愛情や親密性が破壊されることのほうがおそらく多いのです。私はあまりそういう言葉を使いませんが、親密圏なら親密圏という関係を保持する、あるいは保持すべきであるということと、一人一人の生活を保障する制度 があることは、なんら矛盾することではなくて、むしろ一人であれ二人であれ多人数であれ、そういった人たちが構成する、あえて言えば私的な関係を存在させる、むしろ十全に存在させるようなシステムとして構想することもできる。そちらのほうがよいのではないかという言い方ができるでしょう。そしてそれを、ある種の反動として現在現れている事態に対して、言っていくしかないのではないかと考えています。」 REV:..20030927 20051225 20060123,0313,0403 ◇労働 ◇女性の労働・家事労働・性別分業 ◇家族 ◇フェミニズム ◇WHO |