平井 誠一
ひらい・せいいち
1953/05/10〜
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◆平井 誠一 i2018 インタビュー 2018/01/29 聞き手:立岩真也 於:富山市・自立生活支援センター富山
◇全国障害者解放運動連絡会議(全障連)
◇全国障害者解放運動連絡会議(全障連)2000-
◇自立生活支援センター富山 http://www1.odn.ne.jp/~adu40180/
◇地域で暮らすためにみんなで考える会
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◇平井 誠一 19890401 「差別を絶対に許さない闘いへ!――石川重朗君第六中学校転籍十二月連続行動」
『季刊福祉労働』42:113-115
◇平井 誠一 19900925 「第15回全障連全国交流大会報告――切り開こう,90年代に反差別・共生の社会の展望を!」
『季刊福祉労働』48:129-134
◇平井 誠一 19910220 「ADA成立のニューヨーク,実感?!――反差別国際運動理事会・国連要請行動/ニューヨーク 1」
『全障連』104:15-19
◇平井 誠一 19910417 「ADA成立のニューヨーク,実感?!――反差別国際運動理事会・国連要請行動/ニューヨーク 2」
『全障連』107:14-19
◇平井 誠一 19920605 「障害者への情報と仕事の提供を!――パソコン通信ネット「LIVE」を開局」
『全障連』113:17-19
◇平井 誠一 19920625 「パソコン通信ネット「Live」の開局」
『季刊福祉労働』55:041-047 1236
◇平井 誠一 19930415 「反差別国際運動総会報告――フィリピン視察2」
『全障連』118:03-06
◇平井 誠一 19990325 「教育とは、障害の軽減や教科を教えることだけではない」
『季刊福祉労働』82
……
◇200005 自立生活支援センター富山設立
◆平井 誠一 i2018 インタビュー 2018/01/29 聞き手:立岩真也 於:富山市・自立生活支援センター富山
■cf.
□結成大会報告集
全国障害者解放運動連絡会議 1977 『全障連結成大会報告集』
編集・発行 全障連全国事務局,(7)+346p.,2500
1976年8月8日〜10日/於・大阪市立大学
全国代表幹事 横塚晃一
全国代表副幹事 荒木義昭・橋本広芳
全国事務局長 楠敏夫
□第2回大会報告集
全国障害者解放運動連絡会議 1977『全障連第二回大会報告集』
編集・全障連全国事務局,発行・関東出版部,223p.,2000
1977年8月13日〜14日/於・明治大学和泉校舎
代表幹事 横塚晃一 (病気入院中)
副幹事 白石清春・荒木義昭
事務局長 楠敏夫
□第3回大会報告集
……
□第4回大会報告集
全国障害者解放運動連絡会議 1980『全障連第4回大会報告集』
編集・発行 全障連全国出版局, 295p., 2000
1979年8月11日〜12日/於・明治大学和泉校舎
全国代表幹事 八木下浩一
代表幹事:八木下浩一,副幹事:中川一二三,荒木義昭,事務局長:※楠敏雄
(『全障連』9:8)
□第5回大会
1980.8.2〜3 東北大学
役員:?
□第6回大会報告集
全国障害者解放運動連絡会議 1982『全障連第6回大会報告集』
編集・発行 全障連出版部,120p.,900
1981年8月1日〜2日/於・豊中南桜塚小学校ほか
代表幹事:中川,副幹事:※楠敏雄,☆平井誠一,事務局長:西岡努
相談役:八木下 (『全障連』13:4)
□第7回大会報告集
全国障害者解放運動連絡会議 1982『全障連第7回大会報告集』
編集・発行 全障連全国出版部,(5)+1270p.,1000
1982年8月6日〜8日/於・岡山市民会館・岡山大学教養部
代表幹事 中川一二三
副代表幹事 ※楠敏雄
事務局長:西岡
□第8回大会報告集
全国障害者解放運動連絡会議 1984.8.3
1983.7.29,30,31 東京日比谷公会堂ほか
代表幹事:中川,副幹事:※楠敏雄,☆平井誠一,事務局長:西岡,相談役:八木下
(『全障連』31:6)
□第9回大会
1984.8.3〜5 富山県民会館ほか
代表幹事:中川,副幹事:※楠敏雄,事務局長:西岡
□第10回大会
1985.7.26 〜28 大阪・中の島公会堂ほか
代表幹事:中川,副幹事:※楠敏雄,☆平井誠一,事務局長:西岡,相談役:八木下
(『全障連』53:15)
□第11回大会
1986.7.25 〜27 福岡市西市民センター・ももちパレス
代表幹事:中川,副幹事:※楠敏雄,☆平井誠一,事務局長:西岡,相談役:八木下
(『全障連』62:30)
□第12回大会
1987.7.31 〜8.2 町田市体育館・町田第一中学校
役員:?
□第13回大会
1988.7.29〜31 滋賀大学教育学部
代表幹事:※楠敏雄 事務局長:矢内 事務局次長:戸田
副幹事:西岡・☆平井誠一・猪野の他2名
……
□20011027〜28 全障連25周年記念全国交流大会 in 神戸
代表幹事:平井誠一(全国障害者解放運動連絡会議代表幹事)
相談役:※楠敏雄
■cf.
◇「ごあいさつ」
http://www1.odn.ne.jp/~adu40180/
「2000年5月から自立生活支援センター富山を立ち上げました。同年11月22日に特定非営利活動法人として富山県から認証され、同年12月5日に登記が終了しました。
2001年度は、自立生活支援センター富山としての活動づくりに力を入れてきました。障害者の自立生活を支援するための活動は富山県内はもとより県外にも広げてきました。
2002年度4月からは、市町村障害者生活支援事業を富山市から受託されました。
2004年4月から富山生きる場センターを作業所部門として、組み入れることになりました。(詳しくはこちらをお読み下さい。) さらに、2005年1月から身体障害者の生活の場「まちなか」を富山市の委託事業として始めました。
これからよりいっそう障害者の自立生活支援活動に力を入れて、幅広く活動を行っていきたいと考えています。
今後とも、みなさま方のご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げます。
2005年4月 理事長 平井誠一」
◇http://www1.odn.ne.jp/~adu40180/cil-t/cil4/33/cil4-33f.html
「私たち自立生活支援センター富山の設立以来、監査を引き受けて頂いていた源さんが11月14日の晩に他界されました。
源さんとの出会いは、80年代初頭でした。富山市行政が差別照会文を全国の自治体に送り、全障連が障害者差別として富山市行政を糾弾していた頃、部落差別に取り組む宗教団体として関わってこられました。
その頃からのお付き合いで、85年に富山で初の民間作業所「富山生きる場センター」を設立した時には世話人になって頂き、その後ある知的障害者の人の自立に向けた取り組みを源さんのお寺で預かってもらいながら始めました。
また、源さんは保護司をしておられたので保護観察を受けておられた子どもたちを預かっておられました。その子らを生きる場センターで日中預かりながら、ともにその子らに関わりながら歩ませてもらいました。さらには、源さんのお寺で宿泊をさせていただきながら企画を組んだり法話に呼んで頂いたりしました。
源さんとご一緒に差別問題に取り組ませていただきながらよかったと思うことは、保護観察を受けた子らとの出会いが私自身を変えてくれたことだと思います。その子らと向かい合うことの大切さ、そして何よりも関わりあう中でお互いを理解していくことの大切さを学んだと思います。
上記の文章は、源さんが亡くなる前に自筆で書き残されたものです。源さんの生き方をとてもよく表しているなと思いました。
源さんとともに歩んでくることができたことにとても学ぶことが多い出会いだったと思います。心からご冥福をお祈りいたします。
理事長 平井 誠一」
◇http://www.coffeetime.jp/news/education2/32.html
「(3)平井誠一さん(DPI日本会議)
今時の養護学校
僕は、ずっと青い芝の会や全障連の運動の中で、養護学校の問題に関わってきました。70・80年代はどちらかというと、法律を問題にするより教育委員会を相手に、体をはっての運動が多かったです。今、僕らが行ってた時と養護学校が変わったなと思うのは、クラス編成です。僕らの頃は義務化前でしたが、能力的に高い人低い人のふたつぐらいしかクラスは分けられていませんでした。今は結構細かく、複雑に分けられていますね。それと僕が一番びっくりしたのは、同じクラスの子が先生を介してしか話しができないということ。義務化以降は、変わっちゃったんだなと思い知らされますね。
あと、進路の問題でいくと、職業体験じゃない、今の子はなんとなくそっちに行くものだと教育されてきてしまっている。親たちも、何となくそこへ行けば安心なのかなと落ち着いてしまっているところがあるような感じがします。今の子どもは、先生の段階で待ったをかけてしまい、親の段階でそれはやっても無理だから行かなくていいよと言ってしまう。今の養護学校教育というものが、特別なところの教育でしかないんじゃないかなと思います。」
◆立岩 真也 2018 『病者障害者の戦後――生政治史点描』,青土社