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広瀬 貞雄/廣瀬 貞雄

ひろせ・さだお

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◆広瀬 貞雄 1951 『ロボトミー――主としてその適応に就て』,医学書院,112p. ASIN: B000JBFUQE [amazon]

◆広瀬 貞雄:ロボトミ一後の人格像について.精神経誌、56;379,1954
◆広瀬 貞雄:精神分裂病に対するロボトミーの評価.精神経誌.60;1341、1958
◆広瀬 貞雄:精神外科.現代精神医学体系5B・精神科治療学U.中山書店.1977

◆1983 「研究生活の回顧」,日本医科大学精神医学教室『広瀬貞雄名誉教授就任記念誌』

■引用

 「ロボトミーは、かかる症状を起し易い人の最も特徴的な性格――見方によっては相当価値のある性格傾向――を減殺することになるから、慎重にその発病の動機や環境を検討し、出来る限り精神療法的指導を怠ってはならない」(広瀬[1951]、◎に引用)

 「要するに、病苦が長年に亘り、素質的の要素が相当大きいと思われる場合に限り、最後の手段として行うべきものであると思う」(広瀬[1951]、◎に引用)

 「将来に対する顧慮が少なく、その日その日に興せられた仕事を忠実にするが、自ら進んで先々の計画を綿密に立てたりすることも少なく、行き当たりばったりである。自己を反省することが少なく、困った事態に直面しても、心底から深刻に考えたり、悩んだりしない」(広瀬[1951]、◎に引用)

 「患者はしばしば雄念が湧いて来ない。よく眠り、夢を見ない、取越苦労もしなくなったと云い、他愛なくよく笑うが、当人は以前のような喜怒哀楽の情が湧いて来ないとしばしば訴える。一般に外からの刺戟を素直に許容し、周囲の環境から孤立するようなことはない、平日すぎる日常生活。他人と受動的に円滑に接触する。しかし何となく深みがなく、情熱に欠けている」(広瀬[1951]、◎に引用)

http://gekkankiroku.cocolog-nifty.com/edit/2008/07/post_f4df.html

■言及

大熊 一夫[1973→1981:215](未確認)

◆鈴木 あきひと 2006/05/25 「日本のロボトミー」http://blogs.yahoo.co.jp/akihito_suzuki2000/35410266.html,『身体・病気・医療の社会史の研究者による研究日誌』http://blogs.yahoo.co.jp/akihito_suzuki2000/MYBLOG/profile.html

 「日本のロボトミーの第一人者、広瀬貞雄の著作を読む。文献は、広瀬貞雄『ロボトミー−主としてその適応に就て−』(東京:医学書院、1951) 

 日本で始めて精神外科が行われたのは、昭和14年の新潟医科大学においてである。その後、昭和17年にも同大学で行われた。いわゆるロボトミーが本格的になったのは戦後である。1947年に、復員してきた広瀬が松澤病院で行って以来、4年足らずで松澤だけで約200件、全国で2000件のさまざまな技法を用いたいわゆるロボトミーが行われている。この書物は、手術開始後5年ほどして、色々な結果もそろってきたところで、その成果を書物の形で世に問うた。広く読まれた、スタンダードな本だったのだろう。私が借りた書物は、勤務先の大学の医学部所蔵のものだが、たまたま古い借り出し票がまだ残っていて、1956年から67年までの間に52人の学生やインターンが借り出している。ところどころ、気合を入れて読んだ読者による赤線も引かれている。ちょっと感慨深い。
 読み応えがある著作である。緻密な症例観察、特に術前・術後の対比を、患者個人の具体的な生活のようすの細部に即して述べている症例が何十となく入っている。広瀬と松澤のチームが丁寧に患者を観察したことが伺える。理論的に洗練された考察も含まれている。広瀬や、この書物に序を寄せている内村祐之も、ロボトミーは人格の不可逆的な改変であることを十分意識していて、「くれぐれも慎重に」行うべきであることを強調している。「できるだけ早期にロボトミーを!」と唱えたアメリカの論客たちに、広瀬が与していなかったことは確かである。
 私が気になっているのは、手術例の多さである。広瀬は4年足らずで200例の手術を行っている。1週間に1例弱である。いま手元に岡田靖雄の本がないので、当時の松澤の正確な病床数はわからないが、病床数が戦前と同じくらいだとしたら、800とか900くらいだろう。その中から1週間に一人のペースで手術を行うというのは、「くれぐれも慎重に」ロボトミーを行った結果だろうか?私には、機械的にルーティーンのように行った結果に見える。年配の精神医学者で実際に手術の様子を知っている方、あるいはロボトミーをめぐる論争に参加された方に伺ってみたいところである。

このサイトが、日本のロボトミーについてやや詳しく書いています。
http://homepage3.nifty.com/kazano/lobotomy.html」(鈴木[2006])

■■広瀬 貞雄 1997/03 『星霜七十九年』,成瀬書房,364p ISBN-10: 4930708613 ISBN-13: 978-4930708618 3058 [amazon]

■論文等

◆林 ワ・廣瀬 貞雄 1949 「ロボトミーに対する批判」,『脳と神経』5

 「ロボトミーの効果の核心が人格の変化にあるとすると、その施術にあたって人道的立場からの是非が一応問題になると思う。此の點に就て我々の実際的の感想を云うならば、術後相当の期間を経た後の印象では、少なく共人格変化の実際的な、社会的の価値はそれ程低くない様に思われる。実際、強迫神経症の極端に拘泥の激しい状態や、explosiveな精神病質の社会的に実害の大きい状態と比較して、術後相当の期間を経たロボトミーを受けた人の人格が、実際的の社会的価値として果たして低いと云えるであろうか。唯持って生まれた性格から、多少共被動的に離れると云うことは、主観的の問題として簡単には片付けられぬことと思うが、客観的に充分症例を選べば、術後の自覚症状として、自己の性格の変化をそれ程問題にせぬところからしても、人道的にも許されて良いと思う」(林・廣瀬[1949:30],西川[2010:142]に引用)

◆廣瀬 貞雄 1954 「ロボトミー後の人格像について」,『精神経誌』56

 「著者は昭和22年以来360余例の各種症例にロボトミーを行い、手術前後の精神状態の変化を仔細に観察し」(広瀬[1964]、風野[2003]に引用)

 「ロボトミー後の人格の変化というものは、非常に重大なもので、広い意味での知能の障碍であり、見方によっては人間性の喪失ということにもなる」(廣瀬[1954:379],西川[2010:142]に引用)

◆1983 「研究生活の回顧」、日本医科大学精神医学教室『広瀬貞雄名誉教授就任記念誌』(未読)

 「「研究生活の回顧」という文章によれば、先生は1947年から72年までの25年間で523例のロボトミー手術を行ったとか。さらに、日本中でロボトミーを受けた患者数は、だいたい3万人〜12万人くらいになるとか。統計とってなかったんですかね。幅ありすぎ。」(風野[2003]に紹介)

■言及

◆風野 春樹 2003/05/20 「ロボトミー」http://psychodoc.eek.jp/abare/lobotomy.html,『サイコドクターあばれ旅』http://psychodoc.eek.jp/abare/index.html

 「[…]さて、たいがいの本では、ロボトミーの項目は今の私の説明のように「今ではほとんど行われていない」と結ばれているのだが、ただひとつ、講談社の精神医学大事典だけは異彩を放っている。
 どういうわけか、やたらとロボトミーに肯定的な表現ばかりが目につくのだ。薬物療法の効果にも限界があり、危険の少ない新しい術式の登場にともなってロボトミーも捨てがたい治療法として再認識されるようになってきた、とか。1977年のアメリカの報告では、あらゆる治療が効かなかったのに脳手術ではよくなったものが78%もいてロボトミーは有効との結論が出された、とか。現在も日本を除く欧米諸国、ソ連やチェコでも行われていて3年ごとに国際学会も開かれている、とか。
 それもそのはず、この項目を執筆した広瀬貞雄という人は日大医学部の名誉教授で、百数十例ものロボトミー手術を執刀し、自ら眼窩脳内側領域切除術という新術式を開発したほどのロボトミーのエキスパートだったのですね。
 事典の項目といえど、執筆者の立場によってバイアスがかかっている場合があるから辞書を引くときには注意しましょうね、という話。

〈追記〉
 と、書いてから2年以上がたった。この追記では、前の文章ではあまり触れなかった日本のロボトミー情報について書いてみたい。
 日本で初めてロボトミーが行われたのは1942年(昭和17年)。新潟医大外科の中田瑞穂教授だそうだ。当時はあんまり精神科からの反応はなかったらしいが、戦後になるとアメリカ医学の影響で盛んに行われるようになる。日本のロボトミーの第一人者だった広瀬貞雄が1954年(昭和29年)に書いた論文「ロボトミー後の人格像について」によれば「著者は昭和22年以来360余例の各種症例にロボトミーを行い、手術前後の精神状態の変化を仔細に観察し」てきたそうだ。7年で360例。広瀬医師だけでも1年で50例以上ということになりますね。また、広瀬先生が日大名誉教授になったときに書いた「研究生活の回顧」という文章によれば、先生は1947年から72年までの25年間で523例のロボトミー手術を行ったとか。さらに、日本中でロボトミーを受けた患者数は、だいたい3万人〜12万人くらいになるとか。統計とってなかったんですかね。幅ありすぎ。
 ここで、ロボトミー肯定派である広瀬貞雄先生の言葉を引用しておこう。

「我々の今日までの現実的な経験としては、ロボトミーは臨床的に有用な棄て難い利器であり、従来の療法ではどうしても病状の好転を来たすことができず、社会的にも危険のあったものがロボトミーによって社会的適応性を回復し、或は看護上にも色々困難のあったものが看護し易くなるというような場合をしばしば経験している」

「精神病院内に、甚しく悩み、また狂暴な患者が入れられているということは、戦争や犯罪やアルコール中毒の惨害以上に一般社会の良心にとって大きな汚点であるとし、このような患者がロボトミーで救われることを肯定する議論もある。1952年にローマ法王PiusXIIは、その個人の幸福のために他に手段のない限り肯定さるべきだという意味の声明をした」

 なお、この広瀬先生も、ロボトミーによって患者の性格が変化し、環境への積極的な関心や感受性が減り、内省したり将来を予測して行動する能力が低下することは認めてます。でも、それ以上にプラスの変化の方が大きい、と広瀬先生は言うのですね。「著効例の中には国立大学教授、会社経営者、優秀な開業医、技師など高度な社会的機能を果たしているものも少なくない」と広瀬先生は書いております。
 さて、当初から批判の声が多かったロボトミーは、薬物療法の発達と人権意識の高まりに伴い、1960年代後半から徐々に下火になっていく。しかし、一部の病院ではその後も手術は続き、日本精神神経学会で「精神外科を否定する決議」が可決されてロボトミーがようやく完全に過去のものとなったのは、1975年のことである。

 そして、誰もがロボトミーを忘れ去った1979年、ある衝撃的な事件が起こっている。都内某病院に勤務する精神科医の妻と母親が刺殺されたのである、やがて逮捕された犯人は、1964年この医師にロボトミー手術を受けた患者である元スポーツライターだった。彼は、手術ですら奪うことのできないほどの憎しみを15年間抱きつづけ、そしてついにその恨みを晴らしたのである。
 ロボトミーが大きな話題になったのはおそらくこのときが最後。そしてロボトミーは歴史の闇に消えていった。しかし今も、かつてロボトミー手術を受けた患者たちは精神病院の奥で静かに時をすごしている。以前の文章を書いたときにはそんな患者たちを実際目にしたことはなかったが、その後見る機会があった。そうした患者たちについては、日記をどうぞ。
(last update 03/05/20)」

http://homepage3.nifty.com/kazano/diary0008c.html#21

◆立岩 真也 2011/09/01 「社会派の行き先・11――連載 70」,『現代思想』39-13(2011-9):34-45 資料

◆立岩 真也 2013/12/10 『造反有理――精神医療現代史へ』,青土社,433p. ISBN-10: 4791767446 ISBN-13: 978-4791767441 2800+ [amazon][kinokuniya] ※ m.


UP:200110807 REV:20110902
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